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33 洞窟の告白! からの納豆料理。

「フモヤシちゃーん、そろそろ休憩にしない? お茶飲んだらお散歩に行こうよ!」


 私はヴィーの家の錬金部屋をノックして扉を開く。

 途端にむわっとした熱気に包まれた。


 フモヤシというのは、ヴィーが錬金術で生み出した腐妖精だ。

 ものを腐らせる性質を持っているので、大豆を発酵させてお醤油を作ってもらっている。


 だけど腐妖精は暑さに弱いので、定期的に氷玉を与えるか外で休憩を取らなければ、発酵の際に発生する熱でバテてしまうのだ。


「大変、ヴィー! フモヤシがいなくなってる!」


 私は居間でお茶の準備をしているヴィーを大声で呼んだ。

 錬金部屋にやってきたヴィーは冷静な様子で発酵途中の大豆を観察している。


「まだ温かいわ。どうやら私たちが買い物に出掛けている間にいなくなったようね」

「家出? 誘拐? それともストライキッ!?」


 喜んでやってくれていたように見えたけど、働かせすぎたのかな……。


「落ち着いて。フモヤシの行先には、心当たりがあるわ」

「えっ! どこどこ?」


 ヴィーは、もしかしたらだけど、と前置きしてから話し出した。


「錬金術師と離別や死別をした妖精は野良妖精になって、仲間同士で集まって群れを成すんですって。そして洞窟などの場所に辿り着いて、そこで暮らすらしいの。フモヤシは間違って彼らについて行ってしまったのかもしれないわ」


 そういえばベアも元々は錬金術師が亡くなって野良ホムンクルスになってたっけ。

 仲間が誘ってきたらついて行っちゃうよね。


「じゃあ、フモヤシはもう帰って来ないの?」

「分からないわ。帰り道が分からなくて帰れないって場合もあるかもしれないけれど」

「よし、じゃあ迎えに行こう!」


 迷子なら、今頃心細くなっているかもしれない。

 もし帰ってこないなら帰ってこないでお別れも言いたいし。

 そんなの寂しいし、嫌だけどさ。


「ベアも連れて行きましょ。あの子は感覚が鋭いから、フモヤシを探す主戦力になると思うの」

「そうだね! じゃあ、さっそくベアのとこに行ってくる!」


 私はラウルスの家に向かって走り出した。

 ラウルスはベアと二人で暮らしている。

 両親は仕事の都合で大きな町に移り住み、残された家に住んでいるのだ。


「ラウルス~! ベア~! いる~?」

「アンナ。オハヨウ。イルヨ」


 二階の小窓からベアがひょいと顔を覗かせる。

 続いてベアの上から驚いた様子のラウルスが顔を覗かせた。


「アンナ!? どうしたんだ、こんなに朝早く」

「ちょっとベアにお願いしたいことがあってさ」

「待ってろ、今下りるからっ」


 ドタドタと急ぐ足音が外まで聞こえてきたと思ったら、すぐに扉が開いた。

 そして私を招き入れて慣れない様子でお茶を淹れてくれる。

 お礼を言い、私はさっそく本題であるフモヤシの捜索について説明した。


「それで、感性の鋭いベアに一緒に来てもらおうと思って」

「どうする? ベア」

「イク! イク!」

「そうか。だったら俺も行くよ。何があるか分からないからな」

「ほんと? ラウルスが来てくれたら心強いよ」


 実は三人だと不安だったんだよね。

 ラウルスが同行してくれたら安心だ。


 私たちは各自準備をして、ヴィーと共に町を出た。


「まずは一番近い洞窟に行ってみましょう」


 その洞窟はジステリアの近くにある、ニアの森の奥にあった。

 入口が苔に覆われたその洞窟は、ピチョンピチョンという水の滴る音が響く、少々不気味なところだった。


「本当にこんなところに妖精がいるの?」

「ここが妖精窟なのかどうかはまだ分からないわ。とりあえず入ってみましょう」


 何があるか分からないので、ラウルスが先頭で、私はしんがりを務めることになった。


 ヴィーがカンテラを取り出してラウルスに渡す。

 錬金術で作ったんだそうだ。


 足場の悪い薄暗い洞窟を進むとすぐにラウルスが「うわ」と嫌そうな声を出した。


「アンナ、ヴィー、キチャ、ダメ」

「どうしたの?」

「モンスターの死骸があるんだ。骨だけど」


 たとえ骨でも見なくて良かった。

 二人ともありがとう。


 私たちは骨から目を背けながら更に奥へと進んだ。

 すると天井がひらけていて、光が差し込む場所に行きあたった。

 足元にはいくつかの水が溜まった箇所がある。

 そこでラウルスとヴィーが立ち止まった。


「待て。……これは何なんだ?」

「何かの豆かしら。何だか粘り気があるわね」


 水たまりの近くに何かが落ちているらしい。


 粘り気?

 興味を持った私は、皆の隙間からひょいと覗き込んだ。

 カンテラに照らされているのはヴィーの言う通り、茶色っぽい豆だ。

 数粒の豆が、何かの儀式のように小皿に乗せられている。


 うん? この匂いは……もしかして納豆?


 私は確認のためにその豆を一粒摘んでみた。

 そして鼻に近付ける。


 ……うん、やっぱり納豆の匂いがする。

 でも、何でこんなところに納豆が?

 しかもパック一食分くらいの量がある。


「何か分かった? アンナ」

「多分、大豆が発酵して出来る、納豆っていう食べ物だと思う」

「大豆! きっとフモヤシが持ってきたに違いないわ。錬金部屋の大豆が減っていたもの」


 私はフモヤシが風呂敷に小皿ごと大豆を包んで背負っている様子をイメージした。

 か、可愛い。

 

 ラウルスとヴィーはネバネバした納豆を見て、腐っていると顔をしかめた。美味しいのだと言っても半信半疑なようだ。

 そこで、ベアが触ってその納豆は人が食べられるものだと証明してもらった。

 他の妖精が納豆菌を持っていたのか、この洞窟に元々あったのかは分からないけれど、これを使えば納豆が作れるかもしれない。


 私は納豆を包んで鞄の中に直した。


 さて、フモヤシ探しの再開だ。

 するとベアが突然、ピタリと歩みを止めた。


「どうしたんだ? ベア」

「コノサキニ、ナニカイル」

「本当? フモヤシかもしれないわ。早く先に進みましょう。ラウルス、灯りを貸して」

「ま、待て! まだフモヤシと決まった訳じゃ……!」


 ヴィーはラウルスからカンテラを奪い、ベアと共に先へさっさと進んでしまった。

 残された私とラウルスが慌てて追いかけたけれど、時すでに遅し。

 二人の姿はどこにもなく、目の前には二つの分かれ道があった。


「どっちに進んだんだろ?」

「どちらからも音がしないな」


 困った私たちは、とりあえず右を選択して進んだ。

 だけど行けども行けども二人がいる気配はない。


「もう一方の道だったのかなあ……ギャーッ」

「危ないっ」


 私が口を開いた途端、何かがバサバサッと私の頭スレスレの位置を飛んでいった。

 叫び声を上げた私を、ラウルスが身を挺して庇ってくれる。


 それは蝙蝠の大群だった。

 キイキイと耳障りな鳴き声と羽音をさせながら、一気に飛んでいった。


「ご、ごめん、ラウルス。ありがとう」

「いや……」


 ぎゅっと瞑っていた目を開くと、すぐそばにラウルスの顔があった。

 ドキッとしたのは相手も一緒だったみたいで、ラウルスは私と目が合うと薄暗い洞窟の中でも分かるほど顔を赤くした。


「ちょっと、そんな顔しないでよ!」


 そう思わず言ってしまったほどだ。

 いつもみたいに自然にスルーしようと思っていたのに。


 私も蝙蝠から驚き続きで動揺していたに違いない。

 それはラウルスも一緒だったようだ。


「し、仕方ないだろう、好きな相手と一緒なんだから!」

「ちょっと、何言って……!」


 ラウルスの赤面がうつってしまったみたいで、私まで顔が熱くなってしまった。

 こんなにもはっきりと“好き”と言われたのは転生前も含めて初めてだ。


 でも、ラウルスが好きなのは杏菜(わたし)じゃない。

 元々のゲームキャラである、“アンナレーナ”の方なのだ。

 中身が入れ替わっていることを、ラウルスは知らない。


 私に告白しても、……無駄なのに。


「ラウルスは、初恋を追いかけてるだけなんじゃないかな」


 気付いた時には、そう口にしていた。

 ラウルスは怪訝そうに眉を寄せる。


「どういう意味だ?」

「ラウルスは本当に私のことを好きなのかな? 子供の頃と雰囲気が変わったって言ってたじゃん。子供の頃の気持ちのまま大人になって、まだ好きだって勘違いしてるんじゃない?」

「そんなことない!」


 ラウルスの声は思いの外大きくて、私の肩はビクリと震えた。


「確かに、子供の頃からアンナのことは気になっていたけど……好きになったのは、俺がこの町に帰ってきて、アンナと再会してからだ!」

「えっ」


 じゃあ、ラウルスが好きになったのはこのゲーム世界のアンナじゃなくて、転生した私に惚れてるってこと!?


「そんなことって……」


 私がぽつりと呟いた瞬間、背後からベアの声がした。


「フタリトモ、ナニシテル?」


 ベアはなかなかやってこない私たちを心配し、探しに来てくれたらしい。


「フモヤシ、イタ。案内する」

「それは良かった。じゃあ行こうか」


 えっ?、と呟いた私に、ラウルスは目配せをした。

 この話はまた今度という意味らしい。


 そうか、今はフモヤシ探索の途中だし、それどころじゃないよね。

 だけど何だかほっとしたような、そうじゃないような、複雑な気分だった。


「ヴィー! フモヤシがいたんだって?」


 ベアについてくと、ようやくヴィーと合流できた。

 フモヤシはヴィーの周りを嬉しそうに飛び回っている。


「ベアが見つけてくれたわ。やっぱり仲間と一緒にここに来たものの、帰り道が分からなくなっていたみたいよ」

「仲間の妖精たちは?」

「他の場所へ移動して行ったみたい」


 それじゃあ、フモヤシはこんな場所に一人でいたってこと?

 それは寂しくて心細かっただろうなあ。

 フモヤシは今度は私の傍に来て、悲しそうな顔で羽を震わせた。


「トチュウデ、ヤメテ、ゴメンネッテ、イッテル」


 途中って、醤油作りの途中ってことだよね?


「そんなのいいんだよ。フモヤシが無事で良かった! 私こそごめんね。もしかして、フモヤシのことを働かせ過ぎたのかな?」


 フモヤシは頭をふるふるっと横に振った。


「チガウッテ、イッテル。ショーユツクリ、タノシイッテ」


 そうか、良かった。

 そんなにたくさん作ってもらっていた訳じゃないけど、妖精にとっては重労働だったのかなって心配してたんだよね。安心した。


「じゃあ、帰りましょう」

「そうだね」


 私たちはフモヤシと一緒にジステリアへと帰り、ヴィーの家へ向かう。


「よーし、持って帰った納豆を使って、さっそく納豆作りいってみよー!」


 まず始めに、大豆を水に半日浸し、たっぷりと水を吸った大豆を、指で潰せるくらいまで煮る。

 次に大豆に持ち帰った納豆を乗せる。

 そうやって納豆菌を大豆にうつすのだ。


「じゃあ、フモヤシ。お願いね!」


 フモヤシは「がってんだ!」とでも言うようにくりくりとした目を輝かせた。


 そして翌朝。

 錬金部屋に籠ったフモヤシは、腐らせないように納豆菌の付いた大豆を発酵してくれた。


 よーし、これでお豆腐と納豆が揃った!

 油揚げもあるし、味噌もある。


 ということは、アレを作るしかないよね!

 よしよし、ご飯は炊けている。

 さっそく作ろう! 日本の朝ご飯の定番を!


 まずはお味噌汁作り。

 具は油揚げと豆腐とわかめ。乾燥昆布とかつお節で取った出汁に食べやすく切った具材を入れて火を通し、味噌をざるで漉す。

 

 魚は……この前ベアがまた獲ってきてくれた鮭があるから、これを塩焼きにしよう。

 

 あとは冷ややっこにネギと生姜を刻んだ物を乗せて、納豆を小鉢に盛る。

 それにほかほかのご飯を付け、木のトレイに全てを並べる。


「出来た……!」


 すでに皆は召集済みだ。私はそれぞれの前に湯気の立つトレイを置いた。


「お待たせしました! 大豆たっぷり、朝定食でーす!」

「朝テイショク?」

「朝の定番の食事ってこと!」


 これなら一度にたくさんの食事を提供することができるし、魚を変えたりお味噌汁の具を変えたりすることでマンネリ化を防ぐこともできる。

 あ、魚を煮魚にしてもいいよね。


「色んなおかずが少しずつ食べられていいわね」

「全部美味い! アンナ、ご飯おかわりしていいか?」

「オカワリ、オカワリ!」


 最初は納豆を腐っていると言っていた二人も、実際に食べてみたら気に入ったようだ。 

 ふふ、皆にも日本の心が伝わって嬉しいなあ。

 その様子を見ていたお客さんも、ごくりと喉を鳴らして手を上げた。


「すみませーん、その朝テイショクってやつ、一つくれ!」

「こっちにも、朝テイショクよろしくねー!」

「はーい、喜んでーっ!」


 今日も忙しくなりそうだ。

 朝定食は山猫亭の定番朝メニューとして定着していった。



■今回の錬金術レシピ


●納豆

・大豆

・納豆菌


●味噌汁

・豆腐

・油揚げ

・わかめ

・味噌

・乾燥昆布

・かつお節


■今日のラウルス君

言いたいことを言い切ったのか、晴れ晴れとしたヘヴン状態?

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