scene:36 ベネショフの誇り
岩山迷宮六階層の探索を終えたデニスは、結果をエグモントに報告。
「なるほど。六階層の魔物は、ゴブリン・コボルト・オークか。アメリアたちでも倒せたのだな」
「問題なく倒していたよ」
「アメリアたちが凄いと思えばいいのか。それとも六階層の魔物が弱すぎるのか?」
「持っている真名と魔物との相性かな。だけど、その真名もオーガみたいな化け物には通用しないと思う」
「どうするつもりなのだ?」
「オーガをどうやって倒すか、調べるつもりだよ」
「七階層を確認したいのは分かる。だが、オーガは強敵だ。まずは、六階層の資源をベネショフ領でどう活用するかを考えた方がいい」
「……七階層がどうなっているか、知りたいけど、父上の意見に従います」
デニスたちは六階層の調査を続け、植物資源が豊富に存在することを確認した。ワサビを除く香辛料は、乾燥させて保存が効くようにして、料理などにどう使うか調べるつもりでいる。
野いちごとビワは、女性や子供たちに喜ばれた。エリーゼは野いちご、マーゴはビワが気に入ったようだ。
その日も、ダイニングルームでビワを食べていると、エグモントが執務室から戻ってきた。
「王都のゲラルトと国王陛下から連絡が来た。両方とも王都へ来て欲しいそうだ」
「兄上は、結婚式だろ。陛下はなぜ?」
「ダミアン匪賊団の関係だろう。詳しい状況を聞きたいのだ。もしかすると褒美があるかもしれん」
デニスの一家は、馬車を仕立てて王都へ向かった。
王都までは、馬車だと七日だった。幼いマーゴも一緒だったので、無理をせずに旅程を調整した結果である。王都に到着したデニスたちは、ゲラルトが婿入するグラッツェル男爵家に宿泊した。
グスタフ・ビレス・グラッツェルは第二騎兵隊指揮官であり、男爵であるが領地を持たない。こういう貴族を王都貴族と呼ぶ。
王都貴族は何らかの重要な官職に就き、その給与で一家を支えている。領地を持たないので官職の給与でも、十分に豊かな生活を送れる。
故に後継者には十分な教育を施し、男児がいない家では優秀な婿を選ぶ。ゲラルトは選ばれたのだから、優秀だと判断されたのだろう。
久しぶりにゲラルトと会った母親のエリーゼや妹のアメリアとマーゴは喜んだ。ゲラルトはデニスの手を取り、領地を押し付けてしまったことを謝った。
「すまないデニス。お前には苦労をかけることになる」
「苦労はするでしょうが、やりがいのある務めです」
「陛下に呼ばれているそうだな」
「はい。ダミアン匪賊団の件だと思います」
「その匪賊団は、公爵家の兵士たちだったのだろ。兵士として精鋭だったはず。よく勝てたな」
「カルロスたちの奇襲が成功したからかな」
ゲラルトは首を傾げた。ベネショフ領の従士や兵士の腕前は、ゲラルトも知っている。公爵家の兵士を倒せるほどではなかったはずなのだ。
「デニスが鍛え直したのか?」
「まあ、そうです」
デニスは迷宮で兵士たちを鍛えたことを告げた。
「そうか。岩山迷宮か。私は迷宮を活用することを思いつかなかった。デニスは領主に向いているのかもしれんな」
前にも同じ言葉を聞いたことがあると、デニスは苦笑いした。自分では決して向いているとは思っていなかったからだ。
国王陛下との謁見は、ゲラルトの結婚式より遅くなるようだ。
結婚式当日、デニスたちは一張羅に着替えて出席した。アメリアはデニスが買った古着で作ったドレスを嬉しそうに着ていた。
「きれいな服……マーゴも欲しい」
マーゴがエリーゼにおねだりする。エリーゼが笑い、デニスに頼むように言った。
「にぃにぃ、マーゴも」
可愛い妹からお願いされたデニスは、もちろん承知した。甘いと言われようが、マーゴから嫌われたくはない。厳しい教育は、母親や父親に任せればいいのだ。
王都のアズルール教会で行われた結婚式は、貴族としては平凡なものだったが、ベネショフ領から出たことがなかったアメリアは凄い結婚式だと思ったようだ。自分も王都で結婚式を挙げると言い出した。
結婚式の翌々日、デニスとエグモントはモンタール城、一般的には白鳥城と呼ばれる王城へ向かった。謁見室に案内された二人は、マンフレート王の御前で膝を突いた。
マンフレート王は、デニスたちがダミアン匪賊団を壊滅させた働きを褒め称えた。
「ベネショフ領のエグモント、並びにデニス。今回の働き見事であった」
「我々は祖国ゼルマン王国の貴族として、微力を尽くしただけでございます、陛下」
「謙遜せずともよい。ウルダリウス公爵が手古摺った者たちを倒したのだ。誇りに思ってよい。ところで、ダミアンを倒したのは、デニスだと報告にあったが、本当か?」
デニスはなるべく落ち着いた声に聞こえるように、
「左様でございます」
「素晴らしい。ダミアンは、ハルトマン剛剣術の遣い手。しかも冥狼剣という宝剣を持っていたはず。あの宝剣はどうしたのかね?」
デニスは舌打ちしたくなるのを堪え簡潔に答える。
「折りました」
マンフレート王が、呆気にとられたような顔をしてから笑った。
「そうか、折ったのか。あの宝剣は、巨狼王フェンリルの牙で作られた牙剣。決して折れないと言われたものだったのだが……どうやって折ったのだ?」
普通の者から尋ねられたのなら、答える必要のない質問だった。だが、相手は国王である。
「真名術です。『超音波』の真名を応用したものを使いました」
「『超音波』だと、役に立たないと言われている真名だ。学者どもに調べさせよう」
デニスと国王が真名について話をした後、国王が褒美が何が良いかと尋ねた。
「願わくば、塩田を設ける許可を頂きたいと思っております」
「塩田か。塩田は他国との戦いで功績のあった貴族に与える褒美である」
「少しでよいのです。塩田一枚でも構いません」
この国で塩田一枚とは、一〇〇坪ほどの広さのことである。この国の製塩方法は、天日採塩法なので塩ができるまでに時間がかかる。
塩田五〇枚ほどないと製塩事業としては成り立たない。それを知っている国王は、興味を持った。塩田一枚で、どうやれば製塩事業が成立するのか。
「よかろう。塩田一枚の許可を出そう」
「ありがとうございます」
ダミアン匪賊団を退治した褒美として、ベネショフ領は塩田を作る許可を得た。エグモントは、褒美を金貨でもらい借金の返済に当てたかったのだが、功労者であるデニスの意見を優先した。
だが、塩田一枚の許可は、ベネショフ領にとって大きかった。デニスの頭の中には、日本で行われている製塩方法が記憶されていたからだ。
デニスは国王から褒美がもらえるかもしれないと分かった時、塩田の許可がもらえないか調べた。そして、国王が言ったように、塩田の許可は他国との戦争で功績があった者に与えられるのが慣例だと知り、ガッカリした。
しかし、諦めずに調べると、たった一例だけ大規模な野盗を退治した貴族に、塩田を許可した事例があった。但し、塩田の枚数は少なかった。
そこで雅也に製塩方法を調べてもらい。最低どれほどの広さがあれば、製塩事業を始められるか確かめたのだ。すると、塩田一枚分の広さがあれば十分だと分かった。
ベネショフ領に戻ったデニスは、町から近い海岸に流下式塩田を造った。流下式塩田は、粘土で覆った緩やかな斜面である流下盤と竹の枝を組んで作った枝条架で出来ている。
ちなみに竹に似た植物が存在したので、それを利用した。
流下盤に海水を流して太陽熱で水分を蒸発させ、塩分濃度の高まった海水を循環槽に溜める。その循環槽の海水を枝条架に上から滴下することで、風によってさらに水分を蒸発させる。
もう一段塩分濃度が高まった海水は、かん水と呼ばれる。そのかん水を平釜で、塩分濃度二四パーセント程度になるまで約六時間煮詰める。これが荒焚きと言われる工程で、次に一日ほど放置して冷ました荒焚き後のかん水を炭や砂を使って濾過する。
そして、濾過したかん水を今度は一六時間ほど窯で煮詰めて塩にするのだ。出来たばかりの塩は、ニガリ成分を含んでいるので、数日寝かせてニガリを切る必要がある。
自領で塩を作れるようになったベネショフ領は、大きく発展する原動力を得たことになる。塩は重要な資源であり、人間の生活には必要不可欠なものだ。
エグモントはデニスが作り上げた塩田を見て、
「やはり、お前は領主に相応しい才能を持っている」
「そうですか。こういうことを思いつく才能と、領主の才能とは違うと思うけど」
まだまだ借金もあり、多くの問題を抱えているベネショフ領だが、デニスが領地経営に参加するようになり、少し住みやすい領地となった。




