scene:302 迷宮ドラゴン
倒れている迷宮ドラゴンに向かって、総攻撃が始まった。領主軍は兵一人一人が最も強力な真名術で攻撃する。その中には【赤外線レーザー砲撃】もあったが、迷宮ドラゴンの防御力はとんでもなく高く僅かなダメージしか与えられない。
「攻撃中止、次の天撃波が来るぞ!」
領主軍が塹壕に戻った瞬間、デニスが二回目の天撃破を発動した。天空から渦が降下して迷宮ドラゴンの全身を押す。すると、迷宮ドラゴンの体中に刻まれた傷から、血液が噴き出した。
それを見たゲープハルト将軍が、倒せると思い領主軍に攻撃を命じた。迷宮ドラゴンに様々な真名術の攻撃が集中する。その時、迷宮ドラゴンがブレスを吐く仕草を見せた。
「塹壕に飛び込め!」
ゲープハルト将軍の命令が響き渡り、それを中継する者の命令も響いた。ほとんどの者は塹壕に飛び込めたが、一部の者は反応が遅れた。
その者たちは炎のブレスを浴びて焼け死んだ。塹壕に飛び込んだ者は、濡れた布を被って熱を防ぎ生き延びた。
迷宮ドラゴンがブレスを吐いている時、上空のデニスは天撃破の準備をしていた。空には黒雲が広がり、それが渦を巻き始める。
それに気付いた迷宮ドラゴンが、炎のブレスを空に向かって吹き上げる。しかし、天撃破は炎のブレスくらいでは阻止できない。
天撃破の渦が迷宮ドラゴンに大きなダメージを与える。すると、迷宮ドラゴンが進路を変え、王都ではなくクワイ湖へ向かった。
「チッ、あっさり進路を変えるとは思わなかった」
将軍はデニスに合図した。自由に攻撃するように命じたのである。その合図を受けたデニスは、迷宮ドラゴンを追った。
「デニス様、後何回天撃破で攻撃できますか?」
イザークが質問した。
「精神的にキツイから、二回が限度だろう。イザークとフォルカは、新しい真名術で攻撃してくれ」
「了解しました」
イザークは『崩撃』、フォルカは『突雷』という真名を新たに手に入れている。
デニスは操縦している兵士に迷宮ドラゴンに近付くように命じた。
「ブレスに気を付けろ」
デニスは操縦している兵士に注意した。そして、デニス自身も天撃破の準備をしながら、イザークとフォルカに攻撃を指示する。
まずイザークの『崩撃』の真名術が発動した。空に直径五十センチほどの五つの岩が出現し、それが隕石のように敵に向かって落下する。
落下速度が音速を超え、落下する岩のパワーで空気が圧縮され岩の表面が熱を持ち始める。そして、真名術による隕石が迷宮ドラゴンに落下した。
五つのうち命中したのは一つだけだ。その一つが迷宮ドラゴンの肉体を抉り、大きな傷を刻む。その傷から血が噴き出すと、迷宮ドラゴンが叫び声を発した。
次はフォルカの『突雷』の真名術だった。フォルカが右手を迷宮ドラゴンに向けて真名術を発動する。すると、フォルカの右手から強烈な稲妻が飛び出し、迷宮ドラゴンを襲った。迷宮ドラゴンはまた悲鳴のような叫び声を上げる。
デニスはもう一度天撃破で迷宮ドラゴンを攻撃した。空気の渦が迷宮ドラゴンを捕らえて押し潰すと、イザークが開けた傷口から大量の血が噴き出す。
迷宮ドラゴンがよろよろと湖へ逃げようとしている。そこに追撃してきた領主軍が塹壕もなく隠れるものもない地点での総攻撃を行う。ブレスで反撃されれば、多大な犠牲者が出るだろう。だが、攻撃する兵士たちの目には、絶対倒すという決意があった。
様々な真名術が放たれ、迷宮ドラゴンに命中して傷を増やす。そこにイザークとフォルカの攻撃が命中し、迷宮ドラゴンは半死半生の状態になった。
「デニス様、これで仕留められるかもしれません」
イザークの言葉に、デニスが頷いた。そして、天撃破を発動する。迷宮ドラゴンの上空に黒い雲が広がり、それを見た迷宮ドラゴンが何とか湖に逃げ込もうとのろのろ這い進む。
上空で凄まじい勢いで回転する渦が標的に向かって降下。その渦が迷宮ドラゴンを捕らえて押し潰す。弱っていた迷宮ドラゴンは完全に潰された。
その心臓も潰れ息の根が止まる。その瞬間、デニスの頭の中に『界制御』という真名が飛び込んできた。この真名は以前に手に入れていた『界斬』を補完するものだ。
今まで『界斬』を使った真名術はどうしても実行できなかったのだが、『界制御』の真名を得たことで実行できるようになった。
戦いが終わると兵士たちの間から、勝利の雄叫びが上がる。デニスは空神馬車をゲープハルト将軍の近くに着地させた。
「将軍、陛下に報告へ行きましょう」
ゲープハルト将軍は部下に将兵の手当を命じてから空神馬車に乗った。そのまま白鳥城の訓練場へ飛んで着地すると、国王の下へ向かう。
将軍が国王へ報告すると、マンフレート王はホッとした表情を浮かべた。
「そうか、ご苦労だった。この功績は必ず報いることを約束する」
「陛下、この度の戦いで大勢の者が戦死し、負傷しております。その家族に手厚い援助をお願いします」
ゲープハルト将軍が言うと、国王は重々しく頷いた。
「もちろん、それについては考えておる。だが、国庫に無限の富がある訳ではない。どうしたら良いものか?」
デニスが国王へ視線を向けた。
「そのことに関しましては、考えがございます」
「ほう、詳しく申してみよ」
「最近盛んになっている貿易でございます。貿易の範囲を広げる事を考えてはどうでしょう」
「ふむ、貿易の拡大を進めろと言うのだな。だが、それほどの輸出商品があるのか?」
「ベネショフ領で生産する糸は、今後も増やせます。それを織物にして、輸出すればかなりの利益になると思います」
「しかし、織物だけでは少ない」
「それならば、磁器やガラス工芸品といった産物も生産してはどうでしょう」
「それらは作るのが難しいと聞いている」
「作り方は分かっています。新しい産業として大きく発展させることも可能です」
国王が興味を示し、詳しいことを求めたのでデニスは説明を始めた。




