23 【サイダーが飲みたい!編2(全3話)】科学みたいな錬金術と、低反発ベッド
「アンナ、怪我は無い?」
「うん、二人が助けてくれたから無事だったよ」
ヴィーやベアのいる場所へ戻ると、二人が心配そうに駆け寄ってきた。
あっという間の出来事だったので、驚いたけれど恐怖心は無い。
ラウルスとジークハルドさんがしっかり守ってくれたからだと思う。
私が危うく危険な目に遭いかけてまで手に入れた大きな白い石は、石灰石に間違いなかった。
不幸中の幸いってとこかな。
「遅くなったけど、お昼ご飯にしようか」
「あんなことがあった後だけど、食べられるか?」
「うん、大丈夫!」
幸い、オークの最後は見てないもんね。
それに私から食欲を奪うなんて、たとえ神様でも無理ってもんだよ。
お弁当はヴィーたちのいるところに置いていたので無事だった。
今回もお弁当はラウルスが運んでくれた。
ほんと、ラウルスってば優しいよね。
この二段のお弁当箱は、今朝ヴィーが持って来てくれたものだ。
発熱袋を改良して作ったそうだ。
「横に付いている棒を押してみて」
「こう? わ、何だか湯気みたいなのが出てきたよ?」
言われた通りに押すと、お弁当箱からほかほかとした蒸気が出てきた。
「二重になった底の中に発熱袋を入れてあるの。棒を押せば錬金鉄が割れるようになっているのよ」
へー、なるほど。
確か似たような駅弁が元の世界にもあった気がする。
おそらく何度も改良を重ねて完成させたものとほぼ同じやつを一人で作っちゃうなんて、さすがだなあ。
「ベア、オシボリ。モッテキタ」
「ありがとー!」
何か持ちたいと言うので、ベアにはおしぼりを持って来てもらっていたのだ。
まとめて受け取った私は、自分以外の分を隣にいるヴィーに回した。
するとヴィーはそれを更に隣にいるジークハルドさんに渡している。
「……はい、どうぞ」
「ありがとう、すまないね」
ヴィーもジークハルドさんの存在にだいぶ慣れてきたみたいだ。
今まで二言三言会話をすることはあっても、こんなに長い時間を一緒に過ごすことなんて無かったもんね。
そろそろいいはず、とヴィーに言われてお弁当箱を開けると、まるで出来立てのようにほかほかと湯気が立ち上っていた。
一段目には角煮を、二段目にはおまんじゅうの皮を入れている。
食べる直前に挟んだ方が楽しいし、皮に煮汁が染み込みすぎなくて美味しいもんね。
「どうやって食べるんだ?」
「まずこの白いのを手に取って、間に角煮を挟んで食べるんだよ」
私がお手本を見せると、ラウルスが真似して角煮をおまんじゅうで挟んだ。
そしてハフハフしながらアムッと噛みついた。
「な、何だ!? この肉。噛んだそばから溶けていくみたいに柔らかいぞ?」
「特別な鍋でも使ったのかい? 少しも脂っこくないし、味がしっかりと染みているね。この白いおまんじゅうの皮というのもフカフカとしていて肉とよく合っているよ」
「ありがとうございます。普通のフライパンとお鍋で作ったんですよ~」
「ねえ、これも山猫亭のメニューに加えるの? だったらまた食べたいわ」
「タベタイ、タベタイ」
ふっふっふ。圧力釜なんて無くても柔らかくなるんだいっ!
見たか、圧力釜が買えなかった貧乏学生の意地を!
サイダーが完成して、それを加えたら、もっと柔らかくなるはず、楽しみだなー。
「よーし、腹ごなしもしたし、次は塩湖に向けてしゅっぱーつ!」
『オー!』
私の号令で、私たちはストラム塩湖を目指して再び歩き始めた。
ストラム塩湖は、ミルネラ山を越えたところにあった。
山々に囲まれている真っ白な湖で、周囲の山や空や雲がくっきりと湖面に映し出されていて、幻想的な雰囲気だ。
「特殊な鉱石ってどんなやつ?」
「本によると、白とほんの少しの茶色が混じりあったような石らしいわ。これも水に溶けやすいけれど、触っても安全だそうよ」
なるほど、了解。
私たちは手分けして塩湖の周辺を探すことにした。
するとすぐにラウルスが発見したらしく、ヴィーを呼んだ。
「これじゃないか? って、うわっ!」
「ラウルス!?」
塩湖の淵にいたラウルスは、足場が崩れたためにバランスを崩し、塩湖に落ちてしまった。
泳げるラウルスは溺れはしなかったけれど、湖の水を飲んでしまい、苦しそうに咳き込んでいる。
「この手に掴まって」
ジークハルドさんがラウルスの腕を引っ張り上げた。
オーク遭遇の時に続いて、助けてもらうのも二度目だ。
「すまない」
「困ったときはお互い様だよ」
うん?
敵対していたはずなのに、何だかいい雰囲気なんじゃない?
これで少しは仲良くなってくれるといいんだけど。
「全くもう、ドジなんだから。ほら、これを使って」
ヴィーが鞄の中からタオルっぽい布を出す。
「ありがとう」
受け取ったラウルスがそれで顔や服を拭うと、あら不思議。
濡れていた部分があっというまに乾いていく。
錬金術で出来た、超吸収タオルみたいだ。
私とラウルスは目を丸くして「おお~っ!」と称賛の声を出した。
幸い(?)ラウルスの言っていた石は特殊な鉱石に間違いなかった。
これでサイダーの材料はレモン以外全て揃ったことになる。
ついでに良質な塩も取れたので一緒に持って帰ることにした。何かの料理に使えそうだ。
「散々な目に遭っちゃったね」
「全くだ。海よりも塩辛かった」
塩湖は海水よりも塩分濃度が高いのかもしれない。
その証拠に、水分が無くなったラウルスの服や体には、白い塩の粉がたんまりとくっついている。
動くだけで体が塩で擦れて痛そうだ。
「その恰好を早く何とかしないとね。日も暮れてきたし、今日は近くの町に泊まろう」
ジークハルドさんの提案で、ここから一番近い町に移動することになった。
土地勘がある人が一緒だと旅がスムーズでいいなあ。
辿り着いた町は、ジステリアと同じくらい小さな町だった。
日が暮れたため、多くの店がちょうど店じまいをしている。
ラウルスはまだ開いていた店で着替えを購入した。
「そこにいるのは、アンナさんじゃないですか」
「セレス? 何でこんなところに?」
思ってもみなかった場所で再会したのは、セレスティーアだった。
「仕事で近くまで来たものですから」
「その仕事って、いつの話?」
「一週間前です!」
……ああ、一週間迷子になってたんだね。
服が薄汚れていたからそんな気はしてた!
っていうか、今も迷子の途中なんじゃ……?
うん、深くは考えないでおこう。
「私たち、これから宿屋を探してそこに泊まるんだけど、セレスはどうするの?」
「私も今夜はこの町に宿泊する予定です。まだ宿は取ってないですけど」
「じゃあ、一緒に行こうよ」
旅は道連れ世は情けってね!
私たちはその町で一つしかないという宿屋へ向かった。
すると宿屋の店主は眉を下げて申し訳なさそうに言った。
「五人部屋しか空いてないんですが、いいでしょうか?」
「あ、大丈夫です」
私はお互いの顔を見合わせて、了承が取れたのでそう答えた。
ベッドが一つ足りないけど、何とかなるだろう。
私はヴィーやセレスと一緒のベッドでもいいし。
私たちは宿屋の二階の、奥の部屋に通された。
窓際に三つ、廊下側に二つベッドが並んでいるだけのシンプルな部屋だ。
ラウルスが塩を洗い流しに行っている間に、私はあることに気付いた。
窓際の一番奥にあるベッドだけ、いやにマットレスの表面が滑らかなのだ。
不思議に思った私は、そのベッドに近付いて手を突いてみた。
すると手が沈み込むほど柔らかい感触がした。
うわ、これってもしかしなくても、低反発マットレスじゃない!?
まさかこのゲーム世界で低反発マットレスに出会えるとは!
私はチラリと後ろを振り返った。
皆はまだこのマットレスの存在に気付いていない。
一度この感触を知ってしまったら、もう元には戻れまい。
ここはすでに低反発マットレスの感触を知ってしまっている私がこのベッドを使ってあげましょうっ!
「私、このベッドにするね」
心の中の高揚感をひた隠しにしつつ、さりげない動きで低反発マットレスの置かれたベッドに荷物を置いてキープした。
「じゃあ、私はアンナの隣にするわ」
「私はその隣にしますー」
ほっ。
どうやら誰も私のぎこちない演技を疑っていないみたいだ。
窓際のベッドは女性陣が占領することになった。
「皆で一緒の部屋に寝るなんて、子供の頃に戻ったみたいね」
へえ、そんなこともあったんだね。
私がこのゲーム世界に来る前のことは知らないので、「うんうん」と話を合わせて返事しておいた。
「あの時はアンナとこういう風に寝たわよね」
するとヴィーは、あろうことかいきなり私のベッドに乗ってきた。
そして私の手を引いて二人でごろんと横になる。
「目が覚めたらアンナの顔が目の前にあって、驚いたけど嬉しくて……あら? このベッド、何だか変だわ」
ばーれーたー!!
「うん、何か不思議なベッドだったから、寝てみたくて」
こうなったら、自白するのみ!
皆は、どれどれと代わりばんこに低反発マットレスを試し始めた。
そして、何と、全員がこのベッドで寝たいと言い出したのだ。
まずは、ヴィー。
「同じ物を作りたいから検証のために私が寝るわ」
そして、ラウルス。
「塩湖に落ちて疲れている。明日の戦闘に備えて俺が寝る」
次、ジークハルドさん。
「最終的に敵を倒したのは私だ。私に寝る権利がある。アンナ、私と一緒に寝るかい?」
いえ、遠慮しときます。
その次は、セレス。
「実は迷子になって一週間野宿していたんです。だから私に譲ってもらえないでしょうか」
最後は、ベア。
「ベアハ、イツモ、ラウルストネル。ラウルス、カタイ。タマニハヤワラカイベッドデ、ネタイ」
ラウルスってば、ベアと一緒に寝てたんだ……うらやましい。
あれ、ラウルスが落ち込んでる?
硬いって言われたのがショックだったのかな?
皆がそれぞれの理由を主張するけど、私だって負けてないんだから!
「私だって寝たいよ。だってほら、お弁当作りで早起きして疲れてるし」
皆は一歩も譲らない。このままだと平行線だ。
どうしたものかと思案していると、宿屋の店主が水差しを持ってやってきた。
「おやおや、もめているようですね。そんな時はこれを渡すようにと製作者の錬金術師に言われています」
渡されたのは、長い棒がいくつも刺さったフラスコだった。
フラスコの表面は雲っていて中身が見えない。
「皆さんで一本ずつ棒を持ち、一斉に押し込んでみてください」
ああ、これって棒くじなのか!
私たちは言われた通りに棒を一本ずつ選んで掴んだ。
フラスコの入り口は閉じていて、刺さった棒もまっすぐにしか動かせないようになっている。
そして、せーの、で一斉に棒を押し込んだ。
すると曇りが取れてフラスコは透明になり、先が赤く塗られた当たり棒がくっきりと見えた。
「やったー!」
当たりくじを引いたのは、私だ。
皆は外れたことを残念がっていたけれど、それよりも曇ったり晴れたりするフラスコのことが不思議で仕方ない様子だ。
「いや、不思議なもんだなあ」
「フシギ、フシギ」
ラウルスが額に手をやって覗き込んでいると、ベアも真似をしてフラスコを下から見上げている。
これ、確か中学の時に理科の実験でやったよね。
フラスコの中に水とお線香の煙を入れて、ピストンで中の空気を抜くんだよね。
そうするとフラスコ内の空気が膨張して温度が下がって中が曇り、逆にピストンを押すと中の温度が上がって曇りが晴れるってやつ。懐かしいなあ。
それを棒くじに応用するなんて面白い発想だ。
原理を知らないと、魔法かと勘違いしてびっくりするよね。
それにしても錬金術ってほんと科学者みたいなものなのかも。
「この町の錬金術師はいたずら好きなのね」
ヴィーの言葉に私は大きく頷いた。
でも楽しくていいよね。
ぐふ。ぐふふふふ。
何て気持ちいいんだろう。
私は堂々と手に入れた低反発マットレスに頬ずりをする。
しばらく堪能したあと、ようやくベッドが一つ足りなかったことを思い出した。
「ベア、今日は私と一緒に寝ようよ」
「イイノ?」
「いいよ。おいで」
ベアとだったら二人で寝ても十分余裕がある。
掛け布団を開けてベアをお招きすると、ベアがおずおずとやって来て中に入ってきた。
マットレスの手触りを確かめている様子から、かなり喜んでいるみたいだ。
何て可愛いの!
私はベアをぎゅっと抱きしめた。
「アンナ、イイニオイ。ソレニ、ヤワラカクテ、キモチイイ」
ベアが私の胸に顔を埋める。
「ちょ、ベア。お前、ずる……ごほんごほん、な、何でもない」
「私もアンナさんと一緒に寝たいですー」
「非常にうらやましいね。ねえ、君。誰かと中身が入れ替わる錬金術はないのかい?」
「ええ、今私もそれを編み出そうかと考えていたところです」
何か周りがうるさいな。
早起きしたし、たくさん歩いたし、もうくたくただよ。
ごめん、皆。先に寝るね。おやすみなさーい!
■今回の錬金術レシピ
●ほかほかお弁当箱
・錬金鉄
・水
・塩
・特殊な炭
・木製のお弁当箱
■今日のラウルス君
塩湖に落ちて塩だらけになったり、ベアに硬いと言われたり、何だか踏んだり蹴ったり状態。




