31 鳥尽くしのお祭りは、とり天で攻略!
「何か最近皆浮足立ってない?」
「もうすぐ感謝祭だからね、仕方ないよ」
「感謝祭?」
母カティの言葉を、私はそのまま繰り返した。
あれかな? 芸能人がたくさん集まって、クイズするやつ。
って、そんな訳ないか。
「鳥感謝祭だよ! まさか忘れたって訳じゃないだろう?」
忘れたどころか、知らないなんて言えるはずがない。
「あ~ね。あれね~。そっか、もうそんな時期か~」
引っ込みがつかなくなった私は、さりげなくお客さんに感謝祭の話題を振り、情報を得ることにする。
そして皆の話を合わせると、鳥感謝祭とは日頃一番食す機会の多い鳥(主に鶏)に感謝するお祭りのことで、鶏を使ったイベントがたくさん行われるらしい。
鳥に感謝する日なのに鳥肉を食べるとは何たる矛盾!
ああ、でもハロウィーンも似たようなものなのかな?
収穫祭っていってカボチャのランタンを飾ったり収穫したものを食べたりするよね。
日本じゃコスプレの日になっちゃってるけど。
このお祭りは近隣の町が合同で行い、会場は持ち回りなんだとか。
今回はこのジステリアで行われるそうで、毎回たくさんの人が集まって賑わうそうだ。
「忙しくなるから覚悟しときな」
「というと?」
「出店をやるんだよ。他の町の食堂も出店するからね、負けられないよ」
「何を作る予定なの?」
「まだ決めてないけど、まあ、大方鳥肉のスープだろうね」
聞けば毎回鳥肉のスープを出しているそうだ。
大量に作ることが可能だからである。
でも、毎回別の店とかぶり、売り上げが芳しくないことが悩みの種だと言う。
鳥のスープも美味しそうだけど、せっかくのお祭りなんだから、たまには違う料理もあった方がいいんじゃないかな。
スープって量とか具をまんべんなく均等に配らないと皆に悪いな~なんて思っちゃうから、出来ればそういうのを考えなくてもいいメニューがいいな。
「鳥肉を使っていれば、何を作ってもいいんだよね?」
「そうだけど……何かいい考えでもあるのかい?」
カティの問いに、私は力強く頷いた。
鳥肉って言ったらアレだよね。
これを置いていない居酒屋はないと言っても過言じゃないヤツ。
そう、鳥のから揚げ!
味付けして揚げるだけだから大量生産が可能だし、匂いがいいから集客率もアップしそうだし、結構いけるんじゃない?
そうだ、醤油味が苦手な人のために、味の付いてないとり天バージョンも作ろうかな。それでお客さん自身に好きな味つけをして食べてもらうの!
うわ、楽しそう!
私はその日以来、から揚げの味の濃さや生姜やニンニクの配分、とり天用のソースやディップなどの研究に明け暮れた。
そして鳥感謝祭の日がやってきた。
準備はパウルとカティがやってくれると言うので、その間、私はお祭りを見て回ることにした。
いくつかの人だかりがあったので、近い所から順に見て回る。
まず初めの人だかりには、女性の見物人が多い。
「鶏の美男美女コンテスト、はっじまっるよー!」
美男美女コンテスト!? 鶏の!?
耳を疑っていたけれど、どうやら聞き間違えではなかったらしい。
雄鶏はトサカの大きさや形、雌鶏は羽根の美しさや姿かたちのたおやかさが主な審査基準なんだそうだ。
……うーん、見た感じ全く分からない。
「ミギノニワトリノホウガ、オオキイ」
「わっ、ベア、いたの!?」
人と人の隙間から覗き込んでいると、いつの間にかすぐ隣にベアが立っていた。
ベアも後からうちの出店を手伝ってもらう予定で、それまでは遊んできていいと昨日のうちに言っておいたのだった。
「私には同じくらいに見えるけど、ベアには分かるんだね?」
「(コクコク)」
毒草か否か触っただけで判別出来るベアのことだ、私もそのくらいじゃ驚かなくなってきている。
きっと彼(彼女?)の目にはスカウターでもくっついているに違いない。
「私は他の所も見て回るつもりなんだけど、ベアはどうする?」
「モウチョット、ミテル」
「そっか。人が多いからぶつかったり転んだりしないように気を付けるんだよ」
「(コックリ)」
しっかりと頷いたベアに別れを告げ、私は次の人だかりへと移動した。
こちらは圧倒的に男性の見物人が多く、熱のこもった大きな声がいくつも聞こえる。
見れば、相撲の土俵に似た円形の縄の中に鶏が二羽対峙している。
どちらも体が大きく、威嚇なのか甲高い叫び声を上げていた。
闘鶏だ。
「そこだっ! いけー!」
「負けんじゃねぇぞー!」
うわ、あの鶏強そう。後肢の爪みたいなところに相手の血が付いてるよ。
羽根も飛び散りまくってるし、ここは場違いな感じだな。
すると人ごみの中にラウルスを発見した。
ラウルスは友達と一緒に拳を握りながら観戦している。
「アンナ!」
声をかけるか迷っていると、向こうが先に気付いた。
「盛り上がってるねえ」
「この祭りのメインイベントだからな。店の方はいいのか?」
「うん、まだちょっとだけ自由なんだよね」
私がそう言うと、ラウルスは耳を真っ赤にして口を開く。
「だったら、俺と――」
「こんなとこにいたの? アンナ。探したのよ!」
ラウルスの言葉を遮るようにやってきたのは、ヴィーだ。
「こんなつまんないもの見てないで、あっちで面白いことやってるから行きましょ」
「うん! ――何か言った? ラウルス」
「い、いや。何でもない」
ラウルスは言葉を濁した。
ごめんね、ラウルス。
私は心の中で謝りながら、ヴィーについて行った。
「それで、面白いものって何?」
「ひよこ競争よ!」
連れて来られた先では、黄色のポワポワした毛のひよこたちが、ピィピィと鳴きながら待機している。
その様子は見ているだけで癒された。
「可愛いね~癒されるね~。……ん? どこ見てるの?」
ヴィーの視線はひよこではなく、そのもっと下、肢元の辺りにある。
「実はこのレースは錬金術師たちの優劣を競うレースなのよ。ほら、ひよこたちが歩くたびに音がしてるでしょう?」
「あ……ほんとだ」
かすかにカチャカチャと音がする。
腕に覚えのある錬金術師たちが、それぞれ首にリボンを付けたひよこの肢に蹄鉄みたいなものを履かせているらしい。
「首に水色のリボンを付けているのが、私のヒヨコよ」
ヴィーの髪と同じ色のリボンをしたひよこが、スタートのゲートが開いた瞬間にヨチヨチと進み始めた。
遅いなと思っていると、次第にその歩みが速くなる。
もしかして、これが蹄鉄の効果なの!?
他のひよこも健闘していたけれど、途中で転んだり、後戻りしたりする子もいる。
結局、水色のリボンを付けたひよこが一着でゴールした。
「おめでとう! すごい、圧勝だったね!」
「ふふ、ありがとう。この前の不思議な寝心地のベッドを覚えてる? あれを作った錬金術師もこのレースに参加しているのよ。負けられないから、頑張っちゃった」
言われて見れば、ヴィーの顔には疲れが見えた。
おそらく何日か徹夜したに違いない。
ほんと負けず嫌いの頑張り屋さんなんだから。
おっと、そろそろ仕事の時間だ。
「ヴィー、私そろそろ戻るね」
「ええ、頑張ってね!」
私は山猫亭の出店ブースに戻った。
「ごめーん、お母さん。遅くなった?」
「大丈夫だよ。楽しめたかい? 鳥肉は用意出来てるよ!」
パウルとカティは鳥の胸肉とモモ肉を食べやすいサイズにカットしてくれていた。
胸肉をとり天、モモ肉をから揚げにする予定だ。
店は横一列に五店舗ほど並んでいて、その前にはたくさんのテーブルと椅子がセッティングされている。
さながらデパートのフードコートのようだった。
隣のブースには大きな鍋がある。どうやらあちらはスープを作るらしい。
どんな具材のスープを作るのかな。
気になった私は、ちょっとだけ隣のブースを覗いてみた。
するとそこにいたのは食堂「クスペトリー」の料理人である、ナージャちゃんだった。
ナージャちゃんは私の視線に気付くと、小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
そして動揺したのか、大鍋をひっくり返してしまった。
な、中身が入ってなくて良かったな……。
「こんにちは。私はクスペトリーから来ました、ナージャです」
ナージャちゃんはさっき転んだことを無かったことにしたいのか、キリッとした様子で自己紹介をしてきた。
「どうも、私は山猫亭のアンナレーナです」
挨拶をしかえしていると、カティが私を押しのけてナージャちゃんに対峙する。
「去年は僅差で負けたんだ。今年こそは負けないよ」
「こちらも、負けるつもりはありません」
ナージャちゃんはクール女子に戻ってカティの宣戦布告を受け取った。
二人の間には火花が散っている。
え? これってナージャちゃんの店と競争する流れですか?
呆然とする私を余所に、二人の間で先に100食売り切った方が勝ちだという競争のルールが勝手に作られてしまった。
私は勝負なんてしなくてもいいんだけど……。
でも二人とも生き生きとしているから、放っておいていいのかな?
まあ、勝負するからには精一杯頑張ろう!
私も意外と負けず嫌いだし!
それにしても、カティはナージャちゃんが山猫亭の常連客だとは気付いていない様子。確かに今目の前にいるビシッとした格好の彼女と、うちに来る時のフリフリワンピースの彼女じゃ印象が違いすぎるもんね。
さて、まずはから揚げを作ろう。
ヴィーの錬金窯のような大鍋に一口大に切られた鳥のもも肉を入れ、醤油、すり下ろした生姜とニンニク、酒、塩コショウを揉み込んで下味をつける。
小麦粉と片栗粉を半々にした粉に鳥肉を入れ、余分な粉をはたいて170度くらいの油が入った鍋に投入する。
するとジュワッといういい音がして、泡が立ち、すぐにから揚げのいい香りがしてくる。
「何だかいい匂いがしてきたぞ!」
「お前の腹の音、うるさいな!」
「おい、笑うなって! 鳴っちまったもんは仕方ないだろ!」
ニンニクの香りは特に若い男性の胃に訴えたようで、店の前には更に長い列が出来た。
よし、匂い作戦成功だね!
から揚げを一旦取り出して油を切り、今度は油の温度を180度に上げて更に揚げる。
そうすると衣がカリカリになって美味しくなる。
うん、良い色に揚がったぞー!
これを前もって大量に仕入れておいた木串にから揚げを刺し、一人一人に手渡すのだ。
木の串に刺すのは、カティとパウルに頼んだ。
「オマタセ」
「ベア! 悪いけど手伝ってー!」
予定より早く来てくれたベアに助けを求める。
から揚げの匂い作戦がうまく行き過ぎて、お客さんを捌けなくなってきたのだ。
ベアはパウルたちが木串にから揚げを刺している間に注文を取り、会計までやってくれる。
そしてパウルたちに余裕が出来るのを見てとると、テーブルの間を周り、片づけをしたりセルフの飲み水をつぎ足しに言ったり、売り込みをしたりと、大活躍だ。
ナージャちゃんの店の方はどうだろう?
料理をしながら首を伸ばすと、そっちにもお客さんが並んでいた。だけど何だか様子がおかしい。一生懸命に売っているけど、その列が一向に動いていないのだ。更によく観察すると、商品の受け渡しやお会計に手間取ってお客さんの回転が悪くなっているみたいだった。
大丈夫かな……あっ、から揚げが焦げそう! ……ふう、ぎりぎりセーフ。
いけないいけない、今は目の前の仕事に集中しなきゃ。
よし、次はとり天だ。
私は鳥の胸肉を用意した。
肉自体にはほとんど味が無いので、塩やソース、レモンやポン酢、マヨネーズやタルタルソースなど、お好みの味付けで食べられるのがいい。
一口大に切られた胸肉に小麦粉をまぶす。
ボウルに小麦粉と水を入れた衣を作り、胸肉をくぐらせる。味が混ざるので、から揚げとは別の鍋に油を入れ、160度くらいの温度で揚げていく。
最終的に180度くらいに油の温度を上げ、カリッと仕上げる。
作っておいたソースを店の前に並べておき、お客さん自身に選んでかけてもらうスタイルにした。
「塩がシンプルで一番美味しーい!」
「レモンもさっぱりしていいわね!」
とり天は濃い味付けが苦手な女性客を魅了したようだ。
一方、ナージャちゃんの店の方はというと、列は流れるようになったものの、まだまだ一人一人のお客さんごとに時間がかかっている。ベアのようにマメに動くスタッフがいないせいだろう。
ナージャちゃんが苦戦している間に、山猫亭のから揚げととり天は飛ぶように売れ、あっという間に100人前売り切った。
「ようやく雪辱を果たせたね」
「雪辱って、そんな、大げさな……」
その後、ほどなく鳥肉の在庫が無くなり、早々に店じまいをすることになった。
「ま、待ってください!」
片付けをしているとナージャちゃんが店の前に現れた。
勝負に勝ったのは目に見えている。特に何も言わずにこのまま去ろうとしていたので、正直面倒なことになりそうだなと思った。
だけど、ナージャちゃんは予想外のことを言った。
「勝負には負けてしまったけど……お願いです! 私が作った料理を、食べてみてください!」
何と、ナージャちゃんは私にお皿を差し出した。
鳥のスープだ。
よく分からないけど、もらえるのならありがたく頂戴しよう。
ちょうどお腹が空いてきたところだし、彼女の料理が少し変わってるけど美味しいのは知ってるからね。
生姜がたっぷりで、まるで参鶏湯みたいな滋味深い味がする。
「ど、どうですか?」
「美味しい!」
私が褒めると、ナージャちゃんは目を見開いた。私が手放しで褒めたから、驚いたのかな?
「こ、こっちも食べてみてださい」
ナージャちゃんはもう一品の方を持ってきた。
こちらは麺料理だ。上に鳥の煮込みが乗っていて、見た目は私の作ったモツ煮に似ている。
麺は先日も食べた、うどんを黄色く染めたもののようだ。
一口食べると、たっぷり染みだしていたチキンのエキスが口の中に広がる。
焼きそばに似た濃い目のソースで味付けられていて美味しい。
「こっちも美味しいよ。まだ若いのに、すごいね!」
「し、失礼な。わ、私は27歳です……!」
「えっ!? にじゅうななさいぃぃ~!?」
まさかの年上。まさかのアラサー。
ど、童顔にもほどがある!
人は見かけで判断しちゃいけないな、と思った私なのだった。
■今回の錬金術レシピ
●から揚げ
・鳥のもも肉
・醤油
・生姜
・ニンニク
・酒
・塩コショウ
●とり天
・鶏の胸肉
・小麦粉
味に変化があってどっちも甲乙つけがたし!
■今日のラウルス君
闘鶏で大興奮! なので、ちょい役でも大満足のヘヴン状態。




