第三話 先見の二人と赤い牙
「こいつらをうちで預かるって、どういうことだよ」
「どうもこうもなければ、それ以上もそれ以下もない。依頼主からの指示だ。従え」
空を照らす光の女神の寵愛は、光の女神の眠りと共に終わり、代わりに闇の女神の寵愛が辺りを包む。全ての命が安らかに眠るための時間。だが、しかし、女神が与えた安息の闇においても、働き者は存在する。
そして、休むべき時間に休まず働くような輩は得てして自分たちの敵である、とウィルは思っていた。
そんな敵がまさか身内にいたとは。
ウィルは目の前に立つ漆黒の肩掛けを羽織った魔術士のアルを睨む。そのアルの隣には、先見として動いていたはずの二人の少年が立っていた。
その後ろにはさらにもう二人、白いローブを羽織った人物が立っていた。背格好は僅かに手前に立つ二人と同じくらいでどちらも華奢な体格をしていることから、こちらもギルドの事務員なんだろう、とウィルは判断した。
アルと対照的に白いローブを羽織った四人が、アルの従者の如く佇んでいるのも、またウィルの神経を逆なでする。
「赤い牙」が組んだ今回の編成の中で圧倒的な戦力を持つアルは、確かに隊長格の役割を担っている。だが、それが即座にこの集団における権力者であることを意味しない。
アルがそういうことに拘りを持つ人間でないことは分かっているが、それでもなんとなくこの構図と今の状況にウィルが反発心を覚えたのは事実だった。
アルの後ろで言葉を発することなく立つ四人。
表情を浮かべることなく直立不動で立つ少年と、その少年のローブを握りしめるようにして少し前かがみの姿勢でウィルたちを上目遣いに見つめる少年。
後ろに立つ二人も含めて、白いローブの四人組はフードを頭から被っているため、はっきりと表情が窺えない。ただ、あまり友好的な表情でこちらを見ていはいない、それだけはなんとなくウィルにも伝わってきた。
「……理由は聞かせてもらえるんだろうな」
ウィルは自らの気持ちを落ち着けるように一つ息を吐く。
アルはそれに頷いて応えた。
「最初に言っておくが、これから話す内容以上のことは私も知らん。
兵隊である私達が知る必要はない、ということもあるが、そもそも誰も答えを知らぬから答えようがないものもあるだろう。
それぐらいは貴様らなら分かってるだろうが」
言って、アルが周りを見渡すと、それぞれが頷いて応える。
「命令事項は三つ。
一つ、この四人の身柄を私達の隊で預かる。
二つ、この四人を隣国まで届ける。連れ帰ることはない。
三つ、この四人からの支援要請は最優先で対応しろ。四人から話しかけられない限り、会話は禁じる」
「四つじゃねぇか」
それが些末なことだとは分かっていたが、ウィルはついそう悪態をつく。
アルもそれがただの反発からくるものだとわかっているのか、ウィルを一瞬睨みつけただけで止めた。
「一つ目、彼らを我々が預かるのは傭兵ギルドからの信頼の証だ。
この商隊は様々な理由から複数の傭兵団合同で護衛団を組んでいる。こんなことは戦時中でもない限りまずありえない」
「利害調整が面倒だからな」
「……今回はそのあり得ない構成を組んでいる。そのために、既に内側に蟲を飼っている恐れがある。
私からすればそこには何の益もないと思うのだが、そう考える輩もいる可能性は否定できん。
輸送中に、何らかの遭遇戦も予測され、その時に彼らに危害がないよう守れとのことだ」
「そこまでする理由は?……いや、聞いた俺が馬鹿だった。それが二つ目の命令に絡むのか」
「理解が早くて結構。だが、残念ながら正解のご褒美は用意してない」
「たまに笑えない冗談言うよな、あんた」
ウィルはそう言いながらも笑みを浮かべる。
「それに対しては言いたいこともあるが、まあ、いい。
ウィルが言った2つ目の依頼だが、この依頼の目的と背景については聞かされていない。先程のご褒美というのはそういう話だ」
「……なるほど。それで三つ目の命令ってことか」
正解しても正しい情報がない、とは、アルにしては上手いことを言う、と、ウィルは口の端をあげる。
だが、正しい情報はなくとも、それだけ重要な任務を抱えてこの隊に参加している、という情報は得られていた。
そして、結果的にそれが三つ目の命令に繋がっているということも分かった。
「それで、なんでそれをアルさんが伝えてるの?」
今まで興味なさそうに弓の弦の手入れをしていたティオが手を止めてアルを見ていた。
自分に関係のありそうな話になるまでは、ウィルとアルの間で勝手に話を進めるから放って置こうとでも考えていたのか、今は弓をテントに立て掛け、身体ごとアルの方を向いていた。
「ぐう「たまたまなんだよ」」
これまで後ろに控え、黙ったままだった白いローブの少年の一人が、アルの言葉に被せるようにして話しだした。
「あ、俺、ベアド村のレツって言います。ギルドの事務員ですが、今回、商隊の先見役としてお世話になってます。宜しくお願いします」
レツはアルの前に進み出ると、胸に右手を当てティオに向かって会釈する。直後、フードを被ったままであることを気にしたのか、慌てるようにしてフードを外した。赤茶の短髪が天幕内の灯りに照らされ燃えるように揺れる。
その姿に、まるで蝋燭のようだ、などとティオは場違いの感想を抱いていた。
「俺たちが赤い牙の人と話がしたいんだけど、誰に話しかければいいって事を、商隊のガレル隊長に相談してたんだよ。
そしたら、近くで俺の話を聞いてたアルさんが、とりあえず自分が聞くって言ってくれて、それで事情を話したって流れ」
「……そういうことだ」
「じゃあ、アルさんも事前に聞いてた話じゃ無いってことだね」
「そうだな」
「なるほどね。どうしてうちと話がしたかったか、は聞いてもいいのかな?」
「騎士団と対等に会話できるだけの実力があり、かつ信頼がおける傭兵団だから、だそうだ」
ティオが首を傾げる。
「ギルドがうちを買ってくれてるというのは分かるけど、それが?」
「すまんがこの件は口止めされている。推測の段階で軽々に口にすべき内容ではなく、今すぐ知らなくても問題はない話だ。もう少し情報が集まったら話すから待て」
「……了解」
ティオがアルとレツを見比べたあと、大きく頷く。
そして、興味をなくしたかのように、身体を弓に向けると脇にある矢筒を手にした。
納得してもらえた、とレツが安心しかけたところで、ティオは矢筒から矢を一本抜き出し、矢じりをレツに向けた。
「契約変更ってどうなってるの?」
「……え?」
「僕たちの契約は商隊の護衛であって、君たちの護衛じゃない。これって追加依頼だよね」
にこやかに笑みを浮かべているが、それが見た目通りの笑みでないことは、雰囲気から伝わってきた。
レツがその気迫に圧されて、一歩下がりそうになったところで、アルがレツの肩を掴み、後ろに下げる。
「これも商隊の護衛任務の一貫だ」
「……どういうこと?」
ティオは一旦矢じりを向けた手を下げたが、アルを見つめる目は細められていた。それはまるで狩る獲物を見定めているかのようにも見えた。
「四人の紹介の後に話すつもりだったが、さっきの命令とは別にデイルに頼みがある」
「……俺か?」
「先程言った、「情報を集める」話にも関係するが、ここにいるレツともう一人、フアンと共に先行して『ゲラルーシ山脈』に向かってもらいたい。『ゲラルーシ山脈』を越えるまでの間に、待ち伏せがないかどうか、その可能性を先に潰したい」
「何か掴んでるのか?」
「いや、逆だ。何も掴めてないから、可能性を潰しに行ってもらう」
デイルは、少し沈黙したあと、「了解」とだけ返す。
彼はそれで十分だ、という感じだった。
「これが答えだ」
アルがティオを向いてそう告げるが、ティオは首を傾げた。
つまり?
そう聞こうとティオが口を開くより先に、背後から突然衝撃が襲いかかった。
首を絞められるかのように両腕が首に回され、反射的に身を沈めようとしたが、その動きすら先読みされて抑え込まれる。
だが、そこでティオは動きを止めた。
自分の頬に触れるように白い肌が触れたからだ。
後ろからティオに飛びかかったのはセリカだった。
「びっくりさせないでよ」
「なによ、せっかく分かってないティオちゃんに教えてあげようと思ったのに」
セリカは頬を膨らませるが、だからといってティオを放す気はないらしい。
「教えるって?」
「この子達はただ護衛されるだけのお客様じゃないってこと。多分他にも重要な情報を持ってるか、それを得られる立場ってことでしょ。つまり、今回の依頼における重要な戦力として、あとは当然仲間としてもだけど、とにかく守りきれってことよ」
「後ろの二人もそうなんでしょ」、と得意げに笑って、セリカはティオを抱きしめる腕に力を入れる。
数秒後、ティオが苦しげにセリカの腕を叩くのを見て、ウィルは目を細め、
「おい、セリカ。得意げなのはいいが、そのままだとティオが死ぬぞ」
とセリカに向けて言い放った。




