第23話 目が覚めて
どうやら俺は落石の下から昏睡状態で見つかったらしい。
メルサがたまたま近くを通りかがったマオ先輩に助けを求め、マオ先輩の人徳により集まった他のメンバーが瓦礫を押しのけてくれたことで助かったんだとか。
「本当に大変だったんですよ。ご主人さまが起きなかったら、どうしようかと」
「……すまなかったな」
そして昏睡状態の間、俺をずっと介護してくれていたのがメルサだったのだという。
水を含んだ綿を口元で絞って水を飲ませ、少しでも栄養をと果物の果汁や小麦や蕎麦の実を湯がいたものを飲ませてくれたらしい。
そこまでしてくれたメルサには本当に感謝の気持ちでいっぱいなので、そう言って頭を下げたらメルサが穏やかな表情を浮かべて口を開いた。
「気にしないでください。それにしても、ご主人さま。制服が似合うようになりましたね」
「……痩せたからな」
「良いじゃないですか。痩せてるご主人さまも素敵ですよ」
「なんか優しくないか? メルサ」
「1週間寝たきりだった人に毒を吐くほど落ちぶれたつもりはありません」
一週間眠っていた俺は、昏睡状態の間にすっかり溜め込んだ脂肪を使ってしまいなんとダイエット成功。筋肉まで落ちてしまっているので、しばらく激しい運動はできないのだが……まぁ決闘は終わったから良しとしよう。
そんな思わぬダイエットを成功した俺は、実はもう1つ思いもしない良かったことに恵まれていた。
言葉と態度が自由になったのだ。
これまでのウィルのような偉そうな口調と態度ではなく、本来の自分の口調に戻ったわけである。とはいえ、急に自分を出してしまうとメルサや周りの人間からおかしなヤツだと思われそうなので、なるべくウィルに合わせているが。
そういうわけで、俺は久しぶりに《学園》のカバンを持つとメルサとともに教室に向かった。
「遅れた授業の分を取り戻さなければな」
『決闘での死』というシナリオに打ち勝ったのだ。
あとは奪われた俺の青春を、この身体で取り戻すだけである。
何しろこのゲームは青春リプレイ型コズミックファンタジー学園アクションRPGなのだから。
そんなこんなで俺は一週間ぶりに登校したわけだが……。
「おい、聞いたかよ。昨日、21区で抗争だってよ」
「新しいマフィアか? 王都も治安悪いな〜」
「そんなことより聞いてよ。来週から《塔》の授業だって」
「授業〜? みんな勝手に入ってるだろ」
クラスメイトが誰も俺のところに話しかけてこない。
というか、うっすらと距離を取られているような気さえする。
「ご主人さまってこんなに嫌われてましたっけ?」
「俺だと思われて無いんじゃないか?」
「確かに見た目は全く違いますものね」
そういって頷いたメルサだったが、横から別のツッコミが入った。
「いや、あんた。このクラスに私以外の知り合いがいないでしょ」
「……リアか。よく俺だと分かったな」
「分かるわよ。昔の痩せてたころそのままじゃない」
話しかけてきたのは、ゲームには未登場であるウィルの婚約者。
水色の髪を伸ばした彼女は、いかにもな貴族令嬢といった佇まいで席についた。
「あのね、ウィルが《塔》攻略に精を出している間に、みんな友達とかグループを作ってたの。グループに入っていないのはウィルと……平民のあの子だけよ」
「平民? ルーチェか?」
「そ。でも、あの子と決闘したんでしょ?」
「ああ、まぁ……」
決闘したというか、ルーチェは半分くらい洗脳されているようでもあったが。
俺の煮えきらないような返事をリアは不思議に思ったのか、こてん、と可愛らしく首をかしげて元に戻した。
「あの子もあんたとの決闘に負けてから、一週間くらい教室に来てないのよね」
「……それ、死んでるんじゃないか」
自分としても死にかけてた手前、最悪の想像をしながらそういうとリアは「ないない」と言って手を振った。
「学園長や、先生が毎日部屋には行ってるみたいだもの。でも、恥ずかしくて引きこもってるのよ」
「恥ずかしい?」
「詳しい話は聞いてないけど……ほら、あの子って貴族を敵対視してたでしょう。その貴族に負けちゃったから顔を見せられないんじゃないの」
そういって肩をすくめるリアだったが、確かに言っていることは納得できるものでもあった。ルーチェのやっていたデリカシーのないコミュニケーション。あれをわざとやって貴族を敵対的に見ていたのに、その貴族に負けたからイキれなくなった。
だから引きこもったというのは、確かに筋が通っているように見えるが……。
……そんなヤワなやつだとは思えないけどな。
どうにも、腑に落ちず俺は心の中で首をかしげた。
その後、教師が教室にやってきたので、俺とリアの雑談はそこで終わり。
始まった授業を真面目に受ける振りをしつつ、俺はこの状況について考えた。
決闘では俺が勝って生き残り、主人公は引きこもりになった。この時点で、完全に元ゲームのシナリオは壊れたと言っても良い。
……どうなるんだ? この先。
俺をここまで運んできた紅い便箋――入学許可証は、どこかに行ってしまった。
原作で言えば死んでしまったウィルに今後のイベントは何も発生しない。
つまり、平たく言えば俺の出番は全て終わったのだ。
俺は隣の席で授業を受けるメルサを見る。
「……?」
不思議そうな顔をしてこちらを見てきたので、俺は視線を前に向けた。
俺の出番は終わったが、まだメルサの件が残っている。
彼女を奴隷にした理由は『生き別れた妹と会わせること』。つまり、『蛇の少女:アルナ』ルートに分岐させて、メルサと妹を出会わせなければいけないのだ。
そうだな。それだけはやらないといけない。
メルサには色々と世話になった。特に寝たきりになったときの介護は大変だっただろう。俺は足が動かなくなってすぐのときは看護師の人たちに助けられた。その大変さを身をもって知っているから、メルサの苦労がよく分かる。
だから、その分の感謝は彼女に返さなければいけない。
そう決意して黒板を向き直った瞬間、ある疑問が鎌首をもたげた。
主人公が不在のいま、どうやってシナリオは分岐するんだ?
このゲームは主人公が色んなヒロインとの会話やイベントで立てたフラグによって各種シナリオが分岐していく。それを選択する人間が、部屋に引きこもっている。つまり、選択できるような状況になっていない。
だとすると、どうなるんだ?
俺はその疑問に答えを出せないまま、黒板を見つめた。
授業を進める教師の声がやけに遠く響いた。




