表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/51

42 かためが要!チョコチップクッキー

 フォイの森は、私たちの住む町ルーノルから2時間ほど歩いた場所にあった。

 うっそうと茂った森には、陽がささず、まだ午前中だというのにまるで夜のように薄暗い。

 ランタンを用意していると、キェーッキェーッという奇妙な鳥の声が聞こえる。


「ちょっとちょっと、ここってかなりヤバい森なんじゃない!?」


 私は身を縮こませて両腕を擦った。暗い森の中はひんやりとしているけど、そのせいだけじゃない。

 この雰囲気は、アレが出る。絶対アレが出る。


「ガウガーッ」

「ほら出たー!」


 草むらから飛び出してきたのは、毛むくじゃらの豚に似たモンスターだ。

 森に入ったばかりなのに強そうなヤツが出てくるのっておかしくない!?


「俺に任せろ!」


 すかさずラウルスが私たちの前に飛び出し、豚モンスターに対峙する。

 腰から剣をすらりと抜くと、豚モンスターを華麗な太刀筋で斬った。


「すごい、ラウルス!」

「よくやったわ!」


 拍手しながら褒め称える私とヴィーに、ラウルスは「まだ死んでない!」と剣を構えたまま叫ぶ。


「プギィ、プギィ~ッ」


 瀕死の豚モンスターが必死に鳴くと、どこからか同じ豚モンスターが三匹現れた。

 こいつ、仲間を呼びやがったっ!?

 倒れた豚モンスターは最後の力を振り絞ったらしく、そのまま消滅してしまう。


「ここは俺に任せて、二人は逃げろっ!」

「大丈夫よ、私に任せて!」


 避難を促したラウルスに、ヴィーは不敵な笑みを浮かべた。


「だてに錬金術師やってないわ!」


 リュックサックの中から赤くて丸いボールを取り出すヴィー。

 そっか、さっき渡された火炎球だ!

 私も荷物の中から火炎球を取り出した。

 ヴィーが今まさに飛びかかってこようとした豚モンスター1に火炎球を投げつけた。

 すると敵に当たった瞬間にものすごく大きな炎が出現し、豚モンスターはあっという間に燃えつきた。

ものすごい効果だ。辺りに焦げ臭いにおいが漂った。

 その間にラウルスが豚モンスター2を斬り捨てている。


「わ、私も!」


 何かやらなきゃただの足手まといだ。おのれ、サブキャラの底力を見せてやるっ!

 私は手にした火炎球をやや遠くで唸り声を上げながら警戒している豚モンスター3に向かって投げた。


 ……が、火炎球が火を噴くことはなかった。

 目をつぶって投げてしまった火炎球は豚モンスター3には届かず、互いの中央にボトンと落ちた。

 しまった、私、体力には自信があるけど、投げるのは苦手だった~!

 ゲーム世界に来てもこの辺は元のまんまなんて、あんまりじゃない?


「ラウルス、危ない!」


 火炎球が落ちたのは、最前線で戦っていたラウルスのすぐ傍だった。


「うわ、何でこっちに投げた!?」


 ラウルスも火炎球は扱ったことがないようで、右往左往としている。


「ごめん、取り敢えず拾って……」

「ダメッ! そんなことしたら炎に焼かれてしまうかもしれないわっ」


 駆け寄ろうとした私は、ヴィーの言葉に足を止めた。

 森を焼くことはないと言っていたけれど、生命体には反応するの!?

 ど、どうしよう。ラウルスに豚モンスターをやっつけてもらえばいい話なんだけど……火炎球をこのままにして他の人が触ってしまったら大変なことになる。

 すると、ラウルスが火炎球の横に走り寄った。


「でええええーいっ」


 ラウルスは剣を使って、まるでゴルフのボールのようにフルスイングした。

 火炎球はまっすぐに敵に向かうと、ぶつかった衝撃で大きな炎を拭きだす。


「あ、当たった……!」


 豚モンスター3は炎を上げながら消滅した。


「た、助かった……」


 気が抜けた私は、その場にへたりこんだ。

 私たちってば、どうして毎回トラブルが起きてドタバタしちゃうんだろう。

 あ、私か。私がドタバタの原因か。すみませーん。


 気を取り直した私たちは、再び森を歩いて進む。


「この先のはずよ」


 地図を見ながらヴィーが指差す方向は、ほのかに明るい。

 低い木々をくぐりぬけると、ぽっかりと空いた空間があった。


「わー! 何この木!?」


 空間の中央には大きな木があり、その枝葉が広がって空を覆っているのだ。

 イメージは「この木、何の木」かアニメによく出てくる世界樹か。

 ホタルじゃない、キラキラとした光がいくつも漂っていて、暗闇を照らしている。それはひどく神秘的で幻想的な雰囲気だった。

 その空間に一歩足を踏み入れると、空気がガラリと変わった。何て言うのかな、清浄な空気って言えばいいのかな。そこでようやくさっきまで聞こえていた獣の声が聞こえなくなっていることに気付く。


「この木だわ」


 ヴィーはゆっくりと木に近付き、その葉の雫を小瓶に集めた。

 滴は水のようだったが、ほのかに虹色をしている。


「枝や葉は取らなくていいの?」

「取れないのよ。ほら」


 ヴィーがその葉を千切ろうとすると、何故か葉がするりと手から逃れる。

 不思議なこともあるもんだ。きっと無理やり取ってはいけないものだのだろうな。そっとしておこう。


「この場所には、この木が選んだ人しか来られないようよ」

「それは、この木が来る人間を選別しているということか?」


 ラウルスの問いに、ヴィーが頷く。


「おそらく。木に害をなそうとする者は、永遠にたどり着けないのだとか」

「へー、不思議なもんだな」

「うわ、枝や葉を取らなくていいのかなんて聞いてごめんなさいっ」


 すぐさま気に向かって謝った私を見て、ヴィーとラウルスがくすりと笑う。


「大丈夫よ。本気かどうか、この木には分かっていると思うから」

「ここにアンナがいることがその証明になってるんじゃないか?」


 そうか、怒っていたらこの森から強制退場になってしまうのかな?

 私はこの大きな木が怒っていないことを知り、胸を撫で下ろした。


「ついでにここでお昼を取ってから帰りましょうか」

「そうだな」


 二人はさっきモンスターを倒したばっかりだというのに、何でもない様子でそう言った。

 すごいな、本来なら食欲失くす場面だよね、これ。

 まあ、そう言う私も食べようと思えば全然食べれちゃうんだけどね。

 ほんと、この世界に慣れきってきた気がする。たまにここがゲームの世界だって忘れてる時があるもん。

 私たちは木のたもとに座り、お弁当を広げた。ヴィーの錬金術で出来た特製お弁当箱は、すぐに温まり、出来立てのような湯気を出す。

 お弁当箱を開いた二人は、「わー!」と嬉しそうな声を出す。


「きれいな彩りね!」

「食欲をそそる匂いだな」


 そうでしょう、そうでしょう。醤油で炒めた野菜を乗せた野菜炒め丼(肉もちょっと入ってるよ!)は、まるで焼き肉屋に来たかと勘違いしそうなほど香ばしい匂いがする。

 いただきまーす、と手を合わせて、私たちはスタミナ野菜炒め丼を食べ始めた。


「何か、酸っぱい?」

「うん、お酢を入れてみたの。お酢は疲労回復にもいいんだよ」

「お酢って、あの掃除や洗濯に使うお酢のこと!?」


 ヴィーがびっくりした様子で大きな声を出した。

 そう、私も始めてお酢を発見した時は同じくらい驚いた。

 この世界ではお酢を掃除に使ったり、柔軟剤代わりに洗濯に使ったりする。米麹とか日本酒とかから作ると思ってたけど、どうやら昔の錬金術師が開発したものらしい。

 食べても安心な素材なので重宝されていると聞き、物は試しと舐めてみたところ、それがお酢だと判明したのだ。

 その時の喜びと言ったら! まさにお盆とお正月がいっぺんに来たというくらいだった。


「ああ、それで腐妖精を使ったのね」


 ヴィーは納得した様子を見せる。

 腐妖精というのは、以前、醤油を作ってもらった時に発酵を手伝ってもらった妖精のことだ。

 お酢としてまだ酸っぱさが足りなかったので、腐妖精にお願いして更に発酵を促してもらったのだった。


「ラウルスは、どう?」


 ヴィーからラウルスに視線を移すと……そこにはすでに空っぽになったお弁当を名残惜しそうに見ているラウルスがいた。


「もっと食べたい……」

「また今度作ってあげるから。ね?」


 肩を落とすラウルス。よっぽど美味しかったようだ。食べるところは見られなかったけど、素直に嬉しい。もしかしたら、好きって言われるのと同じくらい嬉しいかも。

 慰めるつもりで背中をトントンしてあげると、ヴィーが「お母さんじゃないんだから」とため息をついていた。

 え? 私ってばお母さんポジションになってた? 自分では仄かに甘い空気を出してたつもりだったんだけど!

 私たちが普通の恋人同士になるのは遠い未来になるかもしれない。


「非常用に持ってきたチョコチップクッキーあげるから。ね?」


 私はもしもの時用に持って来ておいたクッキーを鞄から出した。

 壊れないように、そして保存が長くなるように、卵やバターなんかの水分量を減らしている。小麦粉はよくふるっているけど、ベーキングパウダーは入っていないため、ちょっとかためのクッキーだ。

 人生何があるか分からないもんね。モンスターに追いかけられてお弁当を落としたり奪われたりするかもしれないし、遭難することだってあるかもしれないもん。何事も備えが大事だ。


「クッキー!? やった!」

「あらラウルス、あなた甘い物苦手じゃなかった?」

「アンナの作ってくれたものは別だ!」


 満面の笑みを浮かべるラウルス。

 わー、そんなこと言ってくれるなんてすっごく嬉しい。照れくさいけど。

 私が返事をしないことに気付いて、顔を覗き込んでくるラウルス。私の赤い頬を見て我に返ったのか、ラウルスもたちまち顔と耳を真っ赤にさせた。

 

「はいはーい。イチャイチャはその辺にしといてくださーい」


 ヴィーがあきれ顔でこの甘い雰囲気を打ち砕くように両手を叩く。

 ごめん、両想いになったばかりだから、許してね。私が一番好きなのは、ヴィーだからさ!


 その後三人で雫を回収してから帰路に就いた。帰り道はモンスターには出会わなかった。

 それはヴィーの持つ、あの木の雫のおかげだったのかもしれない。



★今日のレシピ★

・小麦粉

・卵

・バター

・砂糖

・チョコレート


砂糖少なめ、チョコレートも苦味のあるものを使えば大人味に!

チョコレートは生地をオーブンの天板にのせた後、刺すようにのせると見栄えがよくなるよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ