グンマニア戦記
これは、樹海世界グンマニアのおとぎばなし。
よろしければ、このしがない語り部にお付き合いくださいませ。
そうそう、皆様の中には網緑幻想の地、
グンマニアを既にご存知なお方もおられるかもしれませんが、
ここは一つ、お約束というわけで少しばかり語らせていただきたい。
言葉だけではあまり想像がつきませんでしょうが、
グンマニアは一言で申しますとほぼ全てが植物に覆われた土地なのです。
見上げた空は聳える万年樹のおかげで葉の緑と幹の茶が9より多く、
肝心の青空が1よりも少なくてしょうがない、と言ったところでしょうか。
地面に至っては各々の根とそれに寄生して這う蔦や蔓、
ついでに雨に恵まれすぎて繁茂する苔のおかげで土というものがちっとも見えやしません。
このどれもが争うに似て、あらゆるものから養分を吸い尽くそうと
静かながらも阿鼻叫喚の枯らし合いを延々と続けている地獄なのです。
たとえば貴方が碌な装備もせず不用意に一歩グンマニアの大地を踏みしめ……っと、
踏みしめる土がありませんので、適当な大樹の根に足を掛けたとしますと、
たちまち蔦葉に絡め取られた後に苔が全身に寄生してミイラが一体出来上がり、
貴方自身を大地の代わりに緑が人間一つ分の体積ほど増殖する羽目になるでしょうな。
学者連中は植物の楽園だなんて良く言うものですが、
その実、森の名を借りたまさしく深海同然の暗黒世界。
未だに人間を拒絶する樹海の野生、それがグンマニアでございます。
しかし、生物とは何とも良くできていまして。
植物だけの地獄であろうと適応する者共が、ちゃんと居るわけですよ。
代表的なのはこの世界において大規模な社会生活を営んでいる羽仁畏備、
まぁ、備の文字は部族の集まりを指す語なので現地では『ハニ』と短く呼ばれてるわけですが、
背に宙空を自由に舞う翼を持つ不思議な種族がおりましてね。
彼らは獰猛な蔦や蔓の及ばぬ万年樹が枝葉を伸ばし始めるあたりの太い枝や幹、
そこに穴を掘って、驚くほど広大で精微な宮殿を造成したり、
あるいはブラリと空中にブランコに似た大市街を用意して都市国家を創るのです。
他にも武と流浪の民、羽牙汰や霞に生きる茅揚族など様々。
基本的に彼らの全ては空を行き、大地から離れて大樹に依り、
殺伐とした世界で逞しく器用に生を繋いでいるわけであります。
今回のお話はその『ハニ』と呼ばれる不思議な種族を主人公に、
グンマニアの片隅で起こった都市存亡を巡るアレやコレやの戦記譚でございます。
舞台は都市国家オオママ。
グンマニアに点在するハニの一部族が、
隣接する数本の万年樹に築いた人口数万の小さな国です。
ハニという種族は人口において女性が大部分を占めて、
ある意味で女尊男卑的な特異性質を持っておりましてね。
おかげで政治形態も女王を中心にして、
各市街から選出された女市長が合議の元にとなっているわけであります。
ちなみに軍隊もほぼ全員が女性で構成されているんですよ。
男性はどうなっているのかと言えば、
政治的な力は無い代わり、国から保護の名の元に無理ない労働と十分な食糧を配給され、
全人口からすると中流階級程度の生活をやっていけるようにはなっています。
もっとも、種族保存を目的……なんて言葉だと耳触りが多少良くなりますが
要するに大切な子種扱いで徹底管理された性奴隷と言い換えても問題無いのが実情ですがね。
何時でも必要な時にだけ女性に呼ばれ、女性が満足するまで性交渉をし、解放される。
男は『子作り兼、性処理玩具』である代わりに『それなり』な生活水準を手にする。
これは過酷すぎる環境で子を産める女性の絶対数を確保するための風俗と言われてます。
男は少数でも沢山の女性を孕ませる事が可能ですが、
女がいなければ子供が産まれませんからね。
まぁ、ハニの価値観でこれが当たり前となっているなら文化的に尊重すべき事柄なもんで、
これに文句を言うわけにはいかないのですが、いやはや男の身からするとゾッとしない話ですな。
ついでに説明させていただきますと、ハニは仲間意識が強い代わりに排他的な民族性でして、
他の種族だと滅多な事では宮殿はおろか外郭市街にすらも入れさせてもらえないのですよ。
こういった閉鎖気味の環境がそういう妙な風習を育んだんじゃあないでしょうか。
……おや、話が逸れました。
そうそう、で、都市国家オオママで女王アピスが双子の女児ヤポニとエウロを産んだのです。
この双子からようやく私のおとぎ話が始まるわけでございます。
合議制を取っていると先に説明しましたが、女王や各市長は世襲が殆どでしてね。
ゆくゆくは双子のどちらかがオオママの次期女王と後継していく。
耳慣れた風に言うなれば中世に良く見られた貴族制に近いものがあるでしょうか。
何にせよ慶事に沸いていたと。
「ああ、めでたい」
「これでオオママも安泰だわ」
「女王陛下万歳、都市国家万歳!」
末端の衛兵もこんな様子でハシャいでおります。
それは今代女王のアピスが食糧事情の大幅な改善を成し遂げた賢君だったのも関係していまして、
無事に後継者と成り得る者が生まれてきてくれた事は庶民に至るまで皆の喜びだったわけですよ。
だってグンマニアは厳しい世界ですから、食の確保はかなりの難題。
社会性を持つ種族が根付きにくい理由には人口を増やしにくい点がまず上げられます。
主に万年樹の樹皮を加工した物や樹液などが食糧となるのですが、
万年樹を乱掘しすぎるとそれはそれで樹木が死んでしまい、
死んだ万年樹を喰らいに一気に苔や蔦が背を伸ばし……、全滅なんていう恐怖のオチが。
何故なら万年樹が大地に根付く恐ろしい植物達、仮に下界の植物としましょうか、
それらに侵食されないのは、生命力を大樹を支える根の防衛に割いているからなわけであります。
樹の幹に穴を掘る、皆様も当然これがダメージに繋がるなんて簡単に連想できましょうよ。
歴代のハニの民はそれを繰り返し、
何本もの万年樹を食い潰しては別の樹に乗り換えていたのでございます。
「過去万年を以ってして大樹は成った。
だが、我らは未来千年にして滅ぼしてしまう」
遠い将来の為に、国家の住処と定めた万年樹と可能な限り共存していく。
その方法を発見した女王アピスに
歴代のオオママ女王でも取り分け高い人気があるのは当然の摂理でございます。
おっと、方法自体を言ってませんでしたね。
下界の植物が虎の如く獰猛なのはご存知の通り。
無駄に生命力に溢れてアグレッシブなわけですが、
大規模な侵食を成し遂げた後などにその余剰生命力を物質化させる事があります。
見た目がとても美しい事から結晶と呼ばれる生命エネルギーの塊。
アピスは女王でありながら研究者の気質をもっておりまして、
結晶が大樹の修復や保全に使えないかと試行錯誤を繰り返した結果、多くを発見しました。
これはハニという種族が樹海の王者、万年樹の中で歴史を刻んできたからでしょうが、
生命エネルギーの操作に対して高い親和性と抵抗力を備えていたのが大きかったとも言われています。
当たり前の事ですけれども、
研究始めは危険な下界に降りる結晶回収などに沢山の事故や犠牲が付いて回りましたが、
それらの経験もまたハニの民の血肉として彼らは少しずつ強くなっていきました。
当初の目的であった大樹の保全は勿論の事、
直接的に結晶から生命力を取り出し食糧の代わりとしたり、
兵たちが自らの命を結晶化させ不思議な力へと変えて武器とできるようになったり。
もっとも、結晶の代替食糧は大変美味に感じるそうですが過剰摂取が危険だったり、
生命力の武器化は非常に強力な反面、寿命を極端に縮めるなんて欠点もあるのですけれども、
資源や食糧の確保から防衛力強化まで研究の恩恵は多岐に渡りました。
だから都市国家オオママに住むハニの民全員に、
革新を齎した偉大なる女王とアピスは崇められているわけです。
「ヤポニ姫万歳、エウロ姫万歳!」
そして、彼女の産んだ娘たちにも期待が掛けられるのは自然な流れでしょうな。
良い悪いを越えて、民衆はついつい過剰に思ってしまうものですからねぇ。
それからアピスの娘二人はすくすくと育ちます。
アピスは自分が良い母である自信はありませんでしたが、
偉大な女王として胸を張る格好良い母の背中は娘たちの良い指標となりました。
姉のヤポニは母の深い智慧と民のため研究に邁進する姿に憧れたのか、
知性に満ち、大人びた落ち着きを見せる『静の姫』と。
妹のエウロは母の勇猛な果断さと民を鼓舞するカリスマに憧れたのか、
積極性に溢れ、自らも国民と触れ親しむ『動の姫』と。
対称的な性格を表すように、それぞれ呼ばれるようになったのでございます。
二人は母の背中に追いつくべく努力を重ね、
まだ幼いにも関わらず多くの偉業を成し遂げます。
知恵と未知への直感に長けた姉のヤポニは母が基礎を築いた結晶利用の更なる効率化に成功し、
民衆を指揮し導く事に長けた妹のエウロは外郭市街の拡張や衛兵の錬度上昇、治安向上に貢献しました。
誰もがこの二人を見て思ったものです。
どちらが女王となっても都市国家オオママの未来は明るいだろうと。
ヤポニが新たな結晶の力の使い道を発見すれば、
エウロがそれを庶民の暮らしに活かせるように人を動かす。
互いに自分に無い物を補って、支え合いながら国の一翼を担っていたのです。
女王を継げるのは残念な事にどちらか一人ですが、
このように姉妹の仲がとても良かったので誰も心配はしておりませんでした。
双子が成人を控え、女王アピスが退位を発表した時も。
誰一人として心配はしておりませんでした。
「我が王座を継ぐのは長姉ヤポニである」
妹のエウロは姉を支えよ、と。
しっかりと分際を告げなければならないのが女王アピスの最後の仕事。
エウロも姉の女王就任に反発なぞなく、逆にこれを自分の事のように喜んで祝福したといいます。
それから前女王アピスは役目を全て終えた安心感からか急逝してしまうのですが、
彼女の娘たちは揺らぐ事なく、これまで通り姉妹で支えあいながら都市国家を運営。
新女王ヤポニは人使いが上手いわけではありませんでしたが、
そこを妹のエウロがカバーし、順風満帆な滑り出し。
アピスの齎した革新ほどの派手さはありませんが新女王は民衆に良く受け入れられたのです。
「この様子ならヤポニ姫はアピス様みたいな賢君になるわね」
「エウロ姫の演説、堂々としててアピス様そっくりよ」
時折こう比べられるのは民草のご愛嬌でしょうがね。
ともかく、誰もが穏やかな気持ちで暮らせていました。
このような平和な日々がしばらく続くのですが……。
さてさて、話は変わるのですけれども、
下界にて結晶を集める仕事は大変な危険が伴う為、
都市国家でも指折りの精鋭兵にしか任せられない名誉な仕事です。
結晶捜索や回収当日の現地で先行調査を行う探査兵。
目的地までの地図作成から実行プランを策定する作案兵。
その情報を元に危険な低空を飛行し結晶を採ってくる回収兵。
主に下界の植物、時たま他種族から回収兵の安全や退避を援護する護衛兵。
様々な兵科が協力して行います。
まぁ、食糧から防衛力維持まで国家に必要なアレコレを取得する作業なので当然でもありますか。
ある日、そんなエリート兵の集まり収集班の元に、
回収に同伴しに行ったはずの探査兵が息をきらしながら飛び込んできたのでございます。
帰還日時には二日も早すぎる、一体何事か、探査兵長が問うと
呼吸に大きく肩を揺らしながら、恐怖に青褪めた顔に後悔を滲ませながら答えました。
「ぜっ、全滅……です、
誰も……誰も帰ってこれませんでした。
私だけ何とか逃げて……、みんな、殺されました……ッ」
風雲急を告げる、これが始まり。
その日の回収はこれまでに無いほどの遠方、
片道を高速飛行したとて数日は優に掛かる距離、
まだ都市国家オオママが完全に測量しきれていない場所で行われていたのです。
おや、この距離を狭いと感じてらっしゃいますな。
それは広い大地に生きている皆様方だからこその違和感でしょうよ。
閉鎖系の中で生活を回してきたハニの民にとっては都市国家を離れた場所なぞ、
使い潰した万年樹を乗り換えて開拓する時分までは必要としませんし、
精々が寄る辺とする万年樹から日帰りできる範囲の空中だけで事足りるのですから。
何故、そんな場所での回収を行ったのか。
特に変わった事でもない、いたって普通の理由ですよ。
当然ながら測量がメインの目的だったのです。
国家としても先代からようやく外へ外へと意識を出してきたばかりでありましたしね。
回収にかこつけて地図を広げようとしたのは合理的な計画だったのでしょう
運が無かったのは後に不倶戴天の相手となる者共に偶然見つかった事。
そう、回収班全滅の犯人はグンマニアへの新たな入植者、羽禰屠備。
ハニと同じく翼有る種族ハネトの偵察隊だったのです
この事をハニの民が知るのはもう少し後になります。
とにかく都市国家オオママを揺るがしたのは精鋭の全滅。
生き残りの探査兵の話から、なんと50人で組まれた回収班を討ったのは
たった3人の兵であると衝撃的な事実が告げられたのです。
彼女らの半数が結晶回収のため特殊作業用の軽装備でしたが、
もう半数は遠地ゆえに予期せぬ危険があるかもと完全に装備を整えた護衛兵だったわけで。
相手方の3人が突出した強者であったかもしれない、
人数もそれだけしかいないと考えるのは楽観主義がすぎる。
正体不明の相手に対しハニの精鋭では敵わないと首脳陣は認識しなくてはならなくなったのです。
今は探査兵の話だけが頼れる情報だとして襲撃者を類推するしかなかったのですが、
聞けば聞くほどにどうしようも無いのではないかと思わざるをえないような有様でございました。
私の知るハネトの種族特徴を皆様にお教えしますと、
実は生物的にハニとかなり近しい関係にある種族なのです。
体色や瞳の色合い、翼の形状なども良く似ている。
社会性を持つ事や万年樹を食い潰してしまう特性までもが、です。
ただ、圧倒的に違うと言い切れるのは酷いとも思える体格の差。
一回りではきかないほどにガッシリしたハネトの体躯は、
実際に対峙するハニの兵士の目からすれば何倍も大きく感じるでしょうよ。
そして、その強靭な筋肉と鋭く美しい翼は
巨躯に似つかわしくないほどの機動性を約束しています。
戦力比で言えば、拳銃持ちで自転車に跨がったお巡りさんと、
キャタピラを轟かせる戦車くらいだと形容しても言い過ぎではないのです。
そうですね、一人のハネト兵を倒すに当たってどれだけハニの軍隊が必要なのか。
2,30人で波状攻撃を仕掛けてようやく五分になるかもしれない位に両者は戦闘者として隔絶している。
そう断言しますよ、私も実際に目にした事がありますから。
ここまで思わせる凄みがハネトの民にはあるのです。
膂力も速さもまるでハニでは勝てそうも無いというのが私の考えなのですが、
ヤポニ新女王も探査兵の、恐怖によって幾らか誇張されてしまった話、を聞いて同様に考えました。
襲撃を受けた地点までかなりの距離があったので、
対策を練る時間が確保できているのは都市国家オオママにとって唯一の幸い。
たった3人で50人の集団に切り込んでくる攻撃性、皆殺しにした残虐性は無視できない。
あの探査兵の家族から情報が漏れて国民が不安に思い始めたのも相まって
相手がどのような集団なのかの情報獲得が急務となりました。
妹のエウロ王女に情報斥候の指揮を任せつつ、
ヤポニはもしもの時を想定し続けながら国民を慰撫するしかできません。
下手すれば母から受け継いだ都市国家が滅びるかもしれない、そんな事を考える日々。
そうこうして悶々と重なった日数が新たな波をもたらします。
エウロ王女直属の斥候が壊滅、と引き換えに重大な情報を掴んできたのです。
相手が自分たちと同じような種である事。
略奪を元に生活を成り立たせているだろう事。
そして、本拠地があまり離れていない事。
斥候の一人が襲撃地付近で相手より先に索敵に成功。
尾行して相手の深い部分の情報までも取得できた、望外の幸運。
この斥候兵たちの物語は長くなってしまうので、申し訳ないですが割愛させていただきますよ。
またの機会に、ね。
まぁ、とにかく相手方にもかなりの数がいて、
しかも襲撃地点から数日程度の微妙な距離に都市国家を持っており、
それでもって問答無用に敵対的行動を取ってくるだろうというのが分かったわけです。
聞いて、即座に女王ヤポニは決断しました。
今居る万年樹から離れて、新たな樹を開拓し移住する事を。
国民の多くはこれに賛同を示したのですが、
続く言葉が最善であるにも関わらず少々不味かった。
前女王アピスのおかげで次なる万年樹の選定も早くて三代は先だろうと準備が進んでおらず、
都市国家そのものを動かす長い長い建設期間をどうするのかという問題が出てくるわけで。
これでは当面の差し迫った問題に対する解になりえない。
ならばとヤポニが考え付け加えた苦肉の策が『外郭都市の放棄』だったのです。
万年樹の中に築かれた都市国家オオママの芯とも言える部分というのは
外から一見しただけでは非常に分かりにくくなっています。
グンマニアが湿潤な気候で距離が開くと視界が安定しない事もしばしばありますからね。
ですが、万年樹の外に張り出した空中にぶら下がる形の外郭都市は目立ちすぎる。
もしも相手方の偵察兵に察知されてしまえば大量の資源を保持している都市国家オオママは
戦力比から見ても格好の餌食となってしまうに違いないでしょう。
だから、都市国家移転までの期間、
ほんの僅かでも生存の確率を上げる策として出したのです。
案の中身としては要約してしまうと以下のような形。
外郭都市の機能を最低限維持できるだけの広さ樹内宮殿を急ぎ拡張。
市民に宮殿内を開放して借家住まいをしてもらう、といったものです。
そして、外郭都市自体を樹海に落下させ国を全て万年樹に隠す。
慎重で保守的だと評されていたヤポニ新女王にしては
あまりにも大胆すぎる、無茶な政策だと民衆は戸惑いました。
けれども、その慎重で保守的なヤポニに
そう決断させるほど事態は悪い方に転がっていっているのです。
当然、流石にこの案は多大な反発を生みます。
特に、外郭都市拡張に辣腕を振るった妹のエウロ王女は
都市を切り捨てる決断をしたヤポニ新女王に強く反発しました。
幼い頃から自分で育ててきた街を物の様に捨てる。
例えそれが大局的に必要かもしれなくとも抗ってしまうのは人情でしょうよ。
「外を知る民を穴蔵に押し込めるような真似は出来ない!
外郭市街は我々で守ってみせる、落とさせてなるものか!!」
初めての姉妹喧嘩、いや喧嘩というには国に影響を与えすぎました。
あれほど一つに纏まっていた国が、
かつてない国難に気がつけば二つに割れるような状態に陥っていたのです。
これには外郭都市の市長や有力者たちが権益を守ろうと
エウロ王女を煽るように後押ししたのも要因として大きかったと言われています。
外郭都市に住んでいた民衆もまた、ヤポニ新女王を批判し、エウロ王女を担ぎ上げました。
もはや個人的な感情を越えた巨大な力。
まるで流されるように外堀だけが埋められていき、
そして、それはいつしか姉妹の繋がれていた手を埋まらない亀裂で引き裂きました。
「ヤポニ女王……いえ、姉さん。
姉さんは私よりもずっとずっと頭が良かったよね。
その姉さんが考えた事だから、きっと正しいのだと思う。
間違っているのは私なんだろうって、そう思う。
こうして私たちが道を違えるに至って、
私が政治家としてあるまじき感傷で国を乱した事が、
とても愚かな事なんだろうって、たしかにそう思うんだ。
けれども、やっぱり自分たちの街を捨てるなんてできないよ。
私は、私を慕ってくれた人々と共にこの国から去り、自分たちの国を創る。
姉さん……いや、ヤポニ女王。
我々は貴国の益々の健勝と発展をお祈りしております」
なんと、エウロ王女は外郭都市の人々による過熱した支援に圧され
都市国家オオママから独立してしまう事になってしまうのでございます。
そうして、国は文字通りの意味で二つに分かれました。
移設先はグンマニアの尺度では結構な距離ではありますが、
後述させていただきます住居の事情により、一日二日程度しか離れていない万年樹に決定します。
万年樹の穿孔加工を行える技術者は国家直属の者が多いためにオオママから連れ出せず、
外郭都市の一部を持ち出し樹皮に打ち付けて固定する以外に仮の住処を用意できなかったのです。
最終的な形としてはスケールダウンした外郭都市と言ったところでしょうか。
元々、外郭都市とはそういう建築方式でなっていたのもあり、
無理に万年樹を刳り貫くよりも手早く体裁を整えられたというのもこの形になった理由でしょう。
こうして新たな都市国家、独立を果たした王女の名を取り都市国家エウロペが生まれます。
そもそもの問題であったハネト対策についてですが、
エウロペはオオママとハネト本拠地を挟み幾らか遠地となった為に危険度は幾分減りました。
そのせいか元外郭都市に居た民衆はもはや過ぎ去った問題、
対岸の火事としてしかまともに考えるものはいなくなってしまっていたのです。
エウロ王女は近い内に万年樹の中を戦時に向けて砦のように整備したいと考えていましたが、
近衛兵以外、それほど防衛に対して意識するものはおらず、今は以前と同じ規模の都市にしようと
人々にとっては街づくりの方が優先されていました。
エウロ王女がこの風潮を変えよう変えようと訴えた所で、
外郭都市である事を守るために立ち上がった人々は従ってはくれません。
自分を慕ってくれた民に無理を強いる事を躊躇ったエウロ王女は、
何とか私財を切り崩してただ一人で防備を調えようと遅すぎる工事を始めます。
時間だけは何とか稼げているだろうから、これでも間に合うだろうな、と。
それが、いけなかったのです。
オオママが緩衝地となっているではないか、という甘えが。
姉のヤポニ女王が危惧した通り、
空中に張り出した外郭都市は目立ち過ぎた。
ある日、内情はともかく完全に万年樹へ都市国家を隠しきれたオオママを越えて、
奴らの偵察隊、その一人が都市国家エウロペを発見してしまうのです。
口の端を歪め、瞳をニタリと愉悦に染めて、偵察隊は静かに帰還しました。
このような事があれば、もう皆様はある結末を想像しているでしょうな。
そう、数週間の後、絶望の群れが都市国家エウロペに襲来。
国家移転したばかりで碌な軍備を整える余裕もなかったエウロ王女が抱える戦力は2000ほど。
年若い婦女をも含み限界まで兵力となりうる者を動員したとしても5000名に届かないでしょう。
対するハネトの兵はかなりの遠征であるにも関わらず500を越えている。
私の考える彼らの種族間戦闘力の差から、
500のハネト兵と戦闘するならば少なくとも10000人の正規ハニ兵は欲しいところですね。
どう足掻いたところでエウロ王女に勝ち目などありはしないのです。
烈火の勢いで飛び掛るハネト兵たちは
民を守るべく奮戦するハニ兵を容易く斬り飛ばし、
まるで呼吸するように辺りに屍の山を築きながら虐殺を続けていきました。
命の力を限界まで注ぎ込んだ鋭い矛を手に、数人掛かりでようやく一人を討ち取ったかと思えば
背後からの無情な一振りでその全員の身体が合わせて断ち切られて散っていく。
数は力でありますが、力が数を駆逐するだけのものを持っていたのであります。
民家の一軒一軒を回り、隠れている老人や赤子に至るまでを丁寧に。
それはもう丁寧に一人一人残さず悉くを殺して回るという、狂気の行軍が続きました。
こうまでして殺すのはハネトの種族特性にあります。
ハニの民が命の力、『生』のエネルギーを扱い発展したように、
ハネトの民は屍から『死』のエネルギーを抽出して擬似的な結晶を作りあげ、
それを食糧などに利用する文化を持っていたのです。
独立してまで築いた新しい国は、こうして歴史を刻む前に蹂躙されていきました。
無論、こんな状況を黙って見ていられるエウロ王女ではありません。
自ら兵を指揮し、戦えぬ者の避難誘導など八面六臂の働きを見せます。
しかし、圧倒的すぎる力の差によって自軍は瞬く間に粉砕されて壊走し、
逃がした筈の民草は防衛線もろとも食い破られて誰一人と動く者はいなくなる。
殺意の嵐から誰も救えず、自分を慕った者たちが次々とエウロ王女の前で殺されていきました。
そして、ついにエウロ王女は守るべき民を全て失い、
残された兵力は誰も彼もが傷を負った近衛兵100名をただ残すだけになります。
自費で何とか用意できていた簡易的な砦に立て篭りながら、
エウロ王女は隠し窓で外の様子を窺いました。
ハネトの兵は都市国家エウロペの全てを賭けた攻防に晒されたにも関わらず、
未だに300以上の強兵が砦周辺の空を旋回しているのです。
ここから出れば、100対300、ハニ基準の兵力差に言い換えれば100対6000の
絶望的と称するのも生温い絶対的な死戦が待ち構えている。
……けれども。
何もかもを奪われて尚、いや、だからこそ全員の士気は滾っていました。
ここで死ぬ事になろうとも、必ずや一矢報いてやる、一人でも多く討ってやると。
手負いの死兵が百人、主であるエウロ王女の最後の号令を待ちます。
戦って死ね、との主命を。
近衛兵の想いを受けて、エウロ王女は瞳を軽く閉じ、
一つ深呼吸をすると静かでありながら凛と通る声で言葉を紡ぎました。
「我々が最後の意地を見せる時がきた」
ついに最期の時が来ましたか、と兵も皆が皆立ち上がり列を組みます。
エウロ王女もそれに合わせ、己の命を具現化した赤々と燃える剣を手に続けました。
「しかし、我々はただ死ぬだけで終わってはならぬ。
この敗戦を明日の勝利に繋げなければならないのだ」
一振りすると立て篭もっていた砦が内側から吹き飛ばされ、辺りは一瞬にして広場となります。
この後に至って隠れる場所など不要だ、と堂々、敵を見据えるためです。
眼前には嘲笑と憐憫と殺意を向ける敵の軍勢が空間を埋めていましたが、
それでもエウロ王女は淡々と、だけれども熱い言葉で命令を下しました。
「お前たちの誰か一人は生き残らねばならぬ。
私も含めた百人はただ一人を生き残らせるために戦え。
絶望を潜り抜け、エウロペの最期を祖国に伝えねばならぬ」
誰か一人を無事に逃がす決死の撤退戦を成功させる。
勝利条件はただ一人でも生存している事。
それこそがこの場に残された最後の勝利なのだと。
ここが落ちれば故郷の国も危うい。
実際に戦い、敗れた者の言葉こそが姉を救うはずだ。
あの賢い姉ならば、
きっと私達の死を生かしてくれる。
それが『希望』だ。
エウロ王女の命令は兵たち全員に染み渡っていきます。
『我々はただ死ぬのではない』のだと告げた言葉。
それはきっと、死が目の前にあったとしても勇気に繋がったのでしょう。
各々の武器を握る手に強い力が篭っていったのです。
「私が道を斬り拓こう、私が殿も務めよう。
亡国の王が最期に成すべき事は、きっと未来を残す事だ」
エウロ王女の剣から迸る命の炎が、
一段と輝きを増して燃え上がりました。
「さぁ、突破するぞ、付いてこいッ!!」
そうしてエウロ王女は最終的にハネト兵に殺されますが、勇敢な最期でした。
突撃の勢いに思わずたじろいだ軍勢へ突き刺さった炎の剣は
諦めに心を折ろうとする敵の壁に、希望という風穴を開けて空への道を創ったのです。
相手の足並みが整う前に突き抜けた近衛兵たちを見送って振り返ると、
エウロ王女はただ一人足を止め、数百の敵兵を前に吠えたと云います。
「死にたい者から前に出よッ!」
ハニの最奥たる力は命を燃やし尽くす力。
閃光のように煌めいて、幾らかの敵を討ち滅ぼした後、彼女は散りました。
彼女が散った後、近衛兵団は追跡してきた敵に何人も何人も殺されていきましたが、
何もかもを振り切って逃げ延びた者が数名、オオママへ辿り着く事ができたのです。
目的を達成したエウロ王女は、命を以ってして見事勝利を掴んだのでございます。
はてさて、このようにエウロペが陥落してしまったのですが、
この時オオママが何をやっていたのか気になっている方が多そうですな。
そうですね、たとえば援軍の一つでも寄越せれば……
また違う未来があったでしょうけれど、それどころではなかったのですよ。
万年樹内に受け入れなければならない人員がエウロペに行ってしまったのは
ある意味で宮殿拡張工事を最小限に出来て良かったとも言えますけれども、
エウロ王女が持っていたカリスマ性を失ったヤポニ女王は国内統制でいっぱいいっぱい。
外郭都市を失い、また兵も優秀な者ほど
エウロ王女についていった為に地盤がガタガタだった。
その為に周辺の警戒も未熟な兵ではかえって敵を誘引しかねないため
思い切って索敵自体を切り捨て都市国家の隠蔽状態を保ち続けるという賭けのような政策を取っていたわけです。
結果的にハネトの偵察隊は都市国家オオママに気付かずに賭けは成功したのですけれども、
その代わりのようにエウロペが見つかり、滅ぼされてしまった。
私からすれば、必ずどちらかが被害を受けるしかなかったと思うのですが、
そんな言い訳を最も許せなかったのはヤポニ女王本人。
もしも策敵を続けていて襲来を感知できていたならば……。
そんな『IF』がぐるぐると女王の心を掻き乱すのでした。
そうして、エウロペが消えて6日後。
炎熱に炭化した両腕、数え切れぬ刺し傷と胸に空けられた孔。
膝から下を失った右足に、ボロボロに千切れた翼。
まるで初めから無かったのだとでも言いたげな、落とされた首から上。
そう、エウロ王女の遺体が回収されました。
ハネトの民は略奪した土地に興味を持ちません。
奪い尽くし、死を結晶化させたならば用はもう無いのです。
奪い取った領土で新たな街を作り勢力を変に拡充しすぎると、
生産力に乏しい自分たちの種族で喰い潰し合って逆に滅びると知っているのでしょうな。
むしろ、廃墟となった街に何かが住み着いてくれれば再び『死』を生産できるので
次なる殺戮の為に、ハネトはあえて残していくのわけですよ。
おかげでエウロ王女の亡骸は容易くヤポニ女王の元に帰ってこれたという、ね。
何の慰めにもなりませんが。
物言わぬ妹の骸に一晩すがりつき泣いたヤポニ女王は、
翌朝、生き残りの近衛兵を呼び付けて、再びエウロの最期を聴きました。
明日の勝利に、未来を残すべく、妹は戦ったのだ。
ならば姉の私が何をやるべきなのか。
ヤポニはエウロペに残された怨敵の遺体を回収するよう兵に命じ、
そして、回収された敵の身体を死因別に分類しズラリと並べました。
まさしくこの時、彼女なりの、姉として、女王としての戦いが始まったのでしょう。
どれだけの傷を負わせれば死に至るのか。
関節の強度は、骨の硬さは、筋肉の付き方は。
表皮を乾燥させたり、逆に水につけて外気との反応を見たり。
敵の遺体に自らがメスを入れ、
相手の種族的な弱点について狂気に憑かれたように研究を始めます。
政務に頭を悩ますよりも、食事や睡眠で休息を取るよりも、解剖や耐久実験を優先させて。
表向きは今までと変わらぬ賢君と振舞うのですが、
裏で没頭する姿を知る者は女王が心を壊して死体弄りに耽っているのではないか、と
国民の信頼を受けている女王に対しそんな陰口が飛び出るほど異常すぎる有様だったのです。
それも一重に強迫観念染みた、
『妹の死を何かの形に出来なければいけない』
『見捨ててしまった私は妹に報いなければならない』
……というある種の贖罪に似た想いから来ていたのでしょう。
妹の行動力に、自分の知恵が合わされば無敵なのだ。
私達はいつだってそんな風に上手くいっていたのだから。
思い出に縋り付くような無残さの中で、ヤポニは研究を進めていきます。
次第にその感情は心を病ませ、
月の満ち欠けが一周する頃には民衆にもそれが伝播していました。
「ヤポニ女王、近頃はいつ見ても顔色がよろしくない」
「少しは研究をお休みになられたらどうですか?」
「エウロ王女がお亡くなりになられてからずっとだそうよ」
「最近はまるで人が変わったようだって」
そう民衆に言われるようになっていたのもヤポニは知っていました。
心配してくれるのはとても嬉しい。
けれども、妹の死を生かさなければならない。
研究を一時でも止める事は妹を無駄死にさせてしまうようで怖かったのです。
そうこうしている間にハネトの脅威から逃れるべく
移転に適した遠方の万年樹の選定と周辺の調査が終わりました。
隠密国家となってから随分と経ちましたが、
今では少しずつ人員を送り、万年樹の掘削や建設工事進んでいます。
ヤポニの研究もようやく対ハネトに役立ちそうな幾つかの成果を手にできていました。
「熱、それも属性として命を燃焼させた炎が良い」
体格も膂力も機動力も耐久力も、全てにおいてハニより優れていた怨敵の身体。
『死』の力を纏うが故に相反する命の炎、
『生』の力こそが唯一難攻不落の敵へ互角に届きうる技だったのです。
もっとも、あくまで互角に成れるだけであり、
命を燃やすというのは寿命を大幅に削る荒業でありましたが、
戦力比1:20を縮めうる可能性を秘めている自殺に近い究極の戦術。
命の力に対する抵抗力のあるハニの身体が
それでも崩壊し始めてしまうギリギリ手前の燃焼エネルギー量をもっての密着戦。
これがハネトの身体を破壊するに十分以上でありながら自滅に至らない出力。
これこそがハネトよりも僅かながら上回っていたハニの強さだったのです。
解き明かされたこの特性を見つける鍵となったのが、
妹エウロの遺体とエウロによって討たれた焼死体でございました。
光と散っていった妹の魂の炎が、宿敵の弱点へ到達させてくれたのです。
……とは言うものの、戦闘しないに越した事はありません。
何しろ一歩間違えば自壊する上に最低でも寿命を縮める技術ですからね。
『対抗しうる方法が見つかった』程度の意識で考えた方が良く、
ハネトから距離を取ってそもそも遭遇しないようにするのが上策であります。
今となっては国家移転の準備も進み、一般市民の移住がついに始まりました。
人の出入りが頻繁になってきていたのでハネトに発見される危険性も高まっております。
エウロペ陥落からヤポニは研究のかたわら兵たちに優先させたのは索敵技術の向上。
特に結晶を消費してまで行う広範囲生命探知の錬度だけは小隊長以上の兵には極めさせました。
都市国家オオママの隠蔽は今まで完璧だった。
もし偵察に捉まるとすれば国家移転の時に他なりません。
その時に相手よりも早く捕捉し、
そして、確実に仕留めて情報を切らなければ移転先まで襲撃に遭う。
貯蓄してある結晶を割いてでも万難を排さなければならないのです。
そうして、緊張の最中にある移転途中の都市国家オオママを
この時を見越して鍛え上げられた隠密索敵隊が全ての作業を陰ながら見守っております。
隠密索敵隊とは文字通り見つかる事なく周辺偵察を行う、
そうですねぇ、例えるならば海外の人が持っている忍者のイメージでしょうか。
種族柄構成員は全て女性ではありますが、
エウロペ滅亡後に零から立ち上げられた叩き上げの実力者揃いの部隊です。
また、鉄血の隊規が知られており、この隊に属すという事は死ぬ事だとも噂されるほどでした。
さもありなん、中身を読めば私もそう思いますよ。
『敵に察知され、敵を排除できないならば自害せよ』なんてのが普通にありますからね。
都市国家の場所を特定させてはいけない。
国まで引き寄せずに果てなければならない。
あえて小隊全員で見つかって相手の偵察隊の意識を別の方角に向けさせたり。
必ず防空圏外まで敵を誘引してから死ぬべし、ってなもんです。
そうですな、命を犠牲にしてオオママの隠蔽を成してきた陰の立役者が彼女らです。
この日、周囲の索敵に当たっている隠密索敵第八部隊にエイトと呼ばれる兵がいました。
彼女は元エウロ王女の近衛兵。
つまりは滅亡に立ち会った生き残りという経歴の持ち主です。
第八部隊は最警戒地域、怨敵の本拠地側の方角、
都市国家オオママから半日ほどの距離で万年樹の陰に息を潜めながら警戒の当たっていました。
「敵影確認されず、状況、依然良し、だ」
「じょ、状況良しっ!」
「静かにね、ルーキー、気負うもんじゃない」
「で、ですが、まさか『英雄』と一緒に任務に当たれるなんて……」
「…………『英雄』であってもココじゃあ一兵卒さ、気を抜きなよ。
変な緊張で命を上手く使えないってなったら、私達の意味がなくなる」
つい先日に配属された新米、とは言ってもエリートなのですが、を気遣いながら
エイトはまた静かに索敵へ神経を尖らせていきます。
尊敬していたエウロ王女によって生き延び、役目を果たしたものの、
『生き残った英雄』と賞賛を受けるたびに、滅びた都市の悪夢が彼女を常に苛んでいました。
隠密索敵隊へ入隊したのは、
丁度良い死に場所を求めての事。
自らもエウロ王女のように皆の未来を繋いで死のう。
そうしてエイトは献身的に任務をこなしてきました。
同じように他の近衛兵の生き残りも皆、隠密索敵隊に身を削っていき、散っていきました。
ただ、悪運だけは強いのか、死を命じられる状況は彼女にだけ訪れません。
初めて所属したのは第三部隊だったのですけれども、
死亡率の高さで目まぐるしく再編成が行われる隠密索敵隊で
英雄エイトは長らく生き延びている古参になってしまいました。
しかし……、
「ようやくその意味が分かった気がする」
「は?」
「私は今日この日この時のために命を繋いできたのだろう」
結晶を利用したエイトの生命探知盤、
生体レーダーが不穏な闇を捉えたのです。
それは宿敵ハネトの偵察隊、数は3人。
かつて50人を容易く屠った戦力に隊の緊張が深まります。
一応、ハネト側の事情に立って説明しますと、
エウロペを落として大量の資源を確保でき当面は安泰となっていたのですが、
その後も時折、ハニの民、まぁこれは隠密偵察隊なのですけれど、の死を喰らえています。
どこかに大きな拠点があるのでは、
と次なる虐殺の為ハニの拠点探しの人員を増やしてきていたのです。
おっと、何故ハニの民ピンポイントなのかはですね、
命の力を拠り所としているおかげで『死』の抽出量が非常に高効率になるという理由があります。
この辺りもハニとハネトが宿敵と呼べる関係になっていく要因なのですが……今は別に語るべきでありませんね。
ともかく、第八部隊は20名。
順当に行けば一人を刺すにしか届かぬ人数です。
それでもすぐに決断が下されました。
「我々はここで死ぬ。
ただ一人を残して、だ」
そうしてエイトは新米の肩に手を置きました。
「低空を飛び第三、第四部隊へ接近を伝えてこい。
『第八部隊の全滅』と『防空圏の再構築』をな」
国家移転の真っ最中、万が一にでも通すわけにはいかない。
が、死ぬ事によって穴が開いてしまってはいけない。
大事な役目を新米に託して、奇襲を掛けるべくエイトは隊の仲間と飛びました。
エイトの脳裏にあの日のエウロ王女が鮮やかに蘇ります。
貴女が生き残らせた我が身は、貴女の姉君に届きました。
貴女の姉君は、確かに希望を見つけ出されました。
抜け殻となった私が最後に繋げるべき希望は、貴女方が間違っていない事の証明です。
決死の覚悟、エイトの行動を言い表すに、これは正しくも誤りでしょうよ。
兎にも角にも彼女は防空圏外に誘導して殺される事よりも、
エウロ王女とヤポニ女王の正しさを証明する為に『戦闘』を選びました。
未だに実践においては有効性の実証は為されていなかった……。
ならば、死に損なった己こそがソレを行うに相応しい、と考えたわけです。
「皆にはエウロペの亡霊に付き合せて申し訳なく思う。
けれど、私は勝利したい、あの人に勝利を献上したいんだ」
彼我の絶大な能力差を埋める秘奥。
命を燃やす必殺の理を。
「勝てるはずなのだ、我々は。
だからこそ、屍となった戦友たちに私は遺された」
勇ましく散っていった主のように、
拳に赤々と煌く生命の火炎を纏わせてエイトは言いました。
「今こそ、血戦の時……ッ」
静かな宣誓と共に奇襲を仕掛けた第八部隊。
上空からの重力加速度に制御不能な弾丸と化したエイトは
ハネトの甲冑に見られる僅かな隙間、構造上の弱点である頸の付け根取り付くと、
右腕を刺し込んで、諸共焼き尽くす勢いで生命力を豪炎へ変換させたのであります。
もがき振り落とそうとするハネトの動きを抑えるべく、
続く部隊の仲間達は敵の矛にあえて自分の身体を貫かせて固定しました。
肉体の芯から燃える炎が敵の命を奪い、動かなくなる。
この間、3秒の早業でございます。
エイトの右腕と、一緒に取り押さえた2人の隊員を犠牲に敵1人を樹海へ撃墜。
奇襲ではありましたけれども初戦の人的効率は五倍以上の戦果です。
そこから先も、仲間達それぞれが身を挺して動きを止め、炎を通していきました。
結果から言えばエイトは勝利したのです、彼女の主君と同じように。
連絡を受けた第三部隊が索敵網の穴を埋めに到着した時、
そこにはなんと、重傷ではありましたが敵と戦い打ち破った5人もの生存者がおりました。
部隊指揮を行ったエイトの姿はありませんでしたけれども、証明は成ったのです。
これは元近衛兵エイトの勝利であり、
エウロ王女の勝利であり、ヤポニ女王の勝利であり……
彼女らが繋げてくれた都市国家オオママの、ひいてはハニという種族の得た勝利でしょうな。
以後、完全に国家移転が完了するまでの間に何度かの『戦闘』が発生しました。
しかし、絶対的な強者に対する対抗策が確立できた事でかつてほどの不利は付かず、
相手が偵察程度の少数であるならば何とか脅威を排除できる様になっていきます。
かつてグンマニアに刻まれた未来を繋ぐ戦いのおとぎ話。
何処から何処までが本当にあったのか、私には分かりませんけれどもね。
物語の締め、お約束を守ってこう言わせていただきます。
こうして、ハニの未来は現在に至るまで続いてゆけるようになったのでした。
めでたし、めでたし。
お読みくださり本当にありがとうございます。
昨日の夜中(7/30.22:30頃?)、疲労が極限化して、
癒しにとたまたま動画サイトで見かけたある映像からティンときて勢いのまま書き上がったものです。
なんともまぁ荒い擬人化で、よく分からない文章構成になっているような気もしますが睡眠時間と引き換えに楽しく書けました。
疲労が更にモリモリ蓄積した気がしますが、精神的には解放感がもたらされました。
以下、ネタバレ的TIPSです(終わったのにネタバレって何なんでしょうね)
・グンマニア
ネットで良くネタになる話題の秘境ぐんま県。
かなり失礼な短編になりました、ごめんなさい。
タイトルに憤慨してココに来た方も居られると思います。
……が、あくまでフィクションという事で許してください。
・羽仁畏備、ハニ
ハニービー、honey bee、蜜蜂の擬人化。
ちっこい、可愛い、そして弱い。
眺めていると癒されるが、集団でくると怖い。
地味に毎年死者を出しているので注意。
・羽禰屠備、ハネト
ホーネット、hornet、雀蜂の擬人化。
でっかい、厳つい、そして強い。
日本の昆虫で最も死者を量産しているらしい。
オオスズメバチは世界的に見ても最強クラスの蜂なのだが、
それがどうしてこんな島国に生まれたのやら……。
作者は後一回でも刺されたらアナフィラキシーで死ぬでしょう。
・武の民、羽牙汰
くわがたの擬人化。
・霞の民、茅揚
ちょうちょの擬人化。
・都市国家
いわゆる巣、空中にぶらさがったり木の中に造ったり。
外郭都市は幹から張り出して拡張された巣って感じ。
・オオママ
群馬県にかつてあったが市町村合併で消えた(よね?)大間々の町。
良い所らしい。知り合いがずっと言ってました。
・女尊男卑
はたらき蜂はメスばかり。
・結晶
まんま花の事。
花粉団子を作ったり蜜を取ったり蜂たちの大事な食糧源。
・命の力は寿命を縮める
蜜蜂の針は自身にとっても一撃必殺の諸刃、使うとまず死ぬ。
・女王アピス、静の姫ヤポニ、動の姫エウロ
女王はミツバチの学名から。
静の姫は大人しいとされているニホンミツバチから。
動の姫は活発で蜜集めが上手いセイヨウミツバチから。
・滅びたエウロペ
セイヨウミツバチはスズメバチに太刀打ちできない。
・熱に弱いハネト
ニホンミツバチはスズメバチを蜂球と呼ばれる技で熱中死させる。
これはニホンミツバチ固有の必殺技だそうです。
それでも、数で来られたら巣を移転しない限りセイヨウミツバチと同じ末路。
だから作中と同じく偵察兵を殺しながら隠蔽に精を出すのですが、
どうしようもなくなると巣を移動する事があったりなかったり。
・生き残った英雄、元近衛兵エイト
八、はち、蜂、単なる語呂合わせ。
本当は八人生き残って八英雄(蜂英雄)とかやらかそうと思った。
文字数がヤバイ事になりそうだな、と疲れを理由に断念した。
・戦力比1:20
本当はもっとあって1:100~400らしい。
擬人化に当たってマイルドに修正。
・ハニの民にピンポイント
スズメバチは肉食で、多種の巣を襲撃したりします。
オオスズメバチは小型のスズメバチの巣を襲う事も……くわばらくわばら。
・何処か得意げで偉そうな語り部
作者。これ書く暇があったなら連載と閑話書けよ。




