scene:63 王都での取引
三日で二一〇個の発光迷石が出来上がった。今回作った発光迷石は、一日分ごとに起動文言を変えている。一日目に作ったものは『アルトライトアップ』、二日目は『バスライトアップ』、三日目は『テノライトアップ』という具合である。
旅の用意を済ませたデニスは、ベネショフを旅立った。一緒に同行するのは、鍛冶屋のディルクとカルロスである。ディルクは王都の鍛冶屋に綿繰り機などの部品を発注するために連れていく。
「ディルクは、王都で働いていたんだろ。何て言う工房なんだ?」
「バルテル工房という小さな工房ですよ」
デニスが次期領主に決まったからだろうか、ディルクの言葉遣いが少しだけ丁寧になっている。
「何で、ベネショフに戻ってきたんだ? 俺が言うのも、あれだけど、ベネショフには碌な仕事がなかっただろ」
「初代のバルテルさんは、いい親方だったんだけど……後を継いだ息子は嫌な奴だったんだ。そいつと喧嘩して、王都を飛び出したんです」
「クリュフやダリウスに行けば良かったのに」
「今になって思えば、そうなんだが、その時は勢いでベネショフまで帰ってきた」
王都の工房で腕が良いのは、エルベン工房とフェルヒ工房らしい。部品はその二つに分けて発注する予定になっている。
二つに分けるのは、ベネショフ領で何を作っているのか秘密にするためである。実際は二つの工房が作った部品とディルクが作る部品を合わせて完成するので、王都の工房では最終的に何が出来るのか分からないだろう。
ダリウス領を通過し、王都モンタールに到着。まず宿を決め、カルロスに手紙を届けさせた。発光迷石ランプが欲しいと言っていた商人たちに対してである。
デニスは宿の部屋で休みながら、発光迷石の価格をどうするか考えた。雑貨屋のカスパルは、迷宮装飾品が最低でも金貨二〇枚になると言った。しかし、例外がある。
その一つが発光迷石を使った迷宮装飾品だ。特に照明リングと呼ばれる発光迷石を使った指輪は安い。と言っても、金貨二枚ほどなので庶民が手を出せる代物ではない。
その値段の大部分は、迷宮から産出される迷宮石の値段である。発光迷石を作れる職人の数が比較的多いのが安くなっている原因だ。
ただデニスが作る発光迷石は、普通のものではない。空気中にある魔源素をエネルギー源として発光するものなので、価値が高くなる。
「僕が作る発光迷石の価値は、どれくらいだと思う?」
尋ねられたディルクが困ったという顔をする。
「そんなことを聞かれても、俺に迷宮装飾品の値段なんて分かりませんよ。普通のものより価値が高いんなら、倍くらいにしたらどうです」
「倍か……でも、魔源素結晶は迷宮石より小さいんだよな。それに迷宮装飾品ではなくて、発光迷石のままで売るつもりだし」
そんなことを考えている時、宿屋の入り口で大声が聞こえた。
「ベネショフ領の次期領主様はおられますか?」
そして、口々にデニスの名前を呼ぶ声。デニスとディルクは部屋を出て声がした方向に向かう。そこには商人らしい格好をした三人の男がいた。
「デニスは僕ですが」
「おお、あなたがベネショフ領のデニス様ですか。私はファッシュ商会のゼバスチャンでございます」
三人の男が次々に自己紹介する。やはり全員が商人のようだ。
「陛下に献上された発光迷石ランプを、お売り頂けるのですよね」
「いえ、ランプではなく、発光迷石を売ろうと思っています。ランプに仕立てるのは、皆さんの方でやっていただきたい」
「そうでしたか。私はそれで構いません」
「私もです」「同じく」
デニスは自分たちの部屋に案内した。そこで商談を行うことにしたのだ。荷物の中から発光迷石が入った三つの木箱を取り出す。防音処理が施されており、起動文言別に分けている。
その頃になってカルロスが戻ってきた。
「皆さん、足が速いようですな」
カルロスは宿から遠い順に手紙を届けたのだが、手紙を読んだ商人はカルロスを置き去りにして宿に来てしまったらしい。
「それで、発光迷石はどれほどあるのでしょう?」
ゼバスチャンが尋ねた。
「三種類、合計二一〇個です」
もう一人の商人が、三種類という意味を尋ねた。デニスは起動文言が違うものだと答える。
「なぜ、分けられたのです?」
「例えば、リビングと廊下に発光迷石ランプを付けた場合、どちらか一方だけを点灯したい時に便利だからです」
商人たちは納得した。
「デニス様、発光迷石を点灯させてもらえませんか」
「いいだろう」
木箱から発光迷石を一個取り出し、テーブルの上に置く。デニスは小声で起動文言を唱えた。
「アルトライトアップ」
小さな発光迷石から発した眩しい光が商人たちの顔を照らす。
「おお、これは……」
「思っていた以上に明るい」
「『魔勁素』の所有者が持っていなくとも光るとは……」
商人たちは目を細めて輝く発光迷石を見詰める。ゼバスチャンが自分で試してみたいというので起動文言と停止文言を教えた。
商人たちは自分でも操作できると確かめ、価格交渉を始めた。基準となるのは、通常の発光迷石である。迷宮石を加工した通常の発光迷石は、一個一万五〇〇〇パル、金貨一枚と大銀貨五枚が相場らしい。
商人の一人が、
「この発光迷石は特別なものですが、通常のものより小さい。そこを考慮して一個一万八〇〇〇パルでどうでしょう」
もう一人の商人が、鼻で笑う。
「ふん、それは安すぎますな。私どもなら一個二万パルで買います」
商人たちがガヤガヤと騒ぎ始めた。デニスは黙って商人たちを見ていた。最後にゼバスチャンが、一個三万パルで買うと言い出した。
「いいでしょう。一個三万パルで売ります」
デニスが決定した。三万パルは金貨三枚である。金貨一枚が一人前の職人が一月にもらう収入だと聞いたことがあるので、三ヶ月分の収入。大金だった。
二一〇個の発光迷石をどう分けるかは商人たちが決めた。商人たちは一度店に戻り、代金を用意するというのでデニスたち三人だけが残った。
「デニス様、合計でいくらになるんです?」
「そうだな、金貨六三〇枚だ」
「凄え……綿の加工なんてやめて、発光迷石だけで商売した方が儲かるんじゃねえですか」
カルロスも頷いている。
「発光迷石だけの商売だと、すぐに限界が来るよ」
「なぜです。こいつはデニス様だけにしか作れないんでしょ」
「そこが問題なんだ。僕にしか作れないから、僕に何かあった場合、商売がだめになる。そんなものを基礎にして領地経営は続けられない」
デニスが職人や商人だったら、発光迷石だけで商売しても良いかもしれないが、領地経営という観点から見た場合、不安要素が大きかった。
それに一年間の大部分を迷宮で発光迷石作りをして過ごすのは勘弁して欲しい。魔源素結晶作りも転写も精神的に疲れるからだ。
「ところで、商人たちは金貨三枚で買うと言ってたけど、それで儲けが出るんですかねえ」
ディルクが商人の心配を始めた。
デニスは商人たちからエグモントへ出された手紙の内容を知っているので、心配などしなかった。どの商人も数人の貴族から依頼されたようで、欲しがっている顧客は大勢いそうだと分かっていたからだ。
「あの商人たちが損をするとは思えないよ。きっとシャレたランプに仕立てて、二倍とか三倍の値段で売るんじゃないのか」
「まあ、そうでしょうね」
カルロスも同意した。ディルクは心配して損したという顔をする。
実際、デニスの発光迷石はシャレたランプとなって、貴族たちに売られることになる。その頃からベネショフランプという言葉が広まり、貴族や商人の間で手に入れようとする者が多くなった。
発光迷石の取引が終わったデニスは、エルベン工房とフェルヒ工房へ行き部品の発注を行った。工房の職人の中には、ディルクの顔を知っている者もいたので門前払いされることはなかったが、その部品の設計図を見て嫌な顔をされた。
「おいおい、こんな細かい仕事なのかよ」
「俺にはダメだったが、親方なら大丈夫だろ」
ディルクが親方を必死で説得する。その甲斐もあって部品の製作を引き受けてくれた。その代わり目が飛び出るような代金を請求される。
デニスは高額な代金に納得がいかなかったので、ディルクに確認した。初めて製作するものは、ある程度試行錯誤しながら作るので、高くなるのは当然らしい。
デニスは親方が決めた値段で契約した。工房からの帰り、ディルクと話しながら歩く。
「ディルクが製作できたら楽だったんだけど」
「俺の工房には設備も、助手をしてくれる若手職人もいねえから無理なんです」
ディルクの工房にも助手がいないわけではない。ただ力仕事には向かない老人なので人手不足なのだ。
その言葉を聞いたデニスは、設備と若手職人がいれば何とかなるのなら、父親に掛け合って揃えることを考えるべきじゃないかと思った。




