scene:160 財閥総帥
四区画のワイバーンを倒したデニスたちは、目的である六区画へ進んだ。そこは疎らに木が生えている中に、大小様々な岩が突き出ている地形になっていた。
「兄さんが狙っているのは、どんな魔物なの?」
「賢人院の博士が言うには、背中が石で出来ているような大トカゲらしい。気を付けなきゃならないのは、そいつの噛み付き攻撃だ」
石喰いトカゲは、全長三メートルほどの大トカゲである。そいつは岩の上で寝そべっていた。その背中には、ゴツゴツした石のようなものが貼り付いている。
「あの背中、本当に石だな」
「デニス様、我々の長巻では斬れそうにないです」
ロルフの言葉に、デニスは頷いた。
「今回も『爆裂』の真名で相手するしかないな」
「苦労して、『爆裂』の真名を手に入れといて良かった」
兵士たちは『爆裂』について、大きな信頼を置いているようだ。
デニスたちは石喰いトカゲを狩り始めた。『爆裂』と『爆砕』による攻撃音が迷宮に響き渡った。
今回は兵士たちには遠慮してもらいデニスとアメリアが中心になって狩りを続ける。アメリアは九匹目で真名を手に入れ、デニスは一三匹目で入手した。
その後、ぎりぎりの時間まで兵士たちが狩りを続け、三人の兵士が『転換』の真名を得たところで終了を宣言した。
「デニス様、明日も狩りに来れないんですか?」
『転換』の真名を手に入れられなかった兵士が残念そうな顔をしている。
「いや、メルティナ号にクリュフバルド侯爵を乗せて、ベネショフ領に戻らねばならない。また来ることもあるだろうから、その時に同行してもらうよ」
「分かりました」
目的を果たしていないのなら、デニスも考えただろう。だが、『抽象化』をアメリアと兵士たちが取得し『転換』をデニスが取得したことで、目的は果たしている。また、デニスは帰り道で『抽象化』の真名を手に入れていた。
デニスたちは迷宮を脱出。
迷宮入り口の前で再び野営してから、デニスたちはクム領の港に戻った。そこに停泊していたメルティナ号に乗り込み、ヴァルター船長に出港するように命じた。
「デニス様、迷宮はどうでした?」
出港した後、船長が尋ねた。
「目的の真名は手に入れたよ。後はロウダル領の港で、家族とクリュフバルド侯爵を乗せて帰るだけだ」
「それは良かった」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
世界頂天グランプリの決勝大会は、アメリカのニューオリンズで行われた。メキシコ湾に面した港湾都市で、ルイジアナ州最大の都市だ。
この大会でも東アジア予選で優勝したダーガンは活躍した。だが、決勝で対戦したアメリカのサイラス・エドキンズという真名能力者に苦戦していた。
サイラスはボディビルダーのような肉体を持ち、不思議な能力を使う男だった。この男は相手の攻撃を筋肉で弾き返すことができるのだ。
ダーガンのパンチがサイラスの胸に叩き込まれると、減り込んだと感じた瞬間に弾かれ、攻撃したダーガンの方がバランスを崩した。
ダーガンが驚いたような表情を浮かべた。一方、サイラスはニヤッと笑い強烈なフックを放った。空気が焦げそうなほどの速度とパワーが乗ったパンチがダーガンの肩を掠める。
掠めただけなのに、ダーガンの身体が回転した。そのダーガンに向かってサイラスがダッシュし、右腕を叩きつけた。上から打ち付けるようなラリアットがダーガンを試合場の床に叩きつけた。
会場から沸き立つような歓声が上がる。頭を振りながら立ち上がったダーガンは、サイラスに向かって身構えた。サイラスは構わず突っ込み、パンチを振り抜く。
「食らうか!」
ダーガンが叫んで、パンチを避けてサイラスの背後に回る。腰を掴んで後ろに投げようとしたダーガンに、サイラスが身体を捻って肘を打ち付けた。
ダーガンは手を離して転げ回る。サイラスが歩み寄り、ダーガンの頭を片手で鷲掴みにする。そのまま持ち上げ、投げ捨てた。場外に落ちたダーガンの負けである。
この試合の様子は世界各国で放送されており、某国の財閥当主でもあるチェガル会長も見ていた。
「結局、アメリカの真名能力者が優勝か。面白くもない」
秘書が書類を持って来た。
「会長、新型セダンの売れ行きが芳しくありません」
「原因は何だ?」
「中国との価格競争で負けていると、営業部では判断しています」
チェガル会長が憮然とした表情になった。少し前までは価格競争力を武器に世界の自動車市場へ切り込んでいたホンガイ自動車が、品質と性能を武器にするようになったのは、人件費が高騰したからである。
製造原価が高くなり価格競争力を失ったのだ。これは労働組合や政治に問題があるためだった。
「忌々しい。また中国か」
中国の自動車会社は、安い人件費を武器に世界へと進出している。世界各国でホンガイ自動車の製品と競合することが多くなっていた。
「最悪なことに、中国の大二汽車が同じセダンの新型を同時期に販売開始したようです」
「何だと……営業は情報を掴んでいなかったのか?」
「大二汽車が新型を売り出すことは把握していたのですが、三ヶ月後だと思っていたようです」
意図的に大二汽車が新型セダンの販売時期を変えたのだと分かる。
「その大二汽車ですが、スカイカーの研究を始めたようです」
「ん……欧米で販売しているスカイカーのタイプか?」
秘書が首を振った。欧米で販売しているスカイカーというのは、車に翼を組み込んだタイプのもので、車の形をした飛行機とも言えるものだった。
「いえ、日本が開発しているスカイカーのタイプです」
チェガル会長が眉間にシワを寄せた。トンダ自動車とマナテクノが共同で開発しているスカイカーは、他国で真似できるものではないという評判になっていたからだ。
「しかし、動真力エンジンはどうするのだ。微小魔源素結晶は日本でしか製造できないのではないか?」
「微小魔勁素結晶を製造して、代わりとするようです」
「我が国でも微小魔勁素結晶の研究はしているが、少量しか製作できないので半分諦めたと聞いているぞ」
「微小魔勁素結晶を製作できる真名能力者を大勢揃えたそうです」
「あの国は、そんなものまで人海戦術で何とかしようとしているのか。呆れるほどの執念だな」
秘書は判明している限りの中国情報を報告した。
「中国の真似をするのは腹立たしいが、我が国にも微小魔勁素結晶を製作できる者がいるのだろう。微小魔勁素結晶を分けてくれるように、政府と交渉しろ」
微小魔勁素結晶を手に入れたホンガイ自動車は、動真力エンジンの研究を始めた。先に研究を始めている軍や政府系研究所からも研究情報を引き出し、試作を開始した。
そのホンガイ自動車の研究所に顧問として招かれたのが、ヨン教授だった。救難翔空艇の動真力エンジンを分解した経験があり、その分野では第一人者という評判になっていた。
これは軍が救難翔空艇の分析に失敗したことを正直に報告せず、救難翔空艇や動真力エンジンの研究がある程度進んだと報告したためである。
その分析を指揮したヨン教授は、名誉が守られたと同時に重荷を背負わされたと感じた。今回も動真力エンジンの開発に協力してくれという申し出を断らなかったのは、今度こそ成功してやると思ったからだ。
「ヨン教授、よろしく頼むよ」
「はい、お任せください」
チェガル会長の言葉にヨン教授は胸張って答えた。ヨン教授は何事にもポジティブ思考の人間である。財閥総帥である会長に期待されていると分かると、成功しそうな気がしたのだ。
微小魔勁素結晶と油の混合液が用意され、その混合液が入ったチタン製容器を回転するモーターが用意された。ヨン教授は実験開始を命じた。
実験は成功した。そこでチェガル会長が動真力エンジンの開発を指示した。それを聞いて、ヨン教授が尋ねた。
「しかし、微小魔勁素結晶はどうするのです?」
「いざとなれば、日本から微小魔源素結晶を買えばいい」
ヨン教授は日本のマナテクノが売ってくれるはずがないと思った。それを会長に伝える。
「教授には分からないだろうが、正面から頼んでダメなら、裏からという手があるのですよ」
翌日、ホンガイ自動車は動真力エンジンの開発に成功したと発表した。
その発表を聞いた雅也と神原社長は、本当なのかと疑った。
マナテクノの本社で社長と専務、雅也が話し合った。
「ホンガイ自動車の発表は、本当だと思いますか?」
中園専務が神原社長に尋ねた。
「微小魔源素結晶製造装置のキーデバイスの一つが、特殊な形の魔源素結晶になっておるのだ。それを作れるのは、聖谷君だけ。故に微小魔源素結晶製造装置を製造することはできん」
「ならば、嘘の発表をしたということですか。まさか、以前のように我々を誘い出して、どうにかしようというのではないでしょうね」
「さすがに、そんな二番煎じはせんだろう。もしかすると、我々と取引をしようと考えているのかもしれん」
どんな取引をしようというのか、雅也には想像もつかなかった。
「どうせ、すぐに声をかけてくるだろう」
神原社長の予言は的中した。ホンガイ自動車のチェガル会長が、日本の与党大物代議士の紹介でアポイントメントを取りに来たのだ。
雅也は門前払いしてもいいんじゃないかと思ったが、それは大人の対応ではないと中園専務から注意された。
専務も社長も自信あり気なので、雅也は二人に任せれば大丈夫だろうと思った。




