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19 【珍味品評会編 4(全5話)】いざ行かん、珍味品評会へ!

「後はこの見た目を何とかしたいなあ……」


 私は出来上がった干し板ウミウニを見つめながら腕を組んだ。

 乾燥したことで枯茶色になってしまったウミウニは、何とも味気ない見た目になってしまった。


 料理は味だけじゃなくて見た目も大事なのだ。


「アンナ。夜食を作ったわ。ここに置いておくから、食べてね」


 寝間着に着替えたヴィーが、テーブルの上にお皿を乗せた。


「わあ、ありがとう!」

「まだ掛かりそうなの?」

「うん。もうちょっとでいい考えが浮かびそうなんだけど。ヴィーは先に寝てて」


 頼めばヴィーは朝まででも付き合ってくれるだろう。

 だけど錬金術で食品乾燥機を作ってもらったので、最後は自分で考えたいのだ。


 その気持ちが伝わったのか、ヴィーは頷いて自分が羽織っていたショールを私の肩に掛けた。


「分かったわ。あまり頑張りすぎないようにね」


 そう言ってヴィーは階上の寝室へ引き上げていった。


 お皿の上にはおにぎりが二つ並んでいて、海苔が巻かれている。

 この海苔もセレスのおばあさんにもらったものだ。


 塩むすびの温もりと海苔のパリッとした食感を楽しんでいたら、名案を思い付いた。


「そうだ! 干し板ウミウニを型抜きしてみたらどうだろう?」


 元の世界で、キャラ弁によく海苔が使われていたのを思い出したのだ。


「でも、型を作るのも大変だなあ……。あっ、アイシングクッキーみたいに、絵を描くのもアリかも?」


 アイシングクッキーとは、焼いたクッキーに砂糖や卵白を使ってデコレーションしたクッキーのことだ。

 デコることで、何気ないクッキーが可愛くオンリーワンなものになる。


 ウミウニには甘い砂糖や卵白は合わないよね。

 だったら、白身魚と貝柱のすり身を絞り出し袋に入れて、それでデコるのはどうだろう? 


 ウミウニが入っていなければ色は白っぽいから、色彩的にもくっきり分かるし、味にそう変化もなさそうだよね。


 名案を思い付いた私は、さっそくやってみることにした。

 そして、試行錯誤は明け方まで続いた。



「着いた~!」


 翌日、私たちは珍味品評会が開催されるラジエスという大きな街にやってきた。

 寝不足で頭が回らないけれど、やりきったという充足感はある。


 人混みが苦手だと言うベアは、今回はお留守番だ。


 街は人が溢れていて活気があり、お祭りムードが漂っている。


「アンナさん、みなさん!」


 遠くから私を呼んで黒髪をなびかせながら走って来るのは、セレスティーアだ。


「セレス! 来てたんだ?」

「もちろんです。アンナさんの勇姿をこの目にしっかりと焼き付けますよ」


 セレスは自分のアーモンドアイを指差した。

 いや、別に戦うわけじゃないんだけどね。まあ、張り切ってはいるけど。


 聞けば、私たちと別れて護衛の仕事をこなした後、すぐにこの町に向かって出発したのだとか。


 ……間に合って良かったね。

 でも、何やかんや言っていつも間に合ってるってことは、セレスはかなり強運の持ち主なのかも。


「それで、珍味は見つかりましたか?」

「そうそう、私たち、セレスのおばあさんにとってもお世話になってしまって。セレスには感謝しなくっちゃ!」

「そうだったんですか。いえいえ、お気になさらず。祖母も楽しめたと思います」


 私は荷物の中から干し板ウミウニの入った袋を取り出してセレスに見せた。

 他のみんなにはすでに披露済みだ。


「あ! もしかして、これは祖母の顔ですか?」

「分かってくれて嬉しい! セレスのやつもあるよ」


 そう、私が干しウミウニに描いたのは、セレスのおばあさんの似顔絵だ。

 他にも、ヴィーやラウルス、ベアや両親の顔を描いたものもある。

 白身魚と貝柱のすり身で描いた線は白っぽく、枯茶色の干しウミウニの中で目立っていた。


「今までお世話になった人たちの顔を描いてみたんだ」

「アンナさん……!」


 感極まったセレスが涙ぐんでいる。

 ちなみに、ヴィーもラウルスも同じ反応だった。

 すると、どこからか黄色い悲鳴が聞こえてきた。


「キャー! かっこいい!」

「一年ぶりですね! 会いたかったですぅ!」


 振り返ると、背の高い男性がたくさんの女性たちに囲まれているようだった。


 うわー、あんなに人気があるなんてよっぽどのイケメンなんだろうな。

 と思っていたら、その男性の顔には見覚えがあった。


「ジークハルドさん!」


 私の声に素早く反応したジークハルドさんは、女性たちをかき分けかき分けしながら笑顔でこっちへやってきた。


「驚いた。まさかこんなところで君に会えるとは。もしかして、君も珍味品評会に?」

「はい、出品するつもりです」


 うん。

 ちょっと、いやかなり女性陣の視線が痛いんですけど。


 だけどジークハルドさんは一向に介さない様子で話を続ける。


「私は毎年出場していてね」

「そうなんですか。あっ、もしかして優勝しちゃったりなんかして?」

「その通り、ここ五年ほどは私が優勝者だ」

「すごい! でも、私も負けませんよ!」


 私たちが闘志を燃やしていると、珍味品評会が始まった。


 出品者は審査員の前に料理の乗ったお皿を配り、材料や作り方を簡単に説明する。

 試食をした審査員が手元の紙に点数を書き込み、その総合点で競い合うというものだった。


 出品者が次々に料理を提出していく。

 イクラの塩漬けやホヤなどのおなじみのものから、金時草やカツオのへそ(心臓)なんていう珍しいものまである。


 その内の一人の出品者に私は注目した。

 お皿の上には赤茶色をした棒状のようなものが乗っている。


「私の出品物は、“鮭とば”でございます」

「聞いたことのない料理だな。作り方は?」

「鮭をさばいで内臓を取り出し、塩をまぶします。重しを乗せて水分を抜き、塩を洗い流して干したものになります」


 あ~なるほど、鮭の干物ってことか。

 この前ベアが鮭を取ってくれた時はちゃんちゃん焼きを作ったっけ。

 今度はこの鮭とばを作ってみようかな。

 私は作り方を頭の中でメモした。


 そして次の出品者が出てきた時、そのお皿に乗った料理の色を見て、非常に嫌な予感がした。


「こちらは“ウミウニの貝焼き”でございます」

「やっぱり!」


 私は大きな声を出してしまい、自分の口を自分でふさいだ。皆の視線が私に集中していた。

 まさかウミウニを使った料理を出品する人が私の他にもいたとは。セレスの出身地付近でしか獲れないって聞いてたのになあ……。


 すみませんと謝ると、審査員は再び出品者に視線を戻した。


「作り方は?」

「貝の殻にウミウニの身を詰め込み、炭火で焼いたものになります。お好みで塩をふってお召し上がりください」


 審査員たちが言われた通りに塩を振り、とても美味しそうに噛みしめている。


 しまった、この人の後に干し板ウミウニを出したらインパクトが薄れちゃうよね……。

 でも料理法まで被らなくて本当に良かったな。


「次の方、どうぞ」


 司会者に呼ばれ、私とラウルスが審査会場へと進んでいく。


「うん? 君たちは二品出品するのかね?」


 審査員の一人が、それぞれにお皿を持って立つ私たちを怪訝そうに見上げた。


「はい。こちらは私の助手が作ったものです。どちらも甲乙つけがたい出来栄えなので両方持ってきました」


 審査員たちはにわかにざわつき、お互いに相談し合っている。

 そして私たちに向き直ると大きく頷いた。


「よろしい、特別に許可しよう。では、一品目から吟味しよう」


 私たちはお礼を言い、まずはラウルスが自分の持っていた皿を審査員の目の前にコトリと置いた。


「こっ、これは……」


 審査員たちは皿の上に乗っているものが何かに気付き、顔を引きつらせた。


「イナゴの佃煮です。イナゴをショーユという大豆から作った調味料や砂糖で煮た物です」

「い、イナゴ……っ」


 審査員たちは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 まるですでにイナゴの佃煮を食べたかのようだ。


 分かるよ!

 あなたたちの気持ち!

 仕事とはいえ、こんな物を食べなきゃいけないなんて、同情するよ!


 審査員は互いに譲り合ったのち、仕方なさそうに皆で同時にイナゴの佃煮を口に放り込んだ。

 咀嚼音を聞きたくないので、私はすでに耳を塞いでいる。


「味は、まあ……不味くはないか……」

「意外と、な。見た目は最悪だが……」


 次々にナプキンで口を拭う審査員たち。

 その内数名はこっそりとナプキンにイナゴを吐き出していることだろう。


「して、そちらの料理は……?」


 審査員が戦々恐々とした様子で私のお皿を見ている。

 私のまで虫料理じゃないかと警戒しているんだろう。


 安心してもらえるよう、私はにっこりと笑顔を浮かべてお皿を差し出した。


「干し板ウミウニです。ウミウニと白身魚と貝柱をすり潰し、平たくして乾燥したものになります。仕上げに炭火で炙りました」


 あからさまにほっとした様子の彼らに、笑いが込み上げそうになった。


「この描かれているご婦人はどなたかね?」

「えーと、それは友人のおばあさまですね。このウミウニを獲りにいった時にお世話になったんです」

「では、こちらの男性は?」

「それは常連のお客さんです。あ、うちはジステリアという町で山猫亭っていう食堂を営んでいるもので。今までお世話になった人たちの似顔絵を描いてみました」

「……」


 審査員は微妙な表情を浮かべている。


 あれ、もしかして、失敗した?

 うーん。確かに、私は彼らへの感謝の気持ちを込めて作ったけど、審査員のおじさんたちにとっては「誰だよこいつ」状態かもしれない……。


 私の考えは当たっていたようで、試食した審査員たちは「とても美味しい」と言ってくれたものの、反応が鈍い。


 結局、手ごたえの無いまま審査が終わってしまった。


 審査終了後は結果が出るまで待たされることになり、その間に出場者の料理を互いに食べてもいいと言われたので、試食会が開かれた。


「うん、この干し板ウミウニとやらはよく出来ているな。風味があり、柔らかく味わい深い」

「ありがとうございます」


 私の干し板ウミウニは好評だった。

 審査が終わって気が緩んだのか、お酒を片手におつまみ気分でつまんでいく人もいる。


 お腹が満たされた頃に結果が出るとのことで私たちは壇上に注目した。

 今回の品評会では三位まで順位が発表され、賞品が出るらしい。


「三位、なまこの“このわた・くちこ”を出品したジークハルドさん!」


 おおっ、優勝候補のジークハルドさんが三位なんて、今回の品評会はレベルが高いのかも?


 ジークハルドさんは残念そうな顔をしたものの、爽やかな笑顔で壇上に上がって賞品を受け取っている。

 それを高く掲げると観客の女性陣がまたもや黄色い悲鳴を上げている。


 ほんと、あんなにモテる人が私を好きだなんて、未だに信じられないよね。


「二位、“干し板ウミウニ”を出品したアンナレーナさん!」


 油断していた私は、自分の名前を呼ばれて飛び上がった。

 審査員の微妙な態度から、すっかり諦めていたのだ。


「やったわね、アンナ!」

「すごいです、アンナさん!」


 ヴィーとセレスに拍手され、信じられない気持ちのまま壇上に上がって賞品を受け取る。

 けっこう重い。箱の中身は何だろな♪ わくわく。


「そして一位、“からすみ”を出品したガイさん!」


 何と、今回の優勝者はノーマークだったからすみを出品したおじさんだった。

 からすみってボラの卵巣だったっけ。

 確かに美味しかったけど、まさか優勝するとは思わなかったなあ。


 結果が出揃ったので、出場者と観客たちがぞろぞろと解散し始めた。


「さーて、賞品も貰ったことだし帰ろうか」


 そうセレスやヴィーに話しかけていると、審査員が「まだ終わっていません!」と言い出した。


「最後に特別賞があります! 特別賞に輝いたのは……“イナゴの佃煮”を出品した、ラウルスウィードさん!」

「まっ、まさか、イナゴの佃煮が!?」


 思ってもみない展開に、私は唖然とした。

 アレが賞を取るなんてありえない!


「あなたのイナゴの佃煮は満場一致で最低点でした。よってその努力をたたえここに賞します」


 何だ、つまりブービー賞ってことか……それなら納得。

 いくら味が美味しくても(いや、食べてないから分からないけど)見た目がアレじゃあしょうがないよね。

 普通に食してる元の世界の人たちには申し訳ないけどさ。


 でも、私たち二人とも入賞するなんてすごくない?


「やったね! ラウルス」

「アンナが料理法を教えてくれたおかげだ。ありがとな」


 ラウルスと健闘をたたえ合っていると、ジークハルドさんがサインや握手を求める女性陣をかき分けながらやってきた。


「アンナ、二位受賞おめでとう」

「ジークハルドさんこそ、三位おめでとうございます。でも、お互い残念でしたね」

「いや、まさか負けるとはね。慢心していたのかもしれないな。だけど今日は思いがけないところで君と出会えて良かったよ」

「ほんと、偶然でしたね」

「いや、これはもう運命としか言いようがない。どうだろう? 今すぐ式を挙げて、私と一緒に冒険の旅へ出ないかい?」


 私の手を強く握り、あろうことかプロポーズしてくるジークハルドさん。


 するとその手を手刀で断ち切り、ラウルスが私たちの間に割入ってきた。


「アンナはどこにも行きません!」

「私はアンナに聞いているんだが」

「聞かなくても答えは分かり切ってますから」


 二人はまたもや私の存在を忘れてバトルを始めてしまった。


 どうしたものかと眺めていると、ヴィーの腕に自分の手を絡ませて二人から引き離した。


「放っといて行きましょ」

「そうだね。あ、お土産屋さんでも見に行こうよ。セレスも行かない?」

「いいですね! 行きましょう」


 私たち三人は「先に行っているよー」と声を掛けてその場を離れた。


 背後からは二人の男たちが我先にと走ってくる足音が聞こえていた。



■今回の錬金術レシピ


■今日のラウルス君

 イナゴの佃煮で見事賞品ゲットでヘヴン状態。


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