第二十九話 メルギニア傭兵ギルド
メラノの傭兵ギルドに限らず、大都市に配置されている傭兵ギルドは凡そ同じ造りをしている。
建物に入って中央に通路があり、まっすぐ進んだ先には、受付がある。
都市の規模、傭兵ギルドの建物の広さにも依るが概ね二人から五人程度が並ぶような造りになっている。
受付に二人以上を配置するのは、職員が休みを取る時の交替要員を常時準備しておくためだ。
傭兵ギルドは、職業柄多くの情報を取り扱うが、その中には機密に触れるものもある。採用される職員は事前に十分な審査が行われており、容易に交替要員を配置出来るものではない。
こうした理由から、予め交替を想定した人員配置が行われている
受付に向かう中央の通路の左右には、少し掘り下げた形で机と椅子が置かれている。
ここは受付を待つための待合室と、傭兵団員同士の情報交換の場を兼ねていた。
傭兵は、自身の持つ技能も価値の一つだが、保有する情報もまた価値の一つとなる。こうした情報は受付同様、容易に外に漏らすわけにはいかず、会話できる場所も限られてくる。
この傭兵ギルドの待合室は、外部の一般人が入りづらい空間であることもあり、簡易的な情報交換の場になるのだった。
もちろん、秘匿性の高いものは、こうした開かれた場所ではなく、さらに別の場所で情報交換される。ギルド内にもいくつかそうした秘匿性の高い会話をするための場所が用意されていた。
ギルドの受付の左手側の扉を抜けた先にあるいくつかの部屋が、そうした密談用の部屋になっていた。
そのうちの一つに、今、フアンたちは案内されていた。
その部屋の天井は高く、光は天窓から採り入れられる構造となっており、壁際には窓を設けず、遮音性を確保する壁で作られている。
外部から内部の様子を覗わせないための作りであった。
部屋の中央には一辺が長い方形の机が置かれ、その机を取り囲むようにして椅子が並べられている。
扉から見て最も奥には一人の壮年の男が座っていた。
白髪交じりの赤黒い髪に濃い青の瞳、全体的に痩身で、少し吊り上がった目とわずかにこけた頬が男の表情を険しく見せている。
男はメルギニア傭兵ギルドのギルド長で、名をクライブと言った。
彼の右隣には、軍事顧問のイリアスが立ち、左隣には特殊案件の受付を担当しているフィオレが座っていた。
右隣のイリアスはこの場で唯一武具の携帯を許されており、ギルド長の護衛を兼ねている。その体格は縦にも横にも大きく、クライブが痩身に見えるのは彼が隣に立っているからではないか、と感じてしまうほどだ。
実際、彼の腕の太さは、クライブの左隣に座るフィオレの両腕を足してなお余るほどの太さをしている。
そのフィオレはギルドに持ち込まれる一般的な依頼事項から外れた、特別な案件を担当している。今回のように他国のギルドと連携が必要な案件や、国や領主からの依頼事項などがそういった特殊案件にあたる。
今回のフアンたちの事案もそうした特殊案件に属するため、彼女もこの場に同席していた。
「三神節の調査期間を使って、結果、何も得られず、というのは喜ぶべきなのか、それとも君たちの能力を疑うべきなのか」
クライブは机の上で手を組むと、報告を終えたフアンを睨むように見据える。フアンはそれに目を逸らすことなく、正面から受け止める。
――フアンの人見知り基準って本当に謎よね
クライブの視線に若干怯みそうになったエレノアは、クライブの態度に臆することなく対峙するフアンを見て思う。
慣れた人間とは普通に話せる。
不慣れな人間とは、目を合わせるだけで緊張する。
仕事として「話さなければならない」場面では、普通以上に話せる。
実はどこかで別の人格に切り替わっているのではないか、そんなことを考えるエレノアだった。
「僕たちが最高の調査員だと言うつもりはありませんが、この期間で僕たち以上の成果が出せる人がいるなら教えていただきたいですね」
「大きく出たな」
「萎縮させたかったのか、挑発させたかったのかはわかりませんが、何か情報を引き出すつもりだったのなら、これ以上は何も出ませんよ。『ウツロ』の件については、僕たちが情報を独占しても何もいいことないですから」
「信じる根拠がないな」
「なぜです?」
「お前たちが俺を信じさせるだけの実績を持っていない、というのもあるが、後ろにいるのが『アストリア』の梟だからな」
フアンが「あぁ」と呻く。
「すみません、それについては反論する言葉がありません」
両手を挙げたフアンを見て、クライブは笑みを浮かべる。
「苦労させられているらしいな」
「国一つ離れた場所のギルド長にすら、悪名が届いているぐらいです。身近にいる僕たちの被害については、想像に難くないかと。うちのギルド長の質の悪さを何とか出来るなら、喜んでお手伝いしますよ」
「そんなことを気軽に発言してもいいのか?」
「こんなことで何とかなるぐらいなら、とっくに何とかされてますから」
「なるほど」
クライブは手元の資料を改めて、一枚一枚並べていく。
「『ウツロ』に関する情報は皆無だったが、それ以外に報告をもらった各地の情報は非常に有益だ。こちらにはこういう調査を厭うものが多くてな。助かった」
「もちろん無償で提供するつもりはないんですけど」
フアンが笑みを浮かべるのを見て、クライブも笑みを浮かべる。
「我々はお前たちへの協力という形で十分に対価を払ったと思うが」
「形のある報酬を求めるつもりはありません。ただ、三つほど、教えていただきたいことがあります」
「……必ず答えると約束は出来ないが」
「それで十分です。一つ目、僕達が知った以外で『ウツロ』の遭遇情報、討伐情報をギルドが得ていたなら、共有いただきたいです。
二つ目、ギルドの前でガイと呼ばれる傭兵と会いましたが、彼の受けた訳有案件とはなんでしょうか。
三つ目、この傭兵ギルドで最近特別理由もなく長期間不在にしている傭兵団はどの程度いますか」
クライブは、手元の資料をまとめると、全てをフィオレに渡した。
「一つ目の質問だが、残念ながら我々も何も情報を持っていない。お前たちがこのギルドに来る前に、『アストリア』国境砦付近で『ウツロ』が出た、という噂があったのが最後だ。
二つ目、お前たちがガイという傭兵を知っている理由についてはこちらが聞いてみたいところだが。まぁ、それはいい。
それを置いたところで、その質問の仕方では答える必要性を感じない。よって答えない」
クライブが手を組み、フアンの様子を窺う。だが、一切表情を変えることのないフアンに「つまらん」、と心の中で呟くと子供じみた遊びは止めることにした。
「……と言っても良いのだが、大して話せる情報を持っているわけではないので教えてやろう。
あれの対応した案件はギルドにとっての「訳有」案件ではない。ゆえに、我々は知らない。
これが二つ目の質問に対する回答だ。
さて、最後、三つ目だが、これこそ、この質問の仕方では答える必要性を感じない。
だから聞こう。それを聞いてどうする?」
「答えれば、答えてくれますか?」
「確約は出来んな。だが、理由によっては今すぐ調べさせてでも答えてやる」
フアンはクライブから視線を逸らさないまま、だが、何も答えず、黙り込む。
同じ傭兵ギルドではあっても、自分たちの味方であるとは限らない。
『ウツロ』に関していえば、人にとって共通の「敵」だ。警戒する必要はない。
けれど、それ以外については違う。
人の敵は、人だ。
「……各地の村々に、原因不明の行方不明者情報を募ってきました。ですが、ほとんどの人は、村を出て生活することは少ない。ならば、村を出て生活をする人ならば、どうか、と思いました。村を回る職業はいくつかあります。一つは行商人、一つは軍隊、一つは狩人、一つは漁師、一つは傭兵」
「傭兵団の中で長期に行方不明になっているものがいたら、そこに『ウツロ』が居るかもしれない、ということか」
「そうです」
クライブはしばらくフアンを凝視していたが、やがて息を一つ吐き出すと、隣のフィオレに視線を移した。
「……まぁ、いい。フィオレ、わかるか?」
「小規模な団ものも含めて、ということであれば、少し時間をもらえれば調べられます。
中規模以上の団で行方知れずとなれば、それなりに話題には上りますが、今のところそういう話は聞いていません。
ただ、行方不明ではありませんが、最近帝都から姿を消した、ということであれば「大海の盾」と「天険の狼」がいますね」
「姿を消した?」
「活動拠点をマグノリア領に移したようです」
「だ、そうだ。小規模な団についての情報も必要か?」
クライブは再び、フアンに視線を戻す。
確認するように話しているが、これで十分だろう、という意図だと、フアンは理解した。
「いえ、小規模ともなれば、それこそ突然活動拠点を移すこともありますから結構です。僕たちもこの報告が終われば、『アストリア』に戻れと言われているので、そこまで時間をかけるつもりもありませんでしたし。
ありがとうございます」
「そうか、ご苦労だったな」
「お渡しした情報が少しでもお役に立てば、苦労も報われます」
フアンが立ち上がるのに合わせて、クライブも立ち上がる。
それを見たレツ達もまた、同様に席を立った。
「梟によろしく」
「「大変お世話になった」、と伝えておきます」
「あまり余計なことは言わないでくれよ」
クライブが苦笑いを浮かべるのを見て、フアンは礼をした。
「お世話になりました」
「なぜ話した?」
フアンたちが扉の向こう側に姿を消すのを見届けると、これまで無言を貫いていた軍事顧問のイリアスが、ぼそりと、腹に響くような声で呟いた。
「何をですか?」
その彼を見ることなく、フィオレが応える。
「何を、と聞き返した時点で理解しているだろう。帝都から活動拠点を移した傭兵団の情報のことだ」
「クライブさんが話したそうだったからです」
フィオレがクライブににこやかに笑いかけ、クライブは顔をしかめる。
「俺に丸投げしたな」
「私が話すことを黙って見ていらっしゃった時点で、責任は全てクライブ様にある、と認識しています」
クライブはため息を吐くと、イリアスを向く。
「説明する必要あるか?」
「なぜ話したか、はあまり重要ではない。お前が何を狙っているかを聞いておきたい」
イリアスは表情を変えないままクライブを見る。ギルドの職員からは、イリアスのその視線には何か物理的な力が含まれているのではないか、と言われているが、クライブはそれを意に介さないようすで、彼を見つめ返していた。
「大した事じゃない。『アストリア』に助けてもらおうってだけだ」
「どういうことだ?」
「あれは『メルギニア』国内のごたごたに気付いてる。とすれば、梟も知ってるだろう。仮に内乱の結果、皇弟派が勝つようなことがあれば、『メルギニア』は、『メルギニア』って名ばかりの『ポートガス』の復興だ。『ポートガス』は『ベトゥセクラ』の流れを汲まない、天地崩壊後に出来た新興国だ。
『アストリア』からすれば、突然巨大な敵国の出現ってわけだな。『アストリア』を拠点とする梟もそれはあまり嬉しくない未来だろう。
その先、どう判断するかは、あちら任せになる。まぁ、手助けしてくれれば有り難い、という程度の保険だ」
「なるほど」
イリアスは机に手を置くと、クライブを覗き込むように見上げる。それは、ある種、獲物を狩る獣の目にも見えた。
「それで……、お前はどうするつもりだ」
「組織が存続すれば、上が何に変わろうがどうでもいい。と答えるのが、組織の長としては正しいんだろうがな」
「……で?」
「残念ながら、俺も『メルギニア』人らしい」
イリアスはそれを聞くと、表情を崩し、獰猛に、にやりと笑みを浮かべた。
「それでこそ、だ」




