第26話 しっぺ返し
――『Why Alive?』
何度見ても、手紙にはそう書いてある。
逆にそれ以外の文字は記されていない。これまで嫌というほど見た入学式の案内は消え、逆に誰かの手書きの文になっている。
だが、そもそもとして。
「なんで、この手紙がここに……?」
「そ、そんなの勝手に戻ってきたんじゃないですか……」
俺の質問に、メルサが震えながらそう返す。
彼女の言っていることは正しい。
正しいのだが、俺が引っかかっているのはそこではない。
この手紙は捨てても燃やしても勝手に戻ってくる。それは俺を《学園》に入学させるためだ。運命の強制力ゆえだ。
だから、あの手紙はずっと入学許可証として機能していた。
それは俺がいまだ入学していなかったから。
すでに入学式を終え、ルーチェとの決闘も終わった。
だとすれば、もうウィルにはイベントが用意されていない。運命の強制力となる手紙は現れないはずなのだ。
現れないと、思っていたのだ。
「ご、ご主人さま。それ、どうにかしましょうよ」
「どうにかって言ったって、これ何やっても戻ってくるだろ……」
俺が思わず素の状態でそう返すと、メルサは「それはそうですが」と言いながら食い下がること無く返してきた。
「マオ様に相談すれば、良い解決策など教えてくれるのではないですか?」
「……うん?」
「マオ様は《学園》に長くいますから、こういう自体に対処できる【魔法】を持っている方を紹介してくださるかも」
「ふむ……」
確かにメルサの言っていることには一理ある。
かつ俺は記憶を遡って運命の強制力に対処できそうなヒロインを探したが、どうにも思い当たらなかった。しかし、ここはゲームではなく異世界だ。
ゲームには登場しなかった魔法を持っている貴族がいる可能性は、当然ある。
「確かにそうだな。これは明日、マオに頼もう」
「先輩をつけましょう、ご主人さま」
そうしたのは山々だが、ここまでウィルが呼び捨てにした以上、俺も呼び捨てにしなければならないのだ。ぐっと先輩呼びしたい気持ちを飲み込んで、俺は手紙をゴミ箱に捨てようとしたところ……ふっと、風が窓から差し込んできた。
「……?」
俺たちはついさっきこの部屋に戻ってきたばかりだ。
窓が開いているなんて考えづらい。
俺はそう思ってカーテンに手をかけて、そのまま横にスライドさせるとひらっき放しの窓がそこにあった。
「……メルサ。窓を閉めなかったのか?」
「閉めた……と、思いますけど……」
自信なさげにメルサが口を動かすが、その声量はだんだんと小さくなっていく。
「絶対に、と言われると……自信はないです」
メルサの言っていることを咎めるつもりにはならない。
彼女は今日一日中、俺と一緒にいたから分かるが、メルサが部屋の戸締まりを行ったのは朝。《学園》に向かう前のことだった。
いまはとうに日が暮れてしまっている。
『鍵は閉めたと思うが、自信がない』となるのはしょうがないことだろう。
どうにも窓が開いていることが気になって俺が窓に近づくと、ぱき、という音が足元から鳴った。
「……?」
地面を見る。そこに散らばっていたのは、ガラス片。
なぜ、こんなところにガラスが?
そう思って視線を上げると窓にはめ込まれたガラス……その一部が、割れていた。ちょうど、大人の腕が入りそうなくらいに。
手紙に注意を取られて窓ガラスが割れていることに気がつけなかったのは失態だが、そもそもとして窓ガラスが割れていることのほうが問題だ。
「メルサ。ガラスの状態なのだが……朝、お前が見た時は割れてはいなかったな?」
「え? えぇ。はい。流石にそんなことには」
「割れてるぞ」
「えっ!?」
俺が割れているところを指さすと、メルサは心底驚いたように目を丸くする。
そのまま小走りで近づいてくると「ほんとだ……」と言って穴の空いた窓ガラスを覗きこんだ。
そして、その窓ガラスの穴から手を入れればちょうど鍵が空けられることに気がついて、顔を青ざめさせた。
「これ、誰かが窓ガラスを割って鍵を開けたってことですか……!?」
「その可能性があるな」
「手紙よりやばいじゃないですか!」
「もしかしたら《学園》の生徒を狙った強盗かもしれん」
そうなると手紙に書いてある文字が意味不明だが、これまで手紙は密室の中にそのまま出現しているなど通常ではありえない方法で復活していた。
それに比べれば、今回の「窓から誰かが入って目に見えるように置いた」の意味合いは変わってくる。
これは、もしかして運命の強制力などではなく、もっと別の人間の嫌がらせ。例えばウィルに対して悪意を持った人間の嫌がらせだという可能性はないだろうか。
メルサがあたふたしながら割れた窓ガラスの破片を片付けしている横で、俺はなにか盗まれていないかと貴重品入れの確認を進める。記憶にある物品と、眼の前に置かれている貴重品の数々が一致していることを確かめていると、廊下から声が聞こえた。
「おい! 誰か! 誰か来てくれ!!」
聞こえてきた声が近いので、俺はメルサと目を合わせると2人で廊下に出た。
すると、端にある部屋から男子生徒が頭だけを出して、こちらに向かって手を招いていた。
「どうした?」
「悪いが、誰か教師を呼んでくれないか。部屋が荒らされているんだ」
そう言われて、俺は野次馬根性を発揮。
男子生徒の部屋に向かうと「ご覧の通りさ」と、言って部屋の中を見せてくれた。
俺とメルサは2人して部屋の中を覗くと、2人同時にぎょっとする。
窓ガラスは全部割られベッドはクッションをずたずたに引き裂かれたあと横転させられれており、クローゼットは見るも無惨に壊されている。
その中にあっただろう男子生徒用の制服や、従者のものと思われる執事服。割れた食器が部屋中に散乱していた。
うちの部屋以上に危険な状態で、思わず俺は男子生徒に尋ねた。
「これは?」
「親父殿への当てつけだろうなあ」
「当てつけ」
「うちの親父殿は司法局の局長でな。最近、王都にやってきたマフィアを締め上げたから、そのマフィアたちが脅しとしてやったのだろうよ」
そう言ってひょうひょうと語る男子生徒は、この状況に慣れているように思えた。
そして、そのマフィアという単語で、思わず俺の頭に窓ガラスを割った存在がちらつく。ウィルのレベルを上げるために襲撃を繰り返し、半分壊滅状態にしたマフィアがあった。首に傷のタトゥーを入れ、麻薬売買を行う集団が。
そして、彼らは別にロズマリア領だけにいるわけではない。
世界中に存在しており、そのネットワークを活かしている。
そうでなければ、麻薬の密売など不可能だからだ。
俺は荒れた部屋から視線を外すと、男子生徒に続けて聞いた。
「……王都にやってきたマフィアの名前は?」
その質問に、男子生徒は淡々と答えてくれた。
「『黒い影』」




