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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第六章 安寧を望む星たち
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第八十四話 ミナカ隊として

「方法はないけど、そういうことだよ。互いの世界を重ねたままにさせる。

 こんなくそったれな世界を創ったくそったれ野郎を騙しながらやりきる。

 それがミナカの望む世界だ」


 突如出てきたミナカの名に、スサは首を傾げる。

 横を見れば不機嫌そうなミナカの顔が見える。


「ムスヒ隊長の望む世界、ではなく?」


「おい」


「ミナカの、だよ。スサ達には悪いけど、僕はこんな世界、壊れていいって思ってるからね」


 険しい顔をするミナカ。

 その表情の変化を分かっていながら、苛立った声を無視して話し続けるムスヒを見て、ミナカがムスヒの肩を掴んだ。


「まぁ、らしいよな」


 だが、ミナカがムスヒを振り向かせるより早く、スサが零した言葉にミナカの手が止まる。


「どうせまた、「これ以上犠牲を出すぐらいなら」とか言ってるんでしょ」


「そうなったらきっと、より被害を被るのは『ウツロ』の方なんだろうけど。誰も零したくないとか言ってそうだよね」


 ミヤとテルが顔を見合わせると、「いつも通り」とスサの言葉に続いた。


「テメェら」


 ミナカはムスヒの肩から手を離すと、自分の部下達三人の方に向き直る。


「誰も零さない。隊長の口癖でしょ」


 だが、睨んで凄むミナカに「何を今更」とミヤが返す。


「それとも、自覚なかったんすか?」


 ミヤの言葉に呆気にとられたミナカの様子にスサが呆れた顔で零す。


「聞こえてないと思ってたんじゃない?」


 そのスサの言葉にテルが被せたところでムスヒが吹き出した。


「いい部下を持ってるね」


「っるせぇ」


 そう言ってムスヒの後頭部を叩いたミナカのそれは、誰がどう見ても照れ隠し意外のなにものでも無かった。




「それで具体的にはどうするんですか?」


 一人吠えているミナカを横目にテルがムスヒに声を掛ける。


「あちらとこちら、では分かりづらいから、僕らの世界、これを仮に「神の世界」と呼んで、『ウツロ』たちの世界を「女神の世界」と呼ぶとしようか。

 その「神の世界」と「女神の世界」を結びつける楔は大小合わせて二十一ある。この二十一の楔は七つを一つの塊として、世界の三カ所に散って配置されている。そして、それら二十一の楔すべてを打ち付ければ、二つの世界は完全に交わる、と言われている。

 まぁ、誰も確かめたことがないから本当かどうかは分からないらしいけどね」


「神様も……ですか?」


「そう、クラツチ様も他の神様達も。それを確かめることが出来たときには、世界は終わるんだから当然でしょ」


「その世界が終わるってのは、どういうことっすか?楔を打つことで楔の近くの『ウツロ』が無力化されるってことと関係あるんじゃないか、ぐらいは分かるんすけど」


 最初は隊長格だからと言葉遣いを気にしていたスサは、話をしている内に慣れてきたのか、少しずつ言葉が崩れ始めていた。だが、ムスヒはそれを気にする様子はない。


「スサ、君鋭いね。その通り。「神の世界」は生命(エーテル)を欲するから、「女神の世界」のそれを吸い上げる。「女神の世界」は反対に、魔力(マナ)を欲するから、「神の世界」の魔力(マナ)を吸い上げる。楔で世界を近づけたり遠ざけたりすることで、その量が調節されるんだけど、完全に世界が繋がれてしまうと、魔力(マナ)生命(エーテル)は産み出されるよりもずっと早い速度で吸い上げられてしまう。そうすれば、待っているのは互いの世界の生きるものたちの死だ。

 つまり、世界の終わり、だね」


「けれど、全く吸い上げないと、それはそれで世界は終わるんですね」


「そう」


「どうして神様はそんな風に……」


 言いかけて、テルはふと引っかかりを覚える。この世界を創ったのは誰だったか。神や女神だっただろうか。


「ミナカ隊長が望む世界というのは、もしかして神様にとっても望ましい世界なんですか?」


「まぁ、ね。お陰でクラツチ様とはいい関係でいられるよ」


「じゃぁ……」


「そこまで。ほんと、ミナカの部下は優秀だ。ただ、ちょっとミナカの色に染まりすぎてる」


「……どぉいう意味だよ」


 一通り吠えて落ち着いたのか、いつの間にかムスヒの背後にはミナカが立っていた。だが、ムスヒは気づいていたのか、気にする様子もなく振り向き、ミナカに向き直る。


「素直すぎるってことだよ。今話している話は伝承のどこにも伝わっていない。なぜか?」


「……神様にとって都合が悪いからだ、と思っていましたが、それだけではないんですね」


「見方によっては、「神様にとって都合が悪いから」だろうね」


 神様の思う通りにならないから真実を告げない。それは真実の一端だろう。だが、そのさらに先、神様達が描く筋書きから外れた先には、破滅が待つかもしれないとテルは気づいた。ではその破滅は誰がもたらすのか。

 それに気づいた時、先ほどムスヒが言った「くそったれ野郎を騙す」という意味がどういうことかも分かった。


「二十一の楔を打ち、世界を繋ぐことが神様達の本来の目標だったんでしょうか」


「……だろうね」


「二十一の楔を守り切ることが女神達の目標?」


「それはどうだろうね。ある程度の重なりがなければ「女神の世界」も保持できない。それに楔を打たれて始めて女神の「神子」は動くことが出来る制約があるらしい。だから楔が打たれることは決められたことで、そのままにさせないことが女神達の目標なのかもしれない」


「そうなるように世界は仕組まれている」


「……だから、そういう状況が続くことが望まれてるってことだろうね」


 ムスヒは言いながら、人差し指を唇に当てた。それがどういう意味かを汲んだテルは言葉を返すことなく頷く。


 いくつかの楔を打ち付けたまま、その楔を巡って争い続ける振りをする。


 やり過ぎれば互いの世界の魔力(マナ)生命(エーテル)が流れすぎてしまうため、どこかで調整する必要はあるのかもしれないが、その調整がうまく出来るのなら、互いの世界の恩寵は保たれ続け、楔を巡って大きな戦を起こす必要は無くなる。

 それが、ミナカとムスヒが目指す世界なのだ。


「うまく、いくでしょうか」


「うまく、いかせたいよね」


「やりきるさ。神と女神の首根っこ捕まえることが出来るのがこいつだけってのは気に入らねぇけどな」


 言って、ミナカがムスヒの首根っこを捕まえると、そのまま前に押し出した。




「それを踏まえて当面の目標だけど、先の遠征地。『メルギニア』って地域なんだけど、そこの楔はそのままにしておこうかと思う」


「てめぇが戦力を分散させようと色々仕組んでことに当たったにも関わらず、それでも苦戦を強いられた。この先しばらくは警戒されていることを考えると無難な判断だな。じゃぁ、一度戻るのか?」


「ここに戻ってくる第二遠征隊のみんなと一度『キト』に帰ることも考えたけど、その前にやりたいことがある」


「なんだ?」


「第二遠征隊のみんなと一度合流するところまではいい。そこで一度今後の方針を話しておきたい。ただ僕はその後、さっき対峙した女神の「神子」を殺しておこうと思う」


「え?」


 ムスヒの発言に声を上げたのは、ミナカではなくミヤだった。思わぬ場所から上がった声に皆がミヤを見るがミヤは慌てて「なんでもない」と言って黙り込む。

 ミナカはそれを怪訝そうに見つめつつ、後で問えばいいかとムスヒに続きを促した。


「さっきも話した通り、女神は「神子」の命とその殻を通して女神の世界に顕現することが出来る。強力な切り札だけど、その分、女神と「神子」の繋がりは強い。だから、女神の世界には一人の女神に一人の「神子」しか存在しない」


「神も女神も六柱しかいないんだろ?それでどうやって二十一もの楔を守るんだ」


「過去どうしていたかなんてことは興味なかったから僕は聞いてないよ。ただ、女神の世界には、「神子」ほどの力はないけど、「神力」を扱える聖人、聖女と呼ばれる連中がいるらしい。そういうのをうまく使ってたのかもね。まぁそいつらは、「神力」が使えるってだけで、女神の力そのものが揮えるわけじゃない。女神の「神子」には勝てない僕でも、聖人、聖女相手なら勝てるだろ」


「勝てるのか?」


「これでも「神子」だからね」


「いや、聖人、聖女相手なら問題ないのは疑っちゃいねぇ。それよりも女神の「神子」だ。さっきは手も足も出ねぇって言って退いたんだろ。そんな相手に勝てるのか?」


「まともにやりあえば、とも言ったけどね」


 ムスヒが笑みを浮かべ、ミナカは息を吐く。


「分かった」


 ムスヒが出来ると言うのなら、出来るのだろう。もちろんそのための策を練る必要はあるのだろうが、不可能ではないということが分かったなら、ミナカにはそれで十分だった。


「ヤれるのは分かった。だが、そのためにまた遠征地に行くのか?楔には手を出さないとさっき言ったばかりだろう」


「さっきまでいた『メルギニア』の楔には手を出さないし、戻ることもしない。多分彼らもあそこに残ることはない」


「なぜだ」


「あそこにいた神子は光の女神「ラナ」の神子だった。光の女神「ラナ」が守る楔は、本来『アストリア』って名前の遠征地だ。そして、そこの楔はさっきも話した通り、僕がここに来る前に「打って」きた」


「お前がこっちの事情に詳しいのは、以前から「女神の世界」だったか?そこで色々動き回ってたからってのは分かる。で、その『アストリア』って場所の楔を打ち終わっていたから、あの女神の「神子」は既に女神を顕現させてたってぇのか。まさかその「神子」があんなところにいるとは思ってなかっただろうから、仕方ねぇんだろうが」


 その割には普通の女に見えた、と思いながら話すミナカに、ムスヒが掌を向けて話を止める。


「その点についてはなんだかあっちにも他に事情があるみたいで、まだあの時は女神が顕現した状態ではなかったんだ。ただ、いつでも顕現できる状態だったのは事実だ。そうじゃなきゃ僕も退かない。むしろ目の前に未覚醒の「神子」がいるなんて好機、逃すわけない」


「よく分かんねぇが」


「顕現できるのにしないままだった理由は僕も分かんないよ。ただ、そうだったってだけ。とにかく、『アストリア』の楔は既に打ってる。だったら、『アストリア』の楔を元に戻すために、あの「神子」は『アストリア』に戻るはずだ。自分の護る土地を放置したままにしておけば、女神の力の源となる信仰の力も失われる。そうなれば、女神といえども弱体化する。女神としても早期に楔を元に戻したいはずだ」


「女神を信じる力が女神の力の源だってぇのか。だがこっちの神は……」


「信じてるでしょ、神様。望星隊のみんなはその辺りちょっと意識薄いかもしれないけど、他の人たちだったり、精霊達は、みんな神様信じてるよ。ただ圧倒的に信じる力は減ってるだろうね」


「人の数が減ってるからか」


「ご名答」


 ムスヒの言葉にミナカが唸る。純粋な戦力という点で自分たちが不利な立場にあることは、ムスヒから聞かされていた。だが、人としての戦力だけでなく神の領域の戦力すら不利な立場にあるというのは予想の外にあった。そもそも神様なんてものがここまで直接的に関係するとミナカも考えていなかったのだ。


「誰が「神子」なのか分かってて、行き先も予想がつく。こんな好機なかなかない。だから、始末する。時が経てば行き先は読めなくなるからね。ここで確実に仕留めないと、時間が経つほど僕たちは不利になる」


「……それしかないんでしょうか」


 ムスヒとミナカが向き合い話す中で、一人考え込んでいたテルが、ぽつりと呟く。

 その言葉にミナカが唇を噛み、ムスヒは口の端を上げた。


「あなたたちの命と引き換えに、これから先の戦を無くしませんか?そう言って誰が納得する?仮に何人かが同情でこちらの申し出を受け入れたとしても、すべての『ウツロ』と『精霊』達がそれを呑むと思うかい?」


「……そう、ですよね」


 立場を変えれば。自分たちが同じことを要求されれば、素直に呑めるはずがなかった。

 きっとミナカも同じことを考え、それを回避する手段が見つからなかったから、今、何も言えないのだ、ということもなんとなく分かった。


「ここから先、無理に一緒に行動する必要はないと僕は思うよ。それは覚悟を持った者だけで構わない。中途半端な気持ちでついてこられても、もしものときに足を引っ張る可能性があるわけだし」


「いえ、大丈夫です。『ウツロ』や『精霊』が僕たちと同じものかもしれない、そう思いながら遠征地での戦いに臨んでたんです。そのときには、もう覚悟は決めたつもりです」


「……楔を打つよりも早く?」


 ムスヒはミナカを見る。だが、ミナカは頭を振り、苦笑いを浮かべる。まぁ、そうだろうとムスヒは思った。ミナカがテルたちに事前に話をしておくとは思えない。状況が許せば知らないままでいいとさえ思っているはずだ。

 現実が見えているのに、どこまでも甘い。だから、ミナカにはそのままであって欲しいと思い、壊れるのなら自分の手で、自分の目の前で、とムスヒは思う。


「……途中、神の恩寵の光が固まってる集落を見つけたとき、回避することを主張したな。あの時か」


 ミナカが思い出すようにして呟く。


「あの時は確証があったわけじゃありません。強く感じたのは、遠征地の旧跡に攻め入る途中でしたから、『ウツロ』と戦闘に入る前から分かっていた、と言うのは正しくないかもしれないですね」


「そうか」


「でも、覚悟が出来てるのならいいよ。だけど、テル。覚悟を持った上でその望みも持ち続けたいのなら、そうすればいい。それこそミナカ隊の隊員らしい姿だと、僕は思うよ。

 僕には眩しすぎて真似できそうにないけどね」


「理想だけじゃ掴めねぇもんもある。だから、テメェはそれでいい」


 ミナカはムスヒを見ると、ぎゅっと拳を握りしめて呟く。その拳の中に握り締めたものが何かを思い、ムスヒは眩しいものを見るように目を細めた。


「ありがと」


 それはムスヒにしては珍しく、心の底からの感謝の言葉だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ミナカの目指す世界。  それでも犠牲は仕方ないと割り切っているのは、ミナカの強さであるのかもしれませんね。  一方のテルに同じだけの覚悟があるのかは…まだ少し不透明に思えます。 [気にな…
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