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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第四章 星は空ろな命と踊る
55/172

第五十話 シセン

2023/04/17

 指摘を受け下記表現を修正。話の展開に影響はありません。


修正前

『建物の入口の扉の意匠、それらはどれも異なっているようにも見え、確かに前に進んでいるのか、同じ場所をただ巡っているのか、錯覚に陥りそうにもなる。』


修正後

『建物の入口の扉の意匠、それらはどれも異なっていながら、直前に目にした色形のようにも見え、確かに前に進んでいるのか、同じ場所をただ巡っているのか、錯覚に陥りそうにもなる。』


 ご指摘いただきありがとうございました。

 東門を抜けた先に立ち並ぶ建物群は、『ウツロ』に占拠され、人の姿を見なくなって久しい、というにはあまりにも整然としていた。


 東門から続く大通りという名が付けられていそうな広い道の両脇には同じ大きさに揃えられた煉瓦が積みあがった二階建ての建物がいくつも立ち並んでいる。くり抜かれた窓には、雨風をしのぐ為の布が垂れ下がり、時にそれは風に揺れると、僅かな隙間から神の恩寵の光が顔を覗かせることがあった。


 身動き一つしないそれが、神の恩寵の光なのか、それとも精霊と呼ばれる類のものなのか、その一瞬で判断することは難しい。


 軒先には水を蓄えた大きな壺や、入り口の脇には薪に使うのか、薪の山が重ねられている様子も見て取れる。

 その一つ一つがどれもつい先ほどまで人がそこで生活をしていたかのように見て取れた。


 楔の打たれた旧跡は、およそ八百神期()の昔に起きた大戦においても激戦区となり、その地に居たほとんど全ての命と魔力(マナ)が失われたと言い伝えられている。


 それ以降、魔力(マナ)の失われたその地で人が生きていくことは難しく、誰も住むことのない不毛の地となった。


 人々をその地から逃し、新たなる新天地に導くための転移陣を生み出したのが、当時の神から力を受けた神子達である、というのが、望星隊の地に伝わる遠征地にまつわる伝承だった。


 文明の大半は旧跡と共に歴史の彼方に失われ、人々は文字通り新たな歴史を作り始めた、という。


――数百神期()もの間、時が止まったままのようなこの遺跡を見ると、記された歴史は事実だと信じたくなる気持ちもあれば、疑いたくなる気持ちもある。


 左右にある建物に僅かに視線を走らせながら、ヤマチは通りを駆け抜ける。そのヤマチの後ろを第一小隊の面々が続いていた。


 門を越えた先で見かけた数体の『ウツロ』を霧散させた後は、しばらく『ウツロ』の姿も精霊らしき光も姿を消し、正面にはただ渦巻く白と黒の光の渦が神々しく、だが、どこか不気味に輝いていた。


 それからどれほどの時間を駆けたのか。


 立ち並ぶ建物は、どれ一つとして同じものはないようにも見えながら、軒先ではためく布の色、建物の中に直接光星の光が射しこまぬようにする(ひさし)の形、建物の入口の扉の意匠、それらはどれも異なっていながら、直前に目にした色形のようにも見え、確かに前に進んでいるのか、同じ場所をただ巡っているのか、錯覚に陥りそうにもなる。


 それでも確かに自分たちが目指すべき場所に近づいていると思えたのは、進むほどに楔を取り巻く光の輝くが強く、太くなり、光が吸い込まれていく建物は徐々にその姿形がはっきりとしてきたからだった。


 白と黒の光が吸い込まれていく巨大な三角の屋根を持つ建物が間近に見えてくると、まっすぐに続いていた道と交わるように、同じ幅の道が左右に続く、大きな十字路が視界に入った。

 目指す建物はその十字路を過ぎた少し先にある。


 ここを抜ければ、そう思い十字路に差し掛かった時、ヤマチは突然、身体の感覚を失った。

 数瞬後、旧跡に建つ建物ごと吹き飛ばしそうな強風がヤマチ達を襲う。

 その風の出どころ、旧跡の北側に位置する高い丘の建物に向かって続く道の先に視線を向けると、道を埋めつくす『ウツロ』の群れが、じっとこちらを見つめていた。

 ヤマチにも『ウツロ』の表情が見えたわけではない。ただ、こちらを見つめている、とヤマチはそう感じ、そのまま意識を手放した。




 小高い丘に続く道を埋めるように並んだ『ウツロ』の群れは、十字路に現れた第一小隊に向けて一斉に風の刃を放った。

 その一つ一つはヒノのような隊長格が放つ刃と比較すると比べるまでもなく、細く弱い刃だったが、それらの刃が横殴りの雨のように降り注ぎ、第1小隊を切り刻むために襲い掛かる。


 その最初の幾つかは、予め隊を守るために張られていた風の盾により防がれたが、幾つかの刃が盾を裂き、続く刃が風を裂き、更に降り注ぐ刃が隊員達の身体を裂いた。


 小隊の一人カガミは、刃が風の盾に接触した音の違和感に気づくと、すぐさま自身を覆う風の膜を張りながら、左手にある建物の庇に飛び上がり、そのまま二階建ての屋根の上に駆け上がった。


 そうして目にしたのは北の道の一角を埋めつくした『ウツロ』の群れ。その後方には更に無数の精霊が存在し、北側の建物の屋根の上にも何体かの『ウツロ』の姿が目に映る。

 正面だけでなく頭上からも狙い打たれるとなると、更に被害が大きくなる。


 北側の屋根の上にいる『ウツロ』達は、未だカガミが屋根に逃れた事に気づいていないのか、身体を低く屈め、地上の様子を覗き見ているように見えた。

 右手に幾つかの風の矢を生成し、頭上に掲げると、次の瞬間、その右手が肘の先から失われていた。

 痛みが走るよりも早く、反射的に背後を振り向こうとして、自身の視界が真っ暗な闇に閉ざされた。




 第一小隊の中でも後列に位置していた者たちは、『ウツロ』の群れが放った最初の刃の雨からまぬかれることが出来た。


 その時彼らが見たのは、歪んだ世界だった。


 空気の断層が幾重にも重なった刃の雨は、光線を歪め、目の前に映る世界を歪めた。そうして生み出された歪みの空間は、多くの隊員の命を呑み込みながら、南門に向けて消えていく。


 その後に訪れたのは、多数の空気が一時に失われた事により周囲から流れ込んで起きた小さな竜巻だった。十字路の東西に残された空気は、十字路の中でぶつかり合うと上昇気流となり、周囲の砂を巻き込みながらうねっていく。


 背後から吹く風は、隊員達を竜巻の中に誘うように十字路に向かって吹き荒れる。巻きあがる砂が視覚が正常に働くことを阻害し、吹く風が嗅覚と聴覚の働きを阻害する。


 その中を、今度は風の槍が槌を振り降ろすようにして、空から地上に向けて降り注いだ。


 周辺にいるはずの部下達の姿も捉えられない奔流の中で、少なくなった第一小隊の生き残りの一人メノクは風に逆らうように後方に跳んだ。跳んだ先で更に後方に。

 そうして三度の跳躍を経て視界をようやく確保すると、その先には、赤黒い靄と黄土の膜、充満する白の光と降り注ぐような黒の雨が十字路の周辺を覆っていた。

 彼女の周りには、その赤と黄土と黒の渦から抜け出したものは誰一人としていなかった。


 数少ない視界の晴れた左右の建物の上に目をやれば、数体の『ウツロ』と精霊の姿が見える。


 いつからそこに居たのかは分からずも、それらが彼らを死に追いやったということだけは直感で悟った。


 先の戦いで数体の『ウツロ』を相手にすることはさして難しい事ではないと分かってはいたが、それはあくまで集団戦においての話。こちらが一人しかいない状態で数体の、しかもそれを倒したところで、その奥には数百体の『ウツロ』が居るとなれば、ここで迎え撃つのは単なる自殺行為でしかなかった。

 それでも、四度目の跳躍と共に屋根の上の『ウツロ』に向けて槍を放ったのは、恐怖の発露でしかなかった。

 その槍は『ウツロ』が生み出した槍に相殺されると、すぐ隣にいたもう一体の『ウツロ』から、メノクに向けた槍が放たれる。

 だが、その槍は後方に跳躍するメノクに届く僅か手前で、急激に失速し、地の砂を撫でるに留まった。


「くっ」


 さらにもう一度、と跳躍しようとしたメノクの背中に何かがあたる。反射的に身を屈めようとしたところで、彼女の目の前に風の盾が展開し、彼女自身は誰かに抱きとめられていた。

 彼女を覆う影を見上げようとすると、その脇を幾重もの風が通り抜け、風によって靡いた黒髪が彼女の視界を遮った。

 渦巻く風がいつの間にか後ろで結わいていた髪の紐を解いていたのか、纏わりつくような髪をかきあげた時には、彼女を抱いていた何者かの姿はそこにはなかった。


 代わりに彼女が目にしたのは、彼女と同じ麻で編まれた黒の生地を身に纏った者たち。

 左肩右の脇にかけて胸部を守るための皮の胸当てを付け、腰には思い思いの獲物を携えた、彼女と志を共にする仲間。


「部隊ごとに散開、建物上の『ウツロ』を撃破の後、楔周辺の『ウツロ』を頭上から叩き潰せ!」


 既に目にはその背中しか映らなかったが、その声は確かに彼女たちを率いる者、イザキの声だった。

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