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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第四章 星は空ろな命と踊る
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第四十八話 神の恩寵の光

 旧跡の東側に広がる平原で会敵した『ウツロ』との戦闘は静かに始まった。

 第一小隊と第三小隊を前衛、第二小隊を後衛として陣列を組み、『ウツロ』の群れとの距離を詰める中、『ウツロ』も第二遠征隊に気づいたのか、その場に足を止めると、神の恩寵の光の一部を前方に押し出すような形で並びを変えていた。


 未だ『ウツロ』との距離は遠く、『ウツロ』はただの黒い塊にしか見えない状態ではあったが、イザキにはやはり神の恩寵の光自身が、自ら『ウツロ』の前に動き、彼らを守るようにしているように見えた。

 『ウツロ』が後方に隠れることで、彼らの視界は遮られるはずであったが、何らかの方法でこちらを視認する手段があるのか、それとも神の恩寵の光を置いて、自らはこの場から去るつもりなのか、周辺に広がる緑の穂が放つ光の波に埋もれて、そうした細かな動きを読み取ることは出来ない。


 一度見失ってしまっては、この後の作戦行動に支障をきたす可能性が大きく、看過することは出来なかった。

 そのため、未だかなりの距離があり、魔術の威力が十分発揮できないことを承知の上で、イザキは攻撃開始の合図を行った。


「撃て」


 イザキの腕が振り降ろされると同時に、彼の黒髪が顔を覆うようになびいた。彼の後背から放たれる風の槍とその更に後方から上空に向かって放たれた風の矢によって起きる風圧が、イザキの背中を前へ前へと押し出そうとする。

 その勢いに抗うことなく、彼は右足を一歩前に踏み出すと、強く大地を蹴りこんだ。


「突撃」


 風の流れに乗るように、第一小隊と第三小隊の面々は正面の光の海に浮かぶ黒船――『ウツロ』の群れに向かって、滑るように駆けだす。

 後方からは第二小隊が前進を続けながら、『ウツロ』に目掛けて半円の橋を描くように風の矢を次々と放ち続ける。

 魔術が放たれる度に彼らの周囲で風に揺れていた穂の光は失われ、光の海は緑の海へと色を変えていく。『ウツロ』を取り囲む神の恩寵の光もまた、空から降り注ぐ風の矢の雨を受けると、雨に溶けるようにして光が失われていった。


 遠征隊からの最初の矢の雨が収まると、『ウツロ』の群れの周囲の穂が大きく揺れた。

 『ウツロ』が遠征隊からの魔術攻撃に気づき、風の盾を張り巡らした様子だった。


 イザキはその風の揺らめきから、盾の強度を予測すると、細く収束した風の槍を二本編むと、時間差で立て続けに放った。

 一本目の風の槍が風の盾を貫きながら、その場に霧散すると、その風の槍が作り出した真空の道を辿るようにして二本目の槍が走り抜け、神の恩寵の光の群れを裂き、その奥に控えていた『ウツロ』の群れの中心部を貫いていく。

 その様を見た、ナキサはすぐさまイザキが開けた穴に立て続けに風の刃を放ち、群れの穴を引き裂くように広げていった。


 イザキ、ナキサの左右に展開していた第一小隊小隊長ヤマチ、第三小隊ミサチも同様の技術(わざ)を用いて、前方に展開した神の恩寵の光の群れごと、『ウツロ』の群れを裂いていく。


 裂かれ、消えていく白と黒の光を目にしながら、更なる追撃を繰り出そうとしたイザキは、前方に空を覆うほどの無数の赤い光を目にした。

 風に揺らめくように波打つそれらは火の光が作り出す巨大な津波のようにも見えた。


「上空!撃ち落とせ」


 火の光が生み出す大波の存在は後方から上方に対して風の矢を射ていた第二小隊も目にしていた。

 それらが無数の火矢であることに気づいた第二小隊長のスセリは、後方の隊長に指示を飛ばしながら、自らは前方に巨大な下降気流の壁を作り出す。

 それは時間にしてわずか数秒の風でしかなかったが、魔術により強制的に作り出された下降気流は、最初の火の矢をその場に叩き落とすだけに留まらず、気流により作り出された真空地帯に更に流れ込む風によって続く火の矢を次々と地面に落としていく。

 そうして出来た幾ばくかの時間によって、第二小隊の隊員達が風の壁を作り出すための猶予を作り出したのだった。


「……あれが精霊であるものか」


 イザキを始めとした前衛により破られた神の恩寵の光の群れの先には、遠征隊を取り囲んでなお余りある数の『ウツロ』の姿がある。だが、先に射かけられた火矢の出元は『ウツロ』ではなかった。その後方、『ウツロ』を取り囲むように位置する神の恩寵の光、その光の中から放たれたものだった。





「どうして野戦なんか……」


 『アストリア』の楔を地に沈めたムスヒは、第二遠征隊の目指す楔に「女神の結界」が仕掛けられている可能性があることを伝えるべく、ミナカ達を追っていた。

 『キシリア』の楔が地に沈められたことから、第二遠征隊も楔の位置を発見し、楔に向かっていることは予想していたし、既に『ウツロ』と接敵している可能性も考えていた。

 だが、接敵しているとしても、それは都の壁を境にした攻防戦であり、双方が共に壁の外側で争っているとは考えていなかった。


 一方で、未だ壁からかなり距離が離れているからか、壁の中からの攻撃は行われていない。

 外と中が連携して第二遠征隊を攻めている、という状態ではないことから、これは偶発的に起こった戦闘であると推測出来た。


 中から援軍が出てこないのは、事前に行っていた策が功を奏しているのか、それとも未だ中が気づいていないだけか。

 会敵の瞬間を見逃した以上、彼に分かることは少ない。


「とにかく、今の状態なら負けるはずはない」


 望星隊の戦力が真正面から敵に当たるなら敵の数が数倍でも負ける要素はない、それがムスヒの見立てだった。





 接敵から一時間を経過する頃には、大勢は決していた。

 神の恩寵の光も含めれば、遠征隊の十数倍を超える数の群れだったが、『ウツロ』の数自体は遠征隊の倍程度に留まり、それらが早々に崩されると、あとはただ群れるだけの光に過ぎなかった。

 時折放たれる火矢のような光と、周辺を包囲されることにだけ警戒を怠らなければ、草を狩るかの如く光は失われていき、直接光に接触出来る程の距離に近づいた後は、その光に触れると植物を包んでいた神の恩寵の光同様に、「神の恩寵の光」として、その力を吸収することが出来た。

 そうなれば、群れ全体が崩れるのは早かった。

 包囲と挟撃を避けるため、壁からより遠い、群れの東側から順に神の恩寵の光の群れを吸収している内に、西側の群れは散り散りになっていった。旧跡の壁に向かって吸い込まれていく光、群れが現れた北の地に向かって姿を消す光など、姿を消す先は様々だった。


 『ウツロ』の群れが失せた後には、ぽっかりと大きな穴が開いたように、光の失われた空間が広がっていた。

 足元には、『ウツロ』だったと思われる塊とそれに折り重なるようにして踏み荒らされた麦の穂が倒れていた。

 靄の失われた『ウツロ』だったものは、麦の穂に溶け込むような色をして幾重にも重なり倒れている。

 それらは、そこにあるはずなのに、望星隊の面々はそれらを気にする様子もない。ただの塊であり、目前の戦闘は終わったと言っても、今はまだ戦闘行動の最中。余計なことに気を取られている場合ではないのだからそれは当然なのかもしれなかったが、テルはその塊が気になり触れようとしてなぜかその手に触れることは出来ないことに気づいた。


「……あるはずなのにないもの」


 陣列はそれらの躯をさけるようにして整えられていく。

 目にしているはずなのに、認識できない。何かがずれているような感覚。それは言葉には出来ない気持ち悪さとして、澱みのようにテルの内側に積もっていった。


 一度気になってしまうと周りの反応もまたおかしなもののように思えた。

 戦闘行動中であることを差し引いても、これまでその生態が謎だった『ウツロ』の躯が目の前にあるというのに、なぜそれを無いものとして振舞えるのか。

 『ウツロ』の事をより知ることは、次の戦闘に何か活かせるかもしれないのに。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか立ち止まってしまっていたテルに一人の影が忍び寄り、テルの後頭部を殴りつけた。


「不用意に触るな、この間抜け。靄を失ったからと言って安全になったとは限らねぇんだ」


 テルの部隊長ミナカだった。


「……すみません」


 テルも、いつの間にか立ち止まって隊列を崩していたことに気づき、慌てて列に戻る。そのテルの隣に無言でミナカが並んだ。

 光星の陽を受けて艶めく黒髪に反してその表情は暗い。不機嫌そうに見えるそれは、光星によって陰影が深くなっているためか、それとも直前のテルの行動故か。

 先ほどの自分の行動が今の状況において十分叱責に値するものだと理解していたテルは、改めて謝罪をしようとミナカを見上げると、ミナカもまたテルの方に視線を向けていた。


「この世界はおかしい」


 やはり叱責されるのかと構えたところで、ミナカの口から零れた言葉は、テルの予測から外れたものだった。


 陣列は、旧跡突入を前に組み上げていた、第一小隊を最前列とした斜線陣の形に戻りつつある。

 ミナカの部隊も、所定の位置に就き、ミナカは部隊長としてテル達の前に立つためにテルの隣を離れる。その去り際。


「あれが認識できてないのは、「ずれているからだ」、とムスヒは言っていた」


 隊列の前に立ったミナカの表情をテルは窺い知ることはできなかったが、その声には何か苦々しいものを嚙み潰しているようなものが含まれていた。ミナカの言葉にどういう意味があるのか、なぜそのような声音で呟いたのか、テルはすぐには推測理解が出来なかった。その言葉がテルが先ほど抱いていた疑問に対して述べられたものだと理解したのは、陣列が整いきる直前のことだった。


 程なくして陣列が整うと、イザキの号令の下、遠征隊は再び旧跡に向かって進軍を開始した。その直後だろうか。ミナカがふと、歩みを止めることなく、何かに気付いたように背後に視線を送った。ミナカのその動きに気付いたテル達もまた、視線の先を追うようにして顔を向けると、隊の後方がざわめいていることに気づく。


「……ムスヒ?」


 それはミナカの呟きだったのか。

 その声をかき消すようにして、隊列の後方で、何名かが「ムスヒ隊長」と叫ぶ声が聞えてきた。

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