24 【サイダーが飲みたい!編3(全3話)】突撃! あなたの町の料理自慢!
翌日はとても良い目覚めだった。
やはり低反発マットレスが効いている。
あの包まれるような感触、いいよね。
宿屋で簡単な朝食を済ませた私たちは、昨日は閉まっていたお店を冷やかしてから町に帰ることにした。
「あ、レモンが売ってる!」
すると八百屋の店先に黄色いレモンを発見した。
サイダーを作るのに必要な材料の、最後の一つだ。
何故かジステリアには売っていないのでどうしたものかと悩んでいたけれど、これで解決である。
どこにでもありそうなものでも、売ってないものは絶対に売ってないんだよね。
そんなところはこのゲームのシステムが心底憎らしく思う。
すると、町の中央に人混みがあることに気付いた。
「あれ? 何かイベントをやってるみたいだよ」
皆で何だ何だと隙間から覗き込んでみると、会議室にあるような長いテーブルの向こうに男女が一人ずつ立ち、会話をしている。
するとヴィーが瞳をキラキラさせて叫んだ。
「『突撃! あなたの町の料理自慢!』じゃない!? 私、これ大好きなの!」
ヴィーがこんなにテンション上がってるのは珍しいなあ。
ってことは、これはお料理のイベントなんだね。
二人ともエプロンを身に付けているし。
わ、あの鍋の下にあるやつ、カセットコンロかな!?
でもカセットコンロ用の小さなガスボンベが付いてないから、移動式のコンロなのかも。
あれも錬金術で作られたやつ?
そんなのがあったらわざわざ火を起こさなくてもどこででも料理できるじゃん。
わわわ、欲しいっ!
コンロに夢中になっていると、ラウルスがヴィーに質問をしていた。
「どんなイベントなんだ?」
「以前他の町に行った時に、何回か見たことがあるの。まず、主催者が料理して見せて、その後は町の腕自慢たちが飛び入りで参加してとっておきの料理を披露するのよ」
へえ、なるほど。
そのまま見学していると、料理人らしき男性が一品作っていた。
試食用の小皿が回ってきたので、怖々と口に入れてみる。
すると不味い料理を覚悟していたのに、拍子抜けするほど美味しい味がした。
うーん、何となくそうなんじゃないかって思ったけど、やっぱりそうだったのか。
この世界の料理は、全部が全部不味い訳じゃないみたいだ。
ジークハルドさんや珍味品評会に出てた人たちみたいに、料理好きの人がいるし。
珍味品評会の時だって、それは珍味じゃなくってただの不味い料理でしょっていう出品物もあったけど、鮭とばやホヤなんていう美味しいやつもちゃんとあったし。
きっと味付けが物足りないとか、味の好みが違うとか、そういうことなんだろう。
例えば、世界にはキャッサバとかタロイモを主食にしている人たちがいる。
だけど、テレビ番組でそれを食べたタレントさん曰く、あんまり美味しくはないらしい。
でもそこに住む人たちにとってはそれが普通だし、慣れ親しんだおふくろの味だったりもするんだよね。
そんなことを考えながら引き続き見物していると、隣に立つヴィーが寂しげに俯いた。
「私も出てみたかったけれど、料理に自信が無くて……」
確かに、最初に作ってもらったシチューは美味しくなかった。
でも、今ではヴィーも美味しい料理を作れるはずだ。
「出てみればいいじゃん!」
「だって、何を料理するっているの?」
私は顔を上げたヴィーに向かって、チッチッチッと言いながら人差し指を振って見せた。
「私たちが今持っているもの、なーんだ?」
するとヴィーは目を大きく開けて、すぐ笑顔になった。
「分かったわ! 甘い炭酸水、つまりサイダーを作ろうって言うのね!?」
「当たり。飲み物だって、一応料理だもんね」
「確かに小さな錬金窯を持っているけれど……でも、恥ずかしいわ、それに炭酸水だけじゃすぐに終わってしまうし」
さすがヴィー。あの小さな鞄の中に錬金窯が入っているとは。
なーんて、本当は持って来てるだろうなって予想はしてたんだけどね。
「私も一緒に出て手助けするよ。まずはヴィーが炭酸水を作って、その後、私がそれを使った料理をしたらどうかな? 私が作る時はヴィーがアシスタントになるの!」
「分かったわ、やってみる! アンナ、よろしくね」
「もっちろん!」
成り行きを見守っていたジークハルドさんたちも応援してくれる。
すると料理を終えた男性が、周りをぐるりと見回した。
「では、飛び入りで参加したい人はいませんか?」
「はい! やります!」
ヴィーがまっすぐに手を上げる。
引っ込み思案なヴィーがこれほど堂々としているのを見ると胸が熱くなる。
「では、そちらの可愛らしいお嬢さん、こちらへどうぞ! ここにある材料は何でも使っていいですよ」
ヴィーに付き添う形で、私も簡易キッチンの中に入った。
うんうん、野菜、果物、肉類、卵……大抵の材料は揃っている。
「わ、私たちはこれから、錬金術で炭酸水を作ります」
ヴィーは声を震わせながらも、大きな声で宣言した。
すると見物人たちが不思議そうな顔をして隣の人と顔を見合わせている。
「炭酸水?」
「って、何だ?」
「ええと、気泡をたくさん含む飲み物のことです」
「何だ、飲み物か~」
炭酸水の説明をした途端、あからさまにガッカリした表情をする見物人。
ガッカリするのはまだ早い!
実際にサイダーを飲んだら、きっと感動するんだから!
不安そうな顔をしたヴィーの手をぎゅっと握る。
目が合わせ、力強く頷いて見せると、ヴィーも決心したかのように眉をキリッとさせて目線を上げた。
「まず、用意するものは、石灰石と特殊な鉱石とレモンと砂糖です。これを錬金窯に入れます」
私が石灰石とレモンを手渡し、それをヴィーが錬金窯の中に投入する。すると、釜の中に白い粉が出来た。
それに特殊な鉱石を加えて、釜の中で溶かし、調合する。
更に水と砂糖を入れて混ぜる。ここは勢いとスピードが必要だったから、ラウルスとジークハルドさんに手伝ってもらった。
これでサイダーの出来上がりである。
うわ、ただのサイダーなのに、光が当たった気泡が光り輝いて見える気がする!
「成功しました。どうぞ、ご試飲ください」
おたまで掬ってカップに注いで、見物人たちに配る。
「水の中に泡が入ってるぞ!?」
「ジュワーって音がするぞ。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です。とっても美味しい飲み物ですよ!」
皆は見慣れないサイダーを警戒している。確かにあんな材料からサイダーが出来るなんて、私も不思議だよ。でも、ヴィーの錬金術は信頼しているもんね。
私は皆を安心させるため、一番にサイダーを飲んだ。
くうっ、この喉にくる刺激がたまんないっ!
私がぷはっと美味しそうに飲み干すと、彼らは怖々とカップに口を付けた。するとその表情がみるみる変わっていく。
「な、何だこれは! シュワシュワして甘くて美味いっ!」
「一口目は喉が痛く感じたけど、段々と心地よくなってくるわね!」
飲む前とは打って変わって、大絶賛の嵐だ。
ラウルスたちも笑顔でサイダーを飲んでいる。
ジークハルドさんは飲んだ後で、イケメンアイドルみたいに私へ向かってウインクをした。
「おい、ベア。どうした!?」
ラウルスの慌てた声が聞こえたのでそちらを見ると、何と、サイダーを飲んだベアがいきなり踊り出したのだ。
その踊りはまるでロボットダンスのようにカクカクとしていた。
「何アレ? ホムンクルスって、炭酸がダメなの!?」
「体の構造は人と同じはずよ。もしかして、お酒の匂いと一緒で炭酸が苦手なのかもしれないわ」
つまり、ベアはお酒の匂いで酔って眠り、サイダーでハイになるってこと!?
「ラウルス、ベアにはそれを飲ませないで!」
「わ、分かった!」
ラウルスがベアの持っていたカップを取り上げた。
しばらくするとベアの暴走(?)はストップした。
ほんと、ベアってば、色々と謎が多い子だよ……。
さて。
問題が解決したところで、私はヴィーと互いの右手をぶつけ合った。
選手交代だ。
私は遠くの人まで聞こえるように、大声で話し出した。
「次は、この甘い炭酸水を使った料理を作りまーす」
「飲み物で料理を作る、だって!?」
「そんなんじゃ腹は膨らまないじゃないか」
見物人たちはにわかにざわついた。
飲み物で料理を作るというイメージが湧かないのだろう。
いやいや、別に炭酸水が主食になるわけじゃなくて……
まあいい。実践して見せた方が早そうだ。
「まずはフルーツポンチを作りまーす。フルーツポンチというのは、果物をたくさん使ったデザートでーす」
再び辺りがざわついたけれど、そこはスルー。
実際に見てもらった方が……以下略。
「甘いシロップを作りまーす。砂糖に同量くらいのお湯を入れて混ぜまーす。これを冷ましまーす」
砂糖の顆粒が残らないように、ささっと溶かすのがポイントだ。
「お好みの果物を、食べやすい大きさに切りまーす」
用意したのは、リンゴ、キウイ、オレンジなどのメジャーなフルーツだ。
まずリンゴの皮を剥いて切っていると、意外と時間が掛かる。
案の定、二つ目のフルーツあたりで見物人たちの目が明らかに飽きたと言っていた。
ふっふっふ。
こんなこともあろうかと、用意しておりますよ!
「……という風に、果物を切ったものがこちらにあります。はい、差し替えまーす」
料理番組って言ったら、コレだよね。一度やってみたかったんだ。
実は、ヴィーが炭酸水を錬金している間にこっそりとカットしておいたんだよねー。
見物人たちはその手際の良さに「おおーっ」と歓声を上げた。
次行くよー!
「切った果物を器に盛り、シロップをかけ、炭酸水を注ぎまーす」
今回作ったのは、お酒が入っていないバージョンだ。
ヴィーに果物を皿に盛ってもらう。
それにシロップと炭酸水をかけた。
「完成でーす」
「え? もう?」
見物人だけじゃなく、隣でアシスタントをしていたヴィーまで驚いている。
もう、なのだよ。えっへん。
私は小皿に盛り付け、見物人たちに配った。
「うめえ!」
「暑い日に食べたら最高に美味いだろうな」
よしよし、なかなかの手ごたえだ。
シンプルな味だけど美味しいんだよね。
「次は炭酸水を使って揚げ物を作りまーす。揚げ物っていうのは、たくさんの油を熱して作る料理のことでーす。今回はオニオンリングなので、まずはタマネギを輪切りにして塩コショウで下味を付けまーす」
丸いタマネギを手早く幅1センチくらいの輪切りにして、中央部分は別に避けておき、周りのきれいな円を描いているものだけを使う。
「衣が付きやすいように、水分を取ったタマネギに小麦粉を振りかけまーす」
輪切りのタマネギに小麦粉をまぶし、余分な粉を落とす。
「衣は、生卵を割りほぐし、そこに炭酸水を入れて混ぜ、最後に小麦粉を加えて軽く混ぜまーす。この衣にタマネギをくぐらせて、熱した油の中に入れまーす」
衣に炭酸水を入れると、時間が経ってもサクサクとした食感が残るのだ。
ヴィーには衣がきつね色になったら油の中からオニオンリングを引き上げてもらうことにする。
「揚げている間に、ソースを作りまーす。まずはマヨネーズという調味料を作りまーす。材料は、卵、酢、塩、油。これらを混ぜまくりまーす。これに残っていたタマネギと、ゆで卵とパセリをみじん切りにして入れまーす」
ピクルスがないので少し物足りないけど代替品が無い。
仕方がないので、酢を多めに入れておいた。
簡単なタルタルソースの完成だ。
「アンナ、全部揚がったわよ」
「ありがとう! じゃあ、お皿に盛り付けてっと……。はい! オニオンリングの完成でーす!」
今回も出来立てのオニオンリングにタルタルソースをかけ、見物人に配る。
「何だ!? まわりの茶色いのがサクサクしているぞ!?」
「ただのタマネギが、こんなに美味しくなるのかい?」
しょせんタマネギだろ……という顔をしていた人たちの表情が一気に変わった。
たくさんあったはずのオニオンリングは、飛ぶように売れていった(無料だけど)。
「変わった調理法だったね。他の料理も食べてみたいな。君たちはこの町の人?」
「いいえ、私たちはジステリアから来ています。こういった変わった料理が食べたい方は、ぜひジステリアの山猫亭まで!」
私は司会者の男性と見物人たちにちゃっかり宣伝をしてから、この町を後にした。
お客さんが増えるといいなあ。
別にこの世界に私の料理を広めて無双したい訳じゃないけど、喜んでもらえるのは嬉しいもんね。
ジークハルドさんとセレスは仕事があるとのことで、途中で別れることになった。
別れ際にラウルスはジークハルドさんと固い握手をしている。
あんなに仲が悪かったのに、この旅を通していつの間にか仲良くなっちゃったみたい。男の友情って不思議。
残った私たちはジステリアに戻って来た。
するとすぐにヴィーが低反発マットレスの開発に取りかかると言う。
「ちょっとくらい休めばいいのに」
「思いついたらやってみないと気が済まない性分なの」
うん、知ってる。
明日差し入れを持って来ることを約束して、私たちは解散した。
三日後、ヴィーが浮かない顔で山猫亭にやってきた。
「どうしたの?」
「それが、柔らかいマットレスの調合レシピをあの町の錬金術師に問い合わせてみたのだけど、秘伝だから教えられないって言われてしまったの」
「そっかー。何となく予想も出来ない感じ?」
ヴィーは作ったことのないものでも自分で考えて作ってしまうから、思わずそう聞いてしまった。
するとヴィーが眉をぎゅっと寄せる。
「悔しいけれど、お手上げなのよ。似たようなものなら作れるかもしれないけれど、全く同じものは難しいかもしれないわ」
「似たようなもの?」
「木から作られる柔軟性に富んだ素材があるらしいの。それを使えば、もしかしたら……。実際に取りに行ってみなければ分からないけれど」
木から作られるってことは、樹液を使った天然ゴムのことかな。
そんなに大変ならもう作らなくていいんじゃない? とは言わない。ヴィーは意外と負けず嫌いなので、今さらそんなことを言っても納得しないとこれまでの付き合いで分かっているからだ。
「じゃあ、今度一緒に取りに行こうよ! ダメで元々、もし作れたらラッキー! ってことでさ」
「そうね。……アンナの笑顔は、いつも私に元気をくれるわ。ありがとう」
ヴィーはそう言って、柔らかく微笑んだ。
■今回の錬金術レシピ
●サイダー
・石灰石
・特殊な鉱石
・レモン
・砂糖
●フルーツポンチ
・りんご
・キウイ
・オレンジ他
・砂糖
・炭酸水
●オニオンリング
・たまねぎ
・小麦粉
・生卵
・炭酸水
●タルタルソース
・たまねぎ
・ゆで卵
・パセリ
・油
・酢
ただでさえ美味しいものが、炭酸水を使えばワンランクアップ料理になるね!
■今日のラウルス君
天敵ジークハルドさんと友情が芽生えて、大団円状態。




