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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:79 王都の屋敷

 試合で気を失ったデニスが、目を覚ますと豪華な部屋の中だった。

「ここは?」

「白鳥城の客室でございます」


 デニスの問いに答えてくれたのは、フーベルトという侍従武官だった。フーベルトはマンフレート王が信頼する侍従武官であり、国王を裏で支える重要なスタッフの一人だ。


「起き上がっても大丈夫でございますか?」

 デニスは寝ていたベッドから起き上がり立ち上がった。少しふらつく感じがあったが、すぐに消える。装甲膜がレオポルトの強烈な斬撃から守ってくれたようだ。


 ただ打ち込まれた勢いで吹き飛ばされた時に、頭を強く打って気を失ったらしい。頭に瘤が出来ている。デニスは『治癒』の真名術を使った。


「陛下が、目覚められたら会いたいとの仰せです」

「えっ、陛下が……だけど、こんな格好じゃ失礼じゃないですか?」

「着替えの服は用意してあります」


 デニスの服は所々が破れていた。用意してあった服に着替えたデニスは、マンフレート王の執務室へ向かう。部屋の前で、フーベルトが国王に声をかけ入室する許可が下りた。


 執務室に入ると、国王とヨアヒム将軍が待っていた。

「デニス君、身体は大丈夫なのかね?」

 ヨアヒム将軍が身体の心配をしてくれた。デニスは大丈夫だと答え、国王に倒れた自分の面倒をみてくれたことを感謝した。


「感謝など無用である。先の戦いは余が願ったこと。それで傷ついた者を放っておくなどできるものか」

 デニスは国王の言葉に頭を下げてもう一度感謝した。


 ニコッと笑った国王は、見事な戦いだったと褒めた。レオポルトのような強者と十代の若者がほとんど互角に戦ったのだ。それは凄いことだとヨアヒム将軍も告げる。

 負けたとはいえ、あの戦いを見た者はデニスが只者でないと感じただろうと国王も言う。


「ところで、そちは『治癒』の真名を持っていたのだな。どんな魔物から手に入れたのだ?」


「岩山迷宮の六階層にいたオーガでございます」

「ほう、六階層といえば、まだまだ浅い階層ではないか。そんなところにオーガのような大物が出るということは、妖異因子の魔物のようだな」


 この国では妖異因子と呼ばれている魔物がいる。一般的な生息領域に関係なく存在する魔物の総称で、ボス部屋の主や放浪魔物などが該当する。こういう魔物は倒した後、すぐにはリポップしないのも特徴の一つだ。


「はい。我が領地では『ボス部屋の主』と呼んでおります」

 デニスが次の階層に向かう道の直前に存在する部屋について説明し、そこをボス部屋と呼んでいることを伝える。


「ということは、六階層のボス部屋を攻略し、七階層へ進んだということか?」

「そうでございます」


「どのような階層だった?」

「雪と氷の世界でございました」

「ほほう。氷雪の魔物が存在するのなら、大雪猿がいるのではないか?」

「はい、遭遇いたしました」


 国王が満足そうに頷く。

「将軍、黄金旗騎士団の誰かを派遣して、大雪猿の毛皮を手に入れさせろ」

 国王の冬用コートが大雪猿のドロップアイテムである白い毛皮から作られており、そのコートが傷んでいるらしい。


「それでございましたら、すでに手に入れてあります。ベネショフ領に戻りましたなら贈らせて頂きます」

「おお、それはありがたい。余の願いで大変な目に遭わせ、贈り物までもらうとなると、余もお返しをせねばなるまい」


 国王は文官の一人を呼び、デニスに貴族街にある屋敷を一軒与えるように命じる。デニスは大いに感謝した。だが、国王の傍に立つヨアヒム将軍が、笑っているのが気になった。


 マンフレート王との会見が終わったデニスは、城を出て宿屋に戻った。その手には城でもらった屋敷の権利書と鍵が握られている。


 アメリアたちはデニスが無事に帰ってきたことを喜んだ。

「デニス兄さんが倒れた時には、本当に心配したんだから」

 心配させてしまったことをアメリアたちに謝り、国王から屋敷をもらったことを報告。


「じゃあ、明日見に行こうよ」

 アメリアが提案した。デニスたちは全員が頷く。


 翌日、全員で貴族街へ向かう。貴族街は白鳥城の東側と西側にある。デニスがもらった屋敷は、西側にある屋敷だった。


 貴族の屋敷と言ってもピンからキリまである。デニスがもらった屋敷はキリの方だ。西側貴族街の北端にあり、敷地面積は二〇〇坪ほどだろう。


 広い貴族屋敷なら、二〇〇〇から三〇〇〇坪もあると言われているので、貴族の屋敷としては狭い。ただ日本の住宅に比べれば、十分に広い方だろう。工夫次第で快適な住まいが出来上がる。


 デニスたちは、王都に一番詳しいリーゼルに案内されて目的の屋敷に向かった。その屋敷は貴族のものらしく塀に囲まれており、もらった鍵を使って門を開ける。中は雑草や樹木が生い茂る密林と化していた。


 カルロスが険しい顔になっている。

「デニス様、これはかなり費用をかけないと住めるようにはなりませんぞ」

「そうみたいだね。建物を見てみよう」


 建物はひと目で使い物にならないと分かった。屋根に穴が開き、壁の一部も壊れている。木造二階建て、延べ床面積は一〇〇坪ほど。ダイニング、リビング、厨房、個室が七部屋ある。


 風呂やトイレ、洗濯場は別の建物になっている。水は井戸が二つあった。一つは今でも使えるもので、もう一つは封印されていた。


 王都は近くにクワイ湖があるので、地下水が豊富なようだ。どの貴族屋敷にも複数の井戸がある。

「うわーっ、凄く広い」

 アメリアたちはリビングの広さに驚いている。但し、部屋の中は落ち葉や木の枝などが散乱していた。


 リーゼルがあまりの酷さに驚いている。顔をしかめ、

「こんな場所には住めないよ」

 そう言った。その意見にはデニスも同意する。


「作り直すしかないな。とりあえず、雑草を刈り取って建物を壊すか」

 樹木は残して更地にする費用は、金貨五枚ほど、また貴族に相応しい屋敷を建てるのに金貨五〇枚ほどが必要なようだ。


 ちなみに土地の価格は、金貨一五〇枚ほどになるらしい。国王から屋敷をもらった時に、ヨアヒム将軍が笑っていたのは、ここの有り様を知っていたからだろう。


 デニスは王都に店を構えるゼバスチャンに会い、人を雇うにはどうすればいいか尋ねた。ゼバスチャンは、発光迷石の取引で知り合った商人だ。


 王都には手配屋と呼ばれる仕事をしている商人がいるそうだ。これは人材斡旋を仕事とする商人で、日雇い労働者や大工などの斡旋もしていた。


 ゼバスチャンにウルリヒという手配屋を紹介してもらい、屋敷の解体と庭の手入れ、井戸の掃除を頼んだ。その手配が終わる頃になって、鍛冶屋に頼んでいた部品が出来上がる。


 リーゼルも所属変更の手続きが終わったようなので、後は屋敷の作業が終わるのを待つだけだった。その間に、王都の見物をしていると、住民から声をかけられることが多くなった。


「おや、あなた様は武闘祭でレオポルト殿と戦われた方ではないですか」

 そう言って、話しかけられ知り合った人々も多い。その中には様々な穀物を商っているユルゲンという商人もいた。このユルゲンは他国で採れた穀物も扱っており、水田で作られた作物もあると聞いて確かめた。


 ラエスと呼ばれる穀物は、日本で紫米と呼ばれるものだった。日本では酒やうどん、餅、菓子、パンなどの原料となるようだ。


 ベネショフ領で小麦があまり作られていない理由は、土壌が痩せているからである。その点は魚肥により改善させられるとデニスは考えている。


 だが、小麦には連作できないという弱点がある。広大な領地を持つ貴族なら困らないだろうが、ベネショフ領のような小さな領地のところでは、畑を小分けして輪作するのも大変なのだ。

 デニスはユルゲンから紫米の種籾を分けてもらい、ベネショフ領で水田を試してみようと考えた。


 数日後、屋敷が片付き更地になった。デニスたちは出来上がった部品を荷車に積んでベネショフ領に帰還する。旅は大変だったが、野盗や山賊に襲われることもなく無事にベネショフ領に戻った。


 屋敷に戻ると、王都での出来事を両親に報告した。

「な、なんと、陛下から屋敷を頂いたのか。それは凄いことだぞ」

 エグモントは驚くと同時に喜んだ。


 母親のエリーゼは、ゲラルトが無事に四回戦に進出し目的を果たしたことを喜んだ。もうすぐ子供が生まれるゲラルトの将来を心配していたようだ。


 デニスは今回の旅で多くのものを手に入れた。まず目的だった紡績関連機械の部品と屋敷、紫米の種籾、そして人脈である。


 今後、ベネショフ領を発展させるためには、最後の人脈が役に立つかもしれないとデニスは思っていた。


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