21 不思議な常連さんと、からすみパスタ
今日は真面目にお仕事中。
お父さんのパウルは会合があるとかで出掛けているので、ランチタイムは私が料理を作ることになっている。
といっても、仕込みはお父さんがしてくれているから、私の考案したメニュー以外は温めればいいだけになっているんだけどね。
「お客さん、入ったよ!」
「いらっしゃいませ~!」
母親であるカティが威勢のいい声を出し、私がそれに追従する。
顔を上げて厨房から食堂の入り口を見ると、小柄な女の子が立っていた。
髪の色は茶色で、前髪ぱっつん、肩までのゆるふわ髪。くりくりとした丸い瞳は水色だ。
猫耳のフードが付いたケープを羽織っていて、その下からフリフリのワンピースが覗いている。
美人系のヴィーやセレスとは違って、少女っぽい可憐さに溢れている。 子リスのような可愛い顔に、その服はよく似合っていた。
年齢は十五、六といったところだろうか。
待ち合わせかと思ったが、どうやらおひとりさまのようだ。
だけど奇妙なことに、彼女は口元を不似合いな布で覆っていた。まるで日本の忍者みたいな風貌だ。
風邪でもひいているのかな?
「あのお客さん、初めてだね」
見覚えが無かったのでそう言うと、カティは首を横に振った。
「いやいや、あのお客さんはよく来る子だよ。いつも決まって新メニューだけを頼むんだ」
「へえ、そうだったの」
新メニューというのは全部私が考案したB級グルメなので、嬉しくて思わずにやけてしまう。
でも、新メニューは結構な品数になってきている。
それを必ず食べに来ているというのに、覚えていないなんて。
あんなに可愛らしい子だったら忘れるはずがないから、いつもは忙しくて厨房に籠りっきりな時か、あるいは私と入れ違いに来ていたのかもしれない。
今日も新メニューを頼むのかな。
そうなってもいいように、一応準備だけはしておこう。
新メニューは、からすみ大根とからすみパスタだ。
からすみは先日の珍味品評会で優勝していた品である。
製作者のガイさんがとてもいい人で、余ったからと言ってからすみを安く譲ってくれたのだ。
品評会に出せなかった形の崩れたものらしいけど、味に違いはないもんね。どうせ料理する時には切ったり削ったりするから、問題なし。
でも、量が少ないなのであまり無駄遣いは出来ない。
毎日先着5名様限りの限定メニューだ。
すると、ベアが手に籠をぶら下げて、勝手口からトコトコと入ってきた。
「アンナ。ベア、オツカイ、イッテキタ」
「ありがとー、ベア。お疲れさま!」
私は膝を突いてベアを熱い抱擁で迎える。
ついでに頭をなでなで。
ベアは嬉しいのか、目を細めてなすがままになっている。
そのほっぺたは僅かに膨らんでいて、ベアはそれをコロコロと口の中で転がしている。キャンディーだ。
「あれ、どうしたの? このキャンディー」
「オミセノヒトニ、モラッタ。ツイデニコレモ、モラッタ」
指差した籠の中には、頼んでいない野菜が入っている。
ベアにお使いを頼むと店の人がおまけしてくれるから、つい、いつも頼んじゃうんだよね。
あ、でも、本人が行きたいって言うんだよ?
そりゃ最初ははじめてのおつかいのスタッフみたいに、こっそりと尾行して見守ってたんだけどね。
しっかりしてるんだよね、ベアったら。
誰に教えてもらったんだか、ちゃっかり値切ったりもするし。
「アンナ、二番テーブルの注文だよ。新メニューのからすみ大根とパスタ!」
「はい、喜んでー!」
思わず居酒屋店員風に声を張り上げてしまう私。
二番テーブルには、さっきの女の子が座っている。
期待通り、新メニューをどちらも頼んでくれたみたいだ。嬉しい。
私が立ち上がると、ベアも荷物を置くと接客の仕事に戻った。
よし、さっそく調理開始。
まずは、からすみ大根から。
からすみの薄皮を剥き、薄くスライスして、軽く炙る。
大根も同じくらいの大きさと厚さに切る。
からすみと大根を一つずつ、木の枝をつまようじみたいに細く削った串にさせば出来上がり。
からすみの塩辛さが大根の辛みと相まって、おつまみにちょうどいいのだ。
次はからすみパスタ。
先程皮を剥いたからすみの余りを、細かく削る。
うん、スライスにしたときよりも燻製に似た香りが強くするなあ。
沸騰させたお湯に塩を入れ、パスタの麺を茹でる。
からすみパスタ用の麺は、以前作った餡かけスパゲッティ用の麺よりも細く作っている。
その方がからすみがよく絡んで味わえるからだ。
その間にフライパンでオリーブオイルを入れ、鷹の爪とニンニクを弱火で炒める。するとこちらも食欲をそそる良い匂いがしてきた。
パスタのゆで汁を少し入れ、ソースとパスタ麺が絡まりやすいようにするのがポイントだ。
お湯を切ったパスタ麺をフライパンに入れ、軽く混ぜる。
少し味見をして、塩が足りなかったら足す。
うん、ちょっと薄味だけどからすみが塩気が強いからこのくらいでいいだろう。
お皿に盛り付け、上からからすみを削ったものとネギを刻んだものを散らせば、からすみパスタの完成だ。
「出来たよ~」
いつもはお皿に盛り付けていたらカティかベアが取りに来てくれるんだけど、何故かどちらも来ない。
厨房から食堂を見ると、二人とも接客中だった。
うーん、冷めると美味しくなくなっちゃうし、私が運ぶか。
今は他にオーダーも入っていないし。
私は髪が料理に落ちないよう、頭に巻いていた布を取って料理を運んだ。
「お待たせしました。新メニューのからすみ大根とからすみパスタです」
「……」
女の子は軽く頷いただけで無言だった。
風邪で喉がやられているのかもしれない。
料理を置いた後、女の子の反応が気になって、厨房からこっそりとその子を観察することにした。
……うん?
何か、いきなりからすみ大根のからすみをすっごい細切れにしてる?
女の子はそれをスプーンに乗せて、目の高さまで持ってきて凝視している。
その次はくんくんと、まるで警察犬みたいに匂いを嗅いでいる。
……そんなに念入りにチェックしなくても、危険な物は入ってないよ?
確かにからすみには独特の臭みというか匂いがあるけど、食べると美味しくてクセになるよ?
その子はようやくスプーンを口に入れたと思ったら、今度は上を向いて目を閉じてしまった。
そして深呼吸をしてからうっすらと目を開いている。
それは恍惚とした表情だった。
ああ、美味しかったんだね。
お口に合ったみたいで一安心だ。
もしかして、すっごいグルメさんなのかな?
その時、彼女のすぐ傍をカティが通った。
すると女の子は、はっとした様子で料理を一気に口の中へかきこみ始めた。
あーあ、可哀想に、むせちゃっている。
いきなりそんなに食べるからだよ。
お水飲んで、お水……そうそう。
ああ、落ち着いたみたい。良かった良かった。
その後も彼女は腕を組んで何か考え込んでいるような素振りをしたり、料理を咀嚼しながら身体を左右に揺すったりしている。
あれ? 今何かカバンの中に入れなかった?
もしかして、からすみをお持ち帰りしようとしてる?
いや、まさか。そんなことしないよね……。
そんな感じで、つい夢中になって彼女を観察していたら、食堂の入り口の扉が開いた。
「いらっしゃいませ~」
「アンナ、米が届いたぞ!」
入ってきたのは、ラウルスだ。
その肩には重そうな布の米袋がある。
「もしかして、運んできてくれたの?」
「町の入り口でばったり運送屋に会って、重そうだから手伝ってたんだ」
今日は港町ハーバから食料が届く日なのだ。
小さな町で道幅が狭いので、途中からは荷物を台車で運んでこなければならない。
いつもはランチタイムが終わった頃に馬車が到着するので手伝っているんだけど、今日はそれよりも早く着いたみたいだ。
「お米を大量に発注したから、大変だったでしょ。ありがとね。お礼にごちそうするからちょっと寄って行ってよ」
「いやいや、これくらい朝飯前だ」
ラウルスにお礼を言っていると、背中に鋭い視線を感じた。
振り返ってみれば、女の子がこちらを食い入るようにじっと見ている。
でも、私が見ていることに気付いたら、すぐにそっぽを向いてしまった。
……何なんだろ?
「ラウルス、こっちに来いよ!」
女の子の隣の席、一番テーブルから声が上がった。
そこには若い男の人が三人座っている。
彼らはラウルスの友達なんだそうだ。
「お前ら、来てたのか」
ラウルスが親しげな様子で彼らの元に行き、空いた席に座った。
そしてラウルスを呼んだ男の子が、私に向かって注文をした。
「おおい、こっちにイナゴの佃煮、よろしくー!」
「ちょ、本気で頼むのかよ!?」
「お前さっきの賭けで負けただろ? 男に二言は無しだぞ」
どうやら彼らは罰ゲームでイナゴの佃煮を注文したみたいだ。
「いや、美味しいんだぞ? 本当だからな?」
ラウルスが一生懸命にイナゴの佃煮をフォローしているけど、誰も賛同しない。
私にしてみたら、当たり前なんだけどね。
イナゴはラウルスがまた獲ってきて料理をしたものだ。今回はうちのお店で出すということで羽や脚は取り除いている。
案外くせになる味らしく、注文する人が徐々に増えてきている、裏人気メニューなのだ。
すると、女の子がまっすぐに挙手をした。
まるで授業中の優等生みたいだ。
「はい、何かご用ですか?」
「私にも、隣のテーブルと同じ物を」
ええっ、本気ですか?
私は驚いてその可愛い顔を見つめた。だけど彼女の顔は真面目だ。
風邪をひいて喉を傷めている訳ではないみたいで、その声は小さく、可愛い容姿にぴったりのアニメ声だった。
グルメだと思っていたけど、ゲテモノ食い系の方なのかな?
からすみも美味しいけど、変わっているといえば変わっているし……。
「お待たせいたしました~」
触りたくないので母親に皿に盛ってもらったものを、なるべく遠くに持ちながら運ぶ。ラウルスのいる席からはすでに悲鳴が上がっていた。
女の子は、皿の中にあるイナゴの佃煮を、目を丸くしてぷるぷると震えながら見ている。
「あの、無理して食べなくてもいいですよ」
お代は結構ですから、そう続けようとした。
が、それよりも早く、女の子はイナゴの佃煮を一つつまみ、口にぽいっと放り込んでしまった。そして何度か頷き、ごくりと飲んだ。
その後は一切動かずにじっとしている女の子。
すると、その両目からすうっと涙が零れた。
え? 泣く程美味しかったの?
じゃあもしかして、さっき震えているように見えたのは、感激のあまり?
女の子はハンカチを取り出し、目元を拭っている。
確かに好きな人にはたまらない味かもしれないよね。
日本のある地域では郷土料理として定着してるくらいだし、見た目はともかく、味は普通に美味しいんだろうな。
女の子は目を閉じたり開けたり、首を傾げたりしながらイナゴの佃煮を見ている。
そして最終的にはリスがひまわりの種を頬張るみたいに、噛みしめながら一生懸命に食べはじめた。食べているのがアレじゃなければ微笑ましく見守れるシーンなんだけどね。
……わあ、結局完食しちゃったよ!
女の子は食べ終わるとすぐに会計に立った。
からすみ料理はまあままお値段が張る。
大丈夫かなと思ったけれど、女の子はそれを難なく払った。
一人でしょっちゅう外食してるみたいだし、もしかしたらお忍び中のお金持ちのお嬢様なのかも。
支払いが終わる頃、ベアが「ワスレモノ」と言って大人っぽい花柄のハンカチを持ってきた。彼女がテーブルに置き忘れていたようだ。
「あの、ハンカチ忘れてますよ」
ベアから受け取ったハンカチを渡そうとすると、すでに彼女は店の外へ出てしまっていた。
慌てて外まで追いかけて左右を見回してみたけれど、その姿はもうどこにも無かった。
「どうしよう」
「また新メニューが出たら来るんじゃないかい?」
「そうかな。でもいつになるか分かんないし、早めに返してあげたいよね」
カティは気楽にそう言った。
だけどまた次も来てくれるかどうか分からないよね。この町の人じゃないみたいだし。
「ベア、アノヒトノニオイ、オボエタ」
「えっ、そんなことも出来るの?」
「(こっくり)」
「じゃあさ、今度あの子に会ったら、忘れ物があるって伝えてくれる?」
「(こくこく)」
ベア、恐るべし。
他にもいっぱい特殊技能がありそうだ。
それにしても、変わったお客さんだったなあ。
でも、またどこかで会える予感がする。と、そんな気がした私なのだった。
■今回の錬金術レシピ
●からすみ大根
・からすみ
・大根
●からすみパスタ
・からすみ
・パスタ麺
・オリーブオイル
・鷹の爪
・にんにく
・ネギ
どっちもシンプルなのに奥深い味がするんだよね。からすみ、すごーい!
■今日のラウルス君
イナゴの佃煮を罰ゲームに使われて、ぷんぷん状態。




