幕間 みまもる子どもたち
部屋の大部分を占めるように広がる円卓には、天蓋の外側に無限に広がる暗闇とそれを少しでも埋めつくそうとする無数の光が映りこんでいる。
光が揺らめくたびに円卓の光も揺らめくことで、まるで円卓自身が波打つようにも見える。
その円卓の表面を滑るように手の平で触れるものが居た。
肩から背にかけて星の川のように流れる金の髪と、深海を思わせる蒼の瞳を持つその青年は、円卓の先にある一つの座席を見つめている。
【虚空の底の子どもたち】
幕間 『みまもる子どもたち』
「随分好き勝手に振舞ってくれる」
円卓に映りこむ星の光を、視線の先にある座席に向かって振り払うように指先を動かすと、そのまま後ろを振り返った。
いつからいたのか、そこには少しくすんだ金髪に黒い瞳をした少女がいた。円卓の前に立つ青年の肩ほどの背丈の少女は、青年の言葉に肩をすくめる。
「それは、ラナの神子?それともクラツチの神子?」
「ラナ自身だよ」
青年はためいきを吐くと、すぐそばの円柱型の席に座ると足を組む。紫紺の布地が垂れ下がり、隙間からは磁器のように白い柔肌がのぞいていた。
「はしたないよ、レアラ」
それを見て、今度は少女がためいきを吐く。こういう性格だから、彼女の神子になるものは男性であったり、男勝りの女性であることが多いのではないだろうか、とそう思う。
「体裁を気にしてなんになる」
「あなたを慕う者が増えるわ」
「どうせ見えやしない」
「神子として振舞うときにもそのままの振る舞いになるから、言っているのでしょう」
「それこそ、気にしてなんになる」
レアラと呼ばれた青年は鼻で笑うと、少女を見下ろすようにして立ち上がった。
「とは言え、立場はわきまえるよ。フルークがお膳立てしてくれたお陰で、今回は随分と楽に立ちまわれそうだからな」
「私もそのおこぼれにあずかっているわけだけど」
同じ立場であるにも関わらず、見上げなければならない状況が腹立たしく、少女の脳裏に一瞬座席に立ち上がる自分の姿がよぎるが、先ほどレアラに「体裁を気にしろ」と言った手前、まさか自分がそのようなことを出来るはずがなかった。
仕方なく、真上を見上げずに済むように、僅かにレアラから距離を取ることにする。
「それで?ラナの何が気に入らないの?彼女は宣言通り、彼女の神子には自ら介入することはせずに、ただ静観しているだけなんでしょう?」
「代わりに、聖女の方には随分口を出しているようだがな」
「それだって、そこまで異例というほどでもないでしょう?」
「そうかな?」
まだ自らが聖女である自覚の無い者であるならば分からぬでもないが、既に聖女としての自覚があるものに声を掛けることはあまりない。
皆無でないなら異例ではない、というならば、異例とは呼ばないのだろうが。
「フリウとて、分かっているのだろう?」
「ラナがあの神子と聖女を特別視していることは皆知ってることだけど、分かるのはそれだけ。レアラが、ラナの何が気に入らないのか分からないというのは、言葉通りよ」
フリウと呼ばれた少女は、鼻息荒く、腕を組んだ。
「なぜ、クラツチの神子を見逃したと思う?」
不機嫌そうな表情を浮かべるレアラを見て、フリウは「あぁ」と息を漏らすように呟いた。
「ラナの神子に干渉しすぎないため、でしょ」
「本当にそう思うのか?」
「思うわ。それが全てではないとも思ってるけどね」
「では、それ以外に何があると思うんだ?」
レアラは数歩後ろに下がると、そのまま円卓に半ば腰を掛ける。
「またぁ」とフリウが呟くが、レアラは気にする様子はなく、フリウもそれ以上注意することは止めた。
「ラナが何を考えてるかなんて分からない。昔っからね。ただ、この先たとえ虚界からの魔力の流入が減少しようと、空界から生命の流入が減少しようと、ラナは自らそれに干渉することはない。彼らが楔をどうしようとも。その言葉に嘘はないでしょう」
「今回、楔があちら側に引き込まれたのを元に戻したのは?」
「そのままにするとお気に入りが死んじゃうからでしょ?あの子たちが、あの時あの場所に向かうように促した様子はなかったのだから、あれは単なる偶然でしかない」
「だが、フリウも思うところはあるわけだ」
「ラナの行動に思うところはなかったわ。ただ、クラツチの神子の言動が気になっただけ。そう思うと、ラナにも何かあるのかも、と思ったぐらいよ」
「なるほど。フリウもそこに引っ掛かるのか」
「……ラナの言う通り、今回はあまり干渉すべきではないのかも、と思うこともあるわ」
「だが、見過ごせば私たちの子は地に呑まれるばかりだし、程度が過ぎれば全てが終わる」
「それは、クラツチだって分かってるでしょう。その上であの神子を止めないのなら、それは何か理由があるのでしょう?」
「だから、ラナも見逃した、と」
「それが一番納得出来るってだけだけど」
レアラは満足げに笑みを浮かべると、フリウに近づきその頭を撫でる。
「だが、私は私に与えられた役割を果たすよ」
「そのために私も巻き込んだんでしょう?」
「フリウが傍にいたのは偶然だ」
「……どうだか」
「知ってるだろう?私たちが神子に明確に干渉できるようになるのは、空界が虚界に引き込まれ、私たちのいるこの場所と重なりあったその時からだと」
「そうね」
「此度、神子を動かせるのは私たちぐらいしかいない。他はクラツチの神子にいいようにやられたからな。このままフリウの神子を放っておけば、たとえ保護されていたとしても、狩られる可能性はあったのだから、先駆けて神子に動いてもらったことぐらい大目に見てくれ」
「……本当、どうしてこんな役目を与えられたのかしら」
「大神を恨んだところで何も変わらないだろう?」
「それで変わるのならいくらでも恨んでやるわよ」
「……違いない」
レアラは笑うと、部屋の端の天蓋に向かって歩み寄りそのまま姿を消す。
フリウはそれを見届けると、小さく息を吐き出す。
「今回も落ち着くところに落ち着いてくれたらいいのだけど」
言うと、彼女もまた、その場から姿を消した。
幕間 『みまもる子どもたち』 了




