第五十三話 帝都防衛長官
2023/04/27
軍事顧問の名前が誤っていたので修正。
正しくはイリアスです。クライブはギルド長でした。
ご指摘ありがとうございました。
招き入れられた部屋は、建物の大きさからすれば小部屋という程度の広さだった。扉の装飾や壁面に飾られた盾などは、さすがに皇城の中にある建物といった造りで、一つ一つに細やかな細工が施されていたり、使われている素材が珍しいものが多く見られた。しかし、華やかさに欠けており、来賓を招くための部屋といった様子ではなかった。
部屋の中央には縦に長い楕円形の卓と、椅子が七脚ほど置かれていた。部屋の最も奥、上座に一脚と左右にそれぞれ三脚ずつで合計七脚。あとは椅子の後ろに数名が立てる空間が残されている。その程度の広さの部屋だ。
この部屋広さを予め知っていたのか、ガイと共に訪れたブルートとマルクスは、部屋の中には入らず、部屋の扉の前で衛兵役を買って出ていた。
フアン達が入室し、椅子を前にして立っていると、彼らが入室した扉とは反対側の扉が開き、そこから一人の男性が姿を現した。
白銀に僅かに黒が混ざった髪に、漆黒の瞳をした男は、フアン達をこの部屋の案内した男性に似た黒の長衣を纏っていたが、先ほどの男性と異なり、襟元や袖口にも細かな刺繍が施されていて、明らかにそれが先ほどより高価な衣服であることが見て取れた。
男の姿を目にしたガイが無言で目礼したため、フアン達も合わせて目礼をする。
その間に男は椅子に腰を掛けると、円卓の上で両手を組んだ。
「まぁ、まずは座ってくれ」
男がそう声を掛けると、彼の右後ろで控えていた付き人、先程フアン達をここまで案内してくれた付き人に向けて片手を上げる。
付き人はそれに気づくと、男に目礼して部屋を立ち去った。
男の言葉に従って、ガイが席につくのに合わせて、フアン達も席につく。
「帝都防衛長官サビヌスだ。遠路ようこそ、というべきかな?」
フアン達に向けて掛けられた声に、フアンが再び席を立つ。
「『アストリア』ギルド本部所属 フアン・レイナーと申します。サビヌス閣下にお目にかかる機会をいただき光栄です。
こちらは同じく『アストリア』の傭兵ギルド本部所属のレツとシン、それからアンです」
フアンの言葉に合わせるように、レツ、エレノア、フェリが席を立ち、礼をする。
座ったままそれを見届けたサビヌスは、右手を前に出し手の平を下げて座るよう促した。
「君たちは正式な国の使節でもなければ、国の名を負う立場でもないし、我が国の軍属でもない。ここでは私の客人として、ごく普通に振る舞ってくれればいい」
「ご配慮ありがとうございます」
それも無用だ、とでも言うようにサビヌスは軽く手の平を振ると、再び胸の前で手を組み、視線をガイに移した。
「それで、この客人と関係する報告があると聞いたが」
「国境砦からこちらに帰還する最中、砦からおよそ一つ陽程度の『ゲラルーシ』山脈中腹にて、『ウツロ』の群れと遭遇しました」
「……『ウツロ』か。それだけならば直接報告を要するものでもないだろう。それで?」
「群れは四体。いずれもこれまでに遭遇した四足の獣のような姿ではなく、二足直立、人と変わらぬ姿をしておりました」
「人型の『ウツロ』か」
「またその戦闘力もこれまで遭遇したものとは一線を画しておりました。ここにいるレイナー殿が不意をついて三体を仕留めましたが、『ウツロ』がこちらに気づき戦闘に入った後は、レイナー殿と我が隊のウィプサニアの二名であたり、ようやく一体を撃退出来たという状況です。最初から四体と戦闘状態に入っていた場合、ここでご報告を行うことは適わなかったかもしれません」
サビヌスはガイの報告を手で制すと、フアンに視線を移す。
その仕草に、フアンは小さく喉を鳴らした。
「……これは私が礼を失したか。レイナー殿は魔術士だったのだな。しかし、「赤い牙」のアル殿以外にもギルド付きの魔術士がいるとは。『アストリア』傭兵ギルドの陣容の厚さは他国の我々から見れば羨ましい限りだ」
やっぱり引っ掛かるよな、とフアンは胸中でごちる。
正式に問われれば問題のある身分だけに目立つ事を避けてきたが、先の『ウツロ』との遭遇で魔術を使わないという選択は採れなかった。そして、魔術を行使するところを見られたからといってその場から逃亡すれば、今後『メルギニア』で行動することが不可能になるだけでなく、『メルギニア』との協力関係にも問題が起きる可能性があった。
目撃したガイ達を亡きものにする、なんていうのは論外だ。そもそも、力量からしてフアンたちが勝てる要素は無かったわけだが。
――問い合わせがギルド長あたりにいけば、うまくかわしてくれないだろうか。
日頃はこちらの手の内を分かった上で面倒事ばかり押し付けてくる厄介な人物、それが『アストリア』傭兵ギルドのギルド長だ。だが、だからこそこういう時には誰よりも頼りになることも分かっていた。
そう思えば、面倒事を押し付けているのはお互い様なのかもしれない。
――そうするか。
ここまでくれば開き直るしかない、とフアンは腹を括る。普段は箱の隅から隅まで突くようにして、自分の考えの粗を探すフアンだが、割り切ってしまった時の行動は早かった。
円卓の下で膝の上に置かれていた手の平を固く握りしめ、フアンは口火を切る。
「これは閣下の胸の内にしまっておいていただきたいのですが、「赤い牙」アルが表の顔ならば、私は裏の顔、公には秘匿された存在です。
普段、魔術士は協会から出る機会は少なく、魔術士という存在も、魔術協会も、一般民からは謎に包まれて気味悪がられる存在だ、というのは、閣下も感じられていることではないでしょうか」
発言の許可も取らず、突然話し始めることは無礼にあたるだろう。だが、先の客人発言もあるからか、続けてよいか、という意も込めて一度言葉を切ったフアンに対し、サビヌスは無言で頷きだけを返した。
「アルはそんな不気味な魔術士という存在を、傭兵活動という形で民に知らせるための役割を持っています。魔術士とは人を救う力を持つ、強き存在である、と人々の目に触れさせる、魔術とは何かを民が知り、魔術協会に正しく加入させるための筋道を作っているのです。
一方で、魔術の力を知った上でそれをひた隠しにし、協会の目を逃れながら、その力を不正に使っているものたちも残念ながら存在します。そうしたものを民の中から炙り出すこと。それが私の役割です。
民の中に紛れた魔術士を見つけるには、民と触れる機会が少ない魔術協会の活動では難しい。
そこで民からの支援要請という、多くの情報が入手できる傭兵ギルドと協力することが考えられました。アルという前例があったから可能であったとも言えます。
しかし、私の役割の性質上、私が魔術士と知るものは非常に限られております。ここにいる私と共に仕事をする者たちと、『アストリア』のギルド長、それから『アストリア』の魔術協会長だけです。
お問い合わせ頂くとしても、万が一漏れることがあっては困りますので、直接ご確認いただくよう配慮願えたなら幸いです」
『困るのが半分です』。
ガイの脳裏に、以前『ゲラルーシ』山脈でフアンと会話した時の言葉が思い出されていた。
なるほど、中途半端な立場の人間にフアンのギルド内の役割を説明するとなると、そのあとの対処に困るわけだ。確認をするとしても、ギルド長に問合せが出来る人間でなければならず、ギルド長に直接問合せが出来なければ、問合せのために、更に別の上役にフアン・レイナーという人間の説明をする必要がある。
自国で秘匿している事項が他国では秘匿事項ではなくなっていく。自国の立場としては困るわけだ。
話を聞いているシンの反応を見る限り、どこまで事実かは疑わしいものだが、あの時の言葉の内容と今の発言は合致していた。
他の二人が反応していないところを見れば、「シンが素直すぎるので、これまで全ては話していなかった」、という事も考えられる。そこまで思考が及んで、思わず笑みを浮かべそうになり、思考をフアンとサビヌスの会話の方に切り戻すことにした。
「……なるほど。国民の声に対して様々な雑用までこなす『アストリア』の傭兵ギルドならではだな。我が国でも見習うべき点ではある」
サビヌスは組んだ手に顔を寄せるようわずかに前に屈むと、目前のフアンのその瞳を凝視する。
サビヌスに自らの嘘が看破されれば身の破滅の恐れがある。心理的には「敵」ではないものの、実利上の「敵」と見做していたフアンは、自らの心の奥を見抜こうとするサビヌスのその目を逆に射抜こうかと勢いで見つめ返していた。
「『メルギニア』の国防大臣は傭兵嫌いと伺いましたが、そのような要望は受け入れられるのでしょうか」
だが、サビヌスの凝視はフアンのその言葉で崩れた。不意に視線が和らいだかと思うと、突然噴き出したのだ。
あまりに突然のことに、フアンも戸惑いの目でサビヌスを見つめる。
「何か、失礼なことでも」
「いや、私も以前、国防大臣に同じ事を尋ねたことがあったことを思い出してな」
「……大臣はなんと?」
「私が嫌いなのは我が国の傭兵どもだ、と」
――それは、どう反応するのが正解なのだろうか。
フアンが逡巡していることを見透かしたように、サビヌスは笑みを浮かべる。
「『アストリア』の傭兵は団として統率が取れ、国との連携も強固だ。その上で、傭兵として、国を越えての支援の為に柔軟に活動することも出来る。我が国の傭兵ギルドも是非そのように傭兵団を動かしてもらいたいものだ。
あぁ。話が逸れたついでだが、先日、「赤い牙」の傭兵団が訪れていることを聞き、大臣自ら支援を要請した、という話を聞いたな」
「「赤い牙」がですか!?」
――国防大臣が傭兵団に依頼したことは驚かないのだな。
脇で聞いていたガイがそんなことを考えたが、直前に国防大臣の傭兵嫌いについて質問していたことを考えれば、「国防大臣が「赤い牙」と接触した事を知っていたのでは」、と思うのは考え過ぎなのかもしれない、と思い直した。
驚きの程度の差であり、彼にとっては「赤い牙」が今、ここにいる事の方が意外であったのだろう。連絡の時間差によるものか、意図的に秘匿されていたか、フアンの立場から知るべき内容ではない仕事内容を受けてこの国に来たか。
「……まさかもう戦が?」
ガイがそんなことを考えていると、フアンが不穏な言葉を口にした。
「戦……とは?」
サビヌスも同様に感じたのか、その声に少し剣呑な色が混じる。
だが、フアンはそれに気づいていないのか、それとも気づいていて問題ないと考えているのか、平然とサビヌスを見つめ、話し続ける。
「私の役割などという本来の目的と異なる話をしてしまったことはお詫びいたします。
その上で改めて本題に入らせていただきます。
本日、私どもは、閣下に『ウツロ』に対抗する為のご協力をお願いにする為に参りました。ガイ……ウス殿にはその橋渡しをしていただいたのです。
先程私は、隠れた魔術士がいないかを調査する役割を与えられている、と申しましたが、現在はその「調査能力」を買われて別の任務に就いておりました。それが『ウツロ』の発生源に関する調査です」
「我が国がそうだと?」
「『メルギニア』国が、というわけではなく、その境界線である『ゲラルーシ』山脈付近が怪しいということで調査を行い始めました。その際、『ウツロ』の調査をしている、と公に話をするわけには参りませんので、近隣の村々で傭兵の仕事の傍ら情報収集を行っていたのです。その中で、皇弟を擁した内乱が企てられている、と推測される情報をいくつか耳にしたのです」
「……興味深いな」
「警戒されずとも、閣下には既に報告が上がっていると考えております。この情報は、私から『メルギニア』ギルドのギルド長に報告を上げておりますし、その場には、軍事顧問のイリアス殿もいらっしゃったので」
「……なるほど、あれはレイナー殿が情報源だったのか。傭兵ギルドからの報告としては珍しく有益だと思っていたが。本当に『アストリア』の傭兵は優秀な人材が多いな」
「恐縮です」
サビヌスは、目の前の少年がどこまで計算して話をしているのかを測りかねていた。だが、今の情報から「赤い牙」が都合よくこの地を訪れていた理由は、おそらくこのフアンという少年が、『メルギニア』の内情を『アストリア』の傭兵ギルドに報告した結果ではないかと考えられた。
それだけを考えれば、国益を損なう立派な偵察行為であり、そう捉えられたなら、彼らの立場は客人から一転罪人である。それを分かっているのだろうか。
今のところ、『アストリア』は日常的な警備、護衛任務の範囲を超えるような兵の動きはないと聞いている。ならば、『アストリア』傭兵ギルドは、報酬という私欲はあるものの、ある種善意で『メルギニア』に都合の良い兵を派遣してくれた事になる。
だが、そんなことはあるのだろうか。
「閣下には信じていただくより他ないのですが、我々『アストリア』傭兵ギルドは、これより起こる天地崩壊に対して、国を越えて協力せねば乗り越えることは出来ない、と考えております。
そのため、『ウツロ』の情報は勿論のこと、国として力を合わせることが出来るよう、そのための支援は惜しまないつもりなのです。
閣下。どうかこの国の民たちの為にも、我々と共に『ウツロ』の発生源を探し、その存在を根絶するためにご協力いただけないでしょうか」
フアンと名乗る少年の言は、為政を預かる身としては素直に信じがたい言であった。
理想を言葉にすればこのようになるのだろうか、と思える。今の自分からすれば少し眩しすぎる言葉でもあった。
だが、同時にそれは確かに考え得るべき事柄でもあった。
「それが先の報告に繋がるわけか」
ずいぶん話が逸れてしまったが、結論としては繋がった。
部隊の中でも『ウツロ』との戦闘経験が最も多いガイウスの部隊、その主力であるウィプサニアを以ってしても、一体の『ウツロ』に対し複数人で当たらねばならなかったという事実。これまでは、一人の魔術士で複数の『ウツロ』を討伐出来ていただけに、保有戦力でも十分に勝てると踏んでいたが、その考えを改めねばならなかった。
ここしばらく姿を現すこともなく、その脅威がどれ程間近に迫っているのか判断するにはまだ情報が足りなかったが、内乱で兵力を損耗している状況ではない、ということは確かだった。
兵の損耗については元よりそのつもりであったが、実利の面においてより重要な事柄となった。
「私一人の判断で、国としての回答は出来ないが、検討はさせてもらおう。そう長く待たせぬ内に回答する」
「ありがとうございます」
サビヌスの言葉にフアンは息を吐く。
『メルギニア』傭兵ギルドとは異なり、明確な協力関係は望めないだろうが、それでも、国の防衛に関わる為政者と面識を持つことができたということは、フアンにとって大きな成果に思えた。




