25 挙動不審な常連さんと、洋風おでん
「見てみて、アンナ。あの服あなたに似合いそうよ!」
ヴィーがはしゃいだ声で私の手を引っ張る。
今日は隣町までショッピングに来ているのだ。
ジステリアには無い明るい色の服を見て心が躍らない女子はいないだろう。
でも……。
「ヴィー、さっきから私の服ばかり選んでない?」
買い物に付き合って欲しいと言ってきたのはヴィーの方なのに、選ぶ服は私のものばかりだ。
十人並の容姿の私より、ヴィーに似合う服の方がたくさんあるのに。
「だって、アンナに着てほしい服がたくさんあるんですもの」
いや、さすがにそのフリフリワンピースは無理だよ……?
私はさりげなく渡されたワンピースを棚に戻した。
相手に服をプレゼントするのは、それを脱がせたいからだってどこかで聞いたことあるな。
もしかして、ヴィーってば私のことを……?
なんてね。
ジークハルドさんのことは置いといて、今はラウルスのことだけでいっぱいいっぱいだよ。
あの祝賀会の日はビックリしたな。
まさか、未遂だけど告白してくるなんて思わなかったからさ。
冗談で済ませようとしたら、あんなに真剣な様子で……。
ヴィーが来てくれなかったら今頃どうなってたか分からない。
翌日からは元通りになっていたけれど、お互いその話を避けてるもんね。
ラウルスは私が入れ替わっているって気付いてないし、きっと本物のアンナのことが好きなんだろうな。
だったら私が告白を聞くのも返事をするのもお門違いってやつだよね。
「アンナ、その服気に入ったの?」
考え込んでいた私は、ヴィーの声で我に返った。
手元を見てみれば、自分には到底似合いそうにない可愛らしい服を掴んでいる。
「えっと、これ、ヴィーに似合うと思って」
「嬉しい、選んでくれたのね? じゃあそれを買うわ。アンナはどうする?」
せっかく来たのに何も買わないのももったいないなと思った私は、ヴィーが薦めてくれたものの中から一番無難な服を選んで買うことにした。
「ああ、少し疲れたわ。どこかでお茶でも飲んで休憩しましょう」
その時、私のお腹がぎゅーっと鳴った。
「お昼ご飯の方がいいみたいね」
「うん、お願いします」
てへへ、と笑いながら甘える。
体って欲望に忠実だよね。
ヴィーが行きたい店があるというので、私の口に合うお店だといいなと願いながら大人しくついていく。
「このお店よ。ちょっと珍しい料理を出していると評判らしいわ」
着いたお店は、窓が多くて明るい雰囲気だった。
結構繁盛しているようで、店はほぼ満席だ。
メニュー表は読めないので、オーダーはヴィーにお任せする。
「あった。これよ。すみません、この“煮込み”を二人前お願いします」
「具はお任せでいいですか?」
「はい」
煮込みって単純で味や具材が想像できない料理名だなあ。
どんなものが出てくるんだろうとそわそわしていると、それほど待たされずに料理が運ばれてきた。
深皿の中にスープが入っていて、その縁には食材が刺さった木の串が手に取りやすいように掛けられている。
食材の中身は、ソーセージと大根と丸められたキャベツとジャガイモとトマト。
ヴィーのはソーセージ、ニンジン、タマネギ、トマト、かぼちゃ。
それぞれがダイナミックな大きさで、とても食べごたえがありそうだ。
それよりも、その形状には非常に見覚えがあった。
「これって、おでんじゃん!」
「オデン? それ、何なの?」
「いや、何でもない」
思わず口に出てしまった言葉を、急いで否定する。
おでんといえば醤油ベースの出汁のはずだけど、それにしてはスープの色がちょっと違う感じがした。
ということは、これはおでんじゃないってことだよね。
この香りは……コンソメかな?
濁りの無い琥珀色とはいかないけれど、よくアクを取っていることが分かる。
私は警戒しつつ、一口だけジャガイモをかじった。
「あれ? 美味しい……」
まるで少し味が薄めのポトフだ。
塩を少し足したいところだけど、スープがしっかり染みているし、塩分控えめで健康には良さそうだ。
「アンナの料理ほどじゃないけれど、美味しいわね」
ヴィーが褒めてくれる。
だけど小さな声にしてね、お店の人に聞こえちゃうから。
でも、やっぱり美味しくない料理ばかりじゃないって分かって嬉しいな。
今度日本風のおでんを作ってみよう。
出汁がしっかり染みてアッツアツの大根とか。
白身が薄茶色に染まったゆで卵とか。
牛肉が手に入ったら牛スジなんかもいいよね。
んで、両親が気に入ってくれたら山猫亭のメニューに加えてもらおう。
すると店員さんが私たちのテーブルまで来て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、他のお客様と相席をしてもらってもいいですか?」
「ああ、大丈夫ですよ」
元々二人なのに四人掛けのテーブルに通されていたのだ。
私はヴィーの向かいの席から、隣の席に移動した。
店員に連れられてやってきたのは、猫耳フード付きのケープとフリフリワンピースを着た、中高生くらいの年齢の女の子だ。
前髪パッツン、肩までの茶色のゆるふわ髪。水色のくりくりの丸い目で、子リスのような印象の顔。
あれ? この子って、先日うちの食堂に来てたお客さんだよね?
顔が可愛らしかった上にその動きが特徴的だったから、はっきりと覚えてる。
今日は忍者風のマスクはしていないようだ。
女の子は私の顔を見ると、目をぎょっと見開いた。
私の顔を覚えていたのかな?
と思ったら、まるでさっきの驚きが嘘のように、女の子は平然とした顔に戻っていた。
見間違い……じゃないよね?
着席した女の子はメニュー表を穴が開くんじゃないかというほど食い入るように見つめている。
「ソーセージと大根とキャベツとジャガイモとトマト」
その子は私のお皿をちらりと見て、言葉少なに注文した。
彼女が注文したのは、私のものと同じだ。
分かる分かる。
人が食べているものって美味しそうに見えちゃうよね。
「あと、ニンジン、タマネギ、トマト、カボチャ、キノコ……」
おっと、注文はまだ終わりじゃなかったみたいだ。
ずらずらと羅列された食材は聞いただけでお腹いっぱいになりそうだったけれど、実際に運ばれて来たお皿を見て、非常に驚いた。
ラーメン鉢のような大きなお皿に山盛りになったおでんが登場したのだ。
鉢からはみ出す木の串は、ちょっとした生け花で使う剣山のようだ。
ま、まさか、これ全部食べるの……?
あの小さくて華奢な体のどこに入るんだろう。
これが痩せの大食いってやつ?
女の子はまずはスープを口に含んだ。
するとすぐにその目をカッと見開く。
漫画ならバックに稲妻が走り抜けていることだろう。
そして目を閉じ、ゆっくりと味わうように口をもごもごさせている。
ス、スープなのに咀嚼してる……?
私は自分が食べることも忘れ、彼女の食事風景に釘付けになってしまった。
女の子はラーメン鉢の中をじっくりと吟味し、トマトの串を手に取った。
そしてそれをぱくっと口に含む。
するとその顔がみるみる赤くなり、大きな瞳に涙が浮かんだ。
あーあ、きっとトマトの中から熱い汁が出てきて口の中が大変なことになってるんだろうなあ……。
ほら、口の端からも汁が零れてきちゃってるよ。
我慢せずに出してしまえばいいのに、彼女は目をぎゅっと硬く瞑って熱々のトマトを飲み下した。
そのままプルプルと小刻みに震えている。
大丈夫かな、彼女の食道と胃は。
気を付けなきゃだめだよー。
食べ物は熱すぎても冷たすぎても体に良くないんだよー。
トマトを何とか水で流し込んだ女の子は、次に大根の刺さった串を手に取った。
そして今度はひどく真面目な顔で念入りにふうふうと息を吹きかけ、大根を頬張る。
うわ、今、この子うっすらと微笑んだ?
そんなに美味しいんだったら、私も食べてみよう。
私は冷めかけていた大根を食べた。
うん、味が染みていて美味しい。
ポトフ味の洋風おでんに大根っていう発想が無かったけど、意外と合うね。
それにしてもこの子、この店いといい、私の店といい、美味しいと評判の(自慢じゃないよ?)店に出没するなんて、やっぱりグルメな子なんだろうな。
と思ったら、いきなりすごい勢いで食べ始めた。
お前はフードファイターかっ!
と思わずツッコみそうになる。
彼女はペースを落とすことなく、次々におでんを平らげていく。
……本当によく食べる子だな……見てるだけでお腹いっぱいになりそう……。
すると、目の前で繰り広げられるお食事ショーに全く気付いていない様子のヴィーが、メニュー表を広げながら話しかけてきた。
「ねえ、アンナ。見て、珍しいお酒があるわよ。これも頼まない?」
おお、昼間っからお酒ですか?
でもこの洋風おでんにはお酒が合うだろうなって、私もちょっぴり考えてたんだよね。
「よし、飲んじゃおっか!」
そうして運ばれて来たお酒は、この前飲んだビールとは違うお酒だった。
あっさりした味で、ほのかに果物の香りがする。
しいて言えばワインっぽい味だなあ。そうだ、キールに似ている気がする。
この料理にも合うし、冷たくて美味しいから何杯でも飲めそう。
すると、目の前の女の子が手をまっすぐに上げて店員を呼んだ。
「すみません、私にも同じものを」
うんうん、気持ちは分かるよ。
お酒の飲みたくなる料理だし、人が飲んでると自分も飲みたくなるよね。
女の子は運ばれてきたカップの中のお酒をじーっと見つめ、顔を勢いよく上に向けた。
うわ。この子、一気飲みしちゃったよ。
そして再び洋風おでんをガツガツと食べ始めた。
お酒も強いのかなと思った矢先に、彼女はいきなりぐったりとしてテーブルに突っ伏してしまった。
大変、酔っ払ってしまったみたいだ。急性アルコール中毒ではなさそうだけど、低く唸り声を上げている。
「あの、大丈夫ですか?」
私は水の入ったカップを差し出しつつ、ハンカチを用意した。
もしかしたら吐いてしまうかもしれないからだ。
「気分が悪いようだったら、トイレに連れて行きましょうか?」
こちらは元居酒屋スタッフ。
酔ったお客さんの介抱はお手のものだ。
トイレで戻してしまったお客さんのアレを掃除したことだって、数えきれないほどある。
「だ、大丈夫れす! 私に構わらいでくだせえ!」
全然大丈夫じゃないっぽい。
呂律が回ってないし、最後なんて時代劇の人みたいになってるし。
だけど彼女は頑なに私の介抱を拒否する。
仕方ないので残りの料理を食べながら観察を続けていると、彼女は注文した全ての料理を胃の中に収めてしまった。
自分が食べきれない量を注文して残す人は許せないタイプなので、その点では好感を持ったけれど、いつリバースするか気が気じゃない。
ヴィーも食べ終わったところで彼女がフラフラと会計に立ったので、私たちは後を追いかけた。
私たちが後ろにいると気付いた彼女は、逃げるように立ち去ろうとする。
が、まだ酔いが醒めていないので、自分の左足に右足を引っかけて転んでしまった。
駆け寄って助けると、彼女は真っ赤な顔で目尻に涙を浮かべている。
私はポケットからハンカチを取り出し、固辞する彼女に無理やり持たせた。
「気を付けて帰ってくださいね。そうそう、先日うちのお店に来た時に、ハンカチを忘れていましたよね? 保管してあるので、都合のいい時に取りに来てください。また新メニューを出すつもりなんで、良かったらそれもぜひ召し上がってみてくださいね」
「……っ!」
彼女はひゅっと喉を鳴らし、ガクガクと頭を上下に揺らして頷き、足早に去っていく。
だけど千鳥足だったので、またつまずいて転びかけていた。
自宅まで送ってあげなくて良かったのかな。
何だか放っておけない子だなあ、と思いながら、私たちも家路についたのだった。
■今回の錬金術レシピ
●洋風おでん(予想)
・コンソメスープ
・ソーセージ
・トマト
・大根
・キャベツ
・ニンジン
・ジャガイモ
・カボチャ
・きのこ他
買い物で疲れた体に染みわたるような味だったな。また食べに来よう!
■今日のラウルス君
出番が無いので、家の隅でいじけて、ベアに慰められている状態。




