32 苦い薬?で作る、豆腐と油揚げ
「ふう。とっても美味しかったです。食べ過ぎてしまいました」
朝から新作のおでんの大盛りを食べたセレスが、お腹をさすった。
近くに来たので寄ったそうだけど、道に迷って偶然この町に辿り着いたんだろうと私は睨んでいる。
たまたま来ていたヴィーも、おでんの普通盛りを食べ終わったところだ。
「しばらくこの町に居られるの?」
「それが、これから急いで家に帰らないといけないんです。祖母に呼ばれていて」
水が入ったカップを差し出しながら尋ねると、セレスは残念そうに溜め息をついた。
「一人で帰れるのかしら?」
「あはは……」
ヴィーがとても失礼なことを耳打ちしてくる。
だけど反論要素は皆無で、苦笑いするしかない。
「だったら、私たちも一緒に行っていい? セレスのおばあさんに直接お礼も言いたいし」
昨日は雨で暇だったので、今日の分の仕込みを完璧に終わらせていたのだ。
あとは温めれば出せるものばかりなので、元々午後からは自由になる予定だった。
「わあ、皆さんとなら楽しい旅路になりそうです!」
「いやいや、旅ってほど長くかからないから」
順調に行けばわずか数時間の行程だ。
旅と呼べるのは方向音痴のセレスのみである。
「ベアも行く? 良ければラウルスも一緒に」
振り返ると、片づけをしていたベアがコクコクと頷いた。
「ラウルス、ヨンデクル」
「うん、よろしくね~」
仕事を終えたベアは、息つく間もなく家に向かって駈け出していった。
そしてラウルスが合流し、私たちはセレスの村へと出発した。
途中で何故かセレスが逆走し始めたり、ヴィーが採集に夢中になったりと紆余曲折あったものの、何とか想定の範囲内の時間で辿り着いた。
セレスの家へ行くと、ご両親は今日も不在なようで、おばあさんが出迎えてくれた。
「おや、お前さんたちも来たのかね」
「ご無沙汰してます。先日は竜の魚をいただきありがとうございます!」
「いや、いいんだよ。こっちこそショーユをもらって得したくらいさね。それよりも、セレスはずいぶんと早かったね。あと三日はかかると思っていたが」
「アンナさんたちと一緒だったんです」
それは良かった、とおばあさんは頷き、私たちにお礼を言った。
おばあさんもセレスの筋金入りの方向音痴には手を焼いているそうで、用事がある時は何日も前から言っておくのだそうだ。
……家族も予定が立たなくて大変だなあ。
「それで、おばあさま。急な用事って?」
「狩りに決まってるだろ。今、道具の手入れをしていたのさ」
通された部屋には床一面に剣や鎖の付いた重りなどの武器が並んでいる。
セレスの家族はモンスターを狩ることを生業にしている。
今回も一家総出で狩りに行くのだそうだ。
「すごい数の武器ですね……くしゅんっ」
「あら、アンナ。風邪?」
「うー、そうなのかな? 熱はないと思うけど」
するとヴィーがホッカイロに似た発熱袋を鞄から出して手渡してくれた。
念のためにありがたくいただくことにする。
「ちょっと待ってな」
発熱袋でぬくぬくしていると、セレスのおばあさんが戸棚にあった瓶を取り出した。
ハーフワインボトルくらいの大きさの瓶だ。
その中には液体が八分目くらいまで入っている。
「これをお飲み」
「それって……?」
「ウチの村の錬金術師が作ったのさ。風邪や二日酔い、何にでも効く万能薬なんだ」
子供用のシロップ薬みたいなものかな。
そう思っていたけれど、カップに注ぐとそれは透明な液体だった。
恐る恐る口にしてみれば、薬とはまた違った苦味が口に広がる。
どこかで飲んだことのある味だ。
そう、確か子供の頃、健康にいいって言ってお母さんに飲まされたような……。
「そうだ、これって……にがりだ!」
「ニガリ?」
「はい。そのまま飲んでもいいんですけど、豆腐っていう料理を作ることも出来るんですよ」
「苦い薬だと思っていたけど、まさか料理に使えるとはね。そのトーフっていうのはどうやって作るんだい?」
おばあさんは豆腐に興味を持ったようで、重ねて尋ねてきた。
「大豆があれば、出来ます」
「大豆か。あいにく、昨夜から水に浸けておいたものしかないがね」
偶然にも、スープに入れる用にと大豆を用意していたのだそうだ。
「好都合です! 分けていただいてもいいですか?」
「ああ、好きに使いな」
私は台所へ案内してもらった。
土間のような広い空間に使いこまれた調理器具がずらりと並んでいる。
盥の中には大粒の大豆あり、水分をたっぷり吸って膨らんでいた。
必要なのは、ボウル、鍋、すり鉢、漉し布など。
そして豆腐の型を作るのに手頃なものはないかと辺りを探すと、台所の隅に底に穴の開いた木箱を発見し、これも借りることにした。
大豆を潰すのは、ミキサーがないと大変な作業になるので、力のあるラウルスにお手伝いをお願いする。
「ラウルス、手伝ってくれる?」
「よし、任せとけ!」
大豆をすり鉢に入れ、すり潰してもらう。
沸騰すると大量の泡が出るので、深い鍋に入れて水を加えて火にかける。
沸騰したら火を弱めて焦げないようにかき混ぜる。
そして、固く絞った漉し布で茹でた大豆を漉す。
すると豆乳の完成だ。
この搾りかすはおからになるので、取っておいて別の料理に使おうっと。
豆乳を再び鍋に戻し、沸騰しない程度に温める。
その間ににがりをぬるま湯で溶き、火を止めた鍋にゆっくりと流し入れる。
静かに数回かき混ぜ、蓋をして蒸らす。
すると豆乳は徐々に凝固しはじめ、豆腐になる前の状態である、汲み豆腐になる。
よく洗った木箱に漉し布を敷き、汲み豆腐を流し込む。
木箱の蓋で惜し蓋をして、上からさらに重石をして水を切る。
豆腐から水分が抜けて固まったら、布ごと豆腐を取り出す。
あとは食べやすいサイズに切れば完成だ。
「出来ました!」
ネギと生姜を皿に添え、そして先日送った醤油を分けてもらい、豆腐にかける。
「大豆の味がしっかりしていて、美味いねえ」
「白くて、四角くて、見た目も綺麗ですね!」
セレスとおばあさんはぺろりと食べた。
他の皆も一瞬で胃の中に収めてしまっている。
重石を使って水分を抜かない絹ごし豆腐も美味しいけど、木綿豆腐の方が大豆の味がしっかり楽しめるから「食べた~!」って気になるよね。
「これは温めても良さそうだね」
「そうですね、湯豆腐にして酢醤油か何かで食べたら美味しいです。油揚げ……えーと、よく水分を切って油で揚げても美味しいですよ」
「揚げる? 面白そうだね。作ってみてくれないかい?」
「いいですよ~」
私はさっそく油揚げ作りを開始した。
まず、木綿豆腐を1センチくらいの幅に切り分ける。
まな板の上に広げて布を被せ、重りをして更に水分を抜く。
いつものように木の串を油に入れて出る泡の様子から判断し、130度くらいの低温で切った豆腐を揚げる。
すると豆腐の外側から膨らんでいく。
よし、全体が膨らんだ。
次は火を強めて160度くらいまで油の温度を上げよう。
温度を上げることで、油揚げが縮むのを防ぐのだ。
ここで活躍するのは以前ヴィーからもらった火炎石(小)である。
「あ、それ……」
「うん、ヴィーにもらったやつだよ。揚げ物する時に大切に使わせてもらってるんだ~。ほんとありがとね!」
私がお礼を言うと、ヴィーが心底嬉しそうに微笑んだ。
山猫亭で揚げ物をする時は鍋の位置を調節したり薪を追加したりするんだけど、こういう慣れていない場所で料理する時は火炎石を使った方が、火力が安定するんだよね。
そういえばヴィーの前で使うのは久々だったっけ。
ヴィーは「使ってくれてありがとう」と逆にお礼を言ってきた。
なんていい子なんだ! 天使かっ!
料理の途中なので、抱き締めたい衝動を必死に押さえ、作業に戻る。
火炎石を使うと火力が安定したので、油揚げがきつね色になるまで揚げた。
パリパリになっているので、蓋付の容器に入れて蒸す。
するとふにゃふにゃに柔らかくなる。
今回はシンプルにフライパンで焼いて大根おろしを乗せた。
お好みで醤油か酢醤油をかけてもらう。
「トーフとはまた全然違う味になりました!」
「油っこいと思いきや、大根のすりおろしたやつのおかげでさっぱりしているね。こりゃ酒と一緒に食べるといいかもしれないよ」
「はい。豆腐を薄く切ればおつまみになりますし、厚く切れば立派なおかずになりますよ」
味噌汁に入れても美味しいんだよね~。
今度山猫亭でも出してみようかな。
なんてことを考えていると、冷ややっこと油揚げを一瞬で平らげてしまったラウルスがお腹を押さえながら情けない声を出した。
「何か、もっと腹にたまるものはないのか? こんなんじゃすぐに腹が減ってしまう」
「ヘッチャウ、ヘッチャウ」
ベアまでラウルスに同調する。
言われてみればどちらも腹の足しにもならないかもしれない。
私は小麦粉の入った壺を棚に見つけ、名案を思い付いた。
「おばあさん、この小麦粉も使っていいですか?」
「ああ、いいよ」
おばあさんが快諾してくれたので、私はラウルスに向き直った。
「じゃあ、ラウルス。きつねうどんでも作ってあげようか」
「きつねうどん?」
「まさか今から狩りに行くんですか? だったらお供します!」
ラウルスは首を傾げ、一方セレスは、私の話を聞いてすぐに椅子に立てかけていた細い剣を掴んだ。
わあ、セレスってば身軽~! でもそうじゃないんだよ!
「ああ、違う違う。油揚げの入ったうどんのことを、きつねうどんって名付けたの」
「どうしてきつねなの?」
今度はヴィーから質問を受ける。
どうしてって……そういえば何でなんだろ。
きつねが油揚げが好きだからって理由だったような……違ったっけ?
うーん、物心ついたときからきつねうどんって呼んでいたから、疑問にも思わなかったな。
それにしても、この世界にもきつねっているんだね。
まあとにかく、ここは適当な理由を言っておこう。
「えーと、油揚げがまるできつねみたいな色だから、だよ」
「ああ、なるほど! やっぱりアンナの名付けは素敵なものばかりね!」
うう、ごめんよ。きつねうどんは私が命名した訳じゃないんだよ~。
でもうまく説明出来ないから、ボロが出る前に料理を再開しよう。
まずは小麦粉を使って麺作り。
強力粉も無ければ時間も無いから今回はちょっと手抜きでいいかな。
小麦粉と塩を混ぜたものに水を加えて手で捏ねながらまとめる。
本来なら二時間ほど寝かせるんだけど、ここは他の材料が揃い次第、細切りにしよう。粘りやコシが出ないけど、すいとん風になってこれはこれで美味しいんだよね。
次は油揚げに味を付ける。
そのままだと少々こってりしているので、お湯をかけて油揚げの油を取る。
そしてフライパンに醤油、出汁、砂糖を入れ、油揚げをさっと煮る。
うどんの出汁自体は薄味にして、油揚げは少し濃い目に味を付けておくのがポイントだ。
よし、次はうどんのスープを作ろう。
かつお節は持って来てないので、昆布出汁を作り、醤油と砂糖で味を調える。
うどんは麺棒で伸ばし、包丁で切る。
すいとん風なので、あえての太め切りだ。
麺をお湯で茹で、器に盛り、スープをかけて味付けした油揚げを乗せる。
シンプルイズベストでしょ。
完成したところで、皆で試食会をした。
うん、油揚げをスープに浸すとじんわりと濃い味が染みだしている。
一口噛めば、まるでお肉みたいにジューシーだ。
「アンナ。俺、これなら何杯でも食える気がする!」
「クエル、クエル!」
食べ盛りの二人の熱烈な褒め言葉をいただき、頬が緩む。
ヴィーも揚げ物が入っているのにびっくりするほど食べやすいと絶賛してくれた。
「私も気に入りました! 毎日食べたいくらいです!」
「作り方は覚えたから、うちで作ってあげるさね」
「わあ、ありがとうございます、おばあさま!」
嬉しそうに笑うセレスを見ながら、一年の半分くらいは迷子になってそうだから毎日は無理なんじゃないかな……と思った私なのだった。
言わぬが花ってやつだから、黙っていたけどね。
■今回の錬金術レシピ
●豆腐
・大豆
・にがり
●冷ややっこ
・豆腐
・ネギ
・生姜
・醤油
●油揚げ
・豆腐
・醤油
・酢醤油
・大根
●きつねうどん
・乾燥昆布
・醤油
・砂糖
・油揚げ
・小麦粉
・塩
お豆腐ってなにげにバリエーションがきく食材だよね!
今度は本格的なうどん麺で作ってみたいな。
■今日のラウルス君
わんこそばならぬわんこきつねうどんで満腹ヘヴン状態!




