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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第五章 流れ落ちる水のように
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第五十二話 帝都防衛長官付

 巨大な魚の形をした雲が空に浮かんでいたかと思うと、その魚に率いられるようにして、薄くたなびく雲を先頭に、小さく細かなウロコ雲達が後を追っていく。


 城壁に囲まれた街の中ではあまり感じられない風が、空の上では強く駆け抜けているのか、青い空の波間を縫って泳ぐ魚たちの動きは速い。


 まもなく、光星が中天に差し掛かろうとする時間になっていたが、帝都メラノの街中は常と違って、人の通りもほとんど見られず、静まり返っていた。


「何もすることなく、ただ待つだけ、ってのも辛いもんだな」


 傭兵ギルドの近くにある食堂で早めの昼食をとっていたレツは、人の少ない通りを眺めながら呟いた。


「仕方ないよ。今の僕たちには出来ることが何もないんだし、今のこの状況では自由に帝都を出入りすることも出来ない。聞いた限り、事は大事になる前に終わるって話だし、僕達はそれを信じて待つしかないよ」


「……そうだな」


「こんな風にのんびり出来るのも、ギルド長の手回しの良さのお陰なんだけど、僕たちのお迎えに来ただけのはずの「赤い牙」の人たちが、今頃、前線でこの戦の早期終結のために頑張ってくれてるんだって思うと、こんな風にしていていいのかな、って思いたくなるのは、分かるけどね」


「ウィルさんあたりは、「絶対後で追加料金請求してやる」って吠えてそうだよな」


 レツの言葉に、フアンは「そうだね」と言って、笑みを浮かべた。

 『アストリア』からの迎えが来ている事実と、しばらくは帝都から動くことが出来ないという事実を聞かされたのは、フアン達が帝都メラノに戻ってきた翌()のことだった。


△▼△▼△


 フアン達がガイ達と共に帝都メラノに戻ってきたのは、今から8つ陽()ほど前、土の昇神節 25のことだ。


 ガイに率いられ、フアン達が帝都を再び訪れた時、道の中央には人を乗せた幌馬車や荷馬車が行きかい、その脇を荷車を引く人や数多の通行人が歩く、いつもの帝都がそこにはあった。その光景はフアン達が帝都を去った時となんら変わらない筈であったが、そこにどこか得も言われぬ違和感を感じたフアンは、無意識のうちにガイに視線を送っていた。


 ガイも同様の違和感を感じていたのか、眉間に皺を寄せ、どこか遠くを見るように目を細めていたが、フアンの視線に気付くとその表情を和らげる。


「どうかしたのか?」


「……人の流れが少し慌ただしい気がしたので、何かあったのかと」


 それは、フアンにしてみれば意識して出た言葉ではなかったが、言葉にしてみると不思議と腑に落ちた。慌ただしい、何が、と問われれば、はっきりと言葉には出来ないが、確かにそう感じたのだ。


「なるほど」


 ガイはそれだけ応えると、フアンの問いに答えることなく再び周囲に視線を走らせる。だが、何かに思い当たったのか、それもすぐに止め、再びフアンに視線を向けた。


「これから向かう先に行けば、自ずと分かるかも知れん。まずは先を急ぐ」


「……はい」


 これから向かう先、それは『ゲラルーシ』山脈で『ウツロ』と遭遇したあの日にガイが言った「帝都の防衛で一番偉い人」とやらの居る場所だった。

 それが誰であるかをガイは頑なに教えようとはしなかった。

 そのことについてフアンはアギィにも尋ねてみたが


「近頃はこういう下らない遊びに付き合ってくれる隊員が少なくなってしまったので楽しんでいるのです。申し訳ありませんが、付き合ってあげてください」


 図体と頭は大きくなりましたが、心は子どものままなんです、と付け加えられ、フアンは苦笑いするしかなかった。

 悪意があるわけではない、その点については信じるしかなかったし、彼らを信じないとするのであれば、『ゲラルーシ』山脈で相対したあの場で決着を付けておくべきだった。

 そうしなかったのは、『ウツロ』を討つために協力するという点においては、ガイ達を信じると、そう決めたからだ。

 それでも行き先が分からなければ不安になるのは、人である以上仕方のないことだった。




 そんな不安を抱えたまま、フアン達が連れてこられたのは帝都メラノの高台に位置する皇城メラノの城門だった。

 街の中央通りを抜け、北側の城に向かう大通りを歩き始めた頃から、そうではないか、と予測は出来ていたが、それでも、いざ目の前にすると、巨大な城門と城壁から感じる威圧感は、それだけで押しつぶされそうにな力を持っていた。

 皇城メラノは『メルギニア』の中央政府機関が集約された『メルギニア』の心臓部とも呼ぶべき場所であり、また『メルギニア』皇帝の居住する館もこの中にあるとされている。同じ『メルギニア』の国の人間ですら、足を踏み入れることが許されるのはごく一部に限られているような場所に、他国の一民間人が足を踏み入れるなど、畏れしかなかった。


 3神節(9ヶ月)ほど前に交易品を届ける任務で帝都を訪れた際も、護衛任務は帝都までであり、そこからは帝都の護衛軍に護衛任務を引き継いだため、ここまで間近で皇城を目にするのは、フアン達全員初めてのことだった。


 その皇城の城門前で、門を守る衛兵とガイが何やら会話をしていたかと思うと、しばらくしてフアン達の元に戻り、「至急でないなら翌()の午後に来い、とのことだ」と告げ、先を歩き始めた。



 その()は、「先に片づける用事がある」と、ガイ達はその場で別れ、翌()の午後、再度皇城に向かう道で落ち合うこととした。


 そうして迎えた翌()、今度はすんなりと城門横の勝手口からの入城を許可されると、フアン達は初めて皇城の城内を目にする。


 城門からまっすぐ続く通路は、全てに石造りの屋根がつけられ、雨風を防ぐ作りとなっていた。正面には大きな円形状の建物が建ち、両脇からは隣接する建造物に続く通路が繋がっている。

 正面の建造物まで続く通路の両脇には、木々やため池、小川が流れており、これだけの人工物が立ち並ぶにも関わらず、まるで自然の中に建てられた建物のようでもあった。

 通路はそうした景色を楽しむことが出来るようにするためか、格子状の窓が設けられており、時折、通路を通る人影を目にすることが出来た。


「格子は通路に対して斜めに作られているから、真横からは人の顔まで判別することは難しい。もう少し内側にいけば、開けた通路もあるらしいが、この辺りは防備の関係で無骨な造りになっている」


 建物の造りを凝視していたフアンに気づいたからか、いつの間にか隣に立っていたガイがそんなことを話始めた。

 フアンが驚き、ガイを見ると、予測通りとでも言った表情で、ガイは笑みを浮かべた。


「他国の使節も足を踏み入れる場所だ。入城を許されたものにならこの程度のことは話しても問題ない」


「……ありがとうございます」


 自身の心情を手に取るように読まれている事に悔しさを覚えながらも、純粋な好意であることも分かり、フアンは素直に礼を言った。


「俺たちが向かうのは、正面にある議場だ。被選挙権を持つ一般市民から選ばれた一般議員と各地の領主の代行である元老院議員で構成される議会の会議が開催されるのが、あの議場だ。時には各地の選帝侯と首相、宰相と皇帝が集う選帝侯会議が開かれることもある」


 ガイが指さした先にあるのは、城門からまっすぐ続く通路の先にある円形状の建物だった。一般市民でも、議員として選ばれれば、ここまでは入城できるということだ。

 そして言い換えれば、ここまでが一般市民が入城を許可された場所、ということなのだろう。

 それより先にある建物は、領主や選帝侯、そして皇族のみしか入る事が出来ないからこそ、より奥の通路には、もう少し開けた通路もあるのかもしれなかった。


「楽しそうですね」


 皇城の建物や造りを説明しながら歩くガイを後ろから見ていたアギィが笑みを浮かべる。


「誇らしいんじゃないですか?この城が」


 ガイが何かを答えるより先にフアンがそう答えると、ガイは突然足を止めた。ちょうどアギィに視線を移していたフアンは、それに気づかず、ガイの背中に顔をぶつける。


「ぶっ」


 何かが踏みつぶされた時のような音を漏らしながら、フアンは右ほおを押さえて立ち止まり、ガイを見上げる。


「どうか……」


 言いかけたフアンの頭にガイの手のひらが乗せられる。自分自身、どういうつもりでそういう行動を取ったのかが分からないのか、その手を一度見つめると、その手を握りしめようと僅かに指を動かしかけて、思いとどまり、そっと手をどけた。


「いや……、なんでもない。ありがとう」


「……?どういたしまして?」


 よく分からないままフアンが返事をし、ガイはそれに答えることなく歩みを再開した。その後、目的地に着くまで、ガイが何かを語ることはなくなったが、彼の顔には穏やかな笑みが浮かべられていた。



 議場に足を踏み入れると、額が露になるように整えられた茶色の短髪の男性が立っていた。上下一帯となった黒い長布の服を身に纏い、服の袖口は幅広く、袖の内側には鮮やかな色彩で彩られた糸で形作られた刺繍が見える。

 肌着に短い袖口の上着と踝までの下服が一般庶民の服装であるなら、その男性が身に着けていた服は明らかに上流階級の者が身に纏う服装であった。


「帝都防衛長官付特別部隊隊長のガイウス・キンナだ。サビヌス様にお目通り願いたい」


「伺っております。どうぞ」


 男性は、ガイが引き連れてきた者たちを値踏みするような目で見渡した後、通路の先へと促すように手を奥へと差し出した。

 その時、ガイを見つめる視線だけがなぜか柔らかく見えたのは何かの見間違いだろうか、とフアンは少し不思議に思いながら、同時に、ガイがやはり『メルギニア』国軍の人間であったこと、想像していた中でもかなり上の人間との繋がりがあったことに対して意識を持っていかれ、その視線の意味を深く考えることが出来ずに、促さるままに奥へと向かった。

意味ありげに書いていますが、

最後に出てきた男性のガイに対する視線には、

「物語上は」あまり意味がありません。


だから気にするだけ無駄なんだよ、フアン。

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― 新着の感想 ―
[一言]  明らかになったことと、わからないままのこと。  フアンくん以上に首を傾げつつ。  あ、でも。フアンくんにはわかりようのないこと、ひとつだけわかりました!!  許容範囲の広いお方でよか…
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