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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第5章 群雄編
167/313

scene:166 バイサル王国

 オスヴィン外務卿が王都から来訪した。クリュフ領とベネショフ領がバイサル王国と貿易することになったので、バイサル王国の最新状況を調査することにしたようだ。


 出迎えたデニスたちは、外務卿を屋敷に案内した。ブリオネス家の屋敷を見て、外務卿が少しガッカリした様子を見せた。最近評判が高まっているブリオネス家なので、豪華な屋敷を期待したのだろう。


「粗末な屋敷で申し訳ありません」

 エグモントが外務卿に声をかけた。

「バイサル王国と貿易を始めようという貴族家なので、さぞ優雅な暮らしをしているのだろう、と想像していたのだが……ブリオネス家は質実剛健という気風なのですな」


 『質実剛健』と外務卿は表現したが、ボロ屋だと暗に言っているのだ。そのことについては、エグモントも気にしていた。だが、デニスが屋敷など使えれば良いと思っているようなので、建て直しは後回しになっていた。


 できるだけの接待をしたことで外務卿は満足してくれたようだ。

 その夜、食堂でストーブを囲みながら貿易に関する会話が始まった。食堂の天井には発光迷石を使った照明があり、部屋全体を明るく照らし出している。


「ベネショフ領の発光迷石照明は、いいものだね。これも貿易の商品とするのかね?」

 外務卿がエグモントに尋ねた。


「特別に注文があれば、受注するつもりです。ですが、積極的に販売する気はありません」

「なぜかね?」


 デニスがエグモントに代わって答えた。

「職人が育っておらず、国内の注文に応えるだけで精一杯だからです」

「ほう、あの発光迷石照明を製作するには、特別な真名が必要なのだと推測していたのだが、その持ち主を増やせるのか?」


「同じものを作る職人は無理ですが、似たようなものを作れる職人を育てようと考えております」

 職人ではないのだが、ベテラン兵士に『抽象化』を持たせて真名の力を転写できる人材を増やしている。


 デニスがベテラン兵士に『抽象化』と『転換』の真名を手に入れさせたのは、年配の彼らが兵士を退役した後に生活する手段を与えるためでもあった。


「そうすると、ベネショフ領が輸出するのは?」

「綿糸が主力となります」

 外務卿は頷いていたが、疑問を持ったようだ。


「何か納得できない点がありますか?」

「ベネショフ領の人口は、男爵領の中でも少ない方だと聞いている。糸紡ぎに使える労働力は少ないだろう。外国へ輸出する余力があるのかね?」


 デニスは変に誤魔化すより、正直に説明しておかなければならないと感じた。

「ベネショフ領の紡績工場では、王国の全供給量の二割以上を生産しております。これからも増産する予定ですので、ご心配には及びません」


「ほう、それほどの量を生産しているのか。……もしかして、生産方法に秘密があるのかな?」

「ご賢察、さすがでございます。その秘密についてはお話できませんが、輸出に回す綿糸は確保しております」


 オスヴィン外務卿は、王国への供給量と同じだけの輸出をした場合、どれだけの利益をベネショフ領が手に入れるか、頭の中で計算した。


「貿易を始めれば、ますますベネショフ領は豊かとなりますな」

「ブリオネス家は、そう願っております。ですが、隣国の政情が不安定なことが気掛かりとなっております」


 外務卿がわざとらしく顔をしかめた。

「私も同じだ。ラング神聖国もそうなのだが、ヌオラ共和国で大規模な粛清しゅくせい事件が起きたらしい。首都トレグラで大騒ぎになっている」


 粛清したのはヌオラ共和国の陸軍将校で、粛清されたのは海軍派議員だった。軍の予算配分で揉めた結果、陸軍の将校が武力で予算のほとんどを分捕った。


 予算を大幅に削られた海軍、と言っても沿岸警備隊レベルの組織であり、海賊と同程度の軍船しか保有していない。その海軍は自力で予算を集め始めた。

 つまり海賊に成り下がったのである。


 外務卿はヌオラ共和国沿岸を航行する時は、気をつけるように忠告した。

「大丈夫です。メルティナ号には対海賊用の武器を装備しました」

「以前言っていたバリスタかね」

 デニスは肯定した。バリスタと言っても、飛ばすのは普通の極太矢ではなく焼夷火矢である。


 その翌日、クリュフバルド侯爵の一行がベネショフ領に到着し、メルティナ号に乗り込んで出港した。

 デニスに同行したのは、従士フォルカと兵士が五人だけである。外務卿や侯爵の護衛もいるので、兵士は五人で十分だと考えたのだ。


 港を出たメルティナ号は、ゆっくりしたペースで海岸沿いを西へと進む。季節は冬なので、ヌオラ共和国の陸地は枯れ草色になっていた。海岸沿いには常緑樹が少ないようだ。


「デニス殿、バイサル王国の造船技術はどうなのだ?」

 クリュフバルド侯爵がデニスに尋ねた。

「それほど高いとは聞きませんので、我が国と同じほどではないでしょうか」


 そんな話をしていると、二隻の船が戦っている光景が目に入った。二隻は並走しながら矢の応酬をしている。ヴァルター船長が前方の船を睨みながら、デニスに確認する。

「どうしますか?」

「面倒だから、増速して素通りしろ」


 それを聞いたオスヴィン外務卿が、声を上げた。

「待て待て、二本マストの船はバイサル王国の貴族が関係する船のようだ。できるなら、助けてもらえないか」


 外務卿はマストにはためく旗を見て、バイサル王国の貴族だと推理した。

「バイサル王国の船から、火の手が上がりました」

 船首で見張っていた乗組員が大声を上げる。


 デニスはバリスタの射手に海賊船を狙うように命じた。

 ヴァルター船長は舵を切って、メルティナ号を海賊船に近付ける。それから急速に状況が変化した。近付いたメルティナ号に、海賊船から矢が飛んできた。


「侯爵、外務卿、操舵室に入ってください」

「君は、大丈夫なのかね?」

 指示に従いながら、侯爵がデニスを心配した。

「僕は真名術がありますから」


 その直後、空から矢がデニスの頭に落ちてきた。その矢を素手で払い除ける。

「なるほど、心配する必要はなさそうだな」


 船長の指示により、展開する帆を減らしてメルティナ号の速度を落とした。前方の船に追いつきざまバリスタの焼夷火矢が放たれる。


 三本同時に飛んだ焼夷火矢の中の二本が、敵船の甲板に突き立った。その衝撃で焼夷火矢に組み込まれていた仕掛けが作動し、周りに火の点いた油を撒き散らす。


 海賊船の甲板が燃え始めた。メルティナ号は海賊船と並走しながら、もう一度焼夷火矢を放つ。また海賊船から煙が立ち昇った。


 海賊船の帆に火が燃え移った。そのせいで海賊船の船速がガクッと落ちる。海賊船は脱落したが、残ったバイサル王国の船も危機的状況になっていた。


 海賊が放った火が、広がっているのだ。その船の船長らしい男が、メルティナ号に呼びかけた。

「ご助勢感謝する。そちらはどこの船です?」

「この船は、ゼルマン王国のものだ」


 その船長は、乗船客をメルティナ号に乗せて欲しいと頼んだ。万一の場合を考えてのことだろう。

 デニスは侯爵と外務卿に相談し承知した。


 小舟で乗り移ってきた乗船客は、バイサル王国の侯爵ヨシフ・ロブコフという人物だった。他にもメイドや使用人、護衛兵士もいたが、貴族はヨシフ侯爵だけらしい。


 ヨシフ侯爵とクリュフバルド侯爵、外務卿、デニスは、挨拶を交わした。

「あなたたちのおかげで助かった。感謝する」


 デニスが敵船が海賊だったのか確かめた。

「あれは、ヌオラ共和国の海軍だ。だが、海賊と同じだ」

 ヨシフ侯爵が吐き捨てるように言った。かなり腹を立てている。ヨシフ侯爵は国王の名代としてヌオラ共和国へ行った帰りに襲われたらしい。


 ヨシフ侯爵が乗っていた船は、近くの港で修理することになった。メルティナ号はヨシフ侯爵たちを乗せたままバイサル王国へ向かう。


 その後は順調に進み、バイサル王国の港町クエブに入港した。バイサル王国の王都ジラブルから南に位置する町である。


 バイサル王国の町は、ログハウス風の建物が多い。この国は森林資源が豊富なようだ。ヌオラ共和国とは対照的に常緑樹が多く、家々の庭には樹木や花が植えられていた。


「命を助けられた礼に、我が屋敷に招待したいのだが、どうかね?」

 ヨシフ侯爵の申し出に、デニスたちは甘えることにした。



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ? 新型塩田の視察に貴族が来るからって、屋敷直してませんでしたっけ? 風呂付きで。 それでも他貴族目線からだとボロ屋って事なんですか?
[一言] 警備隊が海賊化した、と言うより元々海賊なのでは? 粛清された海軍派閥議員が手綱を握っていただけで。
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