27 ハンター娘と、プリフィーユで女子会
セレスが山猫亭にやってきた。
「アンナさん、エルヴィーラさん、お久しぶりです!」
今日は珍しく服がヨレヨレになっていない。
訳を聞くと、今日の早朝に護衛の依頼者だった人がこの町の前まで馬車で送ってくれたそうだ。
「依頼者に心配されて送られるのもすごいけど、もうお昼前だよ?」
「山猫亭の場所が分かりにくくて、散策がてら探していました!」
「えっと、ウチの店は町の入り口からすぐだし、結構目立つと思うんだけど」
私のツッコミはセレスの笑顔で流されてしまった。
こんな小さな町で迷うなんて、さすがセレス。
でも町の外へ出ていなかっただけマシかもしれない。
気付いたら隣町だった、なんてことが普通にありそうだもんね。
セレスはヴィーに向き直ると、姿勢を正して直角にお辞儀をした。
「ご依頼いただきありがとうございます!」
ヴィーはその言葉に怪訝な顔をした。
「えっと、依頼したのは三日後なのだけど」
「私は早めの行動をモットーにしているので!」
いやいや、早すぎるでしょ。
てっきり遊びに来たんだと思ったら、ヴィーの依頼のためにやってきたのか。
「困ったわ、どうしようかしら」
「早めに採集へ行ったら?」
「それが……私が欲しいのはとある花の朝露で、雨の日の翌朝にしか採れないのよ。だから三日後じゃないと無理なの」
そっか。
あらかじめ雨の日が分かるなんて、錬金術師ってやっぱりすごいなあ。
「でも、出直してもらったりなんかしちゃった日には、二度とこの町に来られなくなるんじゃない?」
「二度とってことは無いでしょうけど、約束の日時に間に合うかどうかは分からないわね」
年上のおねーさんに向かって、私たちは言いたい放題だ。
セレスは自分のことを言われているのに、何故かニコニコとして聞いている。
「こうなったら、三日後までヴィーの家に泊めてあげたら?」
「そうね。その方がいいかもしれないわ」
下手に彼女を放り出さない方がいい、と私たちの意見はまとまった。
「セレスはヴィーの依頼まで何も用事は無いんだよね?」
「はい」
「じゃあ、三日後までヴィーの家に泊まっていきなよ」
「わあ、いいんですか? では、お言葉に甘えちゃいます!」
私はその辺で野宿しても構わないんですけどね、とセレス。
いやいや、町の中で野宿だなんてやめてよ……。
「アンナも来ない?」
引っ込み思案のヴィーがやや心細そうにそう言った。
セレスとは慣れてきたとはいえ、やはり二人っきりは少々荷が重いのだろう。
「うん、いいよ。夜の営業が終わってからなら」
すると二人は手を叩いて喜んでくれた。
美女二人が満面の笑みを浮かべている風景は非常に絵になっている。
「そうそう、先日セレスのおばあさんに竜の魚をもらったんだよね。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。ショーユをたくさん送ってもらったって喜んでましたよ」
「そうなんだ、良かった~」
竜の魚を送ってもらった後に、フモヤシに作ってもらった醤油をお礼として送っておいたのだ。
こういう風に互いに送りあうのってお歳暮やお中元みたいで楽しいよね。
「それにしても、竜の魚なんてよく手に入ったね。とっても珍しいんでしょ?」
「実はあれは私の母が獲ったものなんです」
「セレスのお母さんが?」
「はい。私の両親はモンスター狩りを生業としているんです。竜の魚を取った時、私も同行していたんですよ。役割分担で私は竜の魚を誘導する役をしていたんです」
へー、家族でモンスターを狩りに行くなんて変わってるけど面白いなあ。
もっと詳しく話を聞いてみたいと思ったけれど、あいにく食堂が忙しいランチタイムが始まってしまった。
二人はセレスの生活必需品などを買い揃えてヴィーの家に向かうと言う。
「じゃあ私は仕事が終わったらすぐに行くね。夜食でも作って持って行くから」
「わあ、楽しみです」
「アンナも泊まっていったらどう?」
「え、いいの?」
「もちろんよ。二人よりも三人の方が楽しいもの」
「そうですね、きっと楽しい夜になります!」
「じゃあ、親に聞いてくる!」
両親にお伺いを立てると、二人とも楽しんでおいでと言ってくれた。
それを伝えると、ヴィーやセレスは大はしゃぎで帰っていった。
よし、ランチタイムが終わったら、夜の仕込みをして、明日の朝の分の仕込みも今日のうちにしていこう。
それと持って行くお夜食も作らなくちゃ。
何がいいかなあ。せっかくだから女子らしい料理にしたいよね。
そうだ、イギリスのアフタヌーンティーっぽいの、してみたいなあ。
サンドイッチと、スコーンと、ケーキだっけ。
美しい二人がパジャマとかネグリジェ姿でつまんでいる所を想像するだけで、ニマニマしちゃいそうになるよ。
……いっけない、危うく妄想の世界から帰って来れなくなることだったよ。
私はウキウキしながらランチタイムを終え、夜と明日の営業分の仕込みを手早く終わらせた。
よし、次はヴィーの家に持って行く夜食作りだ。
サンドイッチは山猫亭でも出しているトマトとレタスを挟んだやつでいいかな。
ケーキは持ち運びが大変だから、硬めのプリンなんてどうだろう。
スコーンはちょうど干したイチジクとレーズンがあるから、これも入れちゃおう。
あっ、チョコレートもあるじゃん。よーし、二種類作っちゃお!
ああ、でもやっぱりポテトチップスは鉄板だよね。
ちょうど揚げたてのものがあるから、これを持って行こう。
まずはスコーン作りから。
ボウルに小麦粉と砂糖を入れて、そこにヤギのバターを溶かしていない状態で入れる。
それを手で擦るようにして小麦粉とバターを混ぜていく。
そこにヤギのミルク、ベーキングパウダー代わりの泡立てた卵白を入れて生地をまとめて二つに分ける。
一方には干したイチジクとレーズンを練り込み、もう一方にはチョコレートを粗く刻んだものを練り込む。
そしてクーラーボックスの冷蔵庫で1時間ほど寝かせる。
その間にプリンのカラメルソース作り。
カラメルソースは小鍋に砂糖と少しの水を入れて火にかける。
すると透明だったものが次第に茶色く色付き始める。
焦げないように混ぜ、茶色のカラメル色になったら火から下ろし、お湯で少々緩める。
カラメルソースは冷めないうちに器になるカップの中に入れておく
そしてプリン作り。
鍋にミルクと砂糖を入れて温めて溶かし、冷ましておく。
ボウルに卵を割り入れて混ぜ、口当たりが良く鳴るように目の細かいザルで漉す。砂糖を溶かした牛乳を加えて混ぜ、カラメルソースを入れておいた器に流し込む。
器をトントンとテーブルに軽くぶつけ、中の空気を抜く。
大きい鍋に器の半分が浸るまでお湯を沸かし、蓋をしたプリンの器を入れて強火で蒸す。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やす。
「そろそろいいかな~」
冷蔵庫から寝かせておいたスコーン生地を取り出す。
適当に小分けにして丸め、上から少し押さえて表面を平らにし、プリン作りで余った卵黄を表面に刷毛で塗る。
石窯のオーブンで焼けば完成だ。
プリンが冷たくなるころにはスコーンもいい色に焼けていた。
「よし、出来た! あとはこれをバスケットに詰めて……って、うわっ!!」
むこう脛に痛みが走り、私は顔から転んでいた。
足元にあった大きな米袋につまずいてしまったのだ。
「はっ、プリンは!?」
手に持っていたはずの器が忽然と消えている。
辺りを見回すと、前方に器が転がっていた。
慌てて器を拾い上げたけれど時すでに遅し。
プリンは上半分が崩れてぐちゃぐちゃになっていた。
「うう、せっかく作ったのに~」
これじゃせっかくの女子会が台無しだ。
でもせっかく作ったのに、もったいないな。
この崩れたプリンを何とかデザートに仕立てられないかな。
だって、崩れたけど味は変わらないもんね。
その時、形が悪いので横に避けておいたポテトチップスが目に入った。
あ、これを使ってケーキっぽくしてみたらどうだろう?
ポテトチップスをスポンジに見立てて、間にプリンを挟んでミルフィーユっぽくしてさ。
よし、試しにやってみよう。
私は新しい小さな器を用意し、そこにポテトチップスとスプーンですくったプリンを交互に重ねていった。
ポテトチップスが崩れたプリンをうまく隠してくれている。
見た目はまるで五重塔みたいだ。
そして味見をしてみると、甘さとしょっぱさのバランスが絶妙で意外と美味しい。
でも、あと何かが足りない気がする。
すると目の前の棚にカティの作ったキイチゴのジャムが目に入った。
「お母さーん。このジャムもらってもいい?」
「いいよー。何でも使いなー」
了承を得た私は、プリンとポテトチップスのミルフィーユの上からキイチゴのジャムをとろ~りと垂らした。
この錬金術はうまくいったかな?
私はミルフィーユを口に放り込んだ。
「うんまっ!」
自画自賛になっちゃうけど、プリンの甘さ、ポテトチップスのしょっぱさ、キイチゴジャムの酸味が見事に融合している。
二人の反応が楽しみだ。
私は夜の営業が終わると、ヴィーの家へと急いだ。
「お待たせー!」
「今ちょうどお茶を淹れようとしていたところよ」
二人は居間で談笑していた。
うんうん、ヴィーの人見知りもセレス相手ならだいぶ慣れてきたみたいだね。
いいことだ。
私はさっそくテーブルの上にスイーツを並べていった。
「女子会ということで、より女子会っぽいメニューにしてみましたー!」
ヴィーがお茶を淹れてくれ、夜食パーティーの始まりだ。
「このスコーンという名前のパン、どちらも美味しいです!」
「そのプリフィーユっていうケーキも美味しいわ。断面が何層にもなっていて綺麗だし、甘すぎないからいくらでも食べられそうよ。でも、こんな時間に食べたら太ってしまうわね」
夕食は済ませたにもかかわらず、次々とサンドイッチやスイーツに手が伸びている。
二人とも細いから、少しふっくらした方がいいくらいだよ。
プリンとポテトチップスを交互に重ねたオリジナルのプリフィーユも好評だ。
プリフィールというのは私が今つけた名前である。
失敗は成功のもとってほんとだね。
会話もはずみ、私はセレスに話をねだった。
「昼間の話の続きだけど。セレスのご両親ってどんな人たちなの?」
「両親はモンスター狩りのプロなんです。祖母もそうだったんですよ。もう引退しちゃいましたけど」
聞けば、実家は歴史あるハンター一家なんだそうだ。
セレスは幼い頃からハンターのチームに入って剣技を磨きながらモンスターを狩っていたらしい。
「初めて会った時も私たちを助けてくれたわね。あの時すごい剣の腕だと思ったわ。やっぱり子供の頃から型を習ったりするの?」
「いえ、対人向け剣術のような整った形があるわけではないんです。狩りを成功させることに特化しているので、攻撃の速さを重視しています」
確かに、七色のダチョウを退治してくれた時も、無駄のない動きをしていたなあ。
下手に型を学ぶとアドリブが効かなくて、攻撃速度が遅くなっちゃうのかも。
ジークハルドさんもどっちかと言えばセレス寄りだよね。
逆にラウルスは騎士学校で型を学んでるから、体幹が鍛えられていて所作が綺麗だったな。
「そうそう、私が生まれて初めて与えられたおもちゃはこの短剣だったそうです。さすがに変ですよね」
セレスは手元にある短剣を見せながらそう言って、クスリと笑った。
いやいや、笑いごとじゃないから。
セレスのお父さんお母さんも、何赤ん坊に刃物渡してんの。
何かあったら怪我だけじゃ済まないよ……。
更に話を聞けば、幼い頃からモンスター狩りに参加していたので、モンスターに対する恐怖が欠如しているそうだ。
だから野外で寝ても全然平気だし、モンスターが近くにいれば気配で分かるので、緊張感がないんだとか。
そんなだから方向音痴になったのかもしれないな。
実力があって危機感がないなら、道に迷っても安心だもんね。
「そういえば、セレスってば、肉に何も味付けしないで食べようとしていたよね」
「あの頃は、お腹が満たせれば何でもいいと思っていましたから。体力をつけるためとはいえ、食べること自体が面倒だと感じていたんです。でも、アンナさんの料理を食べてから目覚めたんです。これならもっと食べたいって!」
そんなことを思ってくれていたなんて。
嬉しいなあ。
「そろそろ二階へ行きましょうか」
ヴィーの一声で、私たちは片づけと身支度をして二階の寝室へと向かった。
ゲスト用のベッドを持ち込み、二つのベッドをくっつけて三人で寝ることにする。
すると壁に二着の洋服が下げられているのが目に入った。
その内の一つには見覚えがある。
「あれ? これって前に隣町で買った服だよね」
「アンナが選んでくれた服だから、着るのがもったいなくって」
恥じらうヴィーは今すぐに押し倒したいくらいの可愛さだ。
冷静になれ、自分。
「じゃあ、これは?」
「少し丈が長いのよ。でも柄が途切れてしまうから丈を短くすることも出来なくて。セレスティーアなら似合うんじゃないかしらと思って出しておいたのよ」
確かに、セレスなら背が高いから似合いそうだ。
遠慮するセレスに服を押し付け、着替えてもらうと、まるでセレスのために作られたのかと思うくらい似合っていた。
素材が良すぎると何でも似合うんだな。
神様ってば、やりすぎだよ。
「この服はあげるわ。良かったら着てちょうだい」
「いいんですか? ありがとうございます!」
セレスは嬉しそうに笑ってその場でぐるりと回った。
すると、開け放していた窓から部屋の中に一匹の虫が入ってきた。
虫といっても体長が10センチほどもある。
何かのモンスターかもしれない。
「これってモンスター!?」
ヴィーが言うのが早いか、笑っていたはずのセレスが急に真面目な顔になる。
そして傍に置いてあった短剣を掴むと、目にもとまらぬ速さで鞘から抜いた。
ヒュンッ
剣を振った後には、真っ二つになった虫が落ちていた。
「さっそく明日はこの服を着ようと思います!」
そして何事もなかったかのように笑顔に戻って会話を続けるセレス。
自然すぎてツッコめない凄さだな……。
まあ、何はともあれ。
そんなこんなで会話はとても盛り上がり、私たちは夜更けまで語り合ったのだった。
■今回の錬金術レシピ
●スコーン
・小麦粉
・砂糖
・卵
・ヤギのバター
・ヤギのミルク
・干しイチジクの実
・レーズン
・チョコレート
●プリンとポテトチップスのミルフィーユ
・ポテトチップ
・卵
・ヤギのミルク
・砂糖
・キイチゴのジャム
今日はスイーツ尽くし! ダイエットは明日から!!
■今日のラウルス君
うん、そろそろ出番が無いことに慣れてきた! な状態。




