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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:68 王都警備軍のゲラルト

 クルトが将軍と地稽古をした日の夕方。王都に戻ったことを王都警備軍の上司に報告したゲラルトは、屋敷に戻った。


 屋敷の中に入ると、部屋の中は薄暗くなっている。

「まだランプを点けないのか?」

 ゲラルトがカサンドラに尋ねた。ダイニングルームの天井に発光迷石ランプが取り付けられていた。


「まだ見えるから、もったいなくて」

「油を使うわけじゃないんだから、どんどん使いなさい。ライトアップ」


 発光迷石ランプが点灯しダイニングルームの隅々まで照らしだす。その光を見たメイドが目を丸くしている。


「ゲラルト様、このランプは?」

「私の故郷ベネショフで作られたランプだ。同じようなものが陛下にも献上されたんだぞ」

 ゲラルトは誇らしそうに言った。


 王都が闇に落ちる直前、主であるグスタフ男爵が戻ってきた。

「そのランプの光は凄いな。遠くからでもはっきり見える」

 窓からこぼれ出た光が見えるらしい。


 いつもならロウソクの光を頼りに夕食を食べるのだが、ランプの下で食べる食事は特別な味がするように感じた。食事が終わりランプの下で話をしていると、玄関でドアノッカーを叩く音がした。


 使用人が迎えに出ると、隣のリュディガー男爵だった。グスタフの同僚で、第一騎兵隊指揮官である。

「どうした。こんな夜に?」

 ダイニングルームに入ってきたリュディガーに、グスタフが声をかけた。


「隣家の窓から眩しい光が漏れ出ていたんで、何事かと確かめに来たのだ」

 リュディガーは、天井に吊るされている発光迷石ランプを見上げながら答えた。


「心配無用だ。ゲラルトがベネショフ領からランプを持って帰ってきたのだ」

「これがベネショフランプか。明るいものだな」


 これが切っ掛けで、グラッツェル家に発光迷石ランプがあることが近隣に知れ渡り、夜のパーティや集まりがグラッツェル家で頻繁に行われるようになった。


 翌日、登城したゲラルトは、訓練場へ行き同僚と一緒に訓練を始めた。

「おい、ゲラルト。長いこと休んでいたな。身体が鈍っているんじゃないか?」

 一年先輩であるヘンドリックが声をかけた。


「身体が鈍るだって、真名を手に入れるために故郷に帰ったんだぞ。ずっと迷宮で戦っていたよ」

 そこに口を挟む者が現れた。同期で王都警備軍に入ったヤーコプだ。何かとゲラルトと張り合おうとする男である。原因は分かっていた。ゲラルトが結婚したカサンドラに告白して断られたことが関係している。


「本当か。故郷に帰って遊んでいたんじゃないのか」

 ゲラルトは溜息を吐いた。ベネショフ領に遊ぶような場所などないのだ。


「ベネショフ領は辺境の町だぞ。遊ぶような場所などあるか」

 ヤーコプが鼻で笑い。

「ふん、信用できるか。信用してもらいたければ、俺の地稽古に付き合え」


 厄介なことにヤーコプは、王都警備軍でも有数の使い手だった。しかも『豪脚』と『豪腕』の持ち主である。

 同僚たちは面白がって囃し立てた。娯楽の一つだと思っているのだろう。


 この様子では地稽古の相手をしなければ、収まらないだろう。そう思ったゲラルトは、木剣を持った。ヘンドリックが心配そうな顔をしている。

「やめといた方がいいんじゃないか。あいつは本気で打ち込んでくるぞ」


 ヤーコプは訓練で同僚の一人に怪我をさせ、王都警備軍をやめさせた前歴があった。

「大丈夫。条件が同じなら奴には負けん」


 ヘンドリックは意味が分からなかったようだ。

「えっ、何だって。どういうことだ?」


 ゲラルトは答えずに訓練場の真ん中に進み出た。同じようにヤーコプが出てきて木剣を構える。ヤーコプもハルトマン剛剣術の使い手であり、両者は同じ構えで向き合う。


「故郷のど田舎で、どれほど腕を磨いたか。俺に教えてくれよ」

「ああ、お前とは一度話し合おうと思っていたが、この方が納得してくれそうだ」

「分かってるじゃねえか。俺は弱い奴の泣き言など聞かん」


 両者は真名を解放し戦闘準備を整えた。ゲラルトは以前にもヤーコプと稽古で剣を交えたことがある。その時はカサンドラとの結婚前だったが、酷く痛めつけられた。


 『豪腕』『豪脚』の二つの真名を使った攻撃は、受け止めるのが難しい。それ故に、接近戦を嫌がり遠い間合いで戦おうとする者がほとんどだ。


 ゲラルトも間合いを取ろうとして攻撃が消極的になり、ヤーコプが激しい攻撃を連続で放つと防戦一方となって敗北した。


 だが、今回は違う。力負けすることがないので、じっくり構える。ヤーコプが木剣を肩に担ぐように構え、跳躍した。一気に距離を縮め、袈裟懸けに振り下ろす。


 ゲラルトは軽快な足捌きで躱し、ヤーコプの脇腹目掛けて斬撃を放つ。オークとの戦いで身に付けた技だ。ヤーコプが驚いたような顔をして飛び退く。


「躱すんじゃねえよ!」

 そう叫んだヤーコプが凄い勢いで木剣を振り回す。以前のゲラルトは、この攻撃が怖かった。その攻撃の一振りでも避け損なえば、血反吐を吐いて倒れることになるからだ。


 しかし、ベネショフの兵士たちと地稽古をするようになって、ヤーコプの攻撃が単調で力任せであるだけだと分かるようになった。ベネショフの兵士たちが放つ斬撃は、ヤーコプが放つものに比べれば威力がないが、様々な変化を持った斬撃なので怖い。


 ゲラルトはヤーコプの攻撃を躱すのではなく受け流し始めた。ヤーコプの顔に焦りの表情が浮かび、肩で息をするようになる。


「逃げてんじゃねえぞ」

 自分の攻撃が受け流されているのを、ゲラルトが逃げていると感じたようだ。ゲラルトはヤーコプの攻撃を初めて受け止めた。鍔迫り合いとなったところで、『豪腕』『豪脚』の真名術を使って撥ね返す。


 ヤーコプがよろよろっと後ろに下がり、驚いた顔をする。ゲラルトは『豪脚』を使って飛び込み、横腹に木剣を叩き込んだ。ヤーコプが無様に倒れる。


 周りで見ていた兵士たちが歓声を上げる。ヤーコプは兵士たちからも嫌われていたようだ。ヘンドリックが駆け寄ってゲラルトの肩を叩く。

「ベネショフで相当鍛えたようだな。別人に思えるほど凄かったぞ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、日本では雅也が紡績の機械について調べていた。デニスの世界における紡績、糸を紡ぐ作業は『糸車』と呼ばれる道具を使って一本ずつ紡がれていた。


 だが、こちらの世界では産業革命で同時に何本もの糸を紡ぐ装置が発明されている。懐かしい歴史の授業で習ったジェニー紡績機だ。この装置はジェームズ・ハーグリーブスというイングランドで大工をしていた発明家によって創り出された。


 一七六四年、ハーグリーブスは複数の紡錘を横に並べ一個の糸車で同時に回転させることを思い付き、『ジェニー紡績機』を作った。ただジェニー紡績機は、細い糸を作るのに適した装置だったが、太い糸を作るのには不向きだった。


 その頃の織物では、太く丈夫な糸を経糸たていとに使い細い糸を緯糸よこいとに使っていた。緯糸だけ大量に生産できても、織物は織れない。そこで、リチャード・アークライトが高品質の経糸用の糸を生産できる水力紡績機を発明した。


 その二つの発明が引き金となって、一七七九年に、サミュエル・クロンプトンが『ミュール紡績機』を発明する。アークライトの紡績機の欠点をジェニー紡績機の仕組みで補う形で創り出されたミュール紡績機は、強く細い糸を紡げたので、様々な織物に使われた。


 雅也が調べているのは、このミュール紡績機だった。初期に作られたミュール紡績機は手動だったので、それを再現しようと考えている。


 雅也が手動にこだわったのには理由がある。ベネショフ領で使える動力源は人力か水力だった。水力を活用するには大きな投資が必要になり、人力で動かせる装置にしたかったのだ。


 雅也は紡績機だけでなく、機織り機も調べていた。注目したのは一七三三年に発明された手織機用のローラー付きの杼『飛び杼』である。他にカートライトが発明した『力織機』というものもある。


 ただ動力源を人力に限定したので、飛び杼だけが利用可能となった。雅也はベネショフ領で使うのに最適な紡績機と機織り機を設計してくれるように機械設計事務所に依頼した。


 雅也が機械の設計が終わるのを待っている頃、小雪が宮坂師範の下で修業に頑張っていた。雅也と一緒に道場へ行き、小雪が宮坂師範の指導を受けている間、雅也は立木打ちなどの練習を行っている。


 そんな日が続いたある日、道場にテレビ局から取材が申し込まれた。宮坂師範は来る者拒まずという信条の人物なので、喜んで承諾した。


 取材の当日、小雪と雅也も道場で撮影クルーを待っていた。道場を訪れる中にオリンピックの空手に出場する選手がいると聞いて興味を持ったのだ。


「空手の選手なんだろう。何で空手の道場じゃなくて、宮坂流に来たんだ。ここは少林寺拳法の流れをむ道場なのに」


 小雪も首を傾げた。

「もしかして、異種格闘技戦みたいなのを期待しているのかも」

「宮坂師範を相手にか。怖いことを考える奴だな」



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