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36 冒険の非常食を美味しく食べる。焼食でせんべい汁

「アンナちゃんよ、こっちにリュウキュウドン大盛で!」

「はあい、琉球丼ね。よろこんでー!」


 クルスさんの注文を受け、私は厨房へと引き返した。

 冒険者である彼は可愛らしい名前とは真逆の、ひげのむくつけきおじさんだ。


 山猫亭の常連さんで、お米好き。

 おまけに大食いで、今日もすでにタコライスの大盛をぺろりと完食している。


 最初は驚いたけれど、もう慣れてしまった。


「気持ちいいほどの食べっぷりだね~」

「おうよ。昨日までろくなモンを食ってなかったんだからよ。持って行ったカップラーメンは早々に仲間たちに食われちまって、これしか残ってなくてよ」


 そう言ってクルスさんはくたびれたリュックサックに似た鞄から何かを取り出した。

 それは薄いベージュ色で丸く、ビスケットのような見た目の食べ物だった。


「それは?」

「冒険者じゃないアンナちゃんは知らねえよな。これは焼食(やきしょく)ってやつさ。食ってみるかい?」


 差し出された焼食を受け取ると、思ったよりも軽い焼き菓子だった。

 焼食って何だか甘食に名前が似てるし、きっと甘いお菓子なんだろうな。

 辛党のクルスさんが甘いお菓子を神妙な面持ちで食べてるところを想像して笑いそうになった。


 いただきまーす。


 私は大きな口を開けて、ぱくり……出来なかった。

 ガキッと歯が鳴り、私は慌てて口から焼食を出した。


「うわ、何なのコレ! めちゃくちゃ硬いんだけど!」


 本気で歯が折れるかと思った。

 焼食の方は欠けてすらいない。


「そりゃもう、硬いの硬くないのって! 俺ら冒険者の気持ちが分かるだろ?」


 私はベアのように無言でコクコクと頷いた。

 水分をほとんど含んでいないから、保存は効きそうだけど、味付けは塩だけなのでイマイチ美味しくない。


「アンナちゃんの料理の腕を見込んで、頼みがある。これをどうにか美味しく食べられるようにしてもらいたい」

「えー? じゃあ考えてみるけど、期待しすぎないでね?」


 クルスさんはお礼を言い、琉球丼をぺろりと平らげ、夜にまた来ると言って帰っていった。


 美味しく食べられるように、かあ。

 漠然としたリクエストすぎて、うまくイメージ出来ないなあ。

 そうだ、こんな時に頼りになる人がちょうどこの町に来てるじゃん。


「ジークハルドさんに相談しに行こう!」


 私はそう呟くと、この町に一つだけある宿屋へと向かうことにした。

 彼はモンスター退治で高額な報酬を得たため、しばらくは悠々自適な生活を楽しむと言い、この町に滞在しているのだ。

 山猫亭を出て行くと、道の先にヴィーがいた。こちらに向かって歩いてきている。


「あら、アンナ。ちょうどいま山猫亭に行こうと思っていたところなの。買い物か何か?」

「ううん。ちょっと相談があって、ジークハルドさんに会いに宿屋へ行くところ」

「一人で? それは危ないわ! 男性の部屋に一人で行くなんて!」


 血相を変えたヴィーは、私もついて行くと言う。

 ジークハルドさんは紳士だから、ヴィーが心配するようなことは起きないと思うけど。

 まあ、付いてきても困ることはないから、一緒に行くことにしよう。


 宿屋へ行くと、ジークハルドさんはちょうど出先から戻ってきたところだった。


「やあ、アンナ。君の方から会いに来てくれるなんて嬉しいよ。とうとう私の愛を受け入れてくれる気になったのかな?」


 彼の後ろにはこの町の女たちが何人もいた。

 女たち、と言ったのはそれが若い女の人だけではなかったからだ。

 幼女から初老の女性まで、中には先日結婚したばかりの新妻もいた。


 恐ろしい。

 この人は一体今までいくつの幸せな家庭を壊してきたんだろう?


 ……まあ、いい。

 早いところ相談して帰らなきゃ。

 後ろの女性たちの目が怖い。


「ジークハルドさんは焼食を知ってますよね?」

「ああ。もちろん。私の好みじゃないから持ってはいないけれど」


 ジークハルドさんの求愛をスルーして本題を切り出すと、彼の方もすぐに切り替えて返事をしてくれる。

 私がどこまでこの話題を避けるのかを楽しんでいるような素振りだ。

 大人の余裕ってやつですか?


「実は、この焼食をどうにかして美味しく食べられないかって依頼を受けちゃいまして」

「なるほどね。もしこれが美味しくなるようなら、私としても非常に嬉しいよ。何でも質問してほしい」


 私たちは宿屋の一階にある談話室に移動した。

 簡易的な木のテーブルとイスが用意され、来客や宿泊客同士が使う、憩いのスペースだ。


「ジークハルドさんが冒険の際の食事で求めるものは何ですか?」


 さっそく疑問をぶつけると、ジークハルドさんは冒険者の実情を淡々と語ってくれた。


「冒険者はね、喉の渇き、体力の消耗、そして気温の変化といった困難に常に晒されているんだ」


 冒険者がまず困るのは、持って行った水が尽きた時だ。

 現地調達しようにも、溜まった水は腐っていて、流れていても飲み水に適しているとは限らない。

 瑞々しい果物や木の実も見つけられることの方が少ない。


 次は食糧不足。保存食とはいっても半永久的にもつ訳ではなく、傷むこともある。

 体力が消耗していれば食料を探すことも困難だ。


 そして気温の変化。

 季節にとらわれず場所によって暑かったり寒かったりするので、備えが無ければそのまま死に直結する場合もある――。


 焼食を持って行くのは険しい山などを登る時で、出来るだけ身軽にしていかなければならない過酷な冒険の時なんだそうだ。


 うわ、ゲームをプレイする時にはそんなこと全く考えなかったけど、ほんと冒険者って命がけのお仕事なんだなあ……。


「何か参考になったかい?」

「そうですね。喉の渇きが癒せるように、水分の多いものなんかがいいのかなと思いました。あとは疲労回復のために砂糖と塩を入れて……」


 あの焼食を食べるためには、スープか何かの水分でふやかして食べるしかないよね。

 うん、何とかなりそうな気がする!

 私は気合を入れ、がたんと席を立つ。


「ありがとうございました! とっても助かりました!」

「何の料理が完成するのか、とても楽しみにしているよ」


 ジークハルドさん(と全冒険者たち)の期待を一身に受け、私たちは宿屋を後にした。

 私はヴィーと一緒に山猫亭に戻り、さっそく厨房に向かう。

 そして材料になりそうなものを用意した。


 作るものはだいたい決まっている。

 確か、どこかの郷土料理でせんべい汁ってものがあったのを思い出したのだ。


 汁って言っても鍋みたいなやつで、鍋用にせんべいが作られてるって言ってたような。

 焼食ってせんべいみたいだし、味付けが塩だけな分、鍋に入れても邪魔にならないかもしれない。


 でも鍋を冒険に持って行く訳にはいかないし、どうしたら手軽に携帯出来るのかな。

 うーん、具体的な方法はまだ思いつかないけど、とりあえず試しに作ってみよう。


 材料は鳥のもも肉、ゴボウ、ニンジン、キャベツ、キノコ、長ネギ、出汁、醤油、砂糖、塩。


 まず、もも肉は食べやすい大きさに、ゴボウとニンジンはささがき、キャベツは大きめの千切りにする。


 鍋で鳥肉を炒め、出汁を注ぐ。

 煮立ってきたら切った野菜と調味料を加える。

 野菜に火が通ったら小口切りにした長ネギを加えて出来上がり。


 味見をして、調味料を微調整する。


「焼食は入れないの?」

「うん。食べる直前に入れようと思って」


 料理を手伝ってくれたヴィーにそう答える。


 焼食は食べる直前に入れ、柔らかくなりすぎないうちに食べるのが一番美味しいはずだ。

 まだ硬さの残るところと、ぐずぐずに柔らかいところの食感の違いも楽しめる。


「よし、完成。さっそく味見してみよう!」


 私は二人分だけせんべい汁を皿に盛り、ヴィーに焼食を手渡した。焼食を浸し、しばらくしてから口に運ぶ。


 焼食が硬いことを知っていたヴィーは、恐る恐るといった感じで食べた。

 そして次の瞬間、パッと顔を上げて私を見た。


「あんなに硬かったものがこんなに柔らかくなるなんて驚きね!」


 そして、スープも美味しいわ、と言ってくれる。

 安心した私もせんべい汁を食べた。

 焼食を入れる前の段階では味見していたけれど、合わせたらどんな味がするのかは分からなかったのだ。

 

 汁を吸った焼食は予想よりも柔らかく、すいとんとお餅の中間の食感だ。

 ちょっと変わった醤油ベースのお雑煮といった出来栄えだった。


「これは結構いけるんじゃない?」

「結構どころか、かなり、だと思うわよ」


 ヴィーが太鼓判を押してくれた。

 やがて日が暮れ、依頼者のクルスさんとジークハルドさんが様子を見にやってきた。

 私は自信満々でせんべい汁を二人に振る舞った。


「こいつは、本当に俺が渡した焼食なのか? めちゃくちゃ美味えじゃねえか!」

「焼食に味がほぼ無い分、スープが染みていて美味しいよ」


 二人ともせんべい汁が気に入ったようで、同時におかわりのお皿が付き出される。

 クルスさんが三杯目を食べ終え、ようやく落ち着くと、さてこれをどう冒険先で食べるかという会議が開かれる。


「さすがに鍋ごと持って行くわけにはいかねえわなー」


 クルスさんの意見を聞き、私は自分の意見を述べる。


「これをカップラーメンみたいに携帯出来たらいいんじゃないですか?」

「それだとかさばるんじゃないかな。やはり、冒険者は少しでも荷物を減らしたいものだからね」


 ジーハルドさんの言葉に、「そうかあ」と自分の意見を取り下げた私は、更に考え込む。


 カップラーメンは確かに大きいから数を持って行くとはかさばるよね。

 あっ、じゃあ、せんべい汁の具とスープだけを携帯できるようにしたらどうだろう?

 カップスープみたいに個別に包装してさ。


 よく登山家の人たちがリュックサックからステンレス製のカップをぶら下げてるよね。あんな感じで冒険者たちにはマイカップと焼食を持って行ってもらってさ。

 飲み水を沸かして注げばすぐに食べられるようにする、とか。


 思いついた案を皆に身振り手振りで伝えると、彼らの目が輝いた。


「とってもいい考えよ、アンナ!」


 ヴィーの瞳は宝石みたいだ。

 自分も採集なんかでよく出掛けるから、保存食が増えそうで嬉しいに違いない。


「それが実現したら、私たち冒険者の食生活は一変するだろうね」

「アンナちゃん、さっそくそれを作ってくれよ!」


 皆の期待を受け、私とヴィーは翌日からさっそく携帯食作りに入った。


 まずはせんべい汁のスープを作り、一食分ずつ小分けにして、乾燥粉をかける。

 乾燥した汁と具をまとめると、ビッグサイズのキャラメルくらいの大きさに固まった。


「さて、これをどうやって持ち運びするか、だね」

「ここから先は私に任せて!」


 ヴィーが自分の胸をドンっと叩く。


「丈夫な紙、中和剤、それと……」


 ブツブツと呟きながら錬金窯に次々と材料を入れ、火を入れる。

 すると鍋が光って何かが完成した。


「出来たわよ。これで包むのはどうかしら」


 差し出されたものは、パラフィンのように薄い折り紙サイズの紙だった。

 カップスープの個別包装を思い描いていたのでちょっとイメージとは違ったけれど、これでも問題なさそうだ。

 聞けば防水効果も高いらしい。


「ヴィー、すごい! さっそく包んでみようよ!」


 一食分の具材の塊とスープを乾燥させたものを、紙で包み、最後に糊で閉じる。

 出来上がったものを山猫亭に運び、再び集まってくれたクルスさんとジークハルドさんに披露した。


「こいつはすごい! カップとこれさえあればどこででも食べられる!」


 実際にカップに包みの中身を入れ、お湯を注いだせんべい汁を試食したクルスさんは、いたく気に入ってくれた。


「これは革命と言ってもいいよ、アンナ。全冒険者は君に感謝するだろうね」

「私も採集に行く時にはぜひ利用させてもらうわ!」


 大絶賛を浴び、私は照れて頭をかいた。

 楽しんで開発した料理を褒めてもらえて、嬉しいなあ。


 その後、冒険者の間でせんべい汁が大流行した。

 その余波でマイカップの売り上げも急上昇したそうだ。



■今回の錬金術レシピ


●包み紙

・丈夫な紙

・中和剤

・?


●せんべい汁

・焼食

・鶏もも肉

・ゴボウ

・ニンジン

・キノコ

・長ネギ

・出汁

・醤油

・砂糖

・塩


■今日のラウルス君

出番無し……でショボボン状態。

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