scene:156 ライノサーヴァントの騎兵部隊
メルティナ号がロウダル領の港に戻り、国王とデニスたちを降ろした。
「デニスよ、そちには白鳥城に一緒に来てもらいたい。帆船の他にも話を聞きたいのだ」
「承知いたしました」
デニスは国王が話したいということを予想した。たぶんライノサーヴァントの件だろう。ライノサーヴァントについては、次の御前総会で報告するつもりだったので、少し早くなっただけだ。
白鳥城に到着したデニスは、イザークたちを城の外に残し中庭に案内された。ここは王族が散策する庭であり、庭師が丹精込めて手入れした樹木や花が王族の目を楽しませている。
中庭にはしゃれた東屋があり、そこにある椅子に座った国王が話を始めた。
「ベネショフ領では、牛型のボーンサーヴァントを使い始めたと聞いておる。間違いないか?」
「その通りでございます。まだまだ未知数のものであり、次の御前総会で報告するつもりでおりました」
「ふむ、詳しい話を聞きたい」
デニスは骨鬼牛から手に入れたボーンエッグから生まれたサーヴァントであり、馬の代わりになるのではないか、と考えていることを伝えた。
「そのサーヴァントは、ライノサーヴァントと名付けました」
その時、デニスの背後で声が上がった。
「あらっ、お客様でしたか」
テレーザ王女がメイドにお茶の用意をさせて、中庭を訪れた。天気がいいので、庭でお茶を飲もうと思ったようだ。デニスから見て、王女はまだ綺麗というより可愛いという感じの少女だ。
「今日は部屋で飲むことにしましょう」
「テレーザ、余とデニスにもお茶を振る舞ってくれぬか」
「はい」
王女は国王の隣に座り、メイドにお茶の用意をさせた。
デニスもカップに注がれたお茶を飲んだ。かなり高級なお茶だと分かる。
「何を話しておいでになったのですか?」
「ベネショフ領で、使っておるボーンサーヴァントについては、知っておるか?」
「はい、小さなスケルトンを使役している、と聞いております」
「今度は、牛のスケルトンを使役するようになったのだ。これから実物を披露してもらおう、と思っていたところだ。テレーザも見物していくがいい」
テレーザ王女は、デニスに顔を向けた。
「デニス様、その前にボーンサーヴァントを見せていただけませんか。まだ見たことがないのです」
「娘が我儘を言ってすまんのー。見せてやってくれ」
デニスは二つのボーンエッグを取り出した。
「ほう、大きい方がライノサーヴァントのものか?」
「そうでございます、陛下」
デニスは小さなボーンエッグを空中に投げ、ボーンワードを唱えた。ボーンエッグはボーンサーヴァントに変化して、地面に立った。
メイドがトレイを落とした。初めてボーンサーヴァントを見て驚いたのだろう。王女も目を大きく見開いて驚いている。
「これと同じものを、アメリアも持っているのですね」
王女とアメリアは文通しているらしい。アメリアからの手紙で、ボーンサーヴァントを手に入れたことを知ったようだ。
最初は恐恐と見ていたテレーザ王女が、近寄ってじっくりと観察する。ボーンサーヴァントが予想していたより小さかったことで、あまり恐怖を感じていないようだ。
「次はライノサーヴァントを出します」
デニスは少し離れた位置まで下り、大きいボーンエッグを投げた。ライノサーヴァントに変化し、地面にドシッと降り立った。
このライノサーヴァントには、国王でさえ驚いたようだ。いきなり目の前に、全長二メートルの魔物が現れたのだ。思わず椅子から立ち上がり、唸るような声を上げる。
「馬の代わりと申しておったが、これに乗れるのか?」
「はい、専用の鞍を必要といたしますが、乗れます」
国王はしばらくライノサーヴァントを見つめてから告げた。
「乗っている姿を見たい。鞍を取りに行くのに時間がかかるのか?」
「いえ、鞍を持った配下を城の外に待たせております」
国王は城の中にイザークたちを入れるように、と侍従武官のフーベルトに命じた。
しばらくすると、鞍を持ったイザークが中庭に入ってきた。イザークに手伝ってもらいながらライノサーヴァントに鞍を取り付ける。
国王に命じられて、デニスはライノサーヴァントに跨り中庭を歩かせた。
「素晴らしい。そのライノサーヴァントで敵に迫れば、ほとんどの敵は逃げ出すのではないか?」
「最初だけは驚くでしょうが、二度目からは適切な対処をするでしょう」
「なるほど、冷静であるな。ベネショフ領では、これを何に使おうと考えておるのだ?」
「大斜面の開発事業と内陸への輸送に使おうと考えております」
「そうか。餌や水がいらぬ牛馬として使うということだな」
国王は軍事目的に使うと思っていたのだが、平時に使おうと考えているデニスを見直した。軍事は国として大事なことであるが、何も生み出さない。
国王がライノサーヴァントに乗ってみたい、というので乗せて中庭を走らせた。
「乗り心地は、馬と変わらぬな」
上機嫌でライノサーヴァントから降りた国王が感想を言った。
「ライノサーヴァントで、騎兵部隊を編成するのは難しいのであろうな?」
この国の騎兵部隊は、一五〇人で一部隊となる。ボーンエッグを揃えることは可能だが、ライノサーヴァントに乗って戦える兵士を育成することには時間がかかるだろう。
「はい、簡単ではないと思われます」
デニスが答えると、国王が頷いた。
「ラング神聖国は、ライノサーヴァントの存在を知っておると、思うか?」
「骨鬼牛は、スケルトンより格段に強い魔物ですが、知名度は低い魔物です。骨鬼牛からボーンエッグが手に入れられることは、知られていない可能性が高いと思われます」
「すると、ボーンサーヴァントの数が多いと思われるラング神聖国に対抗する武器となるか……デニスよ、ライノサーヴァントによる騎兵部隊を育ててくれぬか。代わりに、その騎兵一人を常備兵二人分として認めよう」
子爵になった時、常備兵五〇〇を揃えなければならない。一五〇人の騎兵を用意すれば、それが三〇〇人分として認められるのは、ありがたい。一五〇人分の給与が削減できるからだ。
デニスは国王の申し出を受けた。
ライノサーヴァントから鞍を取り外し、それを持ってイザークに城外へ戻るように指示した。その後、ラング神聖国の状況などを国王がデニスに語った。しばらくしてデニスは白鳥城を辞去する。
屋敷に戻ったデニスとイザークたちは、ソファーに座り大きく息を吐きだした。
「陛下の前というのは、緊張するものなんですね」
イザークが愚痴るように言った。
「それは仕方ないさ。それより、ライノサーヴァントの騎兵部隊について、どう思う?」
「一年もあれば、編成できると思います。ですが、戦えるように鍛えるとなると、どれほどの時間がかかるか」
「そうだな。だが、なるべく早く鍛え上げることにしよう」
イザークが疑問に思ったようだ。
「なぜ急がれるのですか? 大斜面の開発事業でライノサーヴァントを使うと言われていたではないですか?」
「陛下が、しきりにラング神聖国のことを気にされていた。もしかすると……」
イザークが難しい顔をする。
「戦が起きると思われているのですか?」
「大規模な戦になるかは、分からないけど。クム領の東にある国境線でラング神聖国の動きがあるようだ」
「ラング神聖国が……どういう意図があって動いているのでしょう?」
「国内事情だろう。あの国の最高権力者である教皇が巨大な墓を造っているようだ」
「墓ですか? ……大きな墓ぐらい造っても国には影響がないのでは?」
「その墓の建設に、国費の半分ほどを投入しているらしい」
イザークが沈黙した。
「狂っているとしか、思えないだろ?」
「ええ、何を考えているんでしょう」
「ラング神聖国では、何代かに一人、そういう教皇が出てくるようだぞ」
神の啓示を受けたと言って、巨大な墓を建設する。宗教国家らしい出来事なのだが、そのおかげで迷惑するのは国民だ。働き手を墓造りに取られた地方で、一揆のようなものが発生しているらしい。
「でも、蒸気船のようなものを開発した国が、墓ですか……何か、チグハグな感じがしますね」
デニスが同意するように頷いた。ただ蒸気船に関しては、イレギュラーだと考えていた。クレールというクールドリーマーが存在したからこそ、蒸気船を開発できたのであって、そんな状態の国が開発できるものではないはずだ。
ラング神聖国に何人のクールドリーマーが存在するかは分からないが、彼らも苦労していることだろう。
デニスが心配しているのは、苦しむ祖国を救うために、それらのクールドリーマーが地球の科学をどれほど急激に導入するかである。
開発した蒸気機関を使って、何をするつもりなのか? また蒸気機関の次に何が開発されるのか? デニスは不安になると同時に、少し興奮を覚えた。
隣国が変化するなら、我が国も変化しなければならない。その変化の中心は、自分を含めたクールドリーマーになると思ったからだ。




