表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/51

41 豚肉ちょっぴり、野菜たっぷりスタミナ丼

「アンナちゃん、噂の恋人の登場だぜい!」

「ヒューヒュー! 朝っぱらから熱いねえ!」

「あんまりひとり身に見せつけるなよー!」


 出来立ての朝食を運んでいると、お客さんが指笛をふきつつはやしたてる。

 振り返ってみれば顔を真っ赤にしたラウルスが立っていて、それを見た瞬間に私の顔は耳まで熱くなった。茶色い髪、灰色の瞳をした爽やかイケメン君。騎士風のジャケットをラフに着こなしている彼は、私の、こ、こ、こ、恋人だ。


「ラ、ラウルス。お、おおお、おはよう!」


 思わず声がひっくり返ってしまう。

 死後、ゲーム世界のサブキャラと入れ代わった私は、メシマズ世界でB級グルメ料理を作っているうちに、彼――ラウルスウィードと両想いになった。

 ラウルスは王都の騎士学校を卒業後、主が見つからないという理由で生まれ故郷に戻ってきて、私と共に錬金術師であるエルヴィーラ(ヴィー)のサポートをしている。

 出会った当初、ラウルスはヴィーのことが好きだと思ってた。でも、それは誤解で、ラウルスは私のことを想ってくれていた、らしい。入れ替わる前のアンナレーナではなく、何の因果かこのゲーム世界に転生した私、飯森杏菜のことを。


 告白された時はビックリして返事できなかった。でも、自分の料理を一番に食べてほしいのは彼なんだとようやく気付き、ラウルスに返事をしたのは昨夜のこと。意識するなという方が無理な話だ。


「あ、ああ、おはよう」


 ラウルスの返事もかなりぎこちない。


「……」

「……」


 もじもじ。もじもじ。

 うー、何て話せばいいか分からない。だってこういう状況になるの、初めてなんだもんなー。

 この状況、まるで中学生の時のカップルみたい。両想いなのに、恥ずかしくて話せなくなっちゃうってやつ。私は運び終わって空になったお盆をぎゅうっと握りしめた。


「……きょ、今日もいい天気だな」

「そ、そうねっ! ほんと、すっごくいいお天気」


 ちょっと汗ばむくらいだ。急に気温が上がるなんて、このゲーム世界にしては珍しい。


「おーい、今日はくもりだぞー」

「外は寒いってのに、この辺りはやけに熱いなー」


 またもや外野のツッコミ。

 うるさいうるさーい! そんなことばっかり言ってると、倍の値段請求しちゃうんだからね!? っていうか、早く食べなさいよ。冷めちゃったら美味しくないでしょうが!


「ちょっと、あんたたち、入口で何イチャイチャしてるのよ。通れないんだけど」

「あ、ああ、すまない」


 えいっとばかりにラウルスを押しのけたのは、錬金術師であり私の友人でもある絶世の美少女・エルヴィーラだ。このゲーム世界の主人公で、私は彼女のサポート役である食堂山猫亭の看板娘だ。

 ヴィーは私のことが大好きで、ラウルスに私を取られてしまったと思っているようだ。

 不機嫌そうに眉をしかめているヴィーも、可愛らしい。


「ようやくくっついたと思ったら、なんでそんなに恥ずかしがっているの?」

「だって……」


 そうだよね。こんなの私らしくないって、自分が一番分かってるんだけど。

 初めての恋は戸惑いばかりで前途多難だ。でも、恥ずかしさのせいでラウルスと話せないのは寂しい。

 何か両想いになる前のような雰囲気に戻れるようなことが起こればいいんだけど。


「ヴィーはどうしてここに? 朝ご飯はベアと食べるって言ってたよね?」


 ベアというのは可愛い子供の姿をしたホムンクルスだ。普段はラウルスと暮らしているが、昨夜はヴィーの錬金術を手伝うと言ってお泊りしているはず。


「もうとっくに食べて、ベアは掃除をしてくれているわ。『一宿一飯(イッシュクイッパン)の恩義(ノオンギ)』ですって。ホムンクルスのくせに義理堅いわよね」


 ほー。それは確かに義理堅いし子供らしくない。まあ、見かけは大人だけど年齢は私たちより年上かもしれないから、ちょっと子供らしくないっていうのは変かもしれないけど。

 元々真面目で、山猫亭でのアルバイトもしっかりとしてくれる良い子だ。


「そうそう、本題を忘れるところだったわ。久々に採集に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」


 今日は仕込みを全て終わらせているので、これからは自由時間なのだ。ヴィーはそれをすでに知っていたので、誘いに来てくれたのだろう。嬉しい。


「うん、いいよ! 今日はどこに?」

「東の方にあるフォイという森に、珍しい木があるって錬金術のお客さんから聞いたの。何かの材料になるんじゃないかと思って」

「面白そう! 行きたい行きたい!」

「お、俺も行く!」


 ラウルスが勢いよく手を上げる。


「今から急いで準備してくるから、待ってろよ!」

「待っててください、でしょ?」


 腰に手を当てて微笑むヴィーに、ラウルスは悔しそうに顔をしかめた。二人は普段からこんな感じだが、仲良しさんなので、私はいつも見守ることにしている。


「ぐっ……。待ってて、ください」

「よくできました。いいわ、連れてってあげる。急ぐのよ。はい、いーち、にー、さーん……」

「ちょっ! それはないだろう!」


 慌てて走り出すラウルス。あーあー、そんなに急がなくてもヴィーは絶対に待っててくれるのに。それにしても、悔しそうな顔をするラウルスも可愛いなあ。


「イジりがいがあるわ」


 ええ、同感です。


「それで、お願いがあるの」


 ヴィーが頬を赤らめてモジモジしはじめた。そして上目遣いで私を見上げる。

 それを見た瞬間に、何も言われないうちから「おねーさんが何でも買ってあげよう!」と私は言っていた。こんなに可愛い顔と仕草とされたら、何でも()うたる! って気分になるよね。同い年だし、ヴィーの方がお金持っていそうだけど、今の気分は大富豪。


「違うの。アンナのお弁当が食べたいの」

「何だ、そんなこと。おやすい御用!」


 私は快諾した。今だったら豪華なおせち料理だって作って差しあげましょう! ……材料無いけど。


「何か食べたいものある? 簡単なものになっちゃうけど」

「アンナの作ってくれるものはどれも楽しくて美味しいから迷っちゃうわね」

「じゃあ、ありあわせのものでいい?」

「ええ。おまかせするわ」


 よーし。腕の見せ所だ。

 なんせこちらは元一人暮らしの貧乏学生。冷蔵庫の中にあるもので料理するくらい、朝飯前なんですよ。ちっとも自慢にならないけどね。


「これこれ! 片栗粉!」


 擦ったじゃがいもを布巾でしぼり、しばらく放置して上澄み液を捨てる工程を繰り返すとできる白い粉が片栗粉だ。

 片栗粉基本、肉や野菜に薄くはたいて使う。揚げ物に使うとカラリと揚がるし、炒めものに使うと味が馴染みやすくて便利なのだ。

 しぼって水分が無くなったじゃがいもは煮込み料理に入れると無駄にならない。

 今日は珍しく豚の細切れが入手できたので、これと野菜を使って丼料理にしようかな。

 豚肉はね、やっぱりお高くてねー。ほとんどが乾燥させたジャーキーで出回っている。でも牛肉よりは手に入りやすいので、今回はたまたま手に入れることが出来たのだ。

 

 色んな料理にちょぴっとずつ使ったから、脂身+αくらいしか残っていないけど、旨みは十分に引き出せるはず。

 あとは、タマネギとニンジンとナスとピーマンとパプリカとー。

 私は洗ってある野菜をいくつか手に取ると、適当な大きさにざくざくと切っていく。フライパンに油をひき、肉を焼いて一旦取り出し、火の通りにくい順に炒めていく。味付けは塩こしょう、醤油、酢でさっぱりと。

 ヴィーの作ってくれた温めることが出来るお弁当箱にご飯と一緒に入れれば、野菜たっぷりスタミナ丼の完成だ。


「できあがりー」

「早いのね!」

「ほんと簡単なものだけど、きっと美味しいはず。お昼まで楽しみに待っててね!」


 粗熱が取れたら蓋をして、リュックサックに詰める。

 荷物は私が身の回りのものとお弁当担当、後の二人が冒険に必要なものを持つというように自然と役割分担ができている。


「そうだ、アンナ。荷物が増えてしまうけど、これを持っていて」

「ナニコレ?」


 ヴィーがくれたのは、手の平に収まる赤いボールだった。


「火炎球よ。敵に投げつければ炎が現れるわ」

(こわ)っ」


 私はボールの乗った手を最大限に遠くへ伸ばす。誤爆とかしないのかな。鞄の中で他の何かにぶつかったり、誤って落としたり……なんて、よくある話だよね!?


「これから行くのって森だよね? 延焼したりしない?」

「大丈夫よ。これは敵だけを焼き尽くすものだから」


 焼き尽くすって言ったー! 怖すぎるー! 

 そうか、可愛いには裏があるんだな……アンナ、オボエタ。って、ついベア化してカタコトになっちゃったよ。

 リュックサックの紐を縛った時、食堂の扉がバタンと開く。


「はあ、はあ、はあ、間に合ったっ!」


 ラウルスだ。出掛ける前からそんなに疲れちゃって大丈夫かと心配になるくらい荒い息を吐いている。


「そんなに急がなくても置いて行ったりしないよー」


 ぷっ、と吹き出したのは、私が先かヴィーが先か。


「そうよ、本気にしたの? 私がラウルスを置いて行ったりするわけないじゃない」

「俺、たまにお前の笑顔がすっごく怖い時があるんだ……」


 ヴィーの微笑みを本気で怖がっているラウルス。

 私は我慢できずに再び吹き出した。

 ああ、楽しいな。ヴィーもラウルスも、大好き。

 ヴィーのおかげでラウルスと普段通りに話せそうな気がする。良かった良かった。


「ベアは? 一緒に来てないの?」

「あー、誘ったんだが、マーサ婆さんとお茶する約束があるって断られた」

「へ、へえ……それなら仕方ないね」


 マーサ婆さんというのは、この町一番の長寿のお婆さんだ。足は弱くなっているものの、それ以外はとても元気で、町の人は入れ代わり立ち代わり彼女と話をしに尋ねていくほどの人気者だ。

 私の料理を気に入ってくれ、何回かデリバリーをしたことがある。

 見た目は子供のベアとマーサ婆さんがお茶を飲みながらどんな会話をしているのか非常に気になるところだが、追及するのはまた今度にしておこう。


「よーし、出発だー!」


 サブキャラのくせに、私は意気揚々と拳を上げた。




★今日のレシピ★

豚肉こまぎれ

・タマネギ

・ニンジン

・ナス

・ピーマン

・パプリカ

・塩こしょう

・醤油

・酢

・ご飯


お酢を入れたらいつもの野菜炒めが違う料理に!疲労回復にもGOOD!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ