46 事件の顛末は焼きおにぎりと出汁茶漬け
「私がラウルスと浮気する訳ないじゃない」
ヴィーがぷりぷりと怒っている。
公園での騒ぎの後、私たちはまだ興奮冷めやらぬ群衆の間をすり抜けてヴィーの家へ逃げ込んだ。
「ヴィーのことは信用してたけどさあ、ラウルスの方は、ねえ……」
「何でだっ!?」
私の言葉にラウルスが抗議する。
だって、ヴィーってば本当に美人なんだもん。お目めぱっちり、まつげびっしり、ほっそい肩、癖のないまっすぐな髪……容姿のことを褒めればきりがない。
性格だって優しくてツンデレな面もあって、錬金術師という仕事をバリバリやっててやる気と自信が漲ってるし、とにかく完璧女子なのだ。町人の男性陣にもファンがいっぱいいる。逆にどうしてラウルスが私のことを選んだのか、疑問なくらいだ。
「アンナ。もしかして、私のことも怒っていた?」
ヴィーが私の両手を包み、目をうるうるさせて見つめてくる。
「あ、それはない。大丈夫」
私はヴィーを抱き締めた。だって、可愛すぎるんだもん。
「怒ってたのは、ラウルスに対してだけだよ」
「だから、何でっ!?」
またもやラウルスが叫ぶ。その焦った顔を見ながら、私とヴィーは笑った。
「ああ、おかしい。ラウルスをからかうのは、最高の娯楽ね」
「私もそう思う」
笑いの止まらない私たちを見て、ラウルスは怒りだした。
「二人とも、俺で遊ぶなっ!」
「ごめんごめん、ちょっと悪ふざけしすぎちゃった」
すぐに謝る私と反対に、ヴィーは肩をすくめた。
「全く、冗談通じないんだから。もっと遊びたかったけど、この辺でやめておくわ」
「お前、全く謝る気ないだろう……」
ラウルスが脱力した。大変だなー、ラウルス。きっと子供の頃からこんな感じだったんだろうな。とちょっと客観的に見てしまう。なんたって、転生者だからね、私。
すると玄関ドアがノックされた。
ヴィーが出ると顔を覗かせたのは父パウルだ。パウルは私たちの様子を見て、安心した様だった。ケンカしていないかどうかまだ心配だったようだ。そうだよね、家を出る時はラウルスが浮気したと思い込んで包丁を持ち出そうとしてたんだもん。
「アンナ、今日は夜の営業時間まで戻ってこなくていいから。まだ外はすごい騒ぎだから、落ち着くまでここに居させてもらったら? いいかい、ヴィーちゃん」
「私は構いませんよ。ねえ、アンナ?」
「じゃあそうさせてもらおうかな」
私も今みんなに会うのは辛い。なんせキスシーン直前を視られたのだ。ニヤニヤした顔をされたり口笛を吹かれたりするに決まっている。ラウルスも顔を赤くして頭を抱えている。
パウルが帰った後、ヴィーがお腹がすいたと言い出した。一連の騒ぎですっかりお昼ご飯を食べ損ねたらしい。私もまかないを食べる前で、ラウルスのお味噌汁を食べたものの、満腹とは言えなかった。ラウルスも同様だという。
「俺が作ったお味噌汁の残りならあるけど」
「でもそれはアンナに作った料理でしょ? 食べていいの?」
「ああ。皆で食べよう。いいよな、アンナ?」
「もちろん! じゃあ、私が他に何か一品作るね」
私はすでに慣れ親しんだヴィー家の台所にお邪魔した。貯蔵庫と新しく仲間入りした小さな冷蔵庫を覗く。するとそこにはお皿に乗ったご飯があった。
「これ使ってもいい?」
「いいわよ。でも昨日の夜のご飯の残りだから少し硬いかも」
「大丈夫、大丈夫」
まずは鍋でだし汁を作る。
冷やご飯をレンジで温め、その間に鰹節を削って醤油で和えた。
温まったごはんの中央に醤油おかかを入れ、三角形に握る。おにぎりだ。醤油おかか入りを三つ、何も入っていないのを三つ、計六つおにぎりが出来た。
次に小皿にだし汁を少し、醤油、砂糖を入れて混ぜ、おにぎりの表面に塗る。ハケがないのでスプーンで代用。油を薄くひいたフライパンで焦げないように注意しながら焼く。するとすぐに香ばしい香りが部屋に広がった。
「すごく良い香りだわ」
「ますます腹が減る匂いだ」
生のものじゃないので、表面がおこげっぽくなったら焼きおにぎりの完成だ。温め直して野菜にしっかり火を通したお味噌汁と共にテーブルに並べる。出汁を足そうかと思ったけど、せっかくラウルスが作ってくれたお味噌汁なので、そのままにしておき、代わりにレモンを添えて出す。
「味噌スープにレモン?」
「うん、レモンを足すと味の変化があっていいよ。私はいつも半分くらい食べた後に足すんだよね。入れすぎると酸っぱくなるから注意してね」
本当はカボスやスダチなんかがいいけど、レモンでも十分に美味しい。
ヴィーは「ふーん」と呟いてお味噌汁を一口飲み、次にレモンを絞って一口飲んだ。
「本当だわ。どことなくさっぱりというかすっきりした味になるわね」
ラウルスは「アンナはやっぱりすごいな」と感心している。お味噌汁を堪能したヴィーは次に焼きおにぎりへ視線を移した。
「焼き目がきれいねー。焦げかけたくらいがいいの?」
「そうそう。直前まで焼くと表面がパリパリになって食感が良くなるんだよ。まずはこっちの一回り大きいおにぎりから食べてみて!」
私は醤油おかか入りのおにぎりを指差した。二人は期待に満ちた顔で「いただきまーす!」と言い、焼きおにぎりを食べ始めた。
「うまい! アンナの言った通り、表面がぱりぱりしてるな!」
「奥から更にお醤油味の鰹節が出てきたわ!」
二人から褒められて私はほっとした。二人ともお米を食べたことがあるから大丈夫だとは思っていたけど、やはり美味しいという言葉を聞くまではちょっとドキドキするのだ。
「醤油、多くなかった? 大丈夫?」
「ちょうどいいわよ」
「何だか食べても食べても減らないみたいだ」
「それはね、おにぎり焼いてる時に崩れないように、ぎゅっと力を込めて握っているからだよ」
私が説明すると、二人は「へー!」と感心して焼きおにぎりを眺めている。
「醤油と砂糖を加えた味噌を塗って焼いても美味しいよ」
今日はお味噌汁があったから作らなかったけど、味噌焼きおにぎりとお吸い物という組み合わせも良いよね。
私も焼きおにぎりを食べながらお味噌汁を飲んだ。すると、「ほうっ」という吐息がもれた。ああ、やっぱり私、このゲームの世界に来ても日本人魂は忘れてなかったんだなあ、としみじみ実感する。
「もう一つの方の焼きおにぎりも食べていいか?」
「あ、待って。こっちは違う食べ方にしようと思ってるの」
私はラウルスを制し用意しておいた出汁の小鍋を持ってきた。
残った焼きおにぎりをそれぞれ深さのあるお皿に入れ、出汁をそそぐ。そして上から刻んだ小ネギとのりと白ゴマをパラパラとかけた。
「な!? そんなことしたら、せっかくのパリパリが……!」
「ラウルス、騒がないの。きっとアンナには考えがあるんだから」
がっかりした様子のラウルスをたしなめるヴィー。まるで親子だ。どうして二人が恋仲になっちゃったかも、なんて誤解していたんだろう? 恋する乙女は盲目になるのかな。乙女っていうのは、もちろん私のことです。ええ。
「まーまー、落ち着いて。はい、焼きおにぎりの出汁茶漬け、できあがりー!」
あつあつの湯気いっぱいの出汁茶漬けを二人の前に出した。
「焼きおにぎりをちょっとずつ崩しながら食べてね~」
焼きおにぎりにしっかり味が付いているので、かける出汁には味付けは不要だ。
ヴィーはふうふうと小さな口を尖らせて冷ましている。ラウルスは一気にかき込もうとしていたので、これも慌てて止めた。ラウルスは前にあつあつのじゃがいもを頬張って舌を火傷したことがあるもんね。
湯気が落ち着いた頃、まずヴィーが出汁茶漬けを口に入れた。
「さっきよりもサッパリしているわ。同じおにぎりなのに、全然違う」
「うまい! これは酒を飲んだ後に食べたら良さそうだな。満腹の時でも食べられそうだ」
同じく頬張ったラウルスが褒めちぎる。
そうだね、前の世界で働いていた居酒屋でもお酒を飲んだシメにお茶漬けを頼む人が多かったっけ。
今度お父さんとお母さんに試食してもらって、好評なら山猫亭で出してもらおう。
また新メニューを増やして……って呆れられるかな? でも私の作る料理、意外と好評なんだよね。
メシマズに来ちゃってどうしようと思っていたけど、味覚が近い人がたくさんいて安心したよ。まあ、うちのお父さんの作る料理じゃないとって、こだわってる人もいるけど。ちょうどいいバランスだと思う。元々ちゃんとした料理人でもない私は、「こんなマズい料理作ってどうすんの?」ってこのゲーム世界の料理人を馬鹿にして駆逐したい訳じゃない。「こんな料理もありますよ」「たまには違う味もどうですか」って感じでそっと差し出すくらいでいい。目指すのは、共存だ。
私の料理を見慣れていないこの世界の人たちは、いつも新鮮な驚きを与えてくれる。それが楽しくて仕方ない。自分が食べたいと思う料理を作る。それがみんなにも美味しいと思ってもらえたら……これほど幸せなことはない。
「どうしたんだ、アンナ。ぼうっとして」
「ううん、二人が美味しいって言ってくれて嬉しいなあって思ってただけ」
私は出汁茶漬けを食べた。おこげの部分が出汁で柔らかくなっていて、でも口に入れた瞬間にパリッとした食感と香ばしさが広がる。ラウルスの言う通り、いくらでも食べられそうだ。
「また山猫亭に客が増えそうね」
「たまには俺らの席も取っておいてくれよ」
ヴィーとラウルスの笑顔が、私にとって最高のご褒美だった。
☆今日のレシピ☆
~焼きおにぎり~
・ご飯(冷ご飯)
・かつおぶし
・醤油
・砂糖
・出汁
~焼きおにぎりの出汁茶漬け~
・焼きおにぎり
・小ねぎ
・のり
・白ごま
・出汁
あえて焼きおにぎりをお茶漬けにすると香ばしくて美味しいんだよね。お酒を飲んだ後にもオススメ!




