48 眠れない夜は、卵雑炊と塩バターホットチョコ!
片付けが終わると、私はベアに話しかけた。
「遅くまで手伝ってくれてありがとー、ベア。疲れたでしょ?」
今日は両親が風邪気味のため、早めに休んでもらっている。
「ダイジョウブ、ベア、ツカレテナイ」
食器を洗い終わったベアは、踏み台から下りてエプロンで手を拭いた。
「今日はうちに泊まるんだよね?」
私の確認に、ベアがこくんと頷く。
ラウルスは護衛の依頼を受け、今日は帰ってこない。そんな時ベアはうちに泊まりに来る。山猫亭の手伝いもしてくれるし、私や両親の話し相手にもなってくれるので、こちらとしては大助かりだ。
「温かいものでも飲もうか」
もう夜遅いから、温かい飲み物でも飲めばぐっすり眠れそうだよね。
今日はバターと牛乳が手に入ったので、夜にはシチューを作ってお客さんにふるまって大好評だった。余談だけどシチューって小麦粉とバターと牛乳で出来るって知った時はびっくりしたよね。そんなもので! って。どんな料理にも言えるけど、最初に開発した人ってすごいと思う。何だっけ……そうそう、肉じゃが。あれだってビーフシチューを再現だか応用だかしようとして出来た料理だって元の世界のテレビでみたことがある。そういう風に新しい料理を考えるってすごいよね。
私はまだ元の世界の料理を再現しているだけだからまだまだだなあと思う。
「チョコレートと牛乳でホットチョコでも作ろうか」
私はそう言いながら小鍋を取り出した。ホットチョコは温めたミルクにチョコレートを溶かすだけど簡単なものだ。この世界のチョコレートには甘みがないカカオ100%って感じだから、砂糖をたっぷり入れないと苦い。カロリーが気になるところだけど、夜に飲むホットチョコの美味しさは格別だ。昼に飲むのとでは背徳感のレベルが全く違う。
「ベア、チョットオナカスイタ」
するとベアが頬に指をついて唇を尖らせた。肩上までのピンクの髪が揺れる。更にはくりくりの赤いおめめが私を見上げている。そんなおねだりポーズ、どこで習ったんだ。可愛いじゃないか。
「お腹すいた? そっか、ちょうど小腹が空いてくる時間だよね」
途中で慌ただしく食べた私と違い、ベアは夜の営業時間が始まる前にシチューを食べたので、もうすっかり胃がからっぽになっているのだろう。
そうかそうか、お腹がすいているならそのお腹を満たしてやらなきゃ。何となく子供がお腹が空いているというと消化とか睡眠前とか考えることなく食べさせてあげたくなるよね。
気分はすっかり子供……いや、孫を甘やかすおばあちゃんだ。私、いつか子供が生まれたら食べさせすぎちゃって肥満児にしちゃうかも……気を付けなきゃ。ちゃんとベアの健康についても考えなきゃね。こんな時間だし、消化の良い雑炊なんてどうだろう?
「そうだ、今日は卵もあったんだった!」
私は錬金術師であるヴィーが作ってくれた冷蔵庫から生卵を出した。卵は鳥肉に比べると安価で、隣町の市場まで行けば入手可能なのだ。
「出汁も水でとったものがあるしー、あとはネギとー、冷やご飯とー」
材料を手早く準備する。出汁は一度沸かして冷ました水に昆布の切れっぱしを入れておくだけの簡単出汁だ。一晩つけておくだけで十分に美味しい出汁が取れる。
明日帰ってくるラウルスがおみやげに魚をもらってきてくれる予定なので、作っておいたのだ。個人的に魚料理には昆布出汁が合うと思う。かつおぶしやにぼしだと料理する魚の味を邪魔してしまう気がするのがその理由だ。
私は出汁の入った瓶の蓋を開け、香りを確認した。うん、ちょっと早いけど十分に昆布から旨みが出ていそうだ。
鍋に出汁を入れ、火をつける。そして冷ご飯を水で軽く洗ったものを入れる。ここでご飯を洗わないと出汁をたっぷり吸ってしまい、おじやになる。でも夜食だからね、お茶漬けのようにサラサラと食べられた方がいいよねってことで、今回は水で洗う。そしてぐつぐつとしてきたら溶いた卵を回しかけ、醤油で味を調える。
最初に醤油を入れるとご飯が吸っちゃって多めに醤油を入れるはめになるのは、卵かけごはんで学習済みだ。食べてると醤油が物足りなくなって、追加でかけちゃうんだよねー。醤油の代わりにふりかけでも美味しいんだよなー。
よし、卵に軽く火が通ってきた。私は火を止めて上から刻んだ小ネギと海苔をパラパラかけた。余熱で卵に火が通りすぎないよう、早めに火を止めるのがコツだ。
「はい、卵雑炊のできあがりー!」
「ワーイ、ワーイ」
ベアは両手を上げる。ホムンクルスなせいか表情があまり動かないけれど喜んでいるのが分かる。
「熱いからふうふうしながら食べてね」
「ハーイ」
小皿に取り分けてスプーンと一緒に渡すと、ベアは袖口を伸ばし鍋つかみ代わりにして両手で受け取った。
「フウ、フウ、フウ」
子供(に見える子)がふうふうしながら食べてるのって、愛らしいなあ。
「ウマイ、ウマイ」
すっかり口癖になったセリフを言いながら、ベアは卵雑炊をペロリと平らげた。
「アンナハ、タベナイ?」
「うん、食べたいのはやまやまなんだけど……」
ちょっと太るのが心配でね、とは言わないでおく。
「サッキ、アンナガイッテタ、ホットチョコ、ノミタイ」
「え? ホットチョコも? 食べ過ぎじゃない? おなかいっぱいになったら眠れなくなっちゃうよ」
「ベア、ホムンクルス。ソンナノ、カンケイナイ」
そっかー!
私はベアの一言に衝撃を受けた。そうだそうだ、ベアはホムンクルスだ。見た目は子供だけど、身体までは子供という訳じゃない。それをすっかり忘れていた。
「じゃあどんだけ食べても胃もたれしたり太ったりしないの?」
頷くベア。何だそれ、うらやましすぎるっ! ラウルスは代謝がいいからたくさん食べても太らなくて羨んでいたけど、それとはまた違った羨ましさ!!
確かに私もこのゲームの世界に来てから毛穴やニキビとは無縁になったけどさっ。
「じゃあ、作りますか! ホットチョコ!」
「ワーイ、ワーイ」
「といっても、超簡単なんだけどね」
まずは小鍋で牛乳を温める。そして砕いてあるチョコの塊と砂糖を入れて溶けるまでよく混ぜるだけ。
「モウ、デキタ? スゴーイ。アマクテ、イイニオイ」
完成を察知したベアは、カウンター越しに覗き込み、目を閉じて鼻をひくひくさせる。そんな仕草も愛らしい。
「これも熱いから気をつけてね。はい、どーぞ」
カップに注いで手渡すと、ベアは「アリガトー」と言って受け取った。
すると階段の上から母カティが下りてきた。寝間着にショールを羽織っている。
「おや、いい匂いがするね」
「お母さん、具合はどう?」
「大丈夫、大丈夫。元々たいしたことなかったのにすまないね、片付けまで頼んで」
「ううん、私は平気だよ。ベアが手伝ってくれたし」
カティはホットチョコをこくこくと飲むベアにお礼を言った。
「何だか美味しそうだね。私にも少しくれないかい?」
「いいの? すっごく甘いけど」
ホットチョコはまだ残っているけれど、カティは甘いだけのものが得意ではない。なので、そう忠告すると、残念そうに眉を下げる。
「そう……それじゃあ、遠慮しておこうか」
よっぽど飲んでみたかったらしいその表情を見て、私は考えた。
確かカカオは血圧低下、動脈硬化予防、便通改善なんかの効能がある。風邪を治す効果はないかもしれないけれど、健康には良いはずだよね。だったら甘みを抑えてみたらどうだろう。
「じゃあ、ちょっとアレンジしてあげるね」
私は再びホットチョコの入った小鍋を温め、そこに塩とバターを入れた。汗をかいているだろうから、塩は普通よりちょっぴり多めに。
「塩バターホットチョコ、できました~」
同じくカップに注いでカティに渡す。カティは豪快にふーっと湯気を吹き飛ばして塩バターホットチョコを飲む。
「何だい、これは! 甘いけど塩がきいていて、コクがある!」
カティは少し大き目の声で言い、慌てて口を押えた。二階では父パウルがまだ寝ているのだ。
「これはいい。身体が芯から温まるね」
コクが出たのはバターのおかげだ。牛乳を生クリームに換えれば、それは生チョコである。あの濃厚で舌が痺れるほど甘い生チョコに塩を少し多めに入れることで甘さがマイルドになる。
バターには抵抗力を高めるビタミンAやら何やらが豊富って聞いたことがあるから、きっと栄養が摂れるだろう。
「これはいいものを飲ませてもらったよ。父さんにも飲ませてやりたいね」
「そうだね、もう少し具合が良くなったら作ってあげようかな」
私がそう言うと、カティは嬉しそうに笑みを浮かべた。普段は口喧嘩ばかりしている二人も、本当は仲良しだってことは知っているからね。
まあ、お父さんにはまずおかゆかな? それから卵雑炊を作ってあげよう。
「ベア、ネムクナッチャッタ」
ホットチョコを飲み終わったベアの目は半分閉じている。お腹が温かくなって眠気が訪れたようだ。
「ここは私が片付けておくから、ベアを頼んだよ、アンナ。ごちそうさん」
「ありがとう、お母さん。ほら、ベア。寝るまえに歯磨きしなきゃ」
私は眠そうに目をこするベアを抱き上げ、水場へ移動する。
それにしてもチョコレートの誘惑に勝つなんて、私すごくない? ……味見はしたけど。
きっと少しだから、胃も気付かないはず。どうかお願いだから気付かないでね!
☆今日のレシピ☆
~卵雑炊~
・冷ご飯
・出汁
・卵
・醤油
・小ネギ
・海苔
味噌を少量いれても美味しいよ! 出汁+醤油+にんにくにすればスタミナ満点!
~塩バターホットチョコ~
・牛乳
・チョコレート(カカオ)
・砂糖
・塩
・バター
夜に飲む背徳感が半端ない! 飲み過ぎ厳禁!




