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29 古代遺跡で食べる、のらぼう菜のだんべぇ汁

「迎えに来たぞ、ベア」


 ラウルスが冒険を終えてジステリアに帰ってきた。

 前にジークハルドさんに助けられたことが男のプライドというやつを刺激したみたいで、鍛錬と称して最近色んな護衛の依頼を受けて冒険に出掛けているのだ。


 食堂はちょうどランチタイムが終わったところで、客として来ていたヴィーがそのまま残っていた。


「ラウルス、オカエリ。ベア、イイコニシテ、マッテタ」


 山猫亭で預かっていたベアが、ラウルスの元へ駆け寄る。

 そして背伸びしてその胸に飛び込んだ。

 うう、感動の親子再会シーンだね! 涙で前が見えないよ!


 ラウルスはベアを肩車してしばらく親子の触れ合いを楽しんだ後、こちらへと向き直った。


「いつもすまないな、アンナ」

「ううん。こっちもベアが手伝ってくれてすごく助かってるから。それで、今回はどこへ行ってきたの?」

「今回は古代遺跡の方へ足を伸ばしてみたんだ」

「古代遺跡! いいねえ、ロマンだねえ!」


 古代遺跡って響きがいいよね。

 聞いただけでワクワクしてきちゃうよ。


 ラウルスがベアを肩から下ろすと、満足したのか、ベアはヴィーの隣の席に座った。

 その向かいへとラウルスは腰かける。


「地下の遺跡で、階を下りるごとにモンスターが強くなっていくんだ。今回は途中で引き返したけれど、いつかはもっと下の階まで下りてみたいな」


 私たちはラウルスの冒険譚を目を輝かせて聞いた。


「そういえば、近くに見慣れない植物が生えていたな。遺跡によく行く依頼者によると、雪が積もって温度が下がっても根は枯れず、毎年青々とした葉を付けているらしい」


 遺跡の話よりもその植物の話に食いついたのは、ヴィーだ。


「それはどんな形なの? 大きさは?」

「ごめん、そこまでは聞いていない」

「もうっ! 肝心なところが抜けてるんだから!」


 ヴィーに叱られて肩を落とすラウルス。

 まさか冒険譚よりもその辺の葉っぱに食いつかれるとは思わないよね、普通。


「そんなに気になるなら、取りに行ってみる? 錬金術の材料になるかもよ」

「ええ、そうね。ぜひ行ってみたいわ」

「ラウルス、連れて行ってくれる?」

「ああ、任せろ!」


 意見がまとまり、私たちは翌朝さっそくその植物を取りに行くことにした。


 いくつか馬車を乗り継ぎ、古代遺跡へと向かう。

 こういう時は錬金術でワープ出来ないかな、なんて思ってしまう。

 錬金術は魔法じゃないんだけど、あまりに便利だから何でも出来ちゃう気になってるんだよね。


 馬車を降りてしばらく歩くと、ピラミッドのような色の石でできた神殿が現れた。

 神殿には蔦が這い、ところどころ石がひび割れている。


「あれが古代遺跡だ。そこを通り過ぎたところに俺たちが目指す植物がある」


 古代遺跡、見てみたい!

 私の体は自然と古代遺跡の方へ向いた。

 するとすぐに腕をぐいっと引っ張られた。


「こら。古代遺跡には行かないって約束だろ」


 ラウルスが私の頭をこつんと叩く。

 危ないから古代遺跡には近寄らないようにと、行く前にさんざん言われていたのだ。

 分かってますよ。モンスターがいっぱいいるから危険だってことは。


 だけどちょっとだけ見るくらいは良くない? 地下に行かなきゃ大丈夫でしょ!


 そう言ったら、ラウルスが怖い顔で睨んできた。

 ご、ごめんなさい、もう言いません。


「アンナ。ワガママ、イッタラ、ダメ」

「はい……」


 何と、ベアにまでたしなめられてしまった。

 反省。


 私は大人しく皆についていった。

 しばらく進むとうっそうと生い茂る森が現れ、さらに歩くとラウルスが「あった!」と叫んで走り出した。

 そして大木の根元まで走っていったところで、嬉しそうに振り返る。


「これだ!」


 私たちはラウルスの元に行き、その指差された植物に視線を落とした。

 地面から伸びた群生する緑の葉は、見た目はほうれん草や小松菜に近い。

 だけど葉っぱの縁がギザギザになっていて、茎がわずかに赤紫がかっている。


 ヴィーはその植物を舐め回すように観察し、持って来ていた植物図鑑をめくり始めた。


「図鑑には載っていないわ」


 ヴィーが嬉しそうな声を出した。


「やったわ! アンナ。これは大発見よ!」

「……うん」


 私は一拍遅れて微妙な返答をしてしまった。

 私がヴィーのハイテンションについて行けないのには理由がある。

 何を隠そう、その植物に見覚えがあったからだ。


 これって……、のらぼう菜だよね?


 近所にある商店街の八百屋で売っていたのを食べたことがある。

 のらぼう菜は萎れやすいらしく、夕方買い物に行った時に見切り品になっていたのを見つけたのだ。

 クセのない青菜で、おひたしやごま和え、バター炒め、マヨネーズ和えなどにしたら美味しいと八百屋のおばちゃんに調理法を聞き、たくさん買って茹でて冷凍し、バイト代が出る前なんかはそれで食いつないだのはいい思い出だ。

 茹でてもかさが減らないから、案外お腹がいっぱいになるんだよね。


「アンナ、もしかしてこの植物のこと知ってたの?」


 ヴィーが目敏く気付いてしまった。

 一瞬の反応の遅れがマズかったみたいだ。

 仕方なく、私は正直に白状することにした。


「私、これ食べたことあるんだよね」

「そうなの!?」

「山猫亭のお客さんが持って来てくれたことがあってさ。その人も見たことのない植物だって言ってた。食べたら結構美味しかったよ」


 ……ということにしておこう。


「あまりむやみやたらに食べない方がいいぞ。前回は無事だったからいいようなものの、毒を持つ植物だってあるんだから」

「キケン、キケン」


 ラウルスが優しく諭すように私の肩に手を置いた。

 そんな、私が何でもかんでも食べる人みたいな……うん、反論できない!


 確かに、毒のある植物を食べて救急車で運ばれたっていうニュースを春先なんかによく見るよね。

 あまりにもソックリだと素人目には毒のある植物かそうじゃないか判別しにくいらしいし。


 すると、ベアがその葉を軽く触ってコクリと頷いた。


「コレ、ヒトニハ、ムガイ」

「え? ベア、毒があるか無いか触っただけで分かるの!?」

「(コックリ)」


 ますます深まる、ホムンクルスの謎! 皮膚に成分分析センサーでも付いてるの!?

 でも、毒が無いと分かれば安心だ。

 ヴィーが研究用に栽培する分以外は食べることにしよう。


 ヴィーが数束取った後に、皆で手分けしてのらぼう菜の上から30センチくらいの部分を刈る。

 茎が一番美味しいんだけど、それより下の部分は硬くて美味しくないのだ。

 そして生命力があるため、根を残しておくとまたニョキニョキと茎と葉が伸びてくる……というのも八百屋のおばちゃんからの受け売りだ。


「よーし、お腹も空いてきたことだし、ここらで料理でもするかー!」

「でも、さすがに食材が足りないんじゃない?」

「ふっふっふ。こんなこともあろうかと準備してきたんだよね。――ベア!」

「アイアイサー!」


 ベアは背負っていた鞄を下ろし、中から次々に野菜を取り出した。


 ニンジン、ネギ、サトイモ、大根、ゴボウなど。

 もちろんすでに洗って切ってある。


 食材、お椀、調理器具、調味料を全部持って行こうとしていた私に、ベアが自分も持つと言って手伝ってくれたのだ。

 ベアってば、優しい上に意外と力持ちなんだよね。


「この葉で何の料理を作るの?」

「具だくさんのスープを作ろうと思うんだよね」


 たとえ食べられる植物が無くても、作れるように準備をしておいたのだ。


 私たちは沢の近くに移動し、ラウルスに火を起こしてもらった。

 まずはのらぼう菜を塩を入れたお湯で茹で、柔らかくなりすぎない内に取り出して水にさらす。

 新たに鍋に水と乾燥昆布を入れて出汁を取り、そこに具材を入れて、酒と醤油、塩、砂糖を加えて煮立たせる。


 小麦粉に塩を水を加えて練り、それを煮汁の中に落とす。

 すいとんだ。

 簡単な上にボリュームが増してお腹が膨れるから、よく味噌汁に入れていたものだった。


 最後に茹でておいたのらぼう菜をざく切りにし、乗せてひと煮立ちさせる。


「よし、完成!」


 のらぼう菜で作る、“だんべぇ汁”だ。

 私は熱々のだんべぇ汁をお椀に注いで皆に配った。


「ベア。熱いから、ふうふうして食べろよ」

「フウ、フウ」


 ラウルスに言われた通りに息を吹きかけてから食べるベアが、眩暈がしそうなほど可愛い。

 何だろう、この気持ち。

 子供を通り越して、孫を見てる気分だよ。


「甘じょっぱくて美味しいわ! 疲れが取れるようよ」

「体が温まるなー」

「アタタマル、アタタマル!」


 だんべぇ汁は塩と砂糖を使った、濃い目の味付けなのだ。

 塩分は疲労回復に効くし、糖分は頭脳疲労を和らげてエネルギーに変わりやすいと聞いたことがある。こういう冒険にはうってつけの料理だ。


 他にものらぼう菜を使って色々な料理を作ってみたいけど、材料も調味料も足りないなあ。残念だけど今回は諦めよう。


「ああ、お腹がいっぱいになったわね。そろそろ帰る?」

「そうだな。でもその前に、さっきの場所へ戻っていいか?」


 ラウルスの提案で、私たちはのらぼう菜を収穫した場所へ戻った。

 何か忘れ物でもしたのかな?

 するとラウルスはいくつかののらぼう菜を摘み、私の方へ差し出した。


「ほら。どうせ持って帰りたかったんだろう?」

「ありがとう、ラウルス!」


 おお、まさか心を読まれていたとは!

 ラウルスってば、すごいなあ!


「私も手伝うわ」

「テツダウ、テツダウ」


 ヴィーとベアまでがのらぼう菜の収穫を手伝ってくれた。


 そして日が暮れるころ、私たちはジステリアに戻ってきた。

 皆をそのまま山猫亭に案内し、料理をふるまうことにする。



 まずは、のらぼう菜の醤油マヨネーズ和え。


 茹でたのらぼう菜に出汁で少し伸ばした醤油をかけて軽く混ぜ、上にマヨネーズを乗せるだけ。

 マヨネーズも卵と酢と油と塩を混ぜただけの簡単なものだ。


 次はのらぼう菜のペペロンチーノ風炒め。


 硬めに茹でたのらぼう菜を適当に切る。

 オリーブオイルとにんにくをフライパンに入れて温め、にんにくの良い香りがしてきたら唐辛子を入れる。

 火の通りにくいのらぼう菜の茎、そして葉の順に投入してさっと炒める。

 最後に塩コショウで味を調えたら完成だ。


「お待たせしましたーっ!」


 大皿にどっさりと作り、小皿を配る。

 それぞれが思い思いに料理を取って食べ始めた。


「これはまた、さっきのだんべぇ汁っていうのとは違った味で面白いな」

「こんな短時間で出来るなんて、やっぱりアンナは料理の天才ね!」

「ウマイウマイ」


 だんべぇ汁に引き続き、こちらも高評価だ。

 

 ヴィーはご飯を食べ終わると、さっそくのらぼう菜を研究すると言って帰っていった。


 あの子、華奢なのに体力あるなあ。

 私なんてたくさん歩いたからクタクタだよ。

 のらぼう菜で一体どんな錬金術をするんだろう? 楽しみだな。


 ラウルスもベアと帰っていく。

 今夜は久々に親子水入らずで語り合うのかもしれない。


 また皆で冒険に行きたいなと思った私なのだった。



■今回の錬金術レシピ


●だんべぇ汁

・のらぼう菜

・大根

・ニンジン

・ゴボウ

・ネギ

・サトイモ

・醤油

・酒

・塩

・砂糖

・乾燥昆布


●のらぼう菜の醤油マヨネーズ和え

・のらぼう菜

・醤油

・マヨネーズ(酢・卵・油・塩)

・乾燥昆布


●のらぼう菜のペペロンチーノ風炒め

・のらぼう菜

・オリーブオイル

・にんにく

・唐辛子

・塩コショウ


美味しいし、無料(タダ)だし(ここ重要)、最高だね!


■今日のラウルス君

久々にベアと会えて、めちゃくちゃヘヴン状態!

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