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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第六章 安寧を望む星たち
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第九十話 アストリア傭兵ギルド

 『アストリア』傭兵ギルドは王城ディアラナから延びる4本の大通りのそれぞれに一つずつ建っていた。警護、護衛から捜索、探索と幅広く仕事を受けるため、他の工業ギルド、商業ギルドの建物近くに支部を建てた結果、今のような形になり、誰でも気軽に依頼に訪れることが出来るようになっている。

 ロメオが向かったのはその中でも西の大通りに建てられている『アストリア』の傭兵ギルド本部だった。


 ティベリオも遺物調査にあたり、護衛のために傭兵と行動を共にしたことはあったが、そうした場合は、図書館が雇った傭兵と待ち合わせた上で行動をすることになっていたため、傭兵ギルドの中に入ること自体は初めての経験だった。

 建物の入口は間口が広くとられており、扉も中の視界を遮る程度の大きさの扉がある程度で、入口全体の視界を遮るようにはなっていなかった。

 荒くれ者が集うという印象を払拭するために、開かれた場として、今の建物の作りに変えさせたのが、現ギルド長のヴェッティ・オリヴェーロだった。




 800神期()前に起きた『グェン』の襲来を機に急速に成長を遂げた傭兵ギルドは、これまでにも指導者の育成、団内の秩序強化、雇用確保など様々な制度改革が行われてきたが、組織の拡大の経緯から、国の下部組織としての色合いが強かった。

 そのため、民が直接傭兵と接触する機会は少なく、街でもどこか浮いた存在であることは避けられずにいた。

 この印象を一変させたのが、現ギルド長のヴェッティ・オリヴェーロである。

 彼は傭兵ギルドの建物の印象を変えることを手始めに、傭兵による奉仕活動を始めた。

 孤児の受け入れと教育を奨励し、教会の「お勤め」のように、各地の巡回に合わせて、安価で仕事を請け負った。簡易な力仕事は受け入れた孤児たちに担わせ、世間の常識や技術を学びとる場とさせた。

 成長した折りには、学んだ技術で別の職に就くことも許容し、地方へ労働者を還元する役割も担った。

 各地で傭兵団の知り合いが増えることで、依頼の数が増え、傭兵の需要も増加し、『アストリア』の傭兵団は、過去最大の規模を誇るようになっていた。




 こうした努力を通じて、傭兵ギルドは今や酒場や食堂に入るような気軽さで、扉を潜ることが出来るようになった、と言われているが、初めての場所への抵抗感を完全になくすには至らなかったようで、ティベリオは、本部の入り口を前に、一歩を踏み出すことを躊躇っていた。


「傭兵に捕まったらとって食われるとでも思ってるのか?」


 ギルドの建物を前に足を止めたティベリオに気付いたロメオは、侮蔑とも嘲笑ともとれる顔で笑みを浮かべる。


「初めての場所と言うのは、どんなところでも緊張するものではないですか?」


 ロメオは顎に手を当てて、ふむと呟く。


「そこに何が待っているのか、と心踊らせるものだと思っていた。特に君のような職種の場合」


 心の底から意外そうな表情をしたロメオを見て、ティベリオは一瞬言葉を失う。未知のものに対する好奇心という点では、ロメオの言う通りだった。


「分からないと思うのが先か、分かりたいと思うのが先か、その違いなのかもしれません」


「なんにでも興味を持つと言うのは悪いことではないと思うが、過ぎれば節操がない。なるほど」


 それはティベリオにはよく分からない理屈ではあったが、ロメオの中では筋が通ったようだった。


「心配することはない。気のいい奴ばかりだ」


 全員知っている、と言わんばかりのロメオの様子に、ティベリオは調子のいいことを、と思ったが、この騎士ならばそういうこともあるのかもしれない、と考え直した。

 初対面のティベリオにもごく自然に話しかけてきたこの騎士ならば、話をしたことのあるものは皆自分の知り合い、そんな風に思っていそうだと、そう考えたのだ。


 ティベリオの顔色が戻った様子を見て、ロメオは彼に背を向け、ギルドの扉を開けた。

 有能と成熟は必ずしも比例しないことをロメオは知っているが、市井の者でもそれは変わらないものか、そう思った。




 ギルドの受付嬢であるエマは、受付から少し奥まった場所にある机に座り、朝から受け付けた翌()以降の依頼事項の内容を精査し、割り振り先の傭兵団をどこにするかを検討していた。

 光星が中天を過ぎたこの時間帯は、受付を利用する者は少ない。

 受付が忙しいのは朝早い時間帯、光星が地に沈む夕暮れ時だった。

 日雇いのようなその陽の内に終わる仕事は、受付の前で依頼人と仕事を受ける傭兵の代表者が顔合わせを行い、軽い打ち合わせを行った後で契約を成立させる。受付は両者の立ち会いを行い、締結された契約書の控えを預かる。夕暮れ時には、仕事を終えた傭兵が、成果を持って受付を訪れ、契約書に記述された成果物が無事納められたか、または仕事を終えたとする証書が正しい者かを確認した後、依頼人から預かった契約金を渡す。

 こうした事務処理がまとまってくるため、朝と夕方の受付は人で溢れかえり、光星が中天を過ぎる昼過ぎは、翌陽以降に頼みたい依頼を持ち込む者が時折訪れる程度の閑散とした様子となるのが常だった。

 では、昼間の受付は閑散としているから暇であるかと言えば、そんなことはない。

 朝から締結された契約の内容を整理し、この陽の内に終わることが約束事項に含まれている依頼を洗い出し、一つ陽より前の契約内容で同じくこの陽に終わる契約と一緒に並べておく。

 夕方には報告にくる傭兵達がまとめてやってくるのだ。

 報告が行われたときにすぐに契約が確認できるよう準備しておくことは必要なことだった。

 それと同時に、翌陽以降の契約の割り振り先を考える。各傭兵団の今の人員と特性を鑑みて、依頼の対応に適性のありそうな傭兵団の候補を考えて、印をつける。候補がまとまったものから、奥の事務方に依頼を回して、内容を確認してもらい、問題がなければ、そのまま傭兵団に依頼の通知を行ってもらう。依頼内容に問題があれば、受付に戻ってくることもある。受付に戻ってくるような依頼は「受けられない」とギルドが判断したものだ。

 こうしたものは、依頼人に連絡が行われた後、受付で依頼の拒否の理由を説明する仕事が増える。

 依頼人は困って依頼を出しているから、こうした断りの説明は面倒になることが多い。

 それでも、傭兵に危険性の高い依頼や違法性がある依頼、そもそもそうしたことが判断しづらいあやふやな依頼などを受けさせるわけにはいかないから、必要な処理だった。

 この陽はそうした面倒な案件が少なく、エマは少し早めに昼食を食べることが出来そうだ、と先ほどから欲求を満たせと主張するお腹を軽く撫でると、一つ息を吐き出した。

 そうして、整理し終えた書類を手に立ち上がろうとしたとき、不意に視線を感じて受付を向いた。


 受付の前にはいつからいたのか、男性が二人立っていた。一人は前髪を赤茶けた髪の体格の良い長身の男。一人は黒髪で細身の男だった。そのうち赤茶けた髪の男の方は騎士の鎧を身につけており、エマは一瞬で顔から血の気が引くのを感じた。


「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。どのようなご用件でしょうか」


 手にしていた書類を机の上に置き直すと、表面上は平静さを装いながら、エマは受付に向かう。余裕があるからと先にフローラを昼食に向かわせてしまった数分前の自分を罵りながら、表情にはにこやかな笑顔を浮かべる。


「お忙しいようだったので、邪魔しては悪いと声を掛けなかったのはこちらだ。気にしないで欲しい。私は騎士のロメオ・アウディと申す者。依頼の件でヴェッティ・オリヴェーロ殿とお会いしたいのだが、面会は可能だろうか」


 ロメオと名乗った騎士がにこやかに応じたことで、ほっとしたのもつかの間、彼の口から出された名に再度の緊張が走る。

 ヴェッティ・オリヴェーロ。

 この傭兵ギルドの長であり、傭兵ギルドを開かれ場に変えた功労者だが、当の本人は決して付き合いやすい人格者ではなかった。

 ギルドの中で見かける時はいつも難しい顔をしており、気軽に声を掛けられる雰囲気ではないため、余程のことがない限り近づきたくない人物だ、とエマは思っている。


「事前に面会のご予定は?」


「ない。彼も多忙だろうから、無理なら仕方ないんだが、出来れば、今話をしておきたくてね。面会が可能か、確認してもらえないだろうか」


「ご用件をお伺いしても?」


「伝えられない。ただヴェッティ殿は、わたしの名を聞けば、何の要件か理解してもらえると思う」


 こんな曖昧な頼まれ方でギルド長に面会を頼みに行かなければならないのかと思うと、先ほどまで主張していたエマの腹の虫も、急に大人しくなってしまったようだった。

 だが、目前にいるのは騎士であり、その騎士が伝えられない内容となれば、会話したい内容は国からの依頼事項に関連するものと予測がつく。そのことと共に面会の可否を伺えば、叱られることはないだろう、とエマは腹を括った。


「承知しました。確認して参りますので、しばらくお待ち下さい」


 にこやかな笑顔を浮かべ一礼したエマは、先ほどとは別の理由で下腹部を撫でると、そのまま受付の奥へと姿を消した。




 エマが姿を消すのを見届けると、ティベリオはロメオに近づいた。


「ヴェッティ・オリヴェーロって、あのヴェッティですか?」


 ティベリオの様子に意を介するでもなくロメオは「俺の知るヴェッティが、君の知るヴェッティと同じかは知らないので答えようがないな」と応える。

 だが、ロメオの口の端が僅かに歪んでいるのを見てとったティベリオは、彼が分かっていてそう答えているのだろうと悟った。


「傭兵ギルドの長ヴェッティ・オリヴェーロか、と聞いたんです」


「最初からそういえばいいのに」


 今度こそ、ロメオは明らかな笑みを浮かべると、「その通りだ」と答える。


「国からの依頼だ。相応の相手に伝えるのはおかしくないだろう?」


 ティベリオは、確かにそうか、と思う。教会の調査については、国から詮索を禁止する触れを出すくらいだ。余計な噂話を広められないよう、極力情報は統制したいのだろう、ということは少し考えれば分かることだ。ならば、国からの依頼を伝える相手も、その依頼を遂行する人員も、相応に配慮された上で決められたものであることは当然だった。


「心配することはない。気のいい奴だ」


 だが、続いてロメオが告げた言葉を聞いて、これは絶対にからかって楽しんでいる、そうティベリオは確信したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  フアンくんの仕事場を訪問(違)!  ギルド長、功労者なのですね! その割には評判が悪いような……。報われない…。  四ヶ所あってその混みようなら繁盛していますよね。尤も、本部という…
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