第三十一話 再びの邂逅
ガイの後ろに立つ二人が腰に佩いた剣の柄に片手をかけているのを横目に、レツはガイの前に立った。
あからさまに敵意を見せている後ろの二人より、自然体でいる目の前のガイから感じられる圧力の方が、余程恐ろしいとは感じていたが、それでも、今この場で彼と会話出来るとするなら自分だけだ。
万が一を考えたなら尚更、エレノアやフェリを前には出せなかった。
フアンは論外だ。
「ガイさん、どうしてこんなところに?」
シンやアンの名を呼んだ瞬間は僅かに気を緩めたガイだったが、この場で人を見かける「異常」を思い出し、フアン達を眺めていた。
港町マレポルタで出会ったときは、品の良い商人の家族とその護衛がお忍びで酒場の雰囲気を楽しみに来ている、その程度で見ていた。
少し世間知らずなお嬢様のシンと、その付き人のアン。男性のうち、護衛は今目の前に立っているレツと呼ばれた少年で、後ろの少年もアン同様付き人だろう、それぐらいの感覚だった。
初々しい一行は、淡々と片付けなければならない仕事の合間の清涼剤で、会話を楽しむ相手、それぐらいの認識だった。
違和感を覚えたのは、帝都メラノで再会したときだ。
急遽呼び出しを受け、馬を乗り継いで帝都に向かったガイ達に対し、僅か一つ陽遅れでメラノに到着した彼らは、急ぎの馬車でメラノに向かったと考えられる。
だが、出会った場所が傭兵ギルド前。
もしかすると急ぎの依頼があり、それはマレポルタの支部程度では片付かない大事かもしれない、と思った。
さすがに、アンやシンが自分を追いかけてきた、などと妄想じみたことは思わない。そもそもガイの行き先を知っていたのは、依頼元と自分たちだけなのだ。
追いかけることが出来たとしたなら、それは甘い妄想よりも黒い懸念を持つべきだろう。
だが、彼らもまたガイたちと出会うことは想定外である様子だった。そして、出会ったからといって気にするものでもない、という態度だった。
だからこそ、ガイは、彼らの用事はギルドにあり、ここで出会ったのも本当に偶然だろうと思うことにした。
正直なところ、それ以上の余裕がなかったと言ってもいい。
だが、今回はそういうわけにはいかなかった。
「依頼でね。それも終わったからこれから帝都に戻るつもりだったんだが、君たちこそどうしてこんなところに?」
商材を持たない軽装から、旅商人である線はない。どこかの良家のお嬢様のお遊びであるなら、この情勢下で隣国『アストリア』国境付近を回る事を親が許可するとは考えづらい。
ガイはレツの方を向いたまま、目線だけレツの後ろに立つ少年に移す。
少年は目線の動きに気付いたのか、僅かに顔を強張らせるのが見て取れた。
――青いな
一行の中では目立たない少年。
常に後ろに控える姿は、付き人だからかとも思ったが、それは間違いだったのかもしれない、とガイは考えていた。
帝都メラノで再会したとき、シン達はガイやアギィとの再会に驚いた感情が全面に出ていた。
しかし、ただの付き人だと思っていた少年、彼だけはガイとアギィがメラノに居ることに興味を示した様子だった。
そうしてその理由がわからないから警戒した。ガイと同じように。
だが、
――密偵ならば稚拙に過ぎる
存在を隠そうとする気が感じられない。
仮にこの少年こそが一行の核であり、アンやシンが囮だとしても、目立ちすぎているのだ。
だからといって、それがここで見過ごしていい理由にはならなかった。
「『アストリア』に帰国するんです」
「『アストリア』に?君たちは『アストリア』の人間だったのか」
レツと会話しながら、ガイの目はフアンを捉えたままだった。
メラノでは、彼がレツの会話に割って入っていた。警戒されていると明確に感じたのはその時だ。
今回も動きがあるとするなら彼からだろう。
そう考えて見ていたが、彼の視線はガイよりも彼以外の三人に向けられているようにも見えた。
レツを見ると、彼もガイを気にしながらも、ガイの後ろを気にした様子を見せる。
流石に気になり、ガイが後ろを振り返ると、部下のブルートとマルクスが柄に手をかけているのが見え、これか、と失笑する。
それと同時に、ガイよりも部下たちを脅威と感じるからには、この少年もまたシンを守るための付き人なのかもしれない、と考えを改めた。彼が密偵であるという可能性は未だ捨てないとしても。『アストリア』がリスクを冒してまで出す密偵だとすればやはりあまりにも稚拙だった。
「二人とも、柄から手を放せ。警戒されてるぞ」
「しかし……」
「しかしも何も、警戒されてる時点で駄目だろ。これから本気でやり合うつもりなら別だけどな。
……しかし、なんだ?お前ら、俺の許可なくやるつもりか?」
背中を向けているはずのガイから強烈な圧を感じたレツは、反射的に肩にかけた弓に手を伸ばしかけた右腕を左手で押さえつける。
「隊長が威圧してどうするんですか」
レツの動きに気付いたアギィが呆れたようにガイに声を掛けると、レツが感じていた圧はふっと緩んだ。
それに合わせるように、ブルートとマルクスが柄から手を放す。レツはガイの背中に気を取られ視認出来なかったが、部下の二人をよく見れば、その額には汗が浮かんでいたのに気付いたかもしれない。
「わりぃ、わりぃ。ちょっと叱りすぎたか。
まぁ、とにかくこのお嬢様方は我々『メルギニア』の盟友、『アストリア』の方達だ」
ガイは芝居がかった仕草で手を広げながらレツ達の方を振り向く。
「下手な身内よりは余程信頼置ける方々だ。
俺の顔見知りってのもあるが、とにかく手荒な振る舞いは許さん」
にこやかに笑顔を浮かべながら、ガイはフアンたちを見渡す。レツが笑顔を引き攣らせているのは先程のガイの威圧のせいだとして、その後ろのフアンが僅かに目線を泳がせたのを、ガイは見逃しはしなかった。
「君たちにお詫びと言ってはなんだが、国境砦まで送ろうか。俺たちもこの後は依頼主に完了報告するだけだ。ブルートとマルクスだけ先に行かせても構わん」
「え?いや、俺等だけで報告って無理ですって」
「先方は隊長自身からの報告を望まれると考えます」
「俺も何時までもお前らの隊長じゃないんだから、独り立ちしてほしいとこなんだが、アギィもそう言うんなら仕方ないか」
「ほんと隊長はウィプサニアには弱いですね」
「さすが隊長の嫁」
「やめろ、アギィをからかってやるな」
ガイは背後にいるブルートとマルクスの軽口を、振り返ることなく手のひらを振って流そうとする。
「いや、からかってるのは隊長です」
「お前、せっかく俺が侮蔑罪にならんよう気を遣ってやってるのにそういうこというか。棒打ち十回にしてもいいんだぞ」
「あ、嘘です。調子乗りました」
振っていた手のひらが握りこぶしになるのを見て、ブルートが両かかとを合わせて直立不動になる。
そのやり取りをフアンたちは呆気に取られて見ていた。
空気の張り詰め方と緩め方の差が激しく、感情がついていかなかったのだ。
そんなフアンたちの様子に、改めて彼らが密偵にしては稚拙だという感想を抱きかけたガイは、急に場の空気が張り詰めるのを感じた。視線の先のフアンとそして斜め後ろに立つアギィからだった。
空気の変化の原因を読み取れないまま、腰に佩いた剣に手をかけようとしたその時、彼の遥か後方で複数の破裂音が鳴り響き、ガイはすぐさま後ろを振り向きながら身を屈めた。
その彼のすぐ斜め上方で強い風が吹き抜けたような、空気を裂くような音がする。
その音が吹き抜けた先に視線を移すと、場の空気が変化した原因を目にすることができた。
ガイの視線に映ったのは、陰りゆく光星に炙り出されるようにした黒い靄が4つ。それが地面から吹き上がる炎のように立ち上っている姿だった。




