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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:89 ユサラ川の橋

 クリュフに戻ったデニスたちは宿屋で身体を休めた。十分な休息をとった翌朝、再び影の森迷宮に向かった。

 四区画に入り奥へと進む。今日は何事もなく奥へと辿り着き、爆裂トカゲを相手に戦闘開始。五匹目でカルロスが『爆裂』の真名を取得し、すり鉢状の窪地で爆裂トカゲの集団を相手に殲滅戦を行いゲレオンが真名を手に入れた。


「これで目的は達成した。後は迷宮石をもう少し採掘してから戻ろう」

 デニスの指示で採掘が始まり、今日は五二個の迷宮石を回収した。その後、最短距離で迷宮を抜け出しクリュフに戻る。


 宿屋に戻って夕食にしようとした時、デニスの名を呼ぶ声が聞こえた。

「デニス様、ようやく会えた」

 祖父の家の使用人であるジョゼである。


「ジョゼじゃないか。どうしたんだ?」

「旦那様がお会いしたいそうです」

「何の用だろう?」

「たぶん、侯爵様関係だと思われます」


 デニスは昨日ランドルフを助けたことだなと見当をつけた。リーゼルとカルロスたちには宿屋で休むように言ってから、祖父の屋敷に向かった。


 屋敷では祖父イェルクが待ち構えていた。

「デニスよ。クリュフに来ていたのなら、顔を出すくらいしても良いのではないか?」

「すみません。影の森迷宮での用事を済ませたら、こちらに寄るつもりだったんです」


「まあいいだろう。それより、クリュフバルド侯爵様から使いが来て、できるだけ早く会いたいそうだ。今から行くぞ」

「しかし、もう少しで日が暮れますよ」

「構わん。日があるうちなら、連れてくるようにと言われておる」


 デニスは仕方なくイェルクと一緒に侯爵の屋敷に向かった。商店が並ぶ通りを東に歩く。商店の多くが店仕舞いの支度をしていた。


 イェルクの足取りを見ると、しっかりしていた。完全に病が癒え復調したようだ。痩せこけていた身体にも肉が付き、顔色もいい。


「侯爵の使いから、何か聞いていますか?」

「いや、何も聞いておらん。お前にも心当たりがないのか?」

「昨日、ランドルフ殿を迷宮で助けました」


「なるほど、その礼を言うために呼んだのだな」

「そうだと思います」

 デニスたちは、まだ日のあるうちに屋敷に到着した。イェルクが門番に用件を伝えると、屋敷の中に案内される。


 侯爵の執務室は二階にあり、デニスたちは中に入った。そこには侯爵とランドルフが待っていた。部屋の中は高級そうな家具や美術品で飾られており、さすが西部地域を牛耳る大物貴族の部屋という感じがする。


「お久しぶりでございます、侯爵様」

「おお、イェルクか。だいぶ痩せたようだが壮健なようで何よりだ」


 デニスが挨拶をすると、侯爵がニコリと笑いデニスの手を取った。

「ランドルフから話は聞いた。息子と護衛二人の命を助けてくれたそうだな。ありがとう、感謝する」

 クリュフバルド侯爵とランドルフは何度も礼の言葉を伝え、感謝の気持を表した。


「そこで、ランドルフを助けてもらった礼として何かしたいのだが、何が良いかな?」

 そこにランドルフが口を挟む。

「命の恩人だ。何でも言ってくれ」


 デニスは考えていたものがあったので、それを口にした。

「ベネショフ領とバラス領の間にあるユサラ川に橋を架けたいと思っています。そこでバラス領のヴィクトール殿にお口添え願えないでしょうか」


 デニスは借金の金貨二〇〇〇枚を帳消しにしてもらう案も考えた。だが、綿糸の商売で借金を返す目処が立っているので、積年の懸案だったユサラ川に架ける橋を実現させることにした。


 その願いを聞いた侯爵は意外に思った。借金の帳消しを頼まれるものと考えていたのだ。

「これは予想外だ。なぜ橋を架けたいのか、聞いてもいいかな?」

「ベネショフ領に人が集まらないのは、ユサラ川で人の流れがさえぎられているからだと思っています。そこで橋を架けることにより、ベネショフ領に人が集まるようにしたいのです」


 そう答えたデニスの顔を、侯爵はジッと見ていた。

「しかし、橋を架けるには膨大な費用がかかるぞ」

「承知しています。最初に架ける橋は、木造の簡単な橋にして、あまり費用をかけないようにしようと思っています」


 侯爵はデニスが「最初に」と言った言葉が気になった。将来的には石造りの橋でも架けようと思っているとしたら、ベネショフ領をどこまで発展させるつもりなのかと気になった。


 デニスの願いを侯爵は聞き入れた。橋の件で詳細を話し合った後、二人が辞去し侯爵とランドルフが残った。

「ランドルフよ。先ほどの話をどう思った?」


「デニスは凄いですね。将来立派な領主になるでしょう」

「儂もそう思う。ただ心配なのは、西部地域におけるクリュフ領の地位を脅かすほど、発展するのではないかということだ」


 ランドルフが笑った。

「父上、心配しすぎです。ベネショフ領は小さな領地ですよ」

「今はそうだ。だが、あのデニスが領主になる頃には、予想以上に発展しているのではないかと思ったのだ」


 侯爵は息子の言う通り考えすぎかと思い直し、橋の件をバラス領に伝える使者を誰にするか考えた。

「私が行きましょう」

 ランドルフが名乗り出て、侯爵も承知した。


 翌日、侯爵が書いた書簡を持って、ランドルフと護衛のローマンたちが騎馬でクリュフを出発した。

 バラス領に到着したランドルフたちは、ヴィクトール準男爵と面会し書簡を渡す。


 それを読んだヴィクトールが顔を歪めた。

「侯爵がユサラ川に橋を架けたいとおっしゃるのなら、バラス領側でもいなとは申しません。ですが、架けたいのはベネショフ領の連中なのでしょう。それを侯爵が後押しするというのはなぜです?」


「ベネショフ領の次期領主には恩義があるのです。父の顔を立てて承知してもらえませんか?」

 クリュフ領の次期領主にそう言われると、ヴィクトールでも断れない。


「そこまでおっしゃるのなら承知します。ただバラス領側では一切の援助はしませんぞ」

「構いません。川沿いの土地さえ提供してくださるのなら、後はベネショフ領が工事するそうです」


 ヴィクトールが腑に落ちないという顔でランドルフに尋ねた。

「ベネショフ領は借金もあり、領地経営は苦しいはずです。橋を架ける工事費は、どこから捻出するつもりなのでしょう?」


 ランドルフがニヤッと笑った。

「ヴィクトール殿はご存じなかったのですね。ベネショフ領は最近紡績の事業を起こしたようです。質の良い綿糸を我が領に販売し利益を上げているのですよ」


 ヴィクトールが驚いた顔をする。

「ほ、本当ですか。ベネショフでそんな事業を始めていたとは……」


 ランドルフたちが去ると、ヴィクトールはベネショフ領の紡績事業を調べるように命じた。配下の者が調べ上げた情報を整理すると、ベネショフ領の西の端に紡績工場を建設中だという。


 現在は領主屋敷の敷地内で綿糸を製造しており、中の様子が分からず生産量や売上の正確な数字も分からない。ただ大きな利益を上げているらしいことは分かった。


 ヴィクトールは息子のカミルを呼び話し合い始めた。

「紡績事業というのは、儲かるのですか?」

「今は綿糸も絹糸も不足気味で、相場が上がっているようだ」


「ならば、我々も紡績事業を始めたらいいのでは?」

「ふむ、面白い。ベネショフ領より大人数で始めれば、大量の綿糸が製造できるだろう。それをクリュフで売れば、ベネショフ領の連中の鼻をあかすことができる」


 秋の収穫が終わり農閑期に入った頃である。今なら農民の手が空いているので、人手を集めやすいと考えたヴィクトールは精力的に紡績事業の準備を始めた。


 一方、ベネショフ領に戻ったデニスは、クリュフ領で起きた出来事をエグモントに報告した。橋の一件を聞いたエグモントは溜息を吐いた。

「今から言っても遅いのだが、借金の帳消しを頼んだ方が良かったのではないか?」


 長年借金の返済に苦労していたエグモントは、借金を帳消しにするチャンスがあったと聞いて、それを活かさなかったデニスに不満を持ったようだ。


「父上、クリュフからの借金などもうすぐ返せます。そんなことにクリュフバルド侯爵の力を使うより、橋を架ける件を優先させる方がいいのです」

「しかし、橋を架けるにも大きな費用が必要なのだぞ」


 デニスは心配ないと告げた。

「王都の商人たちから、また発光迷石が欲しいという書状が届いています。また二〇〇個ほど作れば、金貨数百枚の利益が出ます」

「それを橋の工事費に充てるというのか。そこまで考えているのなら止めん。……ヴィクトールの奴が変なことを仕掛けてこなければいいんだが」



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[気になる点] 発光迷石を使ったランプの仕様は以下の分より判断。 【scene:48 発光迷石】 〉発光迷石一個の光量は、それほどではない。光は強いが小さすぎるのだ。照明として使うのなら、何個か纏めて…
[一言] 地図を見て確認するとバラス領がおもいっきり邪魔ですね。 というか、ヴィクトールはこれまでベネショフ領方面の関税を上げて嫌がらせとかやらなかったんでしょうか? そういえば王都に行く際にバラス領…
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