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34 モンスター退治の活力は、タバスコたっぷりタコライス

 みょん、みょん、みょん、みょん。


 ん? 何だか背後で変な音がするなあ。


 私は料理の手を止めて振り返った。


 するとそこには10センチほどの小人がふわふわと浮いていた。

 目がくりくりとしていて、手足が短い。

 短い布を体に巻き付けて腰で結わえている様子は、まるで忍者のようだ。


「これって……もしかして妖精?」


 雰囲気が腐妖精であるフモヤシに似ているのだ。

 その妖精は背中に巻き物を括りつけている。

 ますます忍者っぽいなと思った。


 すると食堂の扉を開けて、ヴィーがやってきた。

 朝食を食べに来たのだろう。

 彼女は私に挨拶するために厨房の方へ来て、妖精に気付いて「あら」と声を出した。


「珍しいわね。電報妖精よ」

「電報妖精?」


 このゲーム世界にも電報って言葉があるんだなあ。


「錬金術師が作った妖精で、その名の通り電報を運んでくれる妖精のことよ。背負っているのがそれでしょうね。報酬はお金だったりどんぐりだったり、妖精によって違うらしいわ」

「へえ、そうなんだ。私のところに来てるってことは、私宛てなのかな?」


 すると電報妖精は何度も頷いた。

 見ただけで受取人が私だと分かるなんてすごいなあ。


 そう言うと、ヴィーが更に説明してくれた。

 電報妖精は差出人のイメージを読み取ることができて、それで受取人の顔を覚えるんだそうだ。

 すごい。


「今ちょっと手が離せないから、ヴィーが読んでくれる?」

「いいの? 分かったわ」


 文字が読めない私は、料理にかこつけて音読を頼む。

 こっそり勉強して単語はいくつか読めるようになったけど、文章になるとお手上げなのだ。


 ヴィーが受け取って巻き物を開くと、それは電報と言うよりも手紙だった。


「差出人は……ジークハルドさんね」

「ジークハルドさん? 一体何なんだろ?」

「じゃあ、読むわね。『愛するアンナへ。最後に君と会ってから、どのくらい経っただろうか。もう何年も離れ離れになっていると感じるほど、無性に君に会いたくてしかたないよ』」

「ああ、その辺は飛ばしていいから」


 いつもの調子で始まった愛の言葉を私は華麗にスルーした。

 それにしてもあれかな、ジークハルドさんは口説き文句を言わないと死んじゃう人なのかな。

 あんなイケメンにモテて嬉しくない訳じゃないけど、歯が浮くセリフすぎてすんなり入ってこないんだよね。


「次を読むわよ。『今私は王国の依頼を受け、兵士たちと一緒に野営をしている。農作物を荒らすモンスターの巣を発見してしまったんだよ。


 男所帯なもんで、料理は私が指示をして調理していたんだが、兵士の数が多すぎて凝ったものが作れず、最近は簡易食しか食べていないんだ。


 アンナがここにいてくれたら違っただろうね。君の作った料理の味が恋しいよ』ですって」


 へえ、ジークハルドさんはモンスター退治をしているのか。

 農作物が荒らされたら、野菜の値段が上がって山猫亭も大打撃を受けるんじゃない?


 値上げしたり野菜を減らしたりしなくちゃいけなくなるかも。

 それはとってもとっても困るよね。


 さりげなく書いてあるけど、本当は困ってるんだろうなあ。

 手伝いに行ったら、喜んでくれるかな?


「よし、ここはいっちょ、手伝いに行きますかあ! ジークハルドさんと兵士さんたちには頑張ってモンスター退治してもらわないと!」

「そうね、私も一緒に行くわ。じゃあ返事を送りましょ」


 そっか、先方も迎える準備やら何やらがあるから、前もって伝えておかないとね。


「えーと、返事も持って行ってもらえるのかな?」


 書くものを用意してヴィーに代筆を頼もうかな……と思っていると、ヴィーが「大丈夫よ」と言った。


「大丈夫って、何が?」

「返事を電報妖精に言えば、それを文字に変換してくれるのよ」


 まさかの音声認識機能付き。ハイテクすぎる!

 ぜひお手伝いに行きたいので、明日そちらに向かいます。

 という内容の返事を口頭で伝えると、電報妖精の持つ巻き物には次々に光る文字が生まれていく。


 まるで魔法みたい。

 やっぱり私にとって錬金術師は魔法使いみたいだよ。



 みょん、みょん、みょん、みょん。


 電報妖精が帰っていった後に両親に許可を取っていると、ラウルスがやってきて自分も同行すると言ってくれた。

 そしてベアも行くことになり、いつものメンバーでも出立となった。


 今までで一番の遠出となり、途中の町で一泊した私たちは、日が昇って間もない頃に到着した。


「来てくれたんだね、アンナ。嬉しいよ」


 ジークハルドさんはその整った顔を綻ばせた。

 その顔にはやや憔悴の影がある。


せいれーつ(整列)! 礼っ!」


 ザッ ザッ

 照り付ける太陽の下、鎧姿の兵士さんたちが一斉に頭を下げる。


 皆屈強な肉体をしていたけれど動きは統率が取れていて、そして態度は紳士的だった。だけどこちらも疲れが見て取れた。


 陣営はモンスターの巣からやや離れた安全な場所に設営されている。

 モンゴルの遊牧民の移動式住居、なんていったっけ。

 ゲルだかパオだか分かんないけど、そんな感じのテントがたくさん並んでいた。

 

「すまないね、君に甘えてしまって。実は、君の性格ならきっと協力してくれるだろうと思って電報妖精を送ったんだ。私自身が恋しかったのは本当だが、それ以上に皆が疲弊していてね。君の料理が作る活力を皆に分けてあげたかったんだよ」


 ジークハルドさんは今回のモンスター退治において、兵士さんを束ねる大役をおおせつかっているのだとか。

 モンスター退治は難航していて、あと少しというところまできているのに、こちら側のスタミナが切れて、予測していたよりも時間がかかりそうだと言う。


 それじゃあ、皆がお腹いっぱいになって精がつくような料理を作らないとね!


「もちろん、肝心の部分は渡さないけど、ね」


 ジークハルドさんはベアを肩車しているラウルスの方をチラリと見た。

うわあ、意味深な目線だね。


 でも皆のことまで考えられるなんて、ジークハルドさんってすごい大人だなあ。

 私だったらきっと自分のことでいっぱいいっぱいになるだろうな。

 それにこんなに大勢の兵士さんを統率してるなんて、尊敬しちゃう。

 よし、期待に応えられるように頑張ろうっと。


 私はこの陣営に仮設で作られた厨房に案内された。

 簡素な屋根があるだけの、青空厨房だ。

 そこで必要な調理器具が揃っているかを確認する。


 さすが、大所帯なので鍋も大きければ包丁やざるなどもたくさんある。

 チェックをしていると、作業台の上に肉の塊がいくつもあるのが目に入った。


「このお肉は……もしかして牛肉!?」

「よく分かったね。モンスターの角にやられた牛たちを皆で分けて食べたんだ。これはその残りの肉だよ」


 肉は色んな部位が混ざっているものの、残りとは思えないほど量がある。


「これだけ人数が多いと、肉を切って焼くだけでも大変そうですね」

「ああ、さすがに面倒だからね、あれを使ったよ」


 ジークハルドさんが指差す方には、食事の用意が出来るのを待つ間に訓練をしている兵士さんたちの姿がある。

 その内の一人が肩に筒のようなものを背負っていた。


「攻撃、始め――っ!!」


 上官の指示とほぼ同時に、その筒が激しい炎を吐いた。

 その炎はまっすぐに進み、10メートルほど先にあった藁の塊が一瞬で燃え尽きる。


 あれって火炎放射器!? きっと錬金術で作られたやつだよね。


 あんな兵器で攻撃されたら、モンスターもひとたまりもなさそうだなあ。

 ちょっとだけモンスターに同情するよ。

 でも火炎放射器があっても殲滅できないなんて、モンスターがよっぽど強力なんだろうな。


 おっといけない、驚いてないで何を作るか考えないと。


 この残った牛肉は早めに食べないと傷んじゃうから、これを活用できる料理にしなきゃね。

 ふふ、それにしても。


「久々の牛肉だ……!」

「アンナ、よだれが垂れているわよ」


 ヴィーがすかさずよだれを拭いてくれる。

 いつもありがとう、ヴィー。


「そしてこれはここの名産の調味料らしい」


 ジークハルドさんは、私のよだれを見ない振りをしてくれた。

 彼が親指でくいっと指し示したのは、いくつもある樽だ。

 その一つは上板に穴が開いている。


 何が入ってるんだろ。ワインかな?


 私はその樽に顔を近づけた。


「待って、そんなに覗き込むと危険だよ」

「危険って、……うっ!」


 ジークハルドさんの助言は遅かった。

 覗き込んだ途端に、目に刺さるような刺激を受け、思わず目を閉じてしまう。


「とっても辛い調味料なんだ。近付くだけで目が痛くなる程ね」

「ほんと、これはキツイですね……」


 私は目に刺激を受けないよう注意して、用意されていたおたまでこの謎の調味料を掬ってみた。

 見た目は赤くてサラサラとした液体だ。

 小指をおたまにつけ、恐る恐る舐めてみる。


 ……ん? この味、知ってる。

 これって、タバスコじゃん!

 タバスコはピザやパスタにかける、赤くて辛いスパイシーな大人の調味料だ。


「モンスター退治の景気付けにと戴いたんだけど、処遇に困っていてね。何かいい考えはないだろうか?」


 ふむ。牛肉とタバスコを使った料理か……。

 しかも、この大勢の兵士さんたちをお腹いっぱいにさせられる料理といえば……。

 あっ、あれがある!

 でも、他に必要な食材はあるかな?


 食糧庫を見ると、新鮮なレタスとトマト、そしてニンニクやチーズ、そしてお米まであった。

 お米はジークハルドさんが取り寄せたのだそうだ。


 よしよし、欲しかった食材は全部あった。

 これであれが作れる!

 コスパがいいから元々はまかない飯だったという説もある、米兵さんに大人気の料理!


 そう、タコライス!!


「何か思いついたようだね」

「はい、さっそく準備に入ります!」


 まずはご飯を炊かなきゃね。

 炊き出し用の鍋は、さすがに大きい。


 うーん、この鍋でご飯を炊くには、水をどのくらい入れたらいいんだろう。

 火力が把握できてないからちょっと不安だな。


 鍋の前で考え込んでいると、ジークハルドさんが歩み寄ってきた。


「お米ならこの鍋で何度か炊いたよ。私に任せてくれないか」

「ほんとですか! じゃあ、お願いします!」


 助かったー。

 よし、じゃあご飯はジークハルドさんに任せて、私はご飯に乗せる具を作ろう。


 まずはサルサソースから。


 材料は、トマト、タマネギ、ピーマン、ニンニク、オリーブオイル、レモン汁、砂糖、塩コショウ、タバスコ。

 野菜をみじん切りにして、調味料を入れるだけなんだけど……。

 ふう、さすがにこの人数分の野菜は時間が掛かるなあ。

 まだまだタマネギが山ほど残ってるよ。


「手伝うわ」

「テツダウ、テツダウ」

「ありがとう、ヴィー、ベア。じゃあタマネギは私が切るから、ピーマンとトマトよろしく!」


「俺は何をすればいい?」

「ありがと、ラウルス。じゃあ、牛肉をミンチにしてもらっていいかな?」

「分かった」


 牛肉はいい感じで熟成されていて、見るからに美味しそうだ。

 タバスコを少し強めに効かせておこうかな。

 暑い中で食べる辛い料理って最高だよね。

 混ぜ終わったら、味が馴染むまで寝かせておく。


 お次はご飯に乗せる具材作りに取りかかろう。


 材料は牛肉、タマネギ、ニンニク、塩コショウ、チーズ、レタス、トマト、ご飯、そしてサルサソース。


 ここでも皆の力を借り、レタスはざく切り、トマトは角切りにし、チーズは削り、それぞれ別の器に盛っておく。


 大鍋でニンニクを炒め、香りが出てきたらミンチになった牛肉を入れ、肉同士がくっつかないようボートの櫂みたいに大きいヘラで切るようにして混ぜ、塩コショウで軽く味付ける。

 そして、寝かせておいたサルサソースの入った小鍋を野菜の隣に並べた。


「ボリューム満点、タコライスの出来上がり!」

「これで出来上がり? 盛り付けて配膳しないのかい?」

「こんなに大勢の料理をいちいち配膳してたら、日が暮れちゃう!」


 私はうずたかく重ねられたカレー皿サイズの食器を指差した。


「皆さん、今からこのお皿を一枚ずつ取って並んでくださーい!」


 兵士さんたちは訳が分からないという表情を浮かべながらも私の言う通りに皿を手に取り並んだ。

 食欲をそそられるジューシーな香りにつられたみたいだ。


「具材を乗せてもらったら、横にどんどん移動してくださいねー!」


 私はラウルス、ヴィー、ベアに目配せをする。


 まずはラウルスがご飯を盛る。

 次にヴィーがひき肉を盛る。

 そしてベアがレタスを盛る。


 最後に私がチーズを乗せ、皿の端にサルサソースをかける。

 小学校の給食スタイルだ。


「このソースは辛いので、味をみながら混ぜていってくださいね~」


 心の準備なしに食べるとびっくりするからね。

 あとは自己責任でよろしくお願いしますよ。


 腹ペコだった兵士さんたちは、こちらも簡易に用意された長テーブルに我先にと座り、タコライスをがっつきはじめた。


「うっ、うめえ!」

「ちょ、この赤いソース混ぜてみろよ。更にうめえぞ!」


 今まで紳士的に話していた兵士さんたちは、料理を口にした途端に口調がざっくばらんになる。

 ジークハルドさんやラウルスたちも絶賛してくれて、もりもりと食べた。


「ありがとうございます。これで頑張れそうです」

「さっそく行って参ります」


 食事を終えると元の礼儀正しい口調になった兵士さんたちは、武器を持ってモンスターの巣に向かった。


「俺たちも行くぞ、ベア!」

「アイアイサー」


 ラウルスとベアも兵士さんやジークハルドさんたちを追いかけていった。


 私とヴィーは戦力外なのでお留守番だ。

 大量の食器を洗ったり鍋を磨いたりして待つことにする。


 すると日が暮れる頃、皆が帰ってきた。

 その表情は一様に明るい。


「やってやりました!」

「モンスターどもを蹴散らしてやりましたよ!」

「わー、お疲れさまです!」


 タコライスパワーが効いたのかな?

 だったら頑張った甲斐があったなあ。


 兵士さんたちに遅れてジークハルドさんとラウルスとベアも戻ってきた。


「ジークハルド、スゴカッタ。テキヲ、バッタバッタ」


 ベアがジークハルドさんを褒めている。

 お世辞を言わないベアの言うことなので、本当にすごかったんだろう。


「あっ、ラウルス、怪我してない?」

「かすり傷だよ」


 ラウルスの肩は服が破れていて、血がにじんでいる。

 ヴィーがすかさず傷薬を鞄から取り出し、ラウルスに手渡した。


 詳しく聞くと、ラウルスがジークハルドさんの危機を救ったのだそうだ。


「君もなかなかやるね。助かったよ」

「これで借りは返したからな」

「ああ、確かに返してもらったよ」


 ジークハルドさんとラウルスは目を合わせてニッと笑い、どちらともなくハイタッチをした。



■今回の錬金術レシピ


●タコライス

・ひき肉

・タマネギ

・塩コショウ

・チーズ

・レタス

・トマト

・ご飯

・サルサソース


●サルサソース

・トマト

・タマネギ

・ピーマン

・ニンニク

・オリーブオイル

・レモン汁

・砂糖

・塩コショウ

・タバスコ


材料を盛り付けるだけでいいから、大量生産するときに持ってこいの料理だよね。

それにしても男の人ってほんとめちゃくちゃ食べるよね。

びっくり!


■今日のラウルス君

ジークハルドさんとマブダチ風でヘヴン状態。


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