第二話 赤い牙の傭兵
こんな昼間からローブなんてまとって暑くないのかね、と前を歩く二人の少年の背中を眺めながら、ウィルは思った。
身のこなしを見る限り、この商隊の先見を任されるだけの技術は身に着けている。だが、最低限だ。
――上が何考えているかわかんねぇって思ったときは、大抵ろくなこと考えてねぇ。
腰に佩いた太刀の柄に指をかけると、そのまま軽く太刀を傾ける。
それはウィルが考え事をする時の癖だった。
赤茶けた短髪に蒼い瞳、鎖帷子の上に鋼の胸当てをつけた青年ウィルは、傭兵団「赤い牙」に所属する戦士の一人だ。彼の横を進む馬車の御者台に座る男、ガレル・クラムが率いる商隊の護衛任務を、傭兵ギルドを経由して傭兵団が受け、彼はここに派遣されている。
「赤い牙」から派遣された傭兵はウィルを含めて五人いた。
金の長髪を後頭部で丸く纏めた、切れ長の青い瞳の女性セリカは、ウィルと同じ戦士で先端が片刃の斧と槍になっているハルバードを携えている。
それから、黒髪を後頭部の高い位置で縛り、馬の尾のように纏めているのがデイル。偵察・哨戒を担当するため、装備も比較的身軽で、小剣を2本、右と左の腰に差している。
肩に触れない程度の長さの薄茶色の髪をした童顔の男がアル。この世界では珍しく魔術協会に所属しながら協会外での行動を許容されている魔術士だ。魔術よりも体術に優れていて、体術だけで一個歩兵小隊(約五十名)を相手に出来る、という話があるという。本人が吹聴しているわけではなく、単なる噂ではあるが、事実を確かめたものはいない。
最後の一人がティオ。肩に少しかかる程度の黒髪を首筋あたりで縛っていて、縛った髪は歩く度に小さく揺れる。休息時間に、セリカがふざけて小さな尻尾のような髪を触ると、すぐにむくれて「やめてよ」というのだが、あまり強く言えないその様が可愛いのか、セリカに頭を抱えられ撫でられるところまでが一連の流れだった。
そして、商隊を率いる男、ガレル・クラムは、平時から、穀物、装飾品、建築資材まで様々な物を取り扱う、最近力をつけ始めた商人だ。
初めは石化病などに効く希少な薬剤を中心に、民の雑貨品などを扱うことを生業にしていたが、徐々に扱う品が増え、今では国の取引に関わるまでになった。
そのガレルが率いる商隊は、大国『アストリア』の西に位置する隣国『メルギニア』に向かって物資を輸送する道中だ。
国内については、騎士、魔術士により編成された辺境騎士団により治安が保たれているが、国境付近の『ゲラルーシ山脈』から先は、治安維持のための大がかりな部隊を定期的に派遣することは難しく、未だ安全な地域とはいえない。
加えて、現在は国内外の情勢が不安定なこともあり、近衛騎士団は王都を、辺境騎士団は各地の巡回に回され、商隊の護衛についたのは僅かな騎士のみだ。
しかし、一方でガレルたち商隊が扱う物資は、その土地でしか産出されない希少鉱物や特産品など、通常は国家が規制品として扱っている物資も多く、今回国家間での取引として特別に許可され持ち出されるものもある重要な取引物資である。それ故、疎かにすることはできず、護衛についた少数の騎士の実力はもちろんのこと、今回派遣された傭兵団も名実共に高い実績を持つ団が選ばれ、さらにそこから名のある実力者が護衛として派遣されるという力の入れ具合であった。
護衛はウィルたちが所属する「赤い牙」の他にも「蒼の風」、「新緑の枝の徒」など、複数の傭兵団から派遣されており、その総数は六十名に及ぶ。
一つの国内で活動する中規模な傭兵団と同じ程度の数をわざわざ複数の傭兵団から集めているのは、傭兵団の間でのパワーバランスも考慮してのものだった。いずれかの傭兵団に偏ることなく、実力ある傭兵団が等しく功績を得るように、と派遣依頼に細かな配慮が為されているのは、国家がそれだけこの難局において、傭兵団が持つ戦力と隣国との関係性を強めるためのこの輸送を重要視していることの表れでもあった。
そんな物々しい部隊の中だからこそ、先頭を歩く二人の少年の姿が、ウィルには異様に映った。
『ゲラルーシ山脈』の地理に詳しいという少年二人は、特に武術に長けている様子でもなく、そのうちの一人に至っては、常に人前に立つとおどおどとし、同行しているもう一人の少年以外とは会話すらままならない状態だった。
――「子守」してる余裕でもあると思ってるのかね、傭兵ギルドは。
ウィルはもう一度少年たちの背中を眺めると、心の中で一人悪態をつき、太刀の柄から指を放す。
はるか先に見える『ゲラルーシ山脈』には白い雲が立ち昇り始めていた。
「変わった子ね、彼」
休息中、水筒から水を飲んでいたウィルの下にセリカが歩み寄る。その視線の先には、ガレルの馬車に繋がれた馬たちの側に立つ先見の少年たちがあった。
ウィルは口元を拭うと、セリカの視線の先を追う。そこには人前では不安げにしていた少年が、笑顔で荷馬車の馬の首を撫でている様子が見えた。
よく見れば、偵察用として使役している犬が足元にいるし、どこから飛んできたのか分からない小鳥が肩に止まっていたりする。
「動物でも寄せ付けるなんかでも持ってるのか?」
幾らなんでも異様な光景に、ウィルが目を細めて少年たちを見つめるが、これといって変わった様子はない。
「特に変わった匂いがするわけでもない、ってティオが言ってるし、アルもこれと言って何も感じないって」
「……何も変なところがないってことが変ってことか」
ウィルの言葉にセリカが頷く。
ウィルはそれに対し、是とも否とも言えず、「とりあえず変わったやつでいいか」、そんな判断を下そうとして、ふとセリカとの会話に気になる点があったことに気づく。
「お前、他の奴らにもおんなじ事言って回ったのか?」
ウィルの言葉に、セリカは僅かに固まると、笑顔を見せて、舌を出した。
「ダメ?」
「一応ギルドから派遣されてるんだから、あからさまに疑うような会話をそこら中でするなよ。あと、そもそも可愛さ出して誤魔化そうとか、似合わねぇから」
セリカは笑顔を浮かべたまま、無言でウィルの方に踏み出すと、ウィルが避ける間もなく後頭部を篭手で殴りつけた。ウィルは何かを言いかけ、しかし声にもならなかったのか、そのまま頭を抱えるとその場にうずくまった。
「元々『ゲラルーシ山脈』の道案内ってだけで推薦されるのはおかしいって思ってたけど、何かあるのかもね、彼ら」
何事もなかったかのように、セリカは少年達に視線を移す。
それが分かっていてギルドが推薦しているのだとしたら、少なくともこの先を安全に進むために必要な能力ってことだろう、と、後頭部を押さえながら、ウィルは傭兵らしい割り切りする。痛みでそれ以上深く考える余裕がなかっただけなのかもしれない。
伝えられていないってことは、秘匿しているってことだ。
秘匿事項を暴くってことは、そいつと一蓮托生の間柄になるか、敵対するかのいずれか、というのが、傭兵稼業における常識だ。
そして、ウィルは今のところ少年たちとも、ギルドとも、そこまで深い間柄になるつもりはなかった。
後頭部を撫でながら立ち上がると、一点を見つめ、獲物を見つめる獰猛な獣の目をしたセリカを見た。
視線を追うと、少年の傍にじっと座っている犬の尻尾を捉えており、「好きだな、コイツ」と思う。
少年を見上げ、嬉しそうに尻尾を揺らすたびにセリカの視線が動いてるのがあからさまに分かり、ウィルは思わず笑みを零す。
「行ってくるか?」
「う……、いい。まだ……我慢する」
一応傭兵としての危機管理能力は働いているようだ、とウィルは思う。
信頼出来ない相手には、自分の手の内を曝け出す必要はない。
それがたとえ趣味嗜好だとしても。
そう思い、少しセリカを見直していると、セリカは手をわきわきとさせ、突然少し離れた場所にしゃがんで地面を見ていたティオに向かって走りだした。
そのままの勢いでセリカはティオの背中に抱きつくと、髪の毛を縛るリボンを弄って、髪の毛を揺らして遊ぶ。
「ティオ、かまって~」
「うわっ、なんですか、いきなり!?いや、いきなりはいつものことですけどっ!」
ティオで我慢したのは、褒められるべきか?
ウィルは溜息とも笑いとも分からない息を一つ吐き出すと、セリカから目を離し、少年たちに視線を戻す。
動物たちに囲まれている少年は、未だ囲まれたままで、動物たちを構っているというより、動物たちに構われているように見える様は、なぜか今さっき見た、セリカに飛びつかれているティオの姿と重なって見えた。




