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虚空の底の子どもたち  作者: 日浦海里
第四章 星は空ろな命と踊る
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第四十話 開戦

 風が吹き荒れていた。

 目前には白い方形の石の塊が幾重にも積み重ねられて出来上がった壁が小高い丘を思わせる程の高さにそびえ、それは地の果てまで続くかのように、視界の届く限り先まで連なっている。

 こここそが世界の果てと言わんばかりの石壁には、地から巻き上げられた白砂が重なり、霧のように視界は遮られている。

 石壁は人が縦に二十人連なってようやくその手が届くかどうかの高さであり、容易に乗り越えることを許してくれそうにはなかった。

 果てしなく連なる石壁の中央部には、同じく20人ほどの人が横に列を組んで一度に入城できそうなほどの広さを持つ扉が見えた。

 近隣にこれほどの巨大な都市跡が見られなかったことから、この都市はおそらく国の都であろうと考えられた。

 そして、その白く薄い膜のその先、地平と世界を断絶するかのような白い壁の上には、神の恩寵の光を纏った黒い靄が横一列に並んでいた。

 まるで都を守る兵士のような姿は、壁と一つになり、何としてでも侵入を拒絶する巨大な意思そのものにも見える。




【虚空の底の子どもたち】

第四章 『星は空ろな命と踊る』




「目指す楔はあの壁の内側だ。だが、楔に到達するには、壁の上部を抜けるか、門をこじ開けるか、いずれかの方法で内側に侵入する必要がある」


 第1遠征隊の隊長であるタケヅチは、そういうと地面に描いた四角い枠組みの内、手前側の線上の中央にまっすぐ線を引いた。


「偵察部隊の報告によれば、楔を囲む都市を守る防護壁は数キロ四方に広がっており、そのいずれにも『ウツロ』の姿があるという。

 『ウツロ』どもからすれば、楔の都市は食糧が溢れ出る自分たちの領域、というわけだ。内側の様子は窺い知れぬが、中は『ウツロ』で溢れかえっている可能性もある」


「それほど多量の『ウツロ』がいるのか」


 呻くように呟いたのは、第1遠征隊の第1小隊の小隊長テスラだった。

 だが、その声に反して表情はどこか楽しんでいるようにも見える。


「この戦闘狂が」


「己の力の見せ場があれば、逸る気持ちにもなる」


 テスラのその表情に苦笑いを浮かべて言ったのは、同じ第1小隊に所属する副小隊長スカトリだった。この部隊においてはテスラの直属の部下にあたるが、同期入隊の友人である気安さが、二人の間にはあった。


「『ウツロ』の数の少ない場所を探したが、どこも大きく差はない。四方の壁にそれぞれ一つずつ配置されている門は、北側の門が小さく、西、東は同程度、そしてこの南門が最も大きい。どうせ壊すなら的が大きいほうがいいだろう」


 手前側の中央部の線を手にした枝で幾度かこすり、線を消し去る。


「扉を破壊すると共に、壁の上部に陣取っている『ウツロ』共を排除する。横一列に並んでいるが、その全てからこちらに向けて攻撃が来ることはあるまい。こちらは平地の利を活かし、中央部に火力を集中する」


「届いたら?」


「念のため、左右に盾は張らせておく。それで不意打ちは防げるだろう。万が一『ウツロ』からの魔術が想定以上に長距離まで届くようなら一度退くことも考える。数の利はあちらにある。その上で、射程距離まで上回られたとなると、策を考え直す必要があるからな」


 タケヅチに問うた者が頷く。

 

「中央の門の破壊と、その上部の『ウツロ』の排除が確認出来たら、軍を前進させる。

 距離を詰めることで、左右の『ウツロ』からの攻撃も届くようになるだろうが、こちらも順次中央から切り裂くようにして、左右の『ウツロ』を排除する。その後、門までの距離が五百を切る程度になったら、テスラ」


「?」


「第一小隊の部隊四つほど率いて、門に向かえ。都市内部への侵入が可能そうであれば、こちらに合図を送った後、そのまま突入しろ。我々も続く。しかし、内部も大量の『ウツロ』で溢れているようなら退け。お前たちが戻り次第、本隊も退く」


「退いた後はどうする」


「都市ごと破壊する策を考える」


「……いいね」


 テスラがにやりと笑う。

 何もテスラの趣味に合わせたわけではない。数キロ四方の壁に囲まれた旧跡に『ウツロ』が溢れかえっているとするならば、そのすべてを魔術で各個撃破するなど正気の沙汰ではなかった。

 この地では、ただ居るだけで生命力が奪われていくだけではない。自分たちの住む地では、魔術を行使しても、すぐに魔力は回復するが、神の恩寵が溢れるこの地では、その力が溢れかえってしまっているせいか、魔力の回復が極めて遅いのだ。

 日頃と同じ感覚で魔術を行使すれば、すぐに魔力切れを起こす。そうなれば、『ウツロ』に抵抗する術は途端に少なくなる。

 ならば、数少ない労力で多くの『ウツロ』を排除する方法を考えるしかなかった。

 だが、そうなれば、更に周辺地域の偵察を要することになる。多くの時間が残されていない中、確実性の少ない策を頼るわけにはいかなかった。

 出来れば、この作戦で楔に到達出来てほしいものだ。

 タケヅチは柄にもなく、この時ばかりは強くそう願っていた。




「ヒノ」


 軍議を終えたタケヅチは、整列する各隊の中にいるヒノの姿を見つけた。純粋な戦闘能力としては特筆すべき点は少ないが、継戦能力に限れば他を圧する能力を持つヒノは、今回の作戦に使える、と思いついたのだ。


「なんでしょうか」


「先の軍議にて、南門を破壊後、都市内部を偵察。『ウツロ』の数が少なければそのまま突入する、という作戦は理解しているな」


「はい」


「城内の偵察、侵入の先陣はテスラ率いる4小隊に任せるが、お前はミヅチ隊、トール隊と共にその後詰に入れ」


殿(しんがり)を務めよ、と」


「理解が早くて助かる」


 都市への侵入が適えば、なんら問題はない。しかし、都市への侵入が不可能となった場合、つまり、都市内部に『ウツロ』が溢れていた場合、都市の門を破壊することで、内部から『ウツロ』が溢れ出てくる恐れがあった。

 その際、テスラ達が退くための時間を稼げ、というのがタケヅチの指示である、とヒノは理解した。


「私の部下は今回が初陣となりますが」


「分かっている。だからこそのミヅチ、トール隊だ。私が頼りにしているのは、お前の柔軟性だ」


「……承知しました。両隊への通達は」


「当然、この後、私からする。お前は部下への指示だけを考えればいい」


 タケヅチの言葉にそれ以上返すことなく、ヒノは了承の意を示すため、軍靴の踵を揃え、右手を左胸に添えた後、その胸を叩いた。




 全ての準備を整えた望星隊の第一遠征隊は、見渡す限り続く白い壁に向かい合うように方形陣を敷いていた。

 

 正面の壁の上には、内側に黒い靄を抱え込んだ神の恩寵(おんちょう)の光の塊が、望星隊を眺めるようにして横一列に並んでいる。


 発光現象の為に一体一体の境目が定かではなく、果たしてどれほどの数がいるのか、一体の大きさはどの程度のものなのか、それとも全ては繋がっていて、非常に巨大な、蛇のような姿の獣が壁の上に横たわっているのか、それすらもはっきりとしなかった。


 数少ない手掛かりとして、発光する神の恩寵に包まれた黒い靄が、等間隔のように分かれているように見えるところから、あれが巨大な一体ではなくおそらく多数の個体なのであろうという予測がつけられる。


 ヒノ隊を始めとした第1遠征隊は、手練の揃った第一小隊十部隊が横一列に並ぶ。その第一小隊の後ろに第二、第三と続く横隊編成を取る。

 事前の策の通り、正面の南門を破壊し、中央を突破するため、火力を集中させるような密集陣形であった。

 南門破壊後、都市への侵入が可能となれば、最初にこじ開けた中央を基点に亀裂を広げていき、相手の面を食い破る。そして、分裂した右翼と左翼のいずれか一方ずつを包囲し、殲滅していく。


 互いに見合うように布陣してからおよそ一時間が過ぎようとしていた。

 そして光星が天頂に至ろうとする頃、遠征隊隊長のタケヅチが手を振り上げるのを、ヒノは見た。


「撃て!」


 手が振り下ろされると同時に、都市の跡地を占拠する『ウツロ』たちとの戦闘開始を告げる号令が、辺りに響き渡った。

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