38 皆で作る、わらび粉100%のわらび餅
今日はラウルス・ヴィー・ベアの四人でニアの森へ採集兼ピクニックに来ている。
太陽が一番高い所から少し下がった頃、ベアがぽつりと言った。
「オナカ、スイタ」
「えっ、もう?」
さっきアンナ特製の満腹弁当を皆で食べたばかりだ。
おにぎりやから揚げなど、お弁当の定番をたっぷりと詰め込んできたから、他には塩や醤油といった調味料くらいしか持って来ていない。
「どうしよう。見た限り、木の実もなっていないみたいだし」
目の前の森には青々と茂る木々があるばかりで、手っ取り早く食べられそうなものは見当たらない。
「ダイジョウブ。ゲンチチョウタツ、デキル」
そう言うが早いか、ベアはトコトコと道の外れへと歩いていく。
そこは日当たりのいい場所で、シダ植物の一種と思われる植物が群生している。
「これって……わらび?」
シダ植物はどれも似たような見た目なので判断が難しいけど、多分わらびだ。
ベアはわらびの葉をブチッとむしり、ムシャムシャと食べ始めた。
「オイシイ」
「本当か? だったら俺も少し味見してみるかな」
ラウルスはわらびの葉に手を伸ばした。
するとその手をベアが素早く止める。
「ラウルス、ダメ」
「え、何でだ?」
「コレ、チョット、ドク、アル」
「毒っ!? うわっ!」
ラウルスは手にしたわらびの葉を害虫でも掴んだかのごとく投げ捨てた。
知らなかった、わらびって毒があるんだ。
そう言おうとして、何かが記憶に引っかかった。
「あ! そういえば食べ過ぎると体に良くないって聞いたことがあるような。ベアは平気なの?」
「(コックリ)」
わらびはアクが強く、そのまま食べると中毒を起こしてしまうのだ。
まさか毒を食べても平気なんて。
ベアってば、体内で毒素を分解でもしてんの……?
ホムンクルスって、ほんと無敵だなあ。
ラウルスは心なしか残念そうにしている。
「葉っぱは食べられないけど、根っていうか地下茎は加工すれば食べられるんだけどね。まあ今回は諦めて他の食べ物を探してみようよ」
慰めで私はそう言ってあげた。
わらびの茎から作られたデンプンの粉を使ったものが、わらび餅になるのだ。
100%わらび粉で出来たわらび餅は、作るのに手間がかかるのでとても貴重で高価だと聞いたことがある。
これもテレビから得た知識だ。
私はサツマイモか何かのデンプンが混ざった透明なわらび餅しか食べたことがないけどね。
話を聞いたラウルスの目が一気に輝いた。
「本当か? 加工すれば食べられるのか?」
「うん、甘いお菓子になるよ。でも、作るのにすっごく時間が掛かるらしいよ」
「そうか……。アンナは食べたことがあるんだよな? 美味しいのか?」
「そりゃあ、もう、とっても!」
ラウルスは涎を垂らさんばかりに目を爛々とさせた。
どうやら食べたくて仕方がないらしい。
ヴィーも興味を引かれたみたいで、私の腕をがしりと掴んだ。
「アンナ、やってみましょうよ」
「えー? でも作り方はうろ覚えなんだよね。だから失敗するかも」
「失敗が何よ。やってみなくちゃ始まらないわ。難しい工程があるのなら、私の力を貸すわよ」
私を励ますように掴んだ腕に力を込めるヴィー。
ヴィー、変わったな。
初めて会った頃はもうちょっと消極的な女の子だったのに。
その笑顔を見ていたら、何だか勇気が湧いてきた。
「そうだね、やってみなきゃ始まらないよね! よーし、わらび餅を作ってやるぞー!」
オーッと拳を振り上げた私たちは、さっそくわらびの地下茎を掘り出すことにした。
だけどその収穫はすぐに終わった。
ラウルスが掘り出しやすいようにわらびの葉を剣で刈った後、ベアが地下茎を引っ張って一気に掘り出したのだ。
なんていう怪力!
ベアがいるとほんと助かるなあ。
働き者だし、賢いし、何よりもすっごく癒されるし。
ラウルスがうらやましいな。
私たちはそれぞれの背に掘り出したわらびの茎を背負い、ジステリアに持ち帰り、さっそくわらび粉作りに乗り出した。
まずはワラビの茎に付いた土をタワシで落とす……んだけど、数が数なので洗うだけで労力が尽きてしまいそうだ。
案の定、共同水場で茎を洗ったところ、泥だらけなのでなかなか綺麗にならなかった。
この作業が永遠のように続くと思うと想像しただけで気が滅入る。
「やっぱりやめようよ。出来るかどうかも分からないことに、皆を巻き込みたくないし」
再び弱気になった私の肩を、今度はラウルスが叩く。
「何を言っているんだ。ここで諦めるなんて、アンナらしくないぞ。やると決めたからには、最後までやり抜こう! それに出来るかどうか分からないって、そんなに悪いことじゃないと思うぞ。先が分からないって、ワクワクしないか? 俺は今、とっても楽しい。なあ、二人も楽しいだろ?」
ラウルスが振り返ると、ヴィーとベアが同意を示した。
「ラウルス……」
私はラウルスの言葉に胸が熱くなった。
そっか。
今まで私の身勝手な料理開発を手伝ってもらってるとばかり思っていたけれど、皆も楽しんでくれてたんだね。
出来るかどうか、じゃないんだ。
やりたいかどうか、なんだね。
私、やりたい。
皆で心を一つにして、わらび餅を完成させたい!
「ありがとう、ラウルス! 私、頑張るよ!」
「よし! それでこそアンナだ!」
ラウルスが満足げに微笑む。ヴィーとベアも(多分)笑顔だ。
皆の顔を見て、私は元気を取り戻し、作業を再開することにした。
一本一本洗っていくと恐ろしく時間がかかりそうなので、近所の家の壁に立てかけてあった幅のある板を借りてきた。
それをわらびの茎を並べた上に乗せ、板ずりの要領で土を落としていく。
「この作業が簡単になるような何かを作るわ」
「ううん、ヴィーには次の行程に使う道具を作って欲しいんだよね」
「次の行程は何なの?」
「洗い終わった茎を、すり潰すんだけど……」
すり鉢でするか、おろし金でおろすか。
どちらにしてもまた手間のかかる工程だ。
「それこそ私の出番よ」
ヴィーは腕まくりをして、私にどんな器具を作って欲しいのか尋ねる。
一番楽なのは、ミキサーだろう。
硬い茎もガリガリ削れるような、丈夫なヤツ。
するどい刃がたくさん付いていて、それが回転して入れたものを細かく砕くことが出来る粉砕機。
私のあやふやなリクエストに、ヴィーはたちどころに応えてくれた。
粉砕機はワイン樽に似た形で、中央に刺さった棒を押し込むと棒に付いた刃が回転し、中のものを粉砕するのだと言う。
ちなみに粉砕機は木と鉄と石と中和剤で作ったそうだ。
さっそく一生懸命洗った地下茎を短くカットし、水を加えて粉砕機で砕く。
「すごい、ヴィー! あんなに硬かった茎が一気に砕けたよ!」
「そんな。このくらい、何てことないわよ」
頬をほんのり染めて気恥ずかしげに俯くヴィー。
可愛いな……って、見惚れてる場合じゃなかった。
粉々になった茎を網で漉すと、鍋には濁った水、網には皮などのカスが残る。
この鍋に水を入れてかき混ぜ、しばらく放置すると、下の方にデンプンが溜まるはずだ。
ここで日が暮れてしまったので、ひとまずお開きになった。
山猫亭での仕事が待っているのだ。
翌朝仕込みを終えてヴィーの家に向かうと、ラウルスとベアもちょうど来たところだった。
鍋の底にデンプンが溜まっていると信じ、上澄み液を掬って捨てる。
すると鍋の底には黒いどろりとした液体が溜まっていた。
でもこれはまだ完全なデンプンじゃなく、不純物がたっぷり含まれている。
そこでまた鍋に水を加え、一日放置する。
それを繰り返して3日後。
「出来た……!」
完全に水分が抜けた灰色のわらび粉を見て、泣きそうになる。
「おめでとう、アンナ!」
「メデタイ、メデタイ」
「よく頑張ったな!」
ラウルスが私の頭をぐりぐりっと撫でた。
「まだ、お菓子になるのはこれからだけどね」
私はそう言ってさりげなくラウルスの手を頭の上から退ける。
急にされるとびっくりして心臓止まりそうになるから、こういうのはやめてほしいよね。
「さっそくわらび餅を作るね!」
私はヴィーの家の厨房でわらび餅作りをスタートさせた。
わらび粉を水で溶かし、砂糖を加えて混ぜる。
鍋に入れて中火にかけ、よく練る。
わ、わらび餅が黒っぽい茶色なった!
さすがわらび粉100%!
粘りが出てきたら弱火にして、透明感とツヤが出るまで根気よく練る。
それを型に流して冷ます。冷やし過ぎると美味しくなくなるので注意が必要だ。
この間に、きな粉を作ろう。
きな粉の原料が大豆だってこと、子供の頃は知らなかったなあ。
醤油にしろ、豆腐にしろ、日本人って大豆ばっかり食べてるよね。
さて、作業に戻ろう。
中火で温めたフライパンで大豆を乾煎りする。
大豆の皮が弾けてきて、香ばしい香りがしたら火から下ろして粗熱を取る。
粉砕機で粉々にして、食感を良くするためにふるいにかけて砕ききれなかった皮などの不要物を取り除く。
それに砂糖をお好みで加えると、甘いきな粉の出来あがりだ。
冷えたわらび餅を適当な大きさの四角形に切り分け、上からきな粉をまぶす。
私は一足先に味見をすることにした。
とぅろんっとしたわらび餅の食感と香りが口に広がる。
んーっ! もちもちしてるのに、弾力があって美味しーっ!
私はあまりの美味しさにその場で足踏みをした。
スーパーで買った透明なわらび餅とは雲泥の差だ。
サツマイモとかのデンプンを足した方が、わらび粉100%よりもまろやかな口当たりらしいけど、コクのあるわらび餅とほのかに甘いきな粉がとてもよく合っていて、食べたことのない味がした。
「出来上がりでっす!」
それぞれの前にわらび餅の乗ったお皿を置くと、それまでわくわくしながら待っていたはずの三人の笑顔が固まった。
「く、黒いな……?」
「これは四角いものも上に乗っている粉も、まるで土みたいね……」
「クチュン!」
ベアがきな粉の匂いを嗅ぎ、吸い込んでしまってくしゃみをする。
確かに、色からすればあまり食欲をそそる外見じゃないかも?
「でも、味は美味しいから!」
その言葉を信じ、皆がわらび餅を口に運んだ。
するとそれぞれの目が大きく見開かれた。
「何だ、この食感は?」
「ムチムチ、プニプニ」
「弾力があるかと思えば噛むと溶けるように消えて行くのね。冷たくて、ほんのり甘くて、食べるのがもったいないくらいよ」
ラウルスは驚き、ベアは頬に手を当ててほんわかし、ヴィーは饒舌に語る。
今回も大成功だ。頑張って作った分、喜びも大きい。
余ったわらび餅を山猫亭で出してみることにした。
幸せはお裾分けしなくっちゃね。
さっそく新メニューをオーダーしてくれたのは、冒険者の若いお兄さんグループだった。
「なあ……これって、カクカクに似てないか?」
「俺もそう思った。色といい、形といい、カクカクにソックリだよな」
わらび餅を見た途端に、そんなことを言い出すお兄さん方。
「カクカクって何ですか?」
「モンスターだよ。こういう半透明な軟体で、体当たりしてきたり、体を広げて人を包み込み、窒息させたりするモンスターさ」
おまけにカクカクは仲間と合体し、ゴーレムみたいな大きさにもなるらしい。
「おおい、来てみろよ。カクカクが食い物になってるぞ」
お兄さんは知り合いらしい新規のお客さんをテーブルに呼ぶ。
するとやってきたお客さんも「そっくりだな」と感心した様子で唸っている。
「そんなにそっくりなら、これは“カクカク餅”っていう名前にします」
「ああ、それがいい。冒険者たちは面白がって頼むと思うよ」
お兄さんの言った通り、名前を変えると決して安い値段ではないにもかかわらず冒険者のお客さんたちが次々に注文をし始めた。
これは山猫亭の名物料理になりそうだな。
……作るのは大変だけど。
「今回も大成功だな。良かったな!」
ラウルスはまるで自分のことのように喜んでくれている。
するとヴィーがつつつっと私のそばにやってきた。
「ラウルスならアンナを任せてもいいかもしれないわね」
「え? それって本心?」
「もちろんよ。……本当の本当は、とってもとっても嫌だけど」
誰にも渡したくないもの。
そう聞こえるか聞こえないかの声でふてくされたように言うヴィーが、とても愛おしく思えた。
そして彼女の視線の先に立つ、ラウルスを私も見る。
ラウルスは再び注文したわらび餅を、いくつかベアのお皿に乗せてやっている。
ラウルスと、かあ。
確かに、いつもさりげなく手助けしてくれるし、どこか出掛ける時は必ず付いてきてくれて守ってくれるし、子供の面倒もちゃんと見てるし……。
もしかして、ラウルスってば、超いい男なんじゃない?
付き合ったら楽しい毎日になりそうだよね。
絶対大切にしてくれそうだし、絶対に浮気もしなさそうだし。
うん? 何だか、胸がドキドキしてきたような?
ラウルスがいつもよりもキラキラして見えた私は、自分の変化にちょっとだけ戸惑っていた。
■本日の錬金術
●粉砕機
・木
・鉄
・石
・中和剤
●わらび餅 (カクカク餅)
・わらび粉
・砂糖
●きな粉
・大豆
・砂糖
ぷるぷるって揺れるところを見るだけで楽しいな!
努力した分、余計に美味しく感じるよね!
■今日のラウルス君
アンナの心をくすぐったにもかかわらず、無自覚状態。




