第28話 襲撃
奪った記憶が頭の中に入ってくる。
ぬるり、別人のルーティーンが流れた。
昼頃に起きると、仕入れた麻薬を売る。朝から使うような中毒患者からは金を取れないから、動くのは自然と昼からになる。
そうして休憩時間に工場から抜け出す労働者に売っていく。
労働者はストレスを抱えており、また休憩時間が一定だから売りやすい。
だから、いつも同じように工場の路地裏に立つ。
目立たず、それでいて取引が簡単にできるから。
「これじゃない。――【強奪】」
奪った記憶が頭の中に入ってくる。
家にいる子どものことだ。4人の子どもが腹を空かせている。みんな働いている。それでも満たされない。貴族のように贅沢な生活がしたいわけではない。ただ、子どもたち全員に腹いっぱい食わせてやりたいだけだ。麻薬の密売が犯罪であることは知っている。だが、これ以外にどうやって子どもたちに食わせれば良い? 戦争は終わった。武器は売れない。金がない。金がいるのだ。生きていくために。
「これでもない。――【強奪】」
夜の酒場で男たちが酒を浴びるように飲んでいる。
それが麻薬の取引で手にした正規の酒であることを知っている。彼ら自身が作る酒は量をかさますために、混ぜものがしてある。だから、彼らはできるだけマトモな酒を飲む。
その酒場にひときわ大きな男がいた。
よく見れば酒場にいる全員が彼を囲うようにして囲っている。彼の真正面に連れ出される。緊張しているのが分かる。その男が、この地区の責任者なのだから。
つまりは上手く麻薬を売ったから、ようやく謁見が叶ったわけだ。
彼の名前は、
「……フラルゴ」
意識が現実に引き戻される。
目を開くと気を失って地面に倒れている売人を、マオ先輩が捕縛していた。
いましがた奪ったばかりの記憶を忘れないうちに、マオ先輩に伝える。
「いま奪った記憶の中にいた。このあたりのリーダーは筋肉質の大きな男で、名前はフラルゴ・ナバロ」
「どこに集まってた?」
「酒場だ。ここから近い」
俺がそう言うと、マオ先輩は「分かった」と言って立ち上がった。
立ち上がりながら、売人の捕縛に使った縄がほどけないかを確かめる。
「マオ、その男は警邏に引き渡すのか?」
「うん。それが今回のクエストだからね」
マオ先輩の言葉に、俺は沈黙を返した。
彼の環境に同情できる気持ちはある。だとしても、犯罪が正当化されるわけではない。
先輩が捕縛の縄がしっかりとかかっていることを確認して、俺たちは工場地区をあとにした。
酒場は、どこにでもあるような酒場だった。
ただ1つ違うのは顔見知り以外が入れるような温かい場ではなく、誰かの紹介がなければ入れない排他的な場であったということだ。
「正規の酒を卸している酒場であれば、警邏や憲兵の見回りは軽くなる。何しろ王国からの承認を得ているわけだからな」
夜。酒場が盛り上がる時間帯であるのに、酒場を支配しているのは沈黙だけだった。
「そこを拠点にする、か。考えたものだな」
「……お前ら、何が目的だ」
身体の大きな男が沈黙に耐えきれず、口を開く。
周りにいるのは、石化した男たち。酒盛りの途中でメルサの視界に入ってしまったばかりに、こんなことになってしまったわけだ。
フラルゴは捕縛後に、抗呪薬を使って元に戻した。
石化した男たちの間で、動いているのは3人だけ。俺とメルサ、そしてフラルゴだ。
マオ先輩は警邏を呼びに動いてくれている。
リーダーを捕まえたのだから、放っておけば彼らは勝手に消えていくだろう。
だが、それよりも先に彼らから引き出しておくべき情報があった。
「目的はお前らの討伐だが……その前に、聞きたいことがある」
「…………」
「お前、《学園》に侵入して部屋を荒らしただろう」
「……それが?」
フラルゴは否定をしない。
周りが石に出来るような存在が、眼の前のいるから否定しても意味がないと思ったのかもしれない。
「言っておくが、俺が指示をしたのは脅しが目的だ。お前らのものを盗んだのは、部下が勝手にやったことで……」
「違う。別に盗まれて困るようなものなどない」
そもそもチェックした時点で、俺の部屋から盗まれたものは何もなかった。
部屋が荒らされた彼は、盗まれるとか盗まれないとかよりも先にあらゆるものを壊されているため、そんなことを気にしてすらいないだろう。
「だったら、何が聞きてぇんだ」
「これだ」
そう言って俺が取り出したのは、1枚の手紙。
叫ぶような文体で書かれている『Why Alive?』の手紙だ。
「これは、お前らが置いていったものか?」
「……いや、違う」
フラルゴは手紙から目を逸らしながら、答える。
「嘘をつくなよ。俺はお前の記憶を奪える。嘘をついたと判断すれば、俺の奴隷がお前を石にする。薬は品切れだ。お前は石のまま砕かれて、死ぬ」
「嘘じゃねぇ」
彼は顔を上げると、手紙ではなく俺の目を覗きながらそういった。
「大体、そんな何も書いてない紙切れを置いていかねぇだろ」
「……何も、書いてない?」
フラルゴの言葉に、俺は思わず問いかえしてしまう。
その反応が予想外だったのか、彼は困惑しながら続けた。
「兄ちゃんも薬やってたのか? その紙は、白紙だろうが!」
「……………」
俺は男の意味が分からず、再び手紙を見る。
そこには確かに書いてある。誰かの手書きの文字が。
しかし、フラルゴの反応が嘘をついているようには思えない。
そもそも手紙を認識しているのに『何も書かれていない』など、意味のない嘘をつく意味がない。
「……そこの嬢ちゃんに読ませろよ」
「嫌です。見たくないです」
「何でだよ!」
フラルゴが拘束されたまま地団駄を踏む。
まぁ、メルサは手紙を視界に入れたくないほど怖がっているからしょうがない。
「メルサ。頼む……見てくれ」
「……少しだけですよ」
俺の頼みにメルサは渋々……と言った具合に頷いて、目隠しを外した。
彼女は俺だけを石化しないと分かっているが、未だにちょっとドキっとしてしまう。
そんなメルサは手紙を見てから、その紫色の瞳に明確な困惑を覗かせた。
「……あの、ご主人さま」
そして、歯切れ悪く続けた。
「私にも、白紙の手紙に見えます」




