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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第四章 星は空ろな命と踊る
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第四十三話 狂撃

 白壁から地上に降りてきた『ウツロ』を討ち果たしたテスラ達は、後続が現れる前に南門から旧跡を離れる。


「ミヅチ、本隊への伝令は頼んだ」


「西手の群れから火の矢が上がった時。派手にお願いしますよ」


 テスラに背を押され、ミヅチ隊の4名がその場を離れ、白壁の影に身を潜める。当初は『ウツロ』の群れに突撃を開始する中で分離する予定であったが、その場合、数の少ないミヅチ隊は、本隊到達前に狙い撃ちされる可能性が高い。


 それよりは、テスラ達が西手の群れに突撃をする時機に合わせて、目立たぬ形で本隊に向かう方がより安全性が高い、と判断しての事だった。


 一方、ミヅチ隊を除いた他の隊員達は、南門を出ると、そのまま壁面沿いにタケヅチ本隊を西手側から襲いかかる『ウツロ』の群れの側面に回り込むように駆け抜けた。


 幸い南門近くの白壁の上にいた『ウツロ』の群れは、南門を突破する際に多くを討ち果たしており、テスラ達が白壁の近くを駆け抜けている事に気づいた『ウツロ』はいないようだった。


 本隊の西手側に現れた『ウツロ』達の側面、本隊位置から見れば北西の方角の位置にまで駆け抜けると、テスラ達はそこから一気に西手の『ウツロ』の群れに向かって突撃を開始する。


「総員、放て!しかる後、突撃せよ」


 少しでも早く本隊から気を逸らすために、突撃開始に合わせてテスラ隊全員で『ウツロ』の群れに風の槍を放つ。これにより、白壁の上に残っている『ウツロ』達に早期に気取られる恐れはあったが、それよりも本隊の被害を減らすことを優先したのだ。


「ヒノ、トール、後背は頼んだ」


 白壁をある程度の距離まで離れると、壁を背に、西手の群れに向けてひた走るテスラ隊から離れるように、ヒノ隊は白壁側に目を向ける。

 そうして壁から視線を離さないまま、後ろを振り向きながら走る形でテスラたちを追う。

 トール隊はそのヒノ隊の背中側を守る形で、ヒノ隊の速度に合わせて同じようにテスラを追った。


 テスラ達が放った風の槍が西手の『ウツロ』の群れを中心から引き裂くように突き抜けると、返礼とばかりに『ウツロ』の群れからも風の槍が放たれる。


 次々と襲い来る風の槍を、風の盾と槍を駆使していなしながら急襲するが、距離が詰まるにつれて、その数と勢いは増すばかりだった。


「ぐっ……」


 テスラの隣でアスリの呻き声が漏れ出る。しかし、その声の理由を気に掛けることも出来ないまま、彼はただ進む。止まればただの的になる。それは、彼でなく、誰もが理解している事だった。

 生き抜くためには、ただ進み、目の前の『ウツロ』の群れを突き抜けるしかないのだ。


「本隊もこちらの動きに気付いて、西手に詰めてきている。楽にはならんが、これ以上酷くもならん。踏ん張れ」


 代わりに出来る事と言えば、隊員達に対して少しでも前に進むために声を掛ける、その程度だった。




 一方、テスラ隊の後背を任されたヒノたちは、テスラ隊の動きに気づいた壁上の『ウツロ』からの攻撃を無心で捌いていた。

 先ほどまでは、自分たちに向けて放たれた攻撃だけを捌いていればよかったが、今は、自分たちだけではなく、群れに向けて先行しているテスラ隊達に向けられた攻撃も撃ち落とす必要がある。

 その労苦はこれまでの比ではなかった。


「アレックス、シェリル。指先ほどの厚さでいい。風の壁を重ねるようにして張り続けろ。アレックスは右、シェリルは左だ。魔力切れにだけは気をつけろよ。

 ウォーレンは右、クライブは左の壁の上目掛けて、風の刃を討て。数を撃って、敵の攻撃の手を止めさせろ。直接打ち抜けずとも、壁の上から吹き飛ばせればそれで十分だ。

 風の壁を抜けてきた槍はアタシが落とす。

 背中はトールがなんとかする。とにかく、アタシ達より後ろに攻撃を抜かせるな」


 白壁上の『ウツロ』はまだ相当数存在し、一つ一つの槍を撃ち落とす事は不可能と早々に判断したヒノは、『ウツロ』の槍を撃ち落とすよりも『ウツロ』の攻撃自体を減らすことを優先することにした。

 しかし、攻撃に手を回せばその分防御は疎かになる。その対処策として、一時的に広範囲に風の壁を張ることで、無数の槍の勢いを落とすことにした。


 風の槍が壁を突き抜けても、テスラ隊に届く頃にただの突風程度の強さまで勢いが弱まってしまっていれば被害はない。風の壁を突き抜けて尚、殺傷力を持つ槍のみを撃ち落とす。


 風の壁は広範囲に強力な風を起こすため、壁の厚さが厚いほど、壁の面積が広いほど、多量の魔力を消費する。ここでの魔力切れは自身のみならず隊の死に繫がる。そこで厚さを薄めた風の壁を何枚も重ねることで、魔力消費を抑えながら、実質的に壁の厚さを十分に確保することにした。

 魔力消費量を抑えられる代わりに、一度も失敗が許されない状況下で、素早く何度も魔術を発動させる技能が要求される。アレックスやシェリルは、隊の命も含めた重圧を背負いながら、震える指先を抑え込みつつ、魔術式を描き続ける。


 それでも魔力消費量が多いことには変わりない。この後のことを考えれば、今ここで隊員達にあまり無理をさせるわけにはいかない、とヒノは考えていた。

 遠征地は魔力が薄い上に、今現在、多量の魔力が消費されている。魔力の自然回復は見込めず、消費された魔力はこの戦が終わるまで回復しないと考えたほうが良かった。


「トール!テスラ隊が群れと接触する少し手前で声を掛けてくれ。転進して、テスラ小隊長の援護に回る」


 僅かでも早く状況を変えるべく、ヒノはトールに声を掛ける。トールも同様の事を考えていたのか、その反応は早かった。


「「突撃」を合図に転進してくれ!」


「了解!全員、気張れよっ」




「よく戻ったな」


 『ウツロ』の目を掻い潜ることの出来たミヅチ隊はテスラ達が西手の群れと接敵するよりも少し早く、本隊との合流を果たしていた。


「タケヅチ部隊長もご無事で何よりです。既にお気づきかと思いますが、テスラ小隊長以下、旧跡への突撃部隊は、現在西手に現れた『ウツロ』の群れに向かって側面から奇襲をかけております」


「お陰でこちらも隊を立て直すことが出来た」


「『ウツロ』が群れ単位で我々を包囲する戦術を採り得る相手である以上、更に大きな枠組みでの包囲陣が敷かれつつある恐れがあります。ここは一度撤退すべき、というのがテスラ小隊長からの献策です」


 ミヅチの言葉にタケヅチは頷く。


「それは私も考えていた。先に突入したお前たちとどのように合わせるかを考えていたところにお前が戻ってきてくれたからな。その手はずは既に考えている、ということだろう」


「テスラ小隊長が西手の群れを抜ける算段が付いた時点で、上空に火の矢が上がります。これに合わせて、西手の群れとの距離を詰め、テスラ隊によって分断された群れを殲滅。その後撤退します」


「残った『ウツロ』の戦意が失われなかった場合は?」


「群れの半数を失ってなお戦意が衰えない獣となると厄介ですが、その場合は、西手の群れから突き抜け、残った群れの後方に回るテスラ隊と、前面の我々で挟撃、包囲殲滅します。数の上では、残り半数となってなお『ウツロ』の方が多勢ではありますが、包囲できれば、総火力は我々が上回ります」


「単体での能力差もあり、負けることはない、か」


「更なる増援が来る前に殲滅出来るかどうかが勝負かと」


 テスラから献策された内容は、テスラ達が西手の群れに奇襲を掛けることを知った際、タケヅチが描いたものと大差はなかった。更に大がかりな包囲陣を警戒し、早期集結を狙っていることも彼の考えと一致する。そうであるならば、迷うことは何もなかった。


「総員、群れの中央から火の矢が上がると共に、前面の群れに総攻撃を掛ける!それまでは、身を挺して群れに向かうテスラ達を少しでも楽にしてやるために、攻撃の手を緩めるな」




 風の槍が頬を裂き、肩を、腿を掠めていく。『ウツロ』の群れに飛び込んだテスラは、目の前に生成される槍を、膝を屈めて避けると、手に風の弾丸を浮かべて、目の前の『ウツロ』を弾き飛ばす。


 群れの中に飛び込めば、更に激しい攻撃に(さら)されるかと思えば、『ウツロ』達は同士討ちを恐れているのか、風の刃や風の矢のような攻撃は止み、風の槍も背後に『ウツロ』がいない状態でのみ放たれるに留まった。


 また『ウツロ』は魔術を除いた攻撃の手段を一切持たないようだった。


 テスラ達の住む地では、魔獣の纏う黒い靄は、それ自体が凶器となり彼らを襲う牙となったが、『ウツロ』を形作る靄は、互いに触れることの出来ない、まさに靄のようなものであることが分かった。


 魔術しか攻撃の術を持たない上に、接近戦においてはその魔術を行使することを躊躇(ためら)う。こうなれば、テスラにとって『ウツロ』はなんの脅威にもならなかった。それだけでも十分であったが、更にテスラ達を救う要因は重なる。


 テスラが横に立つ『ウツロ』を手刀で()ぐ。すると、『ウツロ』を(かたど)る黒い靄が纏っていた神の恩寵の光は、彼の腕から彼の身体の内に流れ込み、この戦の最中に失われた力を内側から満たしていった。


 対称的に、身に(まと)う神の恩寵を失った『ウツロ』はその身の黒い靄も薄れ、その場にうずくまってしまう。

 身に纏った神の恩寵は、『ウツロ』が恩寵を主食とするため、常に飢えないようにするためのものだと考えられていた。


 だがしかし、纏った恩寵こそが『ウツロ』の生命力そのものであった。


 自らの生命そのものを外に曝している、そのような惰弱な生命体がいることに驚きではあったが、だからこそ、群れを成し、他者を寄せ付けない能力に長けていると考えれば、楔の周りで大群を成すことも、『ウツロ』が集団での魔術戦に長けていることも、納得いくことではあった。


――まぁ、そんな御託は二の次だ。


 遠征地では、魔力は極端に薄く、魔力を回復するために必要な神の恩寵は、周辺の植物から取り込むか、楔に向かって流れ込むように川を形作っている微量の恩寵の光を取り込むか、いずれかしかなかった。

 そしてその程度の量では、消費する魔力を補うには十分ではなく、常に魔力残量を意識しながら戦うことを余儀なくされていた。


 だが、今、周りには多量の神の恩寵を纏った『ウツロ』が集まっていた。それは、彼の倒すべき敵でありながら、彼自身の飢えを満たすものでもある。

 遠慮する必要などどこにもなかった。


 一時は死も覚悟したテスラだったが、その事実を認識すると、狂喜の声を上げ『ウツロ』の群れを狩り始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ウツロでも同族(と言っていいのかわかりませんが)への仲間意識や怯えの心を持っているのですね。 これまでの物語では謎の靄が無差別に人を襲っているように見えましたが、彼らの正体が気になってきまし…
[一言] 『ウツロ』  何なんだろうなぁ、と思いつつ。  増える疑問はのちの楽しみとしておきます。  懸ける命はひとつなのに、掛かる命はひとつではない。  その重圧の中できちんと望まれた動きができ…
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