scene:161 クラウドファンディング
来日したチェガル会長は、昼過ぎ頃にマナテクノの本社に到着した。中園専務が出迎え会長を応接室に案内する。
応接室で待っていた雅也にとって、チェガル会長への第一印象は最悪だった。
通訳兼秘書らしい人物と一緒であり、その通訳を介して言った最初の言葉が、
「儂が総理官邸に行けば、総理自らが出迎えてくれるのだがね」
というものだった。
どうやら、神原社長が出迎えに行かなかったことが不満らしい。
「それは失礼しました」
神原社長が原稿を棒読みする感じで謝った。
チェガル会長がジロリと神原社長を睨んだ。
雅也たちが自己紹介をすると、チェガル会長が用件を切り出した。
「世界でも有数な自動車会社である我社は、独自の動真力エンジンの開発に成功した」
雅也は微小魔勁素結晶を使った動真力エンジンだろうと推測した。
神原社長も同じだったようで、チェガル会長に確認した。
「その開発した動真力エンジンは、微小魔勁素結晶を使ったものですかな?」
チェガル会長がふてぶてしい顔で頷いた。
「しかし、我社の研究チームは優秀だ。間もなく微小魔源素結晶製造装置を開発し、微小魔源素結晶を使った動真力エンジンを開発するだろう」
「それは……素晴らしいですね」
口の達者な中園専務も返答に困って、適当な賛辞を口にした。チェガル会長の言葉は、専務もブラフではないかと考えているようだ。
「そこでだ。我社は新しいスカイカーの開発を考えておる。御社と協力して事業を進めたいと思うのだが、どうだろう?」
雅也はそれまでの話から、なぜ協力という話に繋がるのか分からなかった。
「協力……その必要があるのですか? もうすぐ微小魔源素結晶製造装置を開発できるのですよね?」
チェガル会長が若造が口を挟むな、という顔で雅也を睨んだ。
「分かっておる。だが、障害があるのだ。マナテクノが出している特許だ」
「特許がどうかしましたか?」
「我社が開発した製造装置には、マナテクノの特許に引っかかる部分があるのだ。そこでライセンス生産をしようと思っておる」
神原社長は渋い顔をする。
「生憎ですが、我社はライセンス生産を考えていません」
チェガル会長が鋭い視線を神原社長に向けた。
「そうなると、損をしないために、我社では強硬な手段を取ることになる」
雅也はどうするつもりなのか、見当がつかない。
「どうしようというのです?」
「特許を無視して、生産工場を建てるのだよ」
「馬鹿な。賠償金を払うことになりますよ」
「だが、我が国の裁判は、自国民が有利になることが多いのだ」
雅也は自国の恥を堂々と言い放つ相手に嫌悪しか感じなかった。発展途上国の中には、裁判制度の中に差別が残っている国もある。ある程度国際化が進むと修正されるのだが、チェガル会長の国はまだのようだ。
ただ冷静に考えてみると、そうであるならマナテクノにライセンス生産を求めずに工場を建てたら良かったはずだ。ブラフではないか? 雅也はこの男のすべてが信用できないと感じた。
それに微小魔源素結晶製造装置を製造するには、『魔源素』と『結晶化』の真名を持つ真名能力者が必要である。絶対にいないとは断言できないが、確率的には恐ろしく低い。
雅也はチェガル会長のブラフだと判断した。
「会長、そう思うのなら工場でも何でも建てたらいい」
チェガル会長がムッとした表情を見せた。
「神原社長、代表でもない者に決定権はないはず。あなたの意見を聞きたい」
「儂の意見も、聖谷取締役と同じです。ライセンス生産ということは、こちらの製造ノウハウを御社に教えるということ。承認できませんな」
チェガル会長が凄い目で雅也たちを睨んだ。
「後悔しますぞ」
その時点で、雅也は一発殴りたいという思いが湧き起こり、殺意が籠もった目で睨み返した。
チェガル会長がビクッと反応し、慌てて逃げるように席を立った。
騒々しい男が立ち去った後、雅也たちは話し合った。
「どう思う?」
神原社長が中園専務と雅也に尋ねた。
「あの人物は油断がならないという噂です。今日の会談はジャブ程度で、本気はこれからではないでしょうか」
中園専務は脅すように言った。雅也は溜息を吐いた。
「脅かさないでくださいよ。今日の会談も結構疲れたんですから」
「いや、油断できない。あの人物は日本の自動車会社から技術を掠め取り、会社をあれほどまで大きくしたのだから」
その危惧は数日後に実現した。マナテクノのメインバンクであるH銀行が、返済期限前にもかかわらず融資している資金の一括返済を迫ったのだ。
中園専務が銀行から情報を持って戻ってきた。
「社長、チェガル会長ですよ。どうやったか分かりませんが、H銀行に圧力をかけて貸し剥がしを実行させたようです」
会議室で対策を検討していると、小雪がコーヒーを運んできた。
「皆さん暗い顔をして、どうかしたんですか?」
雅也は小雪に説明した。
「そんなメインバンクなんて、切っちゃえばいいのよ」
小雪が大胆不敵な意見を言った。それを聞いて中園専務が苦笑いする。
「だけどな、第三工場の建設でかなりの大金を借りておるんだ」
神原社長は困ったという顔をする。
「他の銀行に頼むしかないですね」
中園専務が言うと、三人は同時に溜息を吐いた。H銀行から借りた時も苦労したからだ。貸し剥がしが行われたと分かった他の銀行は、融資審査を慎重に行うだろう。また苦労することになる。
「クソッ、今頃チェガルの奴は笑っているんだろうな」
雅也はふてぶてしい財閥総帥の顔を思い出して、気分が悪くなった。
「本当に銀行に頼むしかないのかしら?」
小雪が唐突に言い出した。雅也は小雪の顔を見た。
「他に資金を調達する方法があるのか?」
「私の友達で、バイオリンの演奏会を開いた人がいたんだけど、クラウドファンディングで資金を調達したって、言っていました」
クラウドファンディングというのは、インターネットを通して想いに共感した人や活動を応援したいと思ってくれる人から資金を募る仕組みである。
その種類は様々ある。モノやサービス、体験や権利などのリターンを販売する『購入型』、寄附金を募る『寄附型』、株式発行やファンドの仕組みを利用した投融資資金を募る『金融型』とかがあるようだ。
小雪が提案するのは、『購入型』か『金融型』だろう。
雅也たちは、クラウドファンディングに関して真剣に検討することにした。法律の専門家である弁護士を交えて検討し、クラウドファンディングで資金調達することに決定した。
マナテクノが提案するクラウドファンディングのリターンは、特別仕様のレジャー用翔空艇である。救難翔空艇の注文の中に、レジャー用翔空艇が欲しいという注文があり、レジャー用翔空艇の設計を開始していたのだ。
内陸の別荘や屋敷から飛び立ち、湖や海で釣りやスキューバを楽しんでから戻るというコンセプトで設計するもので、内装は豪華なものになる予定だった。
クラウドファンディングによる資金調達は成功し、目標額の資金を手に入れた。これは史上最高金額のクラウドファンディングである。マナテクノは、その資金で銀行の借金を返済しH銀行との取引を終わらせた。
そのことがニュースになると、H銀行の株価は暴落した。将来性のあるマナテクノから貸し剥がしをしたことで信用をなくしたのである。
一方、その結果にチェガル会長は激怒した。資金面でマナテクノを締め上げようと思っていたのに、マナテクノが独自の資金調達方法を手に入れたので、計画が失敗したと分かったからだ。
動真力エンジンの開発に成功したと発表したことを後悔する。だが、この国ではよくあることなので、気にしないことにした。
チェガル会長は、イライラして熊のように部屋の中を歩き回った。その時、電話が鳴る。
「何の用だ?」
秘書だと思って声を上げたのだが、違った。
「申し訳ありません、サプーレム様。秘書と勘違いしたのでございます」
超越者教会の教祖からの電話だった。チェガル会長も超越者教会の一員だったのだ。教祖からの電話は、日本で逮捕された信者を奪回する手伝いをせよ、というものだった。




