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44 簡単作り置き、豆腐のオリーブオイル炒め!

「マーサ婆さん、お待たせー。お昼ご飯持ってきたよー」


 私は大きな声でマーサ婆さんを呼んで玄関をノックした。

 マーサ婆さんというのはこの町の最年長で、この町の皆に慕われている小柄なおばあちゃんだ。足の弱くなったマーサ婆さんのために、私は時々手料理をデリバリーしているのだ。


「アンナちゃんかい? どうぞ、お入り」


 声は玄関ではなく、生垣で囲まれた庭の方から聞こえてくる。今日も広縁で日向ぼっこをしているようだ。


「おじゃましまーす」


 私はそう断りを入れてから庭の方に回り込んだ。いつものことなので、躊躇なく進む。

 勝手知ったる他人の家、というやつだ。

 広縁っていうのは、旅館の窓際によくある、椅子に座ってゆったりとくつろぐスペースのこと。マーサ婆さんはロッキングチェアに座ってゆらゆら揺れながら庭を見ているのが日課となっている。この広縁を作ったのは町の男性陣たちで、依頼されたわけではなく、純粋な好意からマーサ婆さんの意見を聞きつつ皆で作ったというから驚きだ。それくらい皆に愛されているのである。


 庭は女性陣が手入れをし、色とりどりの花が年中咲いているそうだ。

 今は品種は分からないけれど薔薇が何種類か咲いている。小さいピンクや赤の薔薇がとても可愛らしくて見事だ。


「そろそろ来る頃だと思って待っていたよ」

「ごめんねーっ。ランチの仕込みに時間がかかって、遅くなっちゃった」


 時刻はまだお昼前。だけど毎日早起きをするマーサ婆さんはすでにお腹ぺこぺこだろう。


「いいんだよ、そんなのはいつでも。あたしはアンナちゃんが来てくれることが最高に嬉しいんだから。昼ご飯はそのついでさね」


 マーサ婆さんがウインクする。小柄でしわがいっぱいの顔だけど、若い頃はさぞかしモテただろうなというチャーミングな仕草だ。

 マーサ婆さんとの出会いはひと月前。私の料理を気に入った町の人が、これならマーサ婆さんでも食べられそうだと思って届けたのがきっかけだ。


 私の料理を気に入ったマーサ婆さんは、それ以来頻繁にこのデリバリーを利用してくれている。朝この家に手伝いに来た人が、足の弱いマーサ婆さんの代わりに山猫亭まで注文に来てくれるのだ。

 届けるのはたいてい私かお母さんで、忙しい時は他の人に頼んで持って行ってもらうこともある。皆で助け合って暮らしていく構図は元の世界ではとうに無くなってしまった文化なので最初は戸惑ったけれど、今では慣れた。

 順応性が高いんだろうな、私。ゲーム世界に生まれ変わったことも忘れそうなくらいこの世界に馴染んじゃってるもんね。


「チョウドイマ、オチャガハイッタ」

「ああ、ベア。今日も来てたんだね」


 キッチンからベアがお盆を運んできた。ベアは10歳くらいの子供の姿をしたホムンクルスだ。造ってくれた錬金術師が亡くなって野良ホムンクルスになっていた彼(彼女?)は現在ラウルスと一緒に暮らしている。なぜかマーサ婆さんと仲が良く、空いた時間を見つけてはここへ来て一緒にお茶を飲むんだそうだ。

 お盆の上にはカップが五つ。


「あれ? 五つ? 他に誰か来るの?」


 私が首を傾げていると、玄関の方から声がした。


「マーサ婆さん、入るわよ」


 聞き覚えのある声とともに庭に入ってきたのは、美少女錬金術師のヴィーだった。今日もふわふわとした綿菓子のようなワンピースを着ている。その胸元には一流の錬金術師を表すブローチがリボンの中央に輝いている。


「ヴィーちゃん、待っていたよ。ほら、こっちにおいで」

「ヴィー、どうしてここに?」

「ようやく完成したから持ってきたのよ。さあ、入って」


 ヴィーは答えになっていない返事をし、後ろを振り返って指を鳴らした。そこには重そうなリアカーを引いているラウルスの姿があった。リアカーには白い箱のような装置が二つ乗っている。


「こ、ここでいいのか?」

「いい訳ないでしょ、台所まで運ぶのよ」


 私を発見したラウルスは、必死で助けを求めてくる。


「ああ、アンナ、助けてくれ! ヴィーときたら人の扱いがひどいのひどくないのって!」


 うん、えーと、ごめん。私でも助けられないかも。だってヴィーのお願いは絶対なんだもん。

 微笑んで見せると、ラウルスは私に裏切られたと知り、悲しそうに肩を落とした。


「ほら、休んでないでさっさと運ぶ!」

「はい、はい……」


 ラウルスは引っ越し業者のように一抱えもある白い箱を苦労しながら運んでいく。


「これは何?」

「アンナがマーサ婆さんにあげたいって言ってたものよ」

「えっ!? もしかして、冷蔵庫とレンジ!?」

「正解!」


 ヴィーは私の顔を見上げて微笑んだ。

 常々言っていたのだ。冷蔵庫とレンジがあればマーサ婆さんの暮らしがもっと楽になるのに、と。冷蔵庫があれば、作り置きの料理が保存できる。レンジがあれば作り置きの料理を温めてすぐに食べることができる。お腹が空いた時、誰かを呼ばなくても自分で温めて食べることができれば。そう考えてヴィーに相談していたんだけど、ついに完成したらしい。


 キッチンへ向かうと、ラウルスがちょうど装置を設置したところだった。


「小さい方が“れんじ”で大きい方が“れいぞうこ”よ」


 ヴィーは説明しながらラウルスに「ご苦労さま」と声を掛けた。ラウルスは言葉もないらしく一つ頷くと足を投げ出し座り込む。そこですかさずベアが新しく淹れたお茶を差し出している。


「ちょうどいい、持ってきたお弁当を温めてみようよ。ちょっと待っててね、マーサ婆さん」

「ああ、勝手にやっとくれ」


 私は持ってきた籠の中から本日のランチを取り出した。

 お豆腐が好物であるマーサ婆さんのためのオリジナル新作メニューだ。


「これは?」

「お豆腐のオリーブオイル炒めだよ。水気を抜いたお豆腐を崩しながらフライパンで炒めて、塩とオリーブオイルを足して最後に刻んだネギを散らすの。そのまま食べてもいいし、ご飯に乗せて食べてもいいし」


 今日はご飯を別にして持って来ている。柔らかいご飯はマーサ婆さんのお気に入りだ。


「へえ、簡単なのね。私にもできそう」

「できるできる。好みでお醤油を垂らしても美味しいよ」


 出汁と溶かした片栗粉を使えばあんかけもできるし、溶き卵で固めてお団子にしたら肉無し豆腐ハンバーグにもなるし、トマトなんかのスープにいれても美味しいし……とにかく万能選手なのだ。


 ベアがマーサ婆さんを連れてきたところで、ヴィーが使い方を皆に教えてくれる。


「これを“れんじ”の中に入れて、ここのボタンを押すの」


 操作は驚くほど簡単だった。温め時間が設定できないので、側に居なければならないのが難点だという。


「まだまだ改良が必要だけど一応ね。そしてこっちは“れいぞうこ”三日くらいなら料理が保存できるわ」


 前に他の錬金術師が作ったクーラーボックスからヒントを得たものだという。ヒントを得ただけで作れちゃうのがすごい。


「これはすごいね。ありがとう、ヴィーちゃん」


 マーサ婆さんは涙を浮かべて喜んだ。人見知りの激しいヴィーは子供の頃からお菓子をもらったり物陰に隠れていたところを友達のところまで優しく連れ出してくれたりしたそうで、このプレゼントは恩返しなのだとか。喜ぶマーサ婆さんを見て嬉しそうにしているヴィーはまるで天使のように可愛かった。


「よし。マーサ婆さん! ご飯も温まったし、食べてみて!」


 私は温めた豆腐のオリーブオイル炒めをご飯に乗せた。水気をしっかり抜いていたので、豆腐から水が出ることもない。

 マーサ婆さんは慣れた手つきでスカーフ状の食事用エプロンを着け、スプーンを口に運んだ。すると皺のある頬に赤みがさし、ゆっくりと微笑んだ。


「とても美味しいよ、アンナちゃん。さっぱりしていていくらでも食べられそうだよ」

「いっぱい食べてよ。たくさん持って来てるから」


 最初から多めに持ってきたのは、誰か手伝いに来ている人がいるかもしれないという配慮からだ。元々サービス精神旺盛な私は、作りすぎてしまう癖がある。


「ご飯も余っちゃったから、両方冷蔵庫に入れておくねー」

「ああ、ありがとうね。でも今日は皆で食べようじゃないか。ほら、ラウルスちゃんとヴィーちゃんもお食べ。もちろん、アンナちゃんとベアちゃんもね」


 マーサ婆さんは私たちが赤ん坊の頃から知っているので、皆を〇〇ちゃんと呼ぶ。子供の頃は照れくさくて嫌がっていたけれど、大人になった今ではそれが逆に嬉しいってラウルスもヴィーも言ってたっけ。


「いいのか!?」


 床で伸びていたラウルスが立ち上がる。ベアは「ヤッター、ヤッター」と呟きながらいそいそと皆の食器を用意し始めた。


「ああ、そんなに腹の音を立ててたら分かるさ」

「実は私もお腹が空いていたのよ。ありがとう、マーサ婆さん」

「私も自分で作ったやつだけど参加しまーす」

「ああ、皆で食べようじゃないか。一緒に食べた方が美味しいからね」


 マーサ婆さんがにこにこと笑い、私たちは皆で食卓を囲んだ。


「「いただきまーす!」」


 私の真似をして皆で手を合わせてからお豆腐のオリーブオイル炒め丼を食べ始める。

 うんうん、お豆腐の大豆の味がオリーブオイルと塩で引き立っている。


「ウマイ、ウマイ」

「これはたまらん! いくらでもかきこめそうだ!」

「これがあのお豆腐なの? オリーブオイルで香りが良くなって、まるでお肉みたい!」


 皆が我先にと口に運ぶ。後半にさしかかったところで醤油を回すと、また味が変わったと言って皆が歓声を上げた。

 持ってきた料理はすぐに全員のお腹に収まった。


「また保存のきく料理を持ってくるね」

「ありがとう。でも無理はしないでおくれよ、あたしはアンナちゃんの元気な顔が見られたらそれで満足さ」


 マーサ婆さんの心底幸せそうな顔を見て、私は料理魂に火が付いた。

 元々作り置きなら得意だ。休みの日にたくさん作っておいて、平日はそれで食事を済ませていたもんね。学校と居酒屋バイトで忙しかったから、家に帰ってまで料理する気なんて起こらないもの。

帰ったらさっそくマーサ婆さんの口に合いそうな料理を考えなくっちゃ。


「じゃあ、お昼の営業があるから帰りまーす」


 私は大きく手を振ってマーサ婆さんの家を後にした。他のメンバーはもう少し残ってマーサ婆さんとのおしゃべりを楽しむそうだ。


 

 皆喜んでくれて嬉しかったな。さてさて、今日はどんなお客さんに会えるだろう?


 山猫亭に向かう足取りはとても軽かった。



★今日のレシピ★

・豆腐

・ネギ

・塩

・オリーブオイル

・醤油


作り置きといっても早めに食べないとダメだよ! 冷蔵庫を信用しずぎるな!

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