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30 居酒屋アンナ、おでんの夜

 朝、目が覚めると、階下から母親であるカティの怒った声が聞こえてきた。


「どうするんだい、こんなに仕入れて!」

「今さらそんなこと言っても間違ったもんは仕方がないだろ」


 父親のパウルの不貞腐れたような声も聞こえてくる。


「何かあったの?」


 階下へ行くと、どうやら二人は厨房でもめているようだ。


「どうもこうもないよ。父さんが卵の数を間違って発注しちまったんだよ」


 パウルは市場で卵の数を誤って注文し、山猫亭にまで届けてもらうように言ったんだそうだ。

 作業場の上には山のように積まれた卵がある。

 一日や二日じゃ到底使い切れない量だ。


 ……とりあえず今日のおすすめは卵料理ってことにしようか。

 卵料理と言えば、オムレツ、卵焼き、卵かけご飯とかかな。

 使い切れない分はゆで卵にしよう。

 うーん、ゆで卵で出来る料理って何があるかな?

 細かくしたゆで卵に塩とマヨネーズを加えてパンに挟む、卵サンドくらいしか今は思いつかないな。


「しかも、こんな気持ち悪いもんまで買ってきちゃって!」

「珍しいって言うから、アンナにお土産を、と思って……」


 パウルがどんどん小さくなっている。

 気持ち悪いものって何だろう。

 ちょっと不安だけど、ここは娘として二人の喧嘩を仲裁しなければ!


「お土産? なになにー?」


 私は無理に明るい声を上げてカティの手元を覗き込んだ。


「わっ! こんにゃく!」


 カティの持つ木の桶の中には、薄灰色の大きな塊が水に浮かんでいる。

 私の嬉しそうな声を聞き、カティはますます眉間にしわを寄せる。


「これ、美味しいのかい? 何だかカエルの卵みたいじゃないか」


 カ、カエルの卵……?

 その感想でカエルのあの何とも言えない目や肌(?)質を思い出して思わず呻いてしまった。

 確かに黒っぽいツブツブがあるのは似てるけど!

 そういう感想は食欲が失せるから止めてほしい! いや、食べるけどね!?


 私が喜んで見せるとパウルは元気を取り戻し、カティはパウルに対する怒りを収めてくれた。


「そうそう、さっき、ハーバからあんた宛てに荷物が届いてたよ」


 指差されたテーブルの上には、小さな包みがある。

 港町ハーバで知り合った人が、手に入った珍しいものを送ってきてくれるのだ。

 ちゃんと代金は払っているし、気に入れば定期的に注文することになっている。


 今日は何を送ってくれたんだろう。

 わくわくしながら包みを開けると、赤みがかった茶色い棒状のものが数本と、板が出てきた。


「わー! これ、かつお節だ!」


 さすが日本のゲーム会社が作った世界!

 日本寄りの食材ありがとうございます!


 今まで昆布出汁しか使っていなかったけど、これで合わせ出汁が出来る!

 余ったかつお節はご飯に乗せて、醤油をちょっと垂らして食べたいな。

 一緒に入っていたのは料理用のカンナで、私はさっそく削り節を作った。


 この削り節と卵とこんにゃくを使った料理って、何かあるかな?

 ああ、そういえば、ここ最近は寒い日が続いてるよね。

 こんな寒い日の夜にはおでんが食べたいな。

 あっつあつのほっくほくで、体の芯から温まるような!


 他におでんの具に使えそうなものは、大根と、ニンジンと、じゃがいもと骨付きの鳥肉と……うーん、何だかちょっと物足りないな。

 餅巾着や厚揚げ、はんぺんは作るのが難しそうだから無理だよね。

 ああ、でも、練り物なら作れそうな気がする! さっそく作ってみよう!


 私はクーラーボックス型の冷蔵庫を開けて、残っていた白身魚を取り出した。


 まずは白身魚を二本の包丁を使ってミンチにする。

 それに砂糖、塩、水、片栗粉を加え、粘りが出るまで更に包丁で叩く。

 腕が疲れてきたけどこの工程が舌触りを左右するので、ひたすら我慢だ。


 そこに刻んだニンジンとゴボウとタマネギを加える。そして平たい丸型に成形する。

 低温でゆっくり、きつね色になるまで油で揚げる。


 うわっ、良い色! さっそく食べたいけど、我慢、我慢。


 よし、ようやくおでんに取り掛かれるぞー。

 まずは出汁作り。

 おでんは出汁が勝負だからね、ここはじっくり丁寧に作らないと。


 大きな鍋に水と乾燥昆布を入れて30分ほど置き、それを弱火~中火にかけ、沸騰直前に昆布を取り出す。

 一度沸騰させて火を止め、そこにかつおの削り節を入れる。

 中火~強火にかけ、再沸騰したら火を弱め、アクを掬い取ってしばらく煮る。


 これで出汁の完成だ。

 出来たばかりの出汁に更に鶏ガラを加えて煮込んでいく。


 その間に野菜の皮を剥き、それぞれを適当な大きさに切っていく。


 大根は大胆に輪切りして面取り、ニンジンも大きいものを四つ切、ジャガイモは小さいのは丸ごと、大きいのは二つに切る。

 こんにゃくは下茹でをして三角形に。

 卵はゆで卵にして殻を剥く。

 練り物と鳥肉は湯通しして余分な脂を取り除いておく。


 鍋から鶏ガラを取り除いてアクを取り、醤油、酒、塩、砂糖でおでん用のスープを作る。

 薄口醤油が無いのでスープの色が若干濃くなっている。


 ここで味見をしてみた。

 うん、かなり近いところまで再現できている。

 準備しておいた具材を、火が通りにくい順に入れて煮込んでいく。



「出来た……!」


 じっくりと煮込んでいたら、いつの間にかお昼近くになっていた。

 でもそのおかげで具材がいい色に染まっている。


「アンナ。そんなに作って、一体どうするつもりだ?」

「本当に。何日かかっても食べられやしないよ」


 パウルとカティが呆れたように言った。


「さ、さすがに作りすぎたかも……?」


 あれもこれもと入れていたら鍋に入り切れなくて、二つの大鍋におでんが満杯になってしまったのだ。


 おでんって美味しいけど、一つ一つの具材が大きいから、そんな大量には食べられないよね。


「とりあえず、試食してみよう」


 まずは王道の大根を。

 私はお皿に大根を取り分け、二つに割った。


 フォークは抵抗なく入っていく。

 更に二つに割り、それを口に入れた。


(あつ)っ! ……けど、うまー!」


 出汁には全ての具材から旨みが出ていて、それが大根の中までしっかりと染み込んでいる。

 ゆで卵や練り物も抜群に美味しく仕上がっていた。

 

 五臓六腑に染みわたるよー!

 


 味見したパウルとカティも、こんな味の煮込みは食べたことがないと感動している。

 おまけに中まで味が染みているのに煮崩れてないと褒め、 これならお客さんにも出せると太鼓判を押した。


 だけど、三人で食べたのにおでんは全く減っていないように見える。

 これはお客さんに必死でおすすめしないと完売しないかもしれない。


 その時、食堂の入り口がノックと共に開いた。


「オツカレサマ。ベア、キョウモ、ガンバッテハタラク」


 入ってきたのは、山猫亭で働いている、ホムンクルスのベアだ。


「お疲れ、ベア。今日も来るの早いね」

「ハヤメニ、クル。ロウドウシャノ、ジョウシキ」


 見た目は子供なのに、立派だなあ。

 そうだ、せっかくだからベアにもおでんを食べてもらおう!


「ベア、お昼ご飯まだでしょ? おでんっていう煮込み料理を作ったから、好きなだけ食べていいよ」

「ワーイワーイ」


 ベアが両手を上げてバンザイをした。


「熱いから気をつけてね」


 適当に具材を見繕ってお皿に盛り、ベアに渡す。

 するとベアは、行儀よく椅子に座って食べ始めた。


 背が低いので、テーブルまで少し距離がある。

 背筋を伸ばしてふうふうと息を吹きかけながら一生懸命食べている姿が、いつもながら微笑ましい。

 今まで後回しになっていたけど、ちゃんと子供用の椅子を作ってあげなきゃね。

 ベアはおでんを気に入ったようで、ペロリと平らげた。


 そして忙しいランチタイムが始まった。

 するとすぐにラウルスとヴィーが連れだって山猫亭へ食事をしにやってきた。


「ちょうどいいところに! 二人とも、手伝って!」


 面食らっている二人を席に通し、山盛りのおでんをそれぞれの目の前に置いた。


「おいおい、この食堂は注文を聞く前から料理を出すのか?」

「ごめん、作りすぎちゃって~」


 からかうように笑うラウルスと対照的に、ヴィーは素直にフォークを手に取った。


「また新作料理を作ったのね。いい匂いだわ! いただきます」


 手を合わせて先に食べようとするヴィーに負けじと、ラウルスも慌てておでんの皿に手を伸ばす。

 そしてこんにゃくを勢いよく口に頬張ったラウルスは、「あち――っっ!!」と叫んでこんにゃくを口から落とした。

 そのこんにゃくがおでんの皿の中に落ち、出汁がテーブルの上に飛び散る。


「やだ、服にかかったじゃない。前も同じように舌を火傷してなかった? 本当に学習しないんだから」


 呆れた様子でラウルスを見るヴィー。

 だけどすぐさまポケットからガラス瓶を取り出し、ラウルスの前にコトリと置いた。

 火傷に効く薬のようだ。

 ほんと、天使みたいに優しいんだから、ヴィーってば!


 薬で火傷を癒したラウルスは口をとんがらせて必要以上にふうふうしながらおでんを食べ始めた。


「な、何なんだ? この胃に染みわたるような味は……!」

「この前アンナと食べた“煮込み”と見た目は似ているのに味は全然違うわね。なんだかほっとする味だわ」


 二人はそれぞれの皿を空にして、スープまで飲み干した。

 ラウルスはすぐさまおかわりを要求する。

 たくさん食べる男子は好きですよ!


 その後、何人かのお客さんがおでんを注文し、満足して帰っていった。

 でも、おでんはまだまだたくさんある。


 ようやく本気で作りすぎたことを反省しはじめた頃、めちゃくちゃイケメンが山猫亭にやってきた。


「ジークハルドさん!」

「やあ、アンナ。君に会いたくなって、気付いたらここに来て――」

「待ってました!」

「えっ」


 私はいつもの口説き文句を遮り、逃がさないぞとジークハルドさんの腕をガシっと掴んだ。


「ジークハルドさんにぜひ食べてもらいたい料理があるんです!」

「君がそこまで言うってことは、かなりの自信作なんだね。心していただくよ」


 いえ、ただおでんの消費に加勢してほしいだけです。

 とは言わないでおこう。


「な、何だこれは? 初めて食べる味だ……!」


 ジークハルドさんは瞠目しておでんを凝視している。

 いや、それほど驚く料理でもないでしょう……まるでバトルものの少年漫画で新しい技が出たシーンみたいになってますよ……。


 一品一品食べながら感想を言ってくれたジークハルドさんは、食べ終わるとおでんのレシピを私に聞いてメモをした。

 そしておかわりをしてくれた。


「君の料理は本当に私を飽きさせないね。もちろん、君自身も」

「はは、それほどでもー」


 ジークハルドさんは去り際にもきっちりと口説き文句を言って帰った。


 ここでようやく一つ目の鍋が空になった。

 でもまだお鍋一つ分のおでんがまるまる残っている。


「どうしよう……」


 できれば今日中に売り切りたい。

 明日まで持つか分からないし、量が多いのでクーラーボックスにも入りそうにない。


 危機感を覚えた私が鍋を見ながら呟くと、ベアが私の腕をポンポンっと叩いた。


「アンナ。マカセテ」


 私に頷いて見せたベアは、ちょうど来た二人組の男性客に水を持って注文を聞きに行く。たまに来てくれる常連さんだ。


「やあ、ベアちゃん。今日は何にしようかな」

「キョウノ、オススメノオデン、マダアルヨ」

「おでんってどんなの?」

「ヤサイヤオニクヲ、ニコンダ、アタタカイリョウリ」

「へえ。美味しいの?」

「トッテモ、オイシイ。ベア、ホッペタ、オチタ」


 ベアが自分の両頬に手を置いた。

 その仕草を見たお客さんが、まるで生まれたての子猫を見たような表情をしている。


「ベアちゃんがそんなに薦めるなら、二人前……いや、四人前もらうよ」


 するとベアが振り返って私に向かって手を振り、合図をした。


「アンナ、オデン、ヨニンマエ」

「はい、よろこんでーっ!」


 二人なのに、四人前も頼んでくれるなんて、ベアの魅力のおかげだね。

 あんなに可愛い仕草をされたら、たとえお腹がいっぱいでも頼んじゃうよ。

 ベア目当てに来るお客さんも多いし、ほんと、うちの売上って半分以上はベアのおかげなのかも。


 負けてられないな!

 腕まくりをして私は客席を見回した。すると、お酒を飲み終わりそうな年配のお客さんを発見したので、すかさずそのテーブルに向かう。


「失礼しまーす。飲み物のおかわりはいかがですか?」

「ああ、今ちょうど頼もうと思っていたんじゃよ」

「このお酒にはおでんという新メニューがすごく合うんですが、一緒にどうですか?」

「うーん。美味いのかのう?」

「はい、とっても! たとえば、おでんには練り物という揚げ物が入ってるんですけど、白身魚で作っているのでお酒のつまみにピッタリなんですよ。そのままでもいいし、唐辛子と一緒に食べても最高ですよ!」

「じゃあ、それも頼もうかの」

「ありがとうございます!」


 お客さんにおでんとお酒を運ぶ。おでんのスープを飲み、お酒を口にしたその人は、私に向かって皺だらけの笑顔を見せた。どうやらお気に召してくれたようだ。


 他のお酒を飲んでいるお客さんにもおでんを薦めると、思った以上に食べてくれた。お酒とおでんって何だか妙に合うよね。


 夜になって気温が下がったため、温かいおでんを食べた人がほうっと幸せそうな吐息を漏らす。そしてお酒で笑顔がこぼれる。


「すみませーん、こっちにもその“おでん”ってやつ、くださーい」

「はーい、よろこんでーっ!」


 お客さんに呼ばれ、急いで厨房へと引き返す。


 私たちの頑張りのおかげで、おでんは大人気。

 瞬く間に完売御礼となったのだった。



■今回の錬金術レシピ


●練り物

・白身魚

・ニンジン

・ゴボウ

・タマネギ

・塩

・砂糖

・片栗粉


●おでん

・大根

・ニンジン

・ジャガイモ

・こんにゃく

・ゆで卵

・練り物

・骨付きの鳥肉

・乾燥昆布

・かつお節

・鶏ガラ

・醤油

・酒

・塩

・砂糖


おでんはたくさん作った方が美味しいよね。

でも次回からは作りすぎないように注意だね!


■今日のラウルス君

またもや舌を大やけど! でもすぐに治ってヘヴン状態!


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