scene:198 モズセブンと起重船
アメリカには宇宙事業を行っている複数の民間企業がある。その中に『スペース-Z』という企業があった。この企業では有人宇宙船を開発しており、国際宇宙ステーションの長期滞在クルーの交代を行うミッションを請け負った。
スペース-Zの社長であるクリフォード・リミントンは、自信満々の態度で打ち上げの様子を見守っていた。
「ライリー、問題はないな」
「ええ、クルーの健康状態も良好です」
ミッションマネージャーであるライリーは、タブレットの画面に映し出されているチェック項目をもう一度確認した。その顔には緊張感がある。
打ち上げ時間が迫り、船長とパイロット、交代要員二人がロケットに乗り込んだ。このロケットはMOZ―7と名付けられ、日本ではモズセブンと呼ばれている。
『ジェイク、成功を祈っているぞ』
ケネディ宇宙センターの打ち上げ管制施設にいるライリーの声が、ヘッドセットから聞こえた。船長は自信ありげに笑う。
「私がコマンダーをやっている限り、ミッション成功は間違いなしだよ」
それを聞いたパイロットのカイルが肩をすくめた。
「船長、凄い自信ですね」
「当たり前だろ。それだけの訓練はしたんだから」
最終チェックを終えたモズセブンは、静かに打ち上げの合図を待つ時間になった。
ロケットの打ち上げは成功。センターから宇宙に駆け上るモズセブンの姿を見たライリーは、ミッションが成功しそうだと感じた。
宇宙空間に上がったモズセブンは、国際宇宙ステーションに向け飛翔を開始する。ブースターや燃料タンクを切り離したモズセブンは、ロケットの先端部分だけになって国際宇宙ステーションへ近付いていた。
国際宇宙ステーションとドッキングしたモズセブンは、長期滞在クルーの交代を行う。交代でモズセブンに乗り込んできたのは、ダンカンとレスターというアメリカ人だ。
「やっと地球に帰れる」
ダンカンが大きく息を吐きだした。レスターが溜息を吐いて憂鬱そうな顔をする。
「はあっ、地球に帰ったら、鈍った身体を鍛え直すために、リハビリが待っている」
「それは最初から、分かっていたことだろ」
国際宇宙ステーションから少し離れたポイントで、モズセブンの機体に衝撃が走った。その直後、コクピットのディスプレイに警報のサインが表示され、警告音が響く。
「何が起きた!?」
状況が分からないダンカンとレスターが驚きの声を上げた。
「クッ、何てことだ。エンジンが破損した」
パイロットの言葉を聞いたダンカンが顔を強張らせる。
ジェイク船長が宇宙センターに非常事態を伝えた。地上でも大騒ぎとなり、その連絡はホワイトハウスへも伝えられる。
「機体は大丈夫なのか?」
レスターが青い顔で尋ねた。ジェイク船長は大丈夫だというように頷いた。
「機体に異常はない。空気漏れもないようだ」
地上と交信しながら対策が検討された。
「ジェイク、どうなんだ?」
「問題が二つある。この機体が回転しているということ。それに姿勢制御用のスラスターも壊れているということだ」
「回転を止められなければ、ドッキングができない。何か方法はないのか?」
ダンカンが質問した。ジェイクが悔しそうに唇を噛み、首を振った。船内に重苦しい沈黙が広がる。
「空気は、いつまで大丈夫なんだ?」
「後二日は大丈夫、だが、二日間でここまで飛んでこれる宇宙船があるかどうか」
「諦めるな。船長には、俺たちを地上に連れ帰る責任があるんだろ」
ダンカンが怒ったように声を上げた。厳しい顔をしているジェイクが頷く。
「分かっている。だが、我々ができることは限られているんだ。地上のライリーたちも必死で考えている。今は冷静になって、ライリーたちの案を待とう」
無重力の中で、ジェイクたちは黙り込んだ。その時、地上から声が届いた。
『喜べ、中国が有人宇宙船を飛ばしてくれるそうだ』
ジェイクたちは喜んだが、その顔には一抹の不安があった。中国のロケットは最近二回ほど打ち上げに失敗しているのだ。
ジェイクは中国のロケットが打ち上げに失敗した時、プランBがあるのかを確かめた。
『なくもない。日本の宇宙船が打ち上げる準備を始めている』
ジェイクは首を傾げた。日本に有人宇宙船があると聞いたことがなかったのだ。そのことを確かめると、有人宇宙船ではない起重船という宇宙船を、急遽有人宇宙船に改造しているらしい。
「二日しかないんだぞ。それで間に合うのか?」
『日本人は懸命に努力している。それに中国が成功すれば、必要ないんだ』
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
中国で有人ロケットの打ち上げ準備が進んでいた。中国がアメリカ人を助けるために有人ロケットを打ち上げることを決めたのは、この機会にアメリカに恩を売ろうと考えたからだ。
そのことを知った中国人の何人かは、中国がアメリカを助けた瞬間を世界に見せつけようと、打ち上げの様子をライブ動画配信した。
雅也と小雪も会社で、その映像を見ていた。
「成功しますかね?」
「二回続けて失敗しているからな。でも、成功して欲しい」
今回は人命がかかっているので、是非とも成功して欲しかった。
秒読みが開始され、ロケットエンジンから大量の白煙が噴き出し、ロケットが宙に持ち上がる。雅也が身を乗り出してパソコンの画面に注目した時、ロケットから噴き出していた白煙と炎が、プスンといった感じで止まった。
「ええーっ」
雅也が声を上げた瞬間、ロケットが発射台の上に落ちた。エンジンが潰れ、そのまま立つかと思われたロケットが、ゆっくりと倒れ始める。
その様子を見ていた雅也と小雪は肩を落とした。雅也は席を立つと上着を羽織った。
「どこへ行くんですか?」
「第二工場の小型起重船を確認してくる」
第二工場では総力を上げて小型起重船の改造が行われていた。
「聖谷常務、おいでになったんですか」
長瀬主任が声を上げた。
「ああ、中国のロケット打ち上げを見たからね。それでどうなんだ?」
「与圧モジュールとドッキング装置の組み込みは終わりました。モズセブンの回転を止めるスラスターも準備しています。ですが、どうしても宇宙空間での作業が必要です」
雅也はやっぱりという顔をする。
「そうなると、あれを使わねばならないか?」
「はい。まだアメリカには秘密にしておきたいと社長が、仰っておられたんですけど」
「仕方ない。人命には代えられないよ。俺が準備する」
「お願いします」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
モズセブンの中では、ジェイクたちが虚脱状態になっていた。
「中国のパイロットたちは助かったのか?」
ダンカンの質問に、ジェイクが頷いた。
「重傷らしいが、命は助かったらしい」
「それは良かった」
ジェイクたちにとって、最後の希望が日本の宇宙船になった。だが、無人宇宙船を有人宇宙船に改造していると聞いて不安になる。
いくら高い技術力を持っている日本とは言え、プラン自体に無理があると思えたからだ。ジェイクは改造が間に合うのか確かめた。
『マナテクノでは、有人宇宙船化は間に合うと言っている。ただモズセブンの回転を止める手段を用意するのが問題らしい』
地上にいるライリーの声が聞こえた。
「中国は、どうやって回転を止めようと考えていたんだ?」
ジェイクが質問すると、ライリーが答えるまで少し時間があった。
『中国は、ロボットアームで強引に止めようと計画していたようだ』
ジェイクが口をへの字に曲げ、厳しい顔をする。そんなことをすれば、モズセブンの機体が損傷するかもしれない。
「日本は、どういう方法を?」
『外付けの姿勢制御装置を考案したらしい。ただモズセブンの機体に、どうやって取り付けるかが難しいと言っていた。……今、連絡が入った。日本での準備が終わったので、起重船を打ち上げるらしい』
その二時間後、小型起重船は打ち上げられた。打ち上げの映像はモズセブンにも配信される。
「何か、呆気なく宇宙に上がるんだな。日本の宇宙船打ち上げには、ワクワク感がない」
自分たちを助けるために打ち上げられたのに、ダンカンが失礼なことを言った。
ジェイクが肩をすくめる。
「日本は宇宙太陽光発電システム建造の計画を立てている。それが始まると、起重船は毎日のように宇宙と地上を往復することになる。打ち上げるたびにワクワクするようではダメなんだ。ジェット旅客機と同じレベルの安全性と確実性を目指していると聞いている」
数時間後、小型起重船がモズセブンの近くまで到着した。




