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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第六章 安寧を望む星たち
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第八十八話 欠けない石

2023/08/31 「鞘」を「柄」と記載してしまっていたので修正しました。

2024/02/25 月の表記が誤っていたので修正しました。二月が水の降神節で三月が土の昇神節でした

 ピエトロとティベリオが交わす会話を、ロメオは笑みを浮かべたまま眺めていた。

 ピエトロという人物は堅物だと聞いていたが、四角四面というには角が欠けている。

 規則に従い、上司に従い、指示された通りの仕事しか出来ない融通の聞かない男を想像していたが、ずいぶん面白そうな男だと思った。

 ロメオがそんなことを考えている内に、二人の会話は収束に向かうようだった。ロメオにとっては幸いなことに、騎士団の依頼事項は予定通り受けてもらうことが出来そうだった。


――新しく人探しから始めて、関係各所に調整を依頼する、なんてもう一度やらせたくないからな。


 依頼先として適切な相手を探す仕事を依頼した相手の嫌そうな顔を思い出すと、申し訳ないという気持ちはあるが、それと同時に、笑みを浮かべてしまいたくなる。

 だが、ここでその顔を浮かべると後が怖いと、ロメオは必死で口元を引き締めた。


「依頼を受けてもらい、俺からも感謝を。そして今度こそ、改めて宜しく。ティベリオ・カシラギ」


 そんな心中を誤魔化すために、ロメオは真面目な表情を浮かべてティベリオに近づき、手を差し出した。

 ティベリオが明確に依頼を受諾すると表明したためか、今度はピエトロもロメオの動きを制止することはなかった。


 ティベリオは差し出されたロメオの手を少しの間見つめた後、意を決したようにその手を握り返した。


「よろしくお願いします。アウディ殿」


 騎士にしては、随分と綺麗な手だ。見た目だけかと思ったが、実際に差し出された手を握り返した時、騎士特有の掌の厚みは感じながらも、ざらつきの少ない肌に、ティベリオはそう思った。




「建物の材質の変化を調査すれば良いのでしょうか」


 依頼内容については個別に話をすると言って王立図書館から連れ出されたティベリオは、そのままロメオから何の説明もないまま、西の大通りまで連れてこられていた。

 国からの「令」が出ているため、教会に関する会話を外ですることは避けねばならないと考えているティベリオは、ロメオがどういうつもりで彼を外に連れ出したのか測りかねていた。


「調査できるものなら」


 ティベリオの前を歩くロメオは振り返る事無く答える。


 (なら)された土の道をガタガタと荷台を揺らしながら、行商人の馬車が通り過ぎていく。通りに立ち並ぶ店からは呼び込みの声がひっきりなしに叫ばれ、辺りは祭りのように賑やかだ。

 あまりに素っ気ないロメオの答えに対して、ティベリオは自分が何か聞き損ねてしまったのかと思った。

 だが何を聞き損ねれば「調査できるものなら」という言葉になるのか。


 もう一度尋ねるべきかと考えたが、自分よりも身分が上である騎士に何度も声を掛けることも(はばか)られ、ティベリオは黙ってロメオの後を着いて行く事に決めた。


 西の大通りを歩き続けて王城ディアラナを囲む城壁が見える距離まで近づくと、ロメオは南の市街地を抜ける路地に向かって曲がった。

 それからも歩きながら何度か路地を曲がると、やがて教会の側面の壁が見えてきた。教会の向こう側にある路地の先にはディアラナ城の南門広場が広がっている。


 普段教会に用事のないティベリオは久しぶりに教会を目にしたが、彼の知る範囲において目に見えて分かる変化は見つけられなかった。

 強いて気になる点があるとするならば人の流れだ。国が教会に対する安易な噂を語ることを禁じているためか、教会に触れることそのものが禁じられているかのように、人々は教会を避けて歩いているように見えた。

 あまりにも人が近寄らない様を見て、教会を包むように不可侵の領域があるのではないか、そんな感覚を覚える。

 だが、ティベリオの懸念を見越したかのように、ロメオは人々が踏み込まずにいた教会の壁際まで踏み込むと、教会の壁に手を触れた。


「少し触ったぐらいなら、見たままただの石なんだけどな」


 ロメオがティベリオの方を振り返る。ティベリオもロメオの横に立ち壁に触れてみたが、彼の言う通り素材はごく普通の石のように感じた。


「そうですね」


 ロメオの意見に同意しながらティベリオは教会の壁を指先でなぞる。だが、そこである異常に気付いた。

 自分の勘違いかと思い別の場所の壁も指先でなぞるが、状況は変わらない。

 ティベリオがロメオを見ると、彼は面白そうに笑みを浮かべて、ティベリオに壁から離れるよう手で指図した。

 ティベリオが数歩後ろに下がったのを見届けると、ロメオは腰に佩いた剣を鞘ごと外し、先端で壁を抉るかのように鞘を振り下ろす。

 だが、鞘の先は鈍い金属音を立てただけだった。鞘の先端は石の壁の表面を滑ったかと思うと、そのまま地面に叩きつけられる。その衝撃で僅かに火花が飛び散り、派手な音に周辺の人々がロメオの方を振り向く。

 ロメオは周りの視線を気にすることなく鞘を持ち上げると、鞘の先の部分のティベリオに差し出した。

 差し出された鞘の先にいくつかのへこみが見られる。

 ティベリオは無言でロメオが殴りつけた壁の部分に近寄ると、顔を近づけて壁の細かなおうとつまで確認した。


「傷がない」


 呟いて、先程ロメオが言った「少し触ったぐらいなら、見たままただの石」という言葉の意味を理解した。


 先程ティベリオが壁を触って感じた違和感。

 それは、石に触れて表面をなぞれば、壁から剥がれた砂粒が幾ばくかは指先に付くはずであるのに、そうした粒が一切付かないことである事に気づく。

 ロメオはティベリオの感じた違和感をより明確にするため、鞘で壁を抉るように叩いたのだった。


「教会入口の扉は、本来、光星が空にある間は閉じられることがない。いつでも、誰でも、教会を訪れることが出来る。それを示すために。

 だが、その扉が今は閉じられている。十と一つ陽前(十一日前)水の降神節 二十九(二月二十九日)。この陽のいつからかは不明だが、最初に教会の異常について、報告があったのはこの時だと聞いている」


「そんなに前から」


「国が異常の報告を受けたのは二つ陽後(二日後)。その日の内に触れを出し、現状の確認が行われた後、正式に調査が開始されたのは異常が起きてから四つ陽後(四日後)土の昇神節 三(三月三日)だ。

 教会に異常が発生すると同時に原因不明の病が蔓延を始め、聖堂や他の街の教会から治癒術士の派遣の手配が必要となり、教会そのものの調査については初動が遅れた、らしい」


 この陽は土の昇神節 十《三月十日》。国が調査を開始してからさらに七つ陽(七日)が経過していた。


「なぜ今になって遺物管理課に調査依頼が」


「教会に問い掛けを行っても、何も反応は返ってこない。内部で何が起きているか分からない以上、外部での目撃証言を集めなければならない、そう考えたのだろうな。結局、有力な情報は得られないまま、時間だけが過ぎたというわけだ」


「でも、明らかに異常じゃないですか」


 ティベリオは鞘の先を指さし、次いで教会を指さす。


「こんな……」


「誰も教会を殴りつけようと考えなかった」


「あ……」


 ロメオの言葉に、ティベリオは自分の発言が浅はかであったことを知る。

 ここは教会の中でも特別な教会。女神 ラナのご神体が祀られた教会だった。その建物に対して、異常があるからと言って建物を損壊させて中に侵入する。そんな決断は誰も出来なかったのだ。


 ならば今のロメオの行為は問題ないのか?

 急に不安になったティベリオに、そんな心の動きを察したのか、ロメオは舌を見せる。


「皆が皆、信心深いわけじゃない」


 それはロメオの独断で建物を叩きつけたということか。


 ティベリオは背筋がすっと冷えた感覚に襲われた。

 自分自身は直接手を下していないし、騎士ならば、平民と違って多少の無理は効くのかもしれない。そんなことを思い浮かべるが、どれも希望的観測に過ぎなかった。

 事が露見すれば、自分は捕まり処罰される、最悪、命を失うのではないかという不安が湧き上がってくる。


 言葉を失い固まってしまったティベリオを見て、ロメオは彼の肩を軽く叩いた。


「すまない。そこまで怖がるとは思わなかった。安心してくれ、許可は得てる」


 すまないと謝罪する言葉とは裏腹に、ロメオの笑みはどこか底意地が悪いようにティベリオには見えた。それは、騙された、という気持ちが先行してしまったが故の偏見であったかもしれないが、どうにもロメオのそれは、ティベリオの反応を楽しんでいるとしか思えなかったのだ。


「……本当でしょうね」


「本当だとも。もちろん、教会から承諾は得ようがないから、後で教会から文句を言われることはあるかもしれないが、その時は、俺がちゃんと叱られるさ」


 それはつまり、騎士団におけるロメオの上司なり、更にその上の国なりが許可を出したということだろうか、とティベリオは推察する。

 国が許可を出したのなら、聖堂を通じて教会にも許可を得られそうだから、許可を出したと言っているのは騎士団なのかもしれない。


「分かりました。じゃぁ、教会の建物自体に異常が起きている可能性が分かったのはここ幾つ陽か(数日)の間で、それが分かったから、遺物管理課に依頼をした、ということなんですね」


「その通り。察しが良くて助かる」


 それならそうとなぜ素直に言わないのか。

 ティベリオは内心そう思ったが、一平民である彼が貴族である騎士様を睨みつけるわけにもいかない。ティベリオは思ったことを胸の内側にぐっとしまい込むと、改めて教会の壁を見つめた。


 一見すればごく普通の石の壁だが、触れれば普通でない、ということは分かる。

 だが、普通でない原因を問われれば、答えることは出来そうにない。

 石本来の状態ではない。分かるのはそれだけだった。


 ティベリオは教会の壁に指先を触れると、そのまま、つつっとその指先を地面に向けて沿わせていく。そして、指先が建物の壁を離れ、地面に触れると、その指先には砂の粒がついていた。


「おかしいのは建物だけのようです。建物全体がそうなのか、ここだけがそうなのか。石は一般的な火山灰混じりの石材で、聖堂も同じ造りをしているはずですから、比較調査は容易ですね」


 立ち上がり指先の砂粒を見せるティベリオを、鞘に入ったままの剣を地面に立てたロメオは興味深げに眺めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >相手の嫌そうな顔を思い出すと、申し訳ないという気持ちはあるが、それと同時に、笑みを浮かべてしまいたくなる。  何だかS風味なロメオ。  そんなロメオに認められた様子のティベリオは冷静で…
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