28 常連さんのお店に突撃! クロケットと自作麺
「はい、お待たせしました~。鶏飯としぐれ肉巻きおにぎりね。おじさん、ほんとにお米好きだよね」
私は運んで来たお皿を常連の冒険者のおじさんの前に並べた。
朝ご飯だというのにボリューム満点だ。
「だって腹にたまるしウマイんだから仕方ねぇよ。おお、そうだそうだ。アンナちゃんよ。カメルってぇ町の食堂の話、聞いたかい?」
「カメル? いや、知らないなあ……」
カメルはジステリアの近くにある町だ。
「それがよう、カメルにある食堂が、最近この山猫亭に似たような料理を出してやがるんだ」
「へえ、そうなんだ」
似たような料理って……もしかして、私と同じく、このゲーム世界に転生した人がいるとか!?
「味は全然違うがな。俺はアンナちゃんの料理の方が好きだぜ」
「ありがと、おじさん! でも、それはとっても気になるね」
「だろ? 俺はよう、その食堂の奴らが山猫亭の味を盗みやがったんじゃないかと思って気が気じゃなくてよう」
おじさんは気遣わしげな表情を浮かべている。
あ、そっか。似たような料理を出すってことは、うちの食堂の真似をしているかもしれないってことか。
そんなことちっとも考えなかったな。
でもまだそうと決まった訳じゃないし、転生者だという可能性も無くはない。
これは本格的に調査してみなくっちゃね。
私は片付けが終わるとすぐにヴィーに会いにいった。
「ねえ、ヴィー。今度カメルに行ってみない?」
事情を説明すると、ヴィーは俄然やる気を見せた。
「さっそく今からでも偵察に……そうだ! 今いいものを作ってくるから待っていて!」
ヴィーは私にお茶のお代わりを用意し、そのまま錬金部屋に籠ってしまった。
そしてお茶を飲み終えて手持無沙汰になった頃、ヴィーが錬金部屋から何かを持って出てきた。
「アンナ、お待たせ」
「ううん、全然待ってないよ。それってもしかして、カツラ?」
ヴィーが持っているのは金髪のかつらだった。
何故かゴージャスな縦ロールになっている。
「このかつらを被って、この服を着るといいわ」
ヴィーが再び差し出したのは、フリルがたっぷりのお嬢様風ワンピースドレスだった。
「まじか!」
私がこれを着るのか!
確かに私だとは誰も分からないだろうけど!
「だって、ライバル店なんでしょう? 山猫亭の名誉のためにも、アンナの正体を相手に悟られない方がいいと思うの」
「なるほど」
まだライバル店だとは決まっていないけど、確かに一理ある。
コスプレだと思うと少々抵抗があるけれど、文化祭かなんかの仮装大会だと思えば、まあ着れないこともない。
結局私がお嬢様風の服を着て、ヴィーはその侍女風の地味な服を着ることになった。
ヴィーも錬金術師として色んな町に行ってるから、顔見知りが居る可能性も高い。
おまけに顔が可愛いから、地味にしないと正体がバレちゃうもんね。
「アンナ、素敵よ!」
ヴィーに着付けと化粧を手伝ってもらって何とか変装を完成させると、ヴィーがうっとりとした顔で私を褒め称えた。
鈍い色の鏡で見てみると、意外に似合っている。
平凡な顔の方が化粧映えするってことかな。
まあ、転生前よりハーフっぽくなった分華やかにはなった気がするけどさ。
ヴィーも茶色いカツラを被って水色のきれいな長い髪と可愛い目元を隠している。
「よーし、出発進行!」
変装した私たちは、意気揚々とカメルの町に向かった。
カメルに到着してから聞き込みをすると、問題のその食堂の名前は「クスペトリー」というんだそうだ。
外観は木の風合いを生かしたこげ茶色の山猫亭と違って、白っぽい木を使った南仏風のお洒落な雰囲気だ。
……見た目は完璧に負けている。
「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」
慌ただしく働いている店員さんに言われ、私たちはあいている席に座った。
隣の席は団体さんが座っていて、そのテーブルにはモンスターの丸焼きがデデンと乗っていた。
豪快だなー。
さすがにうちの食堂じゃ、あのサイズでは出せないな。
今回もさりげなくヴィーにメニュー表を渡し、注文を決める。
私たちは“野菜の山”、“色々封じ込め”、そして“本日の細長丸”を頼んだ。
メニューからはどんな料理だか全く分からないので、かなりドキドキする。
お嬢様とその侍女が同じものを食べるなんて傍から見れば変かもしれないけど、気にしない。
まず最初に来た野菜の山というのは、サラダだった
新鮮でカラフルな野菜がお皿にもりっと盛られている。
野菜がたくさん食べられるのは、いいよね。
ドレッシングは何だろう。
その店によって種類が違ったり、手作りのドレッシングだったりで特徴が出るよね。
山猫亭は醤油ベースの和風ドレッシングかオリーブオイルベースのイタリアンドレッシングなんだけど。
わくわくしながらお皿を覗くと、その野菜には明らかにドレッシングがかかっていなかった。
……別添えなのかな?
テーブルの隅を見たけれど、塩があるのみで、ドレッシングらしき容器は無い。
「あの、すみません」と店員を呼んで「このサラダにかけるものが欲しいんですが」と言ってみた。すると店員さんは怪訝そうな顔をする。
嫌な予感がして、私はサラダをどうやって食べるのかを尋ねた。
すると店員は更に怪訝な顔をして「そのままお召し上がりください」と言ってテーブルを離れていく。
「サラダにドレッシングかけないのか……」
「今では私も同じ感想を抱くけれど、だいたいどこもドレッシングなんて無いわよ」
仕方なく塩をかけて食べた。
うん、野菜本来の甘さが感じられてこれはこれでいいかもしれない。
その時、私は背中に誰かの視線を感じた。
振り返るとカウンターがあり、その向こうには厨房が見えた。
そこから誰かがこっちを見ているのだ。
茶色の髪を後ろできつくまとめていて、ビシッとしたシェフ服を着た、硬い雰囲気を持つ女の人だ。
私が見ていることに気付くと、相手は慌てた様子でしゃがんでカウンターに隠れようとして頭をぶつけてしまった。
うん? あの挙動不審さは記憶に新しいぞ?
どこで会ったんだっけ。
ああっ、思い出した!
あの子、うちの店に来ていた常連の女の子じゃん!!
フリフリワンピースじゃないから気付かなかったよ。
「ナージャ、何してるの? 大丈夫?」
頭を押さえてもんどりうっているその子に、店員が声をかけている。
へえ、ナージャって名前なんだ。
このお店で働いていたんだね。
すると今度は“色々封じ込め”が運ばれてきた。
謎すぎるメニューだったけど、目の前にあるのは円筒形の小さいコロッケみたいな食べ物だ。
揚げずに焼いているみたいだけど、出来立てで湯気が出ているのがいい。
ナージャちゃんのことは置いておいて、今は料理に集中しよう。
ふうふうしながら一口かじると、チーズの香りがふわっと鼻をついた。
中身はチーズと卵と小麦粉とバターのクリームソース、かな?
じゃがいもの入っていないそのコロッケの味は、どちらかというとフランス料理の前菜によく使われるクロケットに近かった。
……また背中に痛い程の視線を感じる。
そろそろと振り返ると、先程のカウンターからナージャちゃんが顔の上半分だけ覗かせてギラギラとした目でこっちを見ている。
な、なんなの? 一体。
どうしてずっとこっちを見てるの!?
変装がバレたってことはないよね?
食べている人の反応が気になるのかな。
でも、そんなに見られたら、食べにくいよ……。
私は残ったコロッケをヴィーに譲った。
最後は“本日の長細丸”が運ばれてきた。
どうやらパスタみたいな麺に、茶色っぽい何かがかけられているようだ。
見た目は先日うちで出したからすみパスタに似ているなあ。
うん? この麺、何だか色が少し変わっているような?
断面図をよく見ると、周りは黄色いのにもかかわらず、中央が白い。
もしかして、この麺って卵を使っていないうどんみたいな麺?
それを黄色いサフランか何かで着色してるのかな?
かけられていたからすみっぽい色のものは磯の香りがする。
舌に乗せてみると、魚の味がした。
魚の干物を細かく刻んでいるようだ。
食べた感じ、不味くない。
オリーブオイルはラードか何かで代用してるのかな?
やや変わった風味だけど、少量なためか、それほど気にならない。
「意外と美味しいわね」
「うん、そうだね」
パスタの味は気にならないけど、視線は気になる。
またかと思いつつ振り返ると、今度はナージャちゃんは柱に張り付いてこっちの方を見ていた。
柱と服の色が似ているので、まるで柱と同化しているみたいに見える。
だから、何か言いたいことがあれば直接言ってくれればいいのに。
……っと、いけない。
この料理を作った人が転生者かどうか確かめなきゃ。
「この料理、とても美味しいですわ。これを作られた方にぜひお礼を言いたいの。呼んでいただけますかしら?」
変装している服に合わせて、お嬢様風な言葉で店員に声をかける。
……お嬢様ってこんな口調だよね? 多分。
すると店員が連れてきたのは、何と、ナージャちゃんだった。
「な、何かご用れすか?」
ナージャちゃんは明らかに警戒した様子だ。
こんな若い子がシェフだなんて、すごいなあ。
私は中高生の頃は料理なんて一切やったことなかったけど。
ナージャちゃんは緊張するとどもるのかな?
今日はお酒飲んでないはずだもんね。
そんなことより、まずはナージャちゃんが転生者かどうか調べないと!
日本で制作されたゲームだから、相手も日本に住んでいる可能性が高い。
そして発売されたばかりのゲームだったから、私と同じ時代の人のはずだ。
だったらゲームのことを話題に出して確認してみよう。
いきなり質問をするのは変なので、まずは丁寧に料理について褒め、お礼を言った後で突然話を切り出した。
「このゲーム、面白いですわよね」
「はっ?」
ナージャちゃんは訳が分からないという顔をしている。
分かりにくかったかと反省した私は、今度は転生について匂わせることにした。
「わたくしは階段から落ちて、気付いたらここに。あなたは?」
「あの……何をおっしゃってるのか分かりかねます」
またもやナージャちゃんは困惑した顔をした。どうやら演技ではないようだ。
やっぱり転生者じゃ無かったか……。
このままだと、こっちが不審者だ。
ここは強引に別の話題に持って行こう。
「それにしても、あなたの料理は見たことのないものばかりで、わたくし、感動しましたわ!」
「い、いえっ。わ、私、色んなお店の料理を食べるのが好きで、それを自分流で作っているだけなんですっ。今日の料理も、ジステリアの山猫亭というお店の方が、きっと美味しいと思います。そ、それじゃ、失礼しますっ!」
ナージャちゃんはそうまくしたてると、恥ずかしそうにして厨房へと戻っていった。
なるほどね。
彼女はやっぱり山猫亭に料理の偵察をしに来ていたのか。
だから私と会う度に挙動不審だったんだね。
うーん、どうしようか。
別に全く同じ料理って訳じゃないから、特に何も言わなくても大丈夫かな……。
山猫亭の方が美味しいと思うって言ってくれたし。
「良かったの? 何も言わなくて」
ヴィーはてっきり私が文句を言うと思っていたらしい。
「あー、いいのいいの。理由は何であれ、美味しい料理を出す店が増えるのはいいことだからさ」
「アンナは優しいのね」
お嬢様言葉に疲れたので、普段通りの言葉遣いのまま小声で返す。
すると、ヴィーがうっとりとした目で褒めてくれる。
そんなこともないけどね。
全く一緒の料理を山猫亭よりも安く提供したり、うちの経営が悪化したりするようなことがあれば、さすがに文句の一つも言いに来るだろうし。
すると、隣の席の冒険者グループの会話が聞こえてきた。
「ジステリアの山猫亭といい、ここといい、美味い店が増えたよな~」
「だな。でも、俺は山猫亭の方が好きだな。あっちの店員さんは愛想よくて居心地いいんだよ」
「あの小さい子も可愛いわよね。お持ち帰りしたくなっちゃうわ」
小さい子って、ベアのことだよね。
うわー、ベアを褒められると自分のことみたいに嬉しいな!
まあ、うちの子が可愛いなんて私が一番分かってますけどね!
接客を褒められるのも嬉しいなあ。
私たちは会計を済ませ、ジステリアに帰った。
一週間後、私とヴィーが山猫亭でお茶をしていると、ラウルスが長旅から帰ってきた。依頼人の護衛をするという名目で冒険をしてきたのだ。
俺が居ない間に何かあったかと聞かれたので、私たちはクスペトリーの話をした。
するとラウルスは偶然にも帰りにそこで食事をしてきていたという。
「そういや、あの食堂が求人を出していたな。何でも身長が140センチ以下の子供限定、だそうだ」
「もしかして、ベアを意識してるのかな?」
「間違いないわね」
私とヴィーは顔を見合わせ、それから苦笑をした。
■今回の錬金術レシピ
●野菜の山
・キャベツ
・ニンジン
・キュウリ
・トマト
・パプリカ
●色々封じ込め(クロケット)(予想)
・チーズ
・バター
・小麦粉
・パン粉
・卵
●本日の長細丸からすみパスタ(予想)
・魚の干物
・ネギ
・ラード
・にんにく
・小麦粉
・サフラン
■今日のラウルス君
最後にようやく出番があったぜ! でヘヴン状態。




