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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第六章 安寧を望む星たち
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第八十三話 喰らい合う世界

「それが出来る奴があの場にいたってことだな」


「らしいね。あちらの女神さまが言うんだから間違いないでしょ」


「……会ったのか?」


「「神子」同士が近くにいるとね。道と場が繋がるのかそういうことがあるらしいよ。これまでは女神様同士とか、神様同士とかだけだったみたい」


「女神の「神子」と神の「神子」が顔を合わせることはなかったってことか」


「あぁ……。それも言っちゃっていいかな?」


 ムスヒが僅かに呻くように呟くと、ミナカはテルたちを見る。


「どうせ話すんだ。いいだろ」


「んじゃぁ、遠慮なく」


 そう言ったムスヒはどこか楽し気に見えた。


「互いの世界は予定調和の上で存在してるって話はミナカにはしたよね」


「そうやって互いに延々と命を喰い合わなきゃ生きてけないような世界なら滅びちまえって叫んでたのを「話した」ってんなら、そうだろ」


 楽し気に話していたムスヒの笑顔が凍り付くと、ミナカを睨みつけるような視線を送った。だがミナカは気にしない様子で顎を軽く上げてムスヒに話の続きを促す。


「……まぁ、お互い相手が何者か知らない方が都合が良かったんだよね。

 楔を打てば神の恩寵が溢れ出る。神の加護を持つ「神子」でなければ、耐えることが出来ないから、楔を打つ前には遠征隊は先に帰還する。皆が帰ったら、「神子」は独りで楔を発動させる。楔を発動させ次第、「神子」も帰還。

 あちらの「神子」は楔が打たれるまで「神子」としては動けないらしいから、こちらが楔を打ってすぐに帰還すれば、あちらの「神子」と会うことはない。

 楔を打った後、遠征地がどうなったのか、楔がいつ効果を失っているのか、伝承に伝わっていないのは、伝承させてないから。

 神の「神子」も、楔を打った後に女神の「神子」によって楔を元に戻されてるなんて知らなかったと思うよ」


 神の「神子」が楔を打ち、両方の世界を繋ぐのに対して、女神の「神子」は楔を封じて、両方の世界を引きはがすと言うのなら。


「……じゃぁ、今頃」


 テルの呟きに、ムスヒが頷く。


「さっき打った楔は元に戻されてるだろうね」


「ムスヒ隊長のこのままにするつもりはないってのは」


「楔を抜かれたままの状態にはしておかないってこと」


 続けてスサが放った疑問にもムスヒは頷き、答える。


「二つの世界が交われば互いの世界の仕組みも交わるのか、『ウツロ』と『精霊』の本来の姿が見えるらしい。でもこれまでの楔を巡った争いは、一方的に僕らが彼らを蹂躙し全てを平らげた後に楔を打ってきた。だから彼らの姿を見る機会もなかったし、当然彼らの事が伝わることもなかった。

 知らなければ『ウツロ』はただの『ウツロ』で、単なる獣で、僕らの敵だ。どう言い(つくろ)っても、敵である事実に変わりがないのだからそれでよかった」


「だが、今回は違った」


「そんなことを言っている余裕がなくなったってのが偽りのない事実。サイオ地域やアマメ地域が既に人が住めないほどに恩寵が枯渇していて、そのためにうちで難民を受け入れていたことはみんなも知ってるよね。

 でもね。それだけじゃないんだ。今、まともに人が住めるのは『キト』があるヤヨロオ地域を除けば、フリア地域とユウラ地域しか残ってない。

 ただ知っての通り、二つの地域は、ヤヨロオ地域から遥か遠くに離れた場所だ。僕らが知らないだけで、既に恩寵が枯渇して、人々は死滅している可能性だってある。

 僕らはなんとしてでも、短期間で楔を発動させなければならなかった。それも一つだけでなく、複数の楔を、少しでも長く。

 人が減りって大規模な部隊を組めなくなったにも関わらず、その少ない遠征隊を更に分けなければいけなかったのはそういう理由。

 一つ一つを個別に制圧しようとしたら、他の遠征地から援軍が来るかもしれない。だから複数の遠征地で、なるべく短期間で、楔だけを攻めることが出来るように事前準備を重ねた上で、時機を合わせて戦闘を仕掛けた」


「テメェが単独で色々やってたのもその策の一貫か?」


「戦わずに済むならそれが一番いいからね。遠征地で動ける殻を作って、あちらの「神子」の振りをして、内乱を誘発してみたり、要の人物を排除してみたり、直接楔まで潜入できそうなら、そのための伝手を事前に作っておいたり。さっき話した『アストリア』ってのはそうやって僕が楔を打ち込んできた地域。女神の世界では国、と呼んでたっけ」


 「巧くやったつもりだったんだけどね」と呟き、ムスヒは息を吐く。

 一番被害を出さずに済んだ場所は、一番効果を得ることが出来ていない。

 時間が経てば封印は解けるというが、『メルギニア』でのやり取りを見る限り、素直に期待するわけにはいかないだろうとムスヒは考えている。


「話が逸れちゃったけど、今まで神の「神子」と女神の「神子」が顔を合わせなかったのは、互いの「神子」の仕組みの都合だったり、神様の都合だったり、僕らの戦力が圧倒的優位にあったからだったり、そうしたことが重なった結果。

 でも、今回は戦力の優位性が崩れて、神様の都合というのも少し様相が変わった。結果、互いの「神子」が出会う、なんて事態が初めて起きた。

 で、その初めて起きた出来事の中で、あちらの女神様から警告を受けて、うちのクラツチ様がその警告がはったりなんかじゃないって言ったから、僕もその事実を呑まざるを得なかったってわけ」


「テメェがあった奴が女神を語る偽物だったって線もないわけだな」


「それを疑うと、クラツチ様が偽物である可能性を疑わなければならなくなるし、もっと言うなら、僕のこの発言自体が、全て僕の妄想である可能性まで出てくるね」


「実際テメェは神力を使える。それだけは事実だ」


「……まぁ、ね」


「あの……」


 ムスヒとミナカが言葉を交わし合い、僅かに訪れた沈黙の合間を縫って、テルが言葉を発する。


「なんだ」


「一つだけ、教えて下さい。僕たちは、なぜ戦わなければならないんですか?」


 ムスヒはミナカを見るが、ミナカはムスヒを見返すことなく、テルの目をじっと見ていた。


「何のためにそれを聞く?」


「神の恩寵がなければ生きていけない、そのためには楔を打たなければいけない。それは、今の話を聞いていても事実だったんだろうって思いました。

 楔を打てば、彼らは無力化される。

 言葉は濁していますが、多分死ぬってことですよね。だから、彼らは楔を護るために僕らと戦うんだろう。そう思います。

 これだけだと、僕らも彼らも、自分たちが生きていくために争い合うしかない、そう思います。でも、本当にそれだけなのでしょうか。それだけなら、生きるために戦うしかないなら、お互いの存在を知らないように神様が計らう理由はなんなんだろうって」


「……『ウツロ』という獣に対して、テメェはどんな感情を抱く?」


「『ウツロ』が人だと知れば、躊躇いが生まれるからだと言いたいんですか?」


「違う。恨みだ」


「恨み……」


「『ウツロ』がただの獣であれば、良い感情も悪い感情も、それほど強く大きな感情になることは少ないだろう。特に、狩るべきものとして見ているならな。だが『ウツロ』が人であり、狩るものではなく争うものとなれば、獣にならば持たずに済んだ感情を持つことになるだろう。

 その感情がもたらす余波を、神は恐れたんだろうな」


「……まだ、分かりません。獣であれば持たずに済む感情を、人に対してならば抱いてしまう、それは分かります。ですが、それがもたらす結果として何を恐れているのか」


「やりすぎることを恐れてるんだろうね」


「……やりすぎる?」


「この世界は予定調和の上に存在していると言ったよね。僕たちの世界と『ウツロ』達の世界。この二つの世界は楔によって繋がっているのだけど、同じ地平上に存在しているわけじゃない。僕たちの世界をどこまで歩いていっても、遠征地に辿り着くことはない。今まで「遠征地」と呼んでいたこちらの世界には転移陣でしか辿り着けないし、僕たちとは異なる仕組みで出来上がっている」


「それは……、なんとなく分かりました」


 楔を打つことで世界が重なり、その時だけは互いが認識できる。楔が打たれていない間は、互いの世界は離れて存在していて、異なる仕組みの生命だから互いを認識できない。それがどういう仕組かは分からなくても、そういうものなのだろうとテルは思った。理解したのではなく「感じた」と言っても良いのかもしれない。


「二つの世界は別の仕組みで出来ているけれど、お互いを補い合ってる……らしい。

 僕たちは魔力(マナ)を生きる源としているけど、彼らは生命(エーテル)を生きる源としている。それだけなら、ただそれだけの話だけど、僕たちは魔力(マナ)を生み出すために生命(エーテル)を取り込んでる。その生命(エーテル)は、楔を通してあちらの世界から僕たちの世界に流れ込んでる。

 一方で、『ウツロ』は生命(エーテル)を生み出すために魔力(マナ)で生命の糧を作り出している。直接取り込む僕たちと、間接的に取り込む『ウツロ』と、細かな違いはあるけれど、それぞれの世界の命の源が相手の世界の生きる糧になっているのは一緒だね。

 だから、僕らが生き続けるためには彼らが、彼らが生き続けるためには僕らが必要なんだ」


「だけど、恨みはそうしたことを忘れさせてしまうかもしれない……」


 相手を滅ぼすまで消えることのない恨みが出来てしまうかもしれない、滅ぼせばきっと全てが終わるのだろう、とテルは理解した。


「それで、そういうことがないように、と神様は考えたんだろうね。

 でも、今回はそうやって考えられた営みが上手くいかなかった。僕らは無理をするしかなくて、無理をすれば歪は起きると思ってた。仮に今回上手く乗り切ったからといって、次も上手くいくとは限らないし、これまでと同じ仕組みを組みなおせたとしても、待っているのは周期的に訪れる殺し合いだ。だから、こんなことはもう最後にしなくちゃいけない、そう思ってるんだ」


「……最後」


 楔を打つ。

 世界が重なる。

 それぞれの世界の恩寵が互いの世界に流れ込む。

 楔が戻される。

 世界は再び離れる。

 恩寵が減少する。

 また楔を打つ。


 楔を打つたびに多くの命が失われる。

 その回数を少なくするために、やりすぎないようにするために、今の仕組みがある。

 でもどれだけ少なくしても、0にならない限り、犠牲は出続ける。


「どうやるんですか?楔を打ちこんだまま女神の「神子」に戻されない方法があるとか?でも、そんな都合のいい方法があるんなら、なんで今までそうしなかったのかって思うし」


 言ったスサの顔をムスヒはしばらく見つめると、ぽんと肩を叩いた。


「方法はないけどそういうことだよ。互いの世界を重ねたままにさせる。

 こんなくそったれな世界を創ったくそったれ野郎を騙しながらやりきる。

 それがミナカの望む世界だ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  まさしく楔、なのですね。  なんだか自然の生態系のような感じで。バランスを崩すと歪が生まれるのですかね。  あと色々と…ありすぎて……。  例の神子…そういうことだったのですね。 …
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